277日目③
会食は立食パーティーの形式で行われたようだ。詰め寄る修道騎士たちに、エカテリーナが話す前に食事を、と要求すると、彼女らは残った食事でオードブルを作って来てくれた。
それをホテルにある会議室を借りて、修道騎士たちに囲まれながら食べていた。
最後に茶を流し込みながら、ウーノはタチアナを偲んだ。
可哀想なタチアナ。食事を取る前にエカテリーナと喧嘩して、その空腹のままあの怖いアレキサンドラの手伝いをさせられるなんて。いや、むしろ空腹で良かったのかもしれない。あの顔色だ、食後だったら吐いてたかも。
そんな感じでウーノが存命のタチアナの冥福を祈っているうちに、食事は終わった。
「いやー、びっくりしたね。エカテリーナ、あんたが修道騎士団に来たばかりの時を思い出したわ」
「あー、ええ。そんなこともありましたわね。恥ずかしいからあまり