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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
シュチェン編

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278日目①

 ここしばらくの間で一番、冴えていた。

 旅立ってからずっと、四六時中エカテリーナと共にいたせいで、隙が無かった。それに無理やり強行しようとすると、エカテリーナの顔や体の柔らかさがちらついてしまう恐れがあった。


 しかし、エカテリーナの過去語りにより、十分にミーシャのことで胸がいっぱいになった。そして一人の時間も確保できた。


 ウーノは、賢者になった。


「……ああ、そうだ。タチアナちゃんに、なんで俺がミーシャちゃんに惚れこんでるか、詳細に説明しよう」


 ウーノは閃いた。そう、この世界で彼に好意や性欲を向ける女性は、みな男の上に立ちたがる気質がある。

 ミーシャにも見栄っ張りだったり嫉妬深かったりと、支配欲や束縛欲の片鱗は見えるが……それでもことあるごとに、自分を下げてでもウーノを立てていた。

 ウーノを立てるために、取り立てて興味の無い話を聞いてきたり、あるいは先に謝ってくれた。守って欲しい、助けて欲しいと、言ってくれたのだ。


「ああ、いい感じだ。うん、言葉が湧いてくる……」


 なぜ君では無く、妻を愛しているのか。

 その詳細を語る言葉が、次々と浮かんでくる。


 魔導車の客車と違う、ちゃんとしたベッドの上で。

 ウーノは明日の会話を楽しみにしながら、快適な眠りについた。



 そして翌朝。アレキサンドラとの面会前に、タチアナにミーシャへの愛を語ろうと意気込んでいたウーノは、その機会を失っていた。

 エカテリーナとタチアナのバトルが、再び始まっていたからだ。


「つまり、私はもう少しでウーノ兄さんを手中に収められていた、ってこと?」


「やっぱ反省してないですわね!?夫のため、国のため、戦友のために身を捧げたミーシャをおとしめた、その罪の重さ、分かってますの!?」


 エカテリーナは、昨日タチアナに語り損ねたミーシャとウーノのエピソードを詳細に語っていた。それによりタチアナに反省を促そうという魂胆らしい。

 しかし、タチアナはブレないショゲないヘコタレない。あくまで自身の目的を追求しているようだ。


「……確かに今の私の反応は、良くなかった。ウーノ兄さんをもう少しで手に入れられる可能性が存在した事実に、目が曇ってた。うん、私は悪いことをしたと思う。やり方も陰湿でみっともなかった」


 ウーノが朝の支度を終え部屋を出ようとしたら、二人が言い争っている声が聞こえて来たのだ。今は戦いが終わるのを、ドアの後ろで待機中である。


「はぁー……それに、何があってもウーノは貴女にはなびきませんわよ。妻を助けられなくなければ一生妻に操を立てて生きていく。それを実現するために、刻印解除用にミーシャが送った髪束を自ら燃やす殿方が、妻を助けたうえで他の女にうつつを抜かす訳がありませんもの」


「ウーノ兄さんの愛情深さは素敵だけど、勝ち目はある。ミーシャさん、ベッドの上だとクソ雑魚だったらしい。それなら、その雑魚さに我慢できなくなって他の女……もとい私を試してみたくなる可能性はある。どんな苦痛に耐えられても、快感に耐えられるとは限らない」


「快楽堕ちとか、なにを禁書の中の妄想みたいなこと言ってますのよ」


 ウーノはギクッとした。別にミーシャがクソ雑魚であることに不満は無いし、それもチャームポイントの一つだと思っている。

 しかし、毎回すぐにミーシャが失神していたら?毎晩同じプレイ内容になっていたら?マンネリからの夫婦の危機、あるかもしれない。


 そこまで考えたところで、ウーノは少し馬鹿らしくなった。

 そんな心配をする前に、まずはミーシャを助けなくてはならない。


「それにしても、昨日のあれで完全に心を折ったと思ったのに、やけに元気。そっちこそ、反省が足りない」


「……フン!ですわ。少なくとも、わたくしはミーシャを助けるために、色々我慢して、行動に移してますもの。貴女のような小娘に、能書きを垂れられる覚えはありませんのよ」


