278日目②
「驚くべき度胸ネ、ウーノ」
「はは、大したことじゃないよ」
エカテリーナと夫婦である、というカバーストーリーは破綻した。
ヘンリクはウーノの話の矛盾点や言い淀んだ言葉を的確に指摘するものだから、とうとうウーノは音を上げて洗いざらい白状してしまった。ポツカ語が不自由でこれだ。訛りに騙されていたが、頭はキレるらしい。
しかし、妻を助けに異国を夫が旅をする、ということをヘンリクは本当に感心したようだ。ウーノを同郷だと誤解していた時のテンションで、目を輝かせていた。
「いや、すごいネ。同じ男としてその勇気を尊敬するネ。ウン、立派立派!ヨシ、それじゃあ、その勇気を称賛して、良いこと教えてあげるヨ」
「良いこと?」
ヘンリクはその整った顔に満面の笑顔を浮かべて頷いた。
「身体強化魔法、教えてあげるネ。だからドゥとか、さっきの金髪の人のハナシ、もっと聞かせてほしいヨ。それと、ビウクニツで何がアッタカ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで、さっきの殿方は誰ですの?夫がいる身ながら出張先の異国で男遊びなんて、祭祀長の名が泣きますわよ」
バスローブに身を包み椅子に深く腰掛けるアレキサンドラに対して、エカテリーナは詰問した。
「道中で拾ったのですよ。何、貴族における愛やら恋とは、愛人と紡ぐもの。アレも……夫も、そのあたりは弁えています。問題ありません」
「そんなクソッタレな愛の在り方、聞きたくもありませんでしたわ。はぁ~……お姉さまのクズ女っぷりは、今に始まったことじゃありませんでしたわね。はい、これ。オバ様……ビウクニツのラシスカ大使館が大使、チェルノフ女爵から預かっていた書類ですわよ。目の悪いお姉さまに、読めると良いですわね」
「やれやれ、ひどい言い草ですね。お前も似たような者……ジャガーノート!?」
エカテリーナに言い返しつつ、手渡された書類を読むアレキサンドラ。妹同様に目が良い彼女は、文頭の貴族的な時候の挨拶を読み飛ばして、すぐさま本題を読み解いた。
ジャガーノート。ラシスカ帝国における皇帝と貴族の正当性を担保する、伝説の魔物の名が書かれていることに、アレキサンドラは驚嘆した。
信じ難いその内容を、何度も読み返しているのか。エカテリーナは一度、魔導車の中でその報告書に目を通していたので、せわしなく視線を上下するアレキサンドラに補足説明をした。
「そこに書かれているのは確定情報だけですけど、いくつかの憶測を述べるなら……今回の一件は少なくとも1か月前以上から仕組まれていたのだと思いますわ」
「1か月というと……終戦前ですね。その根拠は?」
「全部バラバラに冷凍保存されて、保管されてましたのよ。物資の運び込みの日数、そして実際のパーツの組み立てにかかる時間を考えると……終戦後からやっていたのでは間に合わないはずですわ。ウーノが部品の数を数えてますの、随分と多かったですわ」
これは本当に憶測だ。思いついたのは車内でのことだったので、スヴェトラーナには話していないし、余計なことに気を回して欲しくなくてウーノにも言っていなかった。
「ふむ……しかし、エカテリーナ。これは極めて政治的で軍事的な話、男の意見を土台に推論をするのは、感心しませんね。恋は盲目といいますが、貴族が盲目になった先には破滅がありますよ」
「ウーノは魔導車製造を仕事にしてますのよ。パンはパン屋、ですわ。男とか女とか関係なく。事実あのジャガーノートは魔導車でしたし。というか、ウーノがいなければ今回の一件、もっと被害が増してましたのよ。ウーノの機転のおかげで、ジャガーノートを麻痺させて……そもそも作戦の発案自体ウーノのお手柄……」
「はぁ、少し黙りなさい。お前が人夫にお熱なのは良く分かりました。タチアナ、この書類をファイルに保管しておきなさい」
貴族姉妹の会話を手持無沙汰に眺めていたタチアナは、与えられた仕事をするために書類を受け取って本棚に向かった。
アレキサンドラはエカテリーナから視線を外して、ひじ掛けに体を預けながら思案するように目を閉じた。