 タチアナの言葉も気になったが、それに疑問を感じる前に、エカテリーナの口から発せられた言葉が、ウーノの心に影を差した。

 我慢。それはすなわち、エカテリーナに負担を強いているということ。

 エカテリーナにどう報いれば良いか考え始めたウーノにとって、それは無視できない言葉だった。


 無私の献身も、忘恩の前には擦り切れる。

 しかし自分には、ある程度体を許すくらいしか、してあげられることが無い。そしてエカテリーナはそれを拒もうとする。

 いっそ、無理やりにでも渡すべきか?しかし履いてるパンツを頼まれても無いのに渡すのは……いくらこの世界で男の脱ぎたてパンツに需要が存在するとしても、その行動は流石にキモ過ぎる。ウーノは頭を振った。


「あー、話は済んだかな、二人共。廊下で言い争うのも、ほどほどにね。つまみ出されかねないんだから。まあ、それはさておき、おはよう、エカテリーナ、タチアナちゃん」


 結局のところウーノは、何かしら有効な解決策を思いつけないまま、朝の挨拶をした。

 タチアナにミーシャをどれだけ愛しているか、説明することを忘れたまま。



 3人はそろって朝食を食べていた。代金は伯爵家に付けるらしい。ウーノとエカテリーナは、夕飯に続き朝食も豪勢なただ飯にありつけていた。

 朝食後は、アレキサンドラに誘われた通り、彼女との面会の予定だ。エカテリーナはウーノに、姉の人となりを伝えていた。


「ムシャ……お姉様はわたくしの、ズゥー……13歳上ですの。だから今年で30才ですわね。八方美人が得意で、陰でわたくしを苛めつつ周囲にはいい顔してましたわね。自分を偽るのが上手な方ですのよ」


 相変わらず食べながら話すエカテリーナ。不機嫌そうに話す彼女を見ながら、タチアナは面白そうにつぶやいた。


「本当に仲悪いんだ。祭祀長様、私がエカテリーナを襲撃したって知ったら、すごく興味津々だったけど。おかげで旅に付いてこれて、ウーノ兄さんに会えた」


「タチアナちゃんから見て、アレキサンドラ伯爵はどんな人?」


「怖くて偉い人。でも私も新入りだから詳しく知らない」


 肩をすくめるタチアナ。ナジンカやルキーナのような相手にもズケズケと距離を詰め、タチアナに対してすら仲良く?喧嘩するエカテリーナが、ただ嫌悪の感情だけをぶつける姉のアレキサンドラ。完全に関係が破綻してしまっているのだろう。


「それにしても、昨日のやり取りは肝が冷えたよ。またあの会話を聞くことになると思うと、気が滅入るね」


「そうそう、正直怖かった。物理的な恐怖じゃなくて、もっとじめっとした嫌な感じ。こんな人にウーノ兄さんを任せておいたら、教育に悪い」


「タチアナちゃん、それは何目線のセリフ?」


 やはりタチアナはウーノを、というか女性全般は男性を、ナチュラルに下に見ているのだろうか。

 年下の少女の言葉に、ウーノはあきれ顔を浮かべた。


 そんな二人のやり取りを聞いて、エカテリーナは気まずそうに目を伏せた。


「……私だって、好きでやってる訳じゃありませんのよ」


 ウーノが質問すると、いつも楽し気に得意げに答えるエカテリーナ。しかし自分の過去についてとなると、途端に口を濁し始める。

 貴族的な自分が、心底嫌いらしい。


「そっか。それはそれとして、お姉さんには俺たちのこと、どう説明しようか」


 エカテリーナが思わせぶりに言ったものだから、アレキサンドラは自分たち二人を夫婦だと誤解しているはずである。

 そう考えていたウーノに、タチアナは目をそらしながら呟いた。


「……言っちゃった、祭祀長様には。エカテリーナとウーノ兄さんは、夫婦じゃないって。旅の目的とか」


 アレキサンドラのお供のタチアナは、どうやら自分の知る二人の情報を全て主人に伝えたらしい。

 まあ、ウーノにはともかく、エカテリーナに義理立てすることもない。貴族然としたアレキサンドラに、ただの村娘の少女が隠し事をするのは、難しかったのだろう。


「あら、じゃあ仕方がないですわね。素直に全部ぶちまけた方が良いですわ。下手に誤魔化して、痛くない腹を探られるのも不愉快ですし。昨日話したことも、嘘は混じってませんもの。というか、そもそも他の皆に話しちゃいましたもの。どのみちでしたわね」


「まあ、そうなるか……」


 成るように成れ。どのみちアレキサンドラとの対応は、自分には務まらない。

 ウーノは考えるのを止めた。


「まあ、ビウクニツでの一件を話せば、わたくしとウーノにチャチャ入れる暇はなくなると思いますし、心配しないで良いですわよ。何でお姉さまが早入りしてるのか、お付きの彼女らも聞いてないそうでしたわ。極秘事項とかなんかで。オバ様から念のために報告書の写しを受け取ってますし、それをダシに情報を引き出して、協力させますわよ」


 立ち上がるエカテリーナにつられて、ウーノとタチアナも席を立った。

 会計をせずレストランを出る一行を呼び止めた従業員に、エカテリーナはすました顔で、ユスポフ伯爵につけるように伝えるのだった。



 タチアナの先導の下、一行はアレキサンドラがいる最上階のVIPエリアを訪れた。

 そこはラシスカの役所のような、どこか宮殿を思わせる上品で豪奢ごうしゃな内装で、外交の舞台に利用されるにふさわしい品格を存分に示していた。


 そんなシャンデリアに照らされた廊下を歩いた先、タチアナが叩いたのはラシスカ国旗が飾られた扉だった。


「おはようございます、祭祀長様。客人を連れてきました」


「……ああ、入りなさい」


 扉越しに聞こえてきた気だるげな返事に首をかしげながら、タチアナは扉を押した。

 続いて入室したエカテリーナは、室内の光景を見て目を見開き、そして怒りのあまり唇を震わせた。

 昨日のような貴族的会話を想定して、冷酷貴族モードの微笑を作っていた彼女に怒りの感情が乗ると、それはもう首筋が冷える微笑となった。しかしその表情に恐れる暇もなく、ウーノもタチアナも呆然とした。


 彼らを驚かせた光景。それは、ベッドの上で法衣をはだけさせたアレキサンドラと、裸体をシーツで隠すように縮こまっている、黒髪黒目の男性だ。

 それ用のお香をいていたのか、甘くまとわりつくような粘度のある煙がうっすらと室内を覆っていた。


「……ユスポフ伯爵家は、アモリア様にお仕えする信仰を司る家。その当主であるお姉さまが、裸体の殿方と一緒に、何をしてるんですの?お姉さま、家を継いでいるのだから既婚者ですわよね?夫がいながら、外国でこのような……なんの冗談ですの?これは?」


 アレキサンドラは、まるで予定通りとでも言うように、薄く笑った。

 自分を挑発するため、不快にするために、わざと見せつけたのか。そう気づいた瞬間、エカテリーナの氷の表情は、嫌悪を隠すことを出来ずに解け去り、ただ汚物を見るような視線を、実の姉に向けた。


 その妹の視線に動じることも無く、アレキサンドラは薄笑いを浮かべたまま口を開いた。


「おや、お前こそ、何の冗談?私はお前に、部屋に来いと命じたのですよ。男を自慢しに来いとは、言った覚えがないのだけど。それも人夫に手を出した自慢なんて……恥を知りなさい」


「どの口が……わたくしとウーノは、清い関係ですわよ!純愛を貫くため共に行動しているだけですわ!」


 ウーノとエカテリーナの関係をタチアナから聞いているアレキサンドラは、二人の関係を揶揄やゆするようにせせり笑った。


「はっ!笑わせてくれますね、エカテリーナ。確かにそちらの男は、なかなかどうして筋が通っているようだ。タチアナから聞きましたよ、妻を救うためにわざわざ西を目指していると。大した傑物ですね。しかしエカテリーナ、お前はそんな傑物に対して、協力の見返りとして厚かましくも懸想けそうしているそうじゃありませんか。まったくもって、処女純潔修道騎士の名が泣きますね」