「……もしかして、ウーノ兄さんを危ないところに連れまわしたの?信じられない……」
静かになった室内に響いたタチアナの呟きは、エカテリーナの耳に届いた。
「わたくしだって望んでやってるわけじゃありませんわ。でも、ミーシャを助けるために、ウーノが必要だと考えた行動を、引き留めるのは筋が通りませんもの」
「エカテリーナはウーノ兄さんに嫌われるのが怖いだけ。私なら、ウーノ兄さんが嫌がっても、危険な場所には連れてかないで閉じ込めとく」
タチアナの言葉に平静を保っていたエカテリーナも、その言い草には流石にカチンと来た。彼女は貴族スマイルを浮かべて鷹揚に肩をすくめた。
「貴女はこれ以上嫌われようがないくらい、やらかしてますものね。気にしないで済むのが、羨ましいですわ」
「き、嫌われてないもん!ウーノ兄さんは、私のことを見捨てなかった!」
「まあ、確かに修道騎士団預かりにすると判断したのは、ウーノが穏当な処置を望んだからですわね。でも、それはちゃんと更生することを望んでのこと。まだ許すとも言われてないですわ。禊も済んでない内から、好きだの愛だの、よくほざけた物ですわね」
「ムー!ムー!」
タチアナは反論できず地団太踏んだ。昨晩エカテリーナを言いくるめた彼女だが、自身にも大きな弱点汚点欠点があるのだ。
「あらあら、口で勝てないからって……まあ、貴女はわたくしに力でも勝てませんけど。ああ、だから物にあたるしかないんですのね」
「……ミーシャさんからウーノ兄さんを奪うのは、すべて事が終わってから……でも、お前からウーノ兄さんを奪うのは、すぐにでもしてやる」
「おほほ、100年早いですわ。もっと女を磨いてから、挑んでくださいまし。もっとも、今の反省しないガキのままじゃ、100年たっても無理でしょうけど」
バチバチと、エカテリーナとタチアナはにらみ合い火花を散らした。
「……人が考えごとしているときに、煩いですね。お前たち、もう少し静かにしなさい」
「ご、ごめんなさい……」
上司で貴族のアレキサンドラの言葉に、タチアナは素直に従った。一方のエカテリーナはどこ吹く風である。
「はぁ……それにしても、お前たちがそれほど、彼に執着するのは何故ですか?確かに体つきは魅力的ですし、妻のために体を張るほどに愛が深いようですけど……顔はエキゾチックでも平凡ですし、それにすでに相手がいる。自分のものにできない男に惚れこむのは、理解できません」
貴族家の当主であるアレキサンドラにとって、男は好きな時に好きな相手をつまみ食いできるオードブルに過ぎない。エカテリーナの騒動で婚約者を失って以来、一人の男に夢中になったことなど無いのだ。ユスポフ伯爵家は純愛と純潔を重んじるアモリア教の祭事を取り仕切る家だが、その当主であるアレキサンドラは失恋以来、信仰心を失っていた。
「祭祀長様、一つ誤解してる。私はウーノ兄さんを手に入れることを、諦めてない。絶対に自分の物にする。そっちの意気地なし泥棒猫と違って」
「貴女が恥知らずなだけですわよ」
エカテリーナは額に青筋を立てながら答えた。しかし恐怖の大王『雷女帝』として戦場に君臨した彼女の怒りを前にしても、タチアナはひるまず立ち向かった。
「はいはい。それで、タチアナ、お前はどうして彼に夢中になっているのですか?」
「ウーノ兄さんは、とっても優しくてとっても強くて、ちょっぴり泣き虫。私が守ってあげたくなっちゃう。そう、あれは去年の夏、私がパンツ泥棒を友達から強要されたとき……」
「貴女ミーシャの一件以外にまだ罪状ありましたの!?」
エカテリーナの言葉を無視して、タチアナはウーノを好きになった理由を語った。
パンツ泥棒をしたのに、逃げる自分を追いかけて魔物から身を挺して守ってくれたこと。その後、自分の仲間内での立場を案じてわざわざ魔物の足を取りに行ってくれたこと。
その強さと優しさの反面、妻を想って寂しげにため息をついたこと、なぜ自分ではだめなのかと、嫉妬したこと……
そして、初潮を迎え大人になったことで、想いを我慢できなくなったこと。何が何でも、ウーノを自分の物にしたいと、思うようになったこと。