「そんなんじゃっ……!ありません、わよ……わたくしは、ちゃんとミーシャのために……」


 タチアナ同様に痛いところを突かれたエカテリーナは、押し黙ってしまった。

 自分はちゃんと、ミーシャを助けるために行動している。そう自分を奮い立たせて、気持ちを切り替えたつもりだった。しかし、異国に抑留されている戦友の夫に対して、大声では言えない感情を向けているのは、変わらぬ事実だった。


 ミーシャを助ける。その気持ちに嘘は無い。しかし、ウーノに想いを寄せてしまっているのも、また事実だった。


「エカテリーナ、俺は君がそばにいてくれて、本当に助かっている。俺一人じゃ、4,5回は死んでたよ。まだまだワスフ川も超えてないのにさ。だから、エカテリーナ、どうか気にしないで。君が気に病むことは、何もないから」


 ウーノがエカテリーナに耳打ちすると、エカテリーナは無言でぎゅっとウーノの手を握りしめた。

 手袋越しにも、その手のひらの厚さが伝わるようで、手汗で手袋が滑ってしまいそうな気がした。


 ウーノの耳打ちのおかげで、エカテリーナは再びあの酷薄な微笑を取り戻した。

 その様子を見たアレキサンドラは、興味深そうにウーノを眺めた。


「なるほど、趣味が悪い、というのは取り消しましょう。肝のつぶれた女を支え、建て直させるのは、良い男の証拠です。お前にはもったいないくらいの、ね。どうです、ウーノ、と言いましたか……私に奉仕してみないか?刻印があっても、できることは色々ある。良い男は、良い騎手であるべきだ。そこの駄馬から、私に乗り換えては。妻を助ける、という願いを果たすには、伯爵家の当主の私のほうが協力できると思うが?」


 奉仕。舌なめずりしながら、獣の眼光を浮かべて、アレキサンドラはうそぶいた。

 最低限の丁寧さもかなぐり捨てて、彼女は物欲しそうにウーノの体に視線をわせる。


 エカテリーナの手を握る力が、ギュッと強まった。行かないで欲しい、だけどミーシャを助けるためには、姉のほうが有用かもしれない。そんな言葉にならない葛藤が、握った手には込められていた。


 どこかるような、必死に握られた手を、ウーノは上からそっと撫でた。


「お断りします。俺は、エカテリーナと共に、妻を救います。妻は、彼女を信用して、信頼して、俺のことを頼んだそうです。だから、俺はエカテリーナ以外の女性を、頼る気はありません」


 悩むそぶりを見せず断言したウーノに、アレキサンドラは残念そうに首を振った。


「やれやれ。顔はともかく、その体には、興味があったのだけど」


「……わたくしにウーノがもったいないのはごもっともですけど、お姉さまにはもっともったいないですわね。ウーノの良さを、分かってないんですから」


 エカテリーナは、所有権を主張するようにウーノの腕を抱きしめながら、勝ち誇った顔で言った。


「ふん……さあ、楽しいおしゃべりはこれくらいにしましょう。耳は遠くなっても、まだまだビウクニツでの騒音くらいは聞こえてきます……ああ、ここからは政治の話です。男性にはお引き取り願いましょう。あちらの部屋で待ちなさい。ヘンリク、ウーノ妻人を案内して」


 アレキサンドラが手をたたくと、いつの間にか服装を整えていた男性、ヘンリクと呼ばれた彼が、ウーノの側にいた。


「……こちらへドウゾ」


「え、ああ……じゃあ、エカテリーナ。また後で」


「お姉さまに、よく言って聞かせますわ。ウーノは聡明で勇敢で、この手の議題の場にも、いるべきだ、と」


 女が政治や軍事の話をしているときは、男は席を外すべきだ。最近エカテリーナの権威でそこの垣根を超えられていたが、勘違いしていけない。

 名残惜しそうにするエカテリーナを置いて、ウーノは素直にヘンリクの後について部屋を移った。


 案内されたのは、クッションやソファ、観葉植物が並ぶ部屋。

 相変わらず金のかかっていそうな内装にウーノが目を取られていると、ヘンリクが彼の手を取った。


「Es ist schön, meine Leute an einem Ort wie diesem zu sehen! Wie heißt du? Wie lange bist du schon hier?(こんなところで同胞に会えるなんて嬉しいな!名前は何だい?いつからここにいるんだい?)」


「え?が、ガマニア語……?えーっと、Mein Name ist……あー、ごめん、俺まだガマニア語は練習中で……俺の名前はウーノ。君さっきポツカ語話してたよね?そっちで喋ってくれないかな」


「……オヤ?ドゥは同郷じゃナイン?顔一緒ダカラ同じ生まれカト思たヨ」


 ヘンリクがウーノの手を握ったまま、不思議そうに首を傾げた。

 彼の言葉に、ウーノは改めてヘンリクの顔をよく観察した。


 自分と同じ黒髪黒目、周囲よりも薄っすらオレンジ寄りの肌色、そして彫りの浅い顔立ち。確かに自分と東アジア人種の顔である。ヘンリクのほうがイケメンであるが。

 同じ人種の男性の登場に内心驚きつつ、ウーノはどうやって誤魔化すか思案した。


「あー、色々複雑でさ。本当はラシスカに住んでいるんだ。今は、故あってさっきの金髪の、エカテリーナって女性と一緒にポツカの西を目指してる」


「さっきの人ネ。奥サンと一緒に旅してル?ナンカ複雑なことイテタけド」


「いや……いや、うん。そうだね。色々あって、夫婦で旅をしているんだ」


 色々な人にばらしてしまっているが、一応エカテリーナとは夫婦という設定なのだ。

 アレキサンドラ経由でばれるかもしれないが……偽装できる範囲は偽装すべきである。


「フーン、複雑ネ?イッヒはヘンリク言うヨ。ガマニアの南の、ラパチアの生まれネ」


 ポツカ語のイントネーションがおかしいと思っていたが、ガマニア出身だからか。ウーノは納得がいった。


「ガマニアか。どうしてまた、ポツカのこっち側に?」


「……スーラフ軍に捕まって、慰安夫させられてたヨ。戦争終わっても、連れ帰ってくれないネ。最近まで、ポツカの国境警備隊相手に売っテたのを、アレキ姉……あの祭司長の人に買ってもらったヨ。巡礼ついでに連れて行ってもらう予定ネ」


 どうやら彼もまた戦争の被害者らしい。ウーノにとっては、男が性的に搾取される悲惨さがピンとこないところはある。しかしミーシャに押し倒されたときに感じた恐怖を思い返せば、ある程度は想像ができた。


「苦労したんだね。気持ちが分かる、とは言えないけど……ん?ポツカの国境警備隊相手に……ヘンリク……同じ黒髪黒目……」


 ウーノはふと、自分が手をかけた緑髪の女性兵士の、最期の様子を思い出した。自分に向って、ヘンリクと名を呼んだあの様子を。


「どうかしたネ?」


「いや、何でもない……ああ、本当に、何でもないんだ」


 ヘンリク。自分が殺した人間の家族か恋人か。そう考えていた人物が、娼夫であった。その人にとって自分が殺した女性は、大切な人ではなく、客の一人であった。

 100%そうだと断定できるわけではないが、ウーノにとってこの『真実』は心を軽くしてくれるものだった。


 ほっと胸をなで下ろすウーノに、ヘンリクはいぶかしげな視線を送った。


「……まあ、いいカ。せっかくだし、ドゥのこと、教えてヨ。きっと先祖が一緒のハズ、ラパチアの同胞に変わりないヨ」


 東洋人の顔立ちをした民族が、ガマニアのラパチアと言う地域にはいるらしい。


「ああ、そうだね……うーん、何から話せばいいか……」


 ウーノは言葉を選びつつも、ふかふかのクッションのソファに体をうずめた。

 胸のつかえがとれた安堵感、そしてヘンリクの不思議な気安さから、ウーノの口は自然と軽くなっていった。

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