その結果起こした行動はとても陰湿で非道な行いだったが、それでも愛は止められない。タチアナはそう赤裸々に語った。
「……ふむ、なるほど。確かに彼はいい男ですね。それでいて流されやすく惚れっぽい。なぜ自分ではだめなのかと、自分の方が愛していると、そう考えるようになってしまっては、執着してしまう気持ちも理解できます。もう少しで釣れた魚を逃がした時ほど、イライラするものですし……それが幻の高級魚であれば、なおさら」
「そう。もしも私の方が早く会っていれば、助けていれば……そう考えると、諦めきれなかった。そして、ウーノ兄さんは、愛されることを、拒否しない。だから、私はウーノ兄さんを愛することを、やめられないんです」
アレキサンドラはタチアナの気持ちを的確に言い表した。タチアナはそれに深く頷いて見せる。
いっそのこと、ウーノが身持ちが本当にカチカチで、他の男性同様に女性に対してちゃんと警戒心を持っていたら。タチアナはここまで狂わなかったかもしれない。
ウーノは、異常なほど警戒心が薄く、女性に対して友好的で開放的なのだ。貞操観念が逆転しているのである、この世界からすると。
しかし、ミーシャから送られた髪を燃やし、生涯の操を立てると宣言したウーノ。彼が他の女に靡く可能性は、ゼロだと思えた。
「確かに、ウーノは女性への警戒心というか、距離を開けようとする感じがなくて、勘違いしそうになりますわね。でも……ウーノの貞節の硬さは本物ですわよ」
エカテリーナはタチアナに、ラシスカ首都のホテルでの一件を話して聞かせた。
もしもミーシャを助けられなかったら、未亡夫として一生を刻印と共に生きる。その覚悟の証明を、詳細に話して聞かせた。
「……ふむ、なるほど。それほどまでに強く愛されるとは、そのミーシャという兵士は幸せ者ですね。少し羨ましく感じます」
アレキサンドラは興味深そうに呟いた。
恋した婚約者に失望され、愛を失った彼女にとって、そこまで想われるというのはある種の憧れを想起させた。
「でも、それはきっと、ミーシャさんへの負い目があるからこそ。出征した妻を置いて、自分だけ幸せになってはいけない、という責任感の表れ。ウーノ兄さんは、男の人にしては珍しいほど、自立的だし自分で何とかしようとする性格だから。でも、ミーシャさんを無事に救ってその責任感をほぐせば、私にもチャンスはある」
諦めさせるつもりで語ったにもかかわらず、タチアナはウーノを諦める気は無いそうだ。
その能天気な頑固さを、エカテリーナは苛立たしく、疎ましく、そして少しだけ妬ましく思えた。
「貴女、本当に恥知らずですわね。ウーノがそこまで愛するミーシャに、手ひどい仕打ちをしたのに、まだウーノから愛されるチャンスがあると考えるなんて」
「私だって反省してる。いざミーシャさんが助かったら、土下座するし腕の一本二本、もがれても文句は言わない。でも、それはそれ。私は愛することは辞めない。それに……私の計画とミーシャさんを助けることは、利害が一致している。だから、ミーシャさんの無事を願い、救出を望んでいる心に嘘は無い。そう、それが私の禊。ミーシャさんを助けることに、ちゃんと心から協力することが、清算になる。うん、だから私にも愛を語る権利がある。だって、私の愛は償いの先にあるから。これで文句無いでしょ?」
「本当に、屁理屈だけは一人前ですわね。嫌なガキンチョですこと」
先ほど反論できなかった、自分の投げかけた言葉。ウーノに許されていない間に、愛を語る権利は無い。その答えを見つけたタチアナに対して、エカテリーナは嫌味を言いつつも否定はできなかった。
「でも、エカテリーナはどうなの?本気で、ミーシャさんを助けようとしてるの?ミーシャさんが救われたら、もうウーノ兄さんの腕を抱きしめたり、手を握ることはできない。心のどこかで、現状を引き延ばそうとしてない?本当に、ミーシャさんが生きていてよかったと思えるの?いっそのこと死んでくれて、ウーノ兄さんが大人しく刻印を解除してくれたら良かったのに、って思ってないの?」
昨晩答えられなかった質問が再び。夜の山火事のような暗い炎が広がった新緑色の瞳に見つめられて、エカテリーナは、ふと考えてしまった。
もしもミーシャが本当に戦死して、ウーノの刻印が白く染まっていたのなら。その時は、今頃自分は、ウーノと共にラシスカで……
「……馬鹿言わないでくださいまし。わたくしは、ウーノが刻印がまだ黒いことに気が付いた時、ミーシャが生きていると気が付いた時、ウーノと抱き合って喜びましたの。戦友の無事を願う気持ちに、嘘はありませんわよ」
エカテリーナは首を振って、恥ずべき妄想を頭の中から追い出した。
「そういえば、お前はどうなのです、エカテリーナ。なぜ彼に懸想しているのですか?タチアナは諦めていないそうですね。しかしお前の口ぶりからすると自分の物にならないと分かっていながら、随分と熱を入れて貢いでいるようですが」
「……お姉さまは、殿方を性欲処理の道具以上に考えていないと思っていましたわ。なぜそんなに気になるんですの?」
「おや、私とてアモリア様に仕える信徒の一人。愛の物語には興味があります」
どの口が。そう思わなくもなかったが、ここで口をつぐんではウーノへの思いでタチアナに負けたような気がして癪だ。
エカテリーナはウーノとの出会いを思い返しながら、口を開いた。
「わたくしは、ミーシャからウーノを託されましたのよ。夫を幸せにしてくれ、と。嫉妬深く他の女に夫を盗られたくないと、涙した彼女から。だから、わたくしには義務がありますの。ウーノを守り、支える義務が。確かにウーノは賢く物分かりが良く、それでいて勇気と芯がある、人として尊敬できる殿方ですわ。その上に肉厚な胸板とかゴツゴツした二の腕とかとってもセクシーですけど……わたくしの根底にあるのは、性欲でも恋愛感情でもなく、騎士としてウーノを守りたいという、純粋な使命感ですわよ」
自分の吐いた言葉に、エカテリーナは自分で頷いた。
そうだ、自分はウーノを性的に見てはいけないのだ。そうあのホテルの一室で、誓ったではないか。今まで色々と迷ってしまっていたが、それは気の迷い。自分は本当に、ミーシャとウーノの幸せを願っているのだ。
「……ふーん。まあ、そういうことに、しといてあげる」
「何様ですのよ貴女」
タチアナの問いへの明確なアンサーができたことに、内心ホッとしつつも。
それを表に出さずに、エカテリーナはタチアナをあしらった。
「ふむ、なるほど。恋でも愛でもなく、使命感である、と。納得しがたいものですが……それなら、『約束』を破る気は無い、と」
「ああ、そういえばそうでしたわね」
エカテリーナは姉と交わした、『約束』。姉が家督を相続する時に交わした約束を思い出した。
昨日の夜、会話で触れたが、タチアナへの返答を考えるばかりで意識のうちに無かった。
「そういえば、昨日も言ってた。『約束』ってなんのこと?」
「貴族には色々あるのですよ。あまり首を突っ込んでは、伸ばした首が切り飛ばされますよ」
アレキサンドラの返答に、タチアナは慌てて首を引っ込めてコクコクと頷いた。まあ、お付きの3人は周知の事実だし、知るのは時間の問題だろうが。
その様子を見つつ、エカテリーナは本題を切り出した。
「で、いつの間にか恋バナに脱線してしまいましたけど……お姉さまも皆も、ワスフ川を越えて首都に向かいますわよね?わたくし達もそれに交じって、西に行きたいんですのよ、ミーシャを助けるために。あと、何で予定を繰り上げてこの都市に来たのかも教えてくださいまし。ビウクニツでの一件の噂を小耳にしたとしても、もうこの都市に居ましたのよね」
「ああ、それでここシュチェンまで。お前が私の下に来るなんて、いったい何の用かと思いましたが、伝言を届けるためだけでは無かったのですね」
「ミーシャを助けるために、吐き気を堪えてお姉さまに会いに来ましたのよ。嫌々ながら、ミーシャのために」
タチアナの方を見ながら、エカテリーナは強調した。
彼女の嫌味に対して、タチアナは頬をむくれさせるが、アレキサンドラは言い返さずに思案顔を浮かべた。
「まあ、アモリア教徒として、純愛に殉ずる男の手助けをするのは、やぶさかではありません。お前の手助けをすることになるのは業腹ですが。しかし、ワスフ川以西への訪問は、取りやめになりそうです」
「……それは、わたくしへの当てつけですの?」
「早合点するものではありません。言ったでしょう、やぶさかでないと。昨夜の会食は、ポツカの巡礼者、ガマニアの巡礼者の合同会議でした。そこで意見が出たのですよ。現在のガマニア連合は、アモリア教の純愛過激派を中心とする穏健派と、対スーラフ復讐論を唱える強硬派で割れています。その状況でラシスカの巡礼者がワスフ川を越え、ポツカの首都でガマニアの宗教家と言葉を重ねることは、再びポツカをガマニアとラシスカが挟撃する予兆のように捉えられかねません。今回、シュチェンに外務省や大使館を通さず早入りしていたのは、昨夜の会合に参加するためであり、政治から距離を開けるためでもあります。外務省は戦争を含めたあらゆる選択肢を検討しているそうですが、私を初め信仰省は戦争を望んでいません。その結果、今回の来訪はワスフ川を越えない方針です」
アレキサンドラの説明に、ただの村娘で国際情勢に疎いタチアナは首を傾げていた。しかしエカテリーナはその話を聞いて、嫌な想像が首をもたげた。
「待ってくださいまし、ビウクニツでの一件は、スーラフの関与が確実ですわ。スーラフ語を話す魔導車技師と見られる殿方が、現場に居ましたもの。スーラフは、ポツカとラシスカの関係悪化、ひいては戦争を望んでいると考えて間違いないですわよね。そして、ここにはガマニアで戦争反対の穏健派、そしてラシスカの戦争反対派で信仰省の重鎮のお姉さまがいる……」
「ええ、ちなみにポツカの巡礼者も平和主義者たちです。昨日の会談は、同じアモリア教の信徒として3国の平和を願う意思の、確認の場でもありました。もう一つ面白い話をしてあげましょう。明日は信仰を軸とした記念式典と、都市住民との交流会として舞踏会が開催されます」
「絶っっっ対に、何か起こりますわね……お姉さまがワスフ川以東で留まるなら、これ以上ここにいる理由もありませんわ。とっとと他所に行かせてもらいますわね」
即断即決。エカテリーナはもう立ち上がって、隣室にウーノを呼びに行こうとしていた。
しかし、アレキサンドラは金色の雷のダーツを彼女の鼻先に投げつけた。それは壁に直撃し、黒いひび割れのような模様を壁に咲かせた。
「ああ、それは許可できません、エカテリーナ・ユスポフ、我が妹よ。秘密裏に来訪したので、丁度、手駒が足りなかったところです。当主命令、明日の舞踏会に参加し、私服警備にあたりなさい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こんな感じかな?」
「筋がいいネ!自分の体を魔導具のようにイメージするヨ。女のように感情で魔法を操るようにはいかないけど、男だって理屈をこねれば似たようなことがデキル!その自信が大切ヨ」
ヘンリクに教わりながら、ウーノは身体強化魔法を学んでいた。高校生物までの知識しかないが、この世界よりは医学が進んでいるウーノの知識は、身体強化魔法の習得に役立っていた。
女性相手でも子供や老人相手なら、腕相撲で勝てそうである。
「ふー……でも、魔法を使うのって大変だね。体だけじゃなくて、頭が疲れる……」
「しょうがないネ。感情的に魔法を使うのは、男には難しいヨ。考えて使わないといけない分、疲れるのは当然ネ。そろそろ休憩スル?」
「ああ、そうだね。ふー……えーっと、ヘンリクはエカテリーナのこと、知りたいんだっけ?」
聞き上手で話し上手。顔が良くコミュ力もあるヘンリクに、ウーノはいつの間にか呼び捨てにするほど親しみを感じていた。
「ソウソウ!あんな美人、体も許さずメロメロ!その極意知りたいネ!」
興味深そうにのぞき込むヘンリクに、ウーノは苦笑した。
体も許さず。それはルカにも驚かれた点だ。男が女に願いを聞いてもらうには、基本的に体を差し出すしか無いこの世界で、自分は特異に映るらしい。
「そうは言っても、俺が特別なんじゃなくて、エカテリーナが優しいだけだと思うけど……そうだな、エカテリーナとは……初対面で裸を見られて……」
壁一枚挟んで。正午が近づく真昼間。男たちは女たちの言葉の応酬を知らず。のんびりと体を動かし、のどかに語らっていた。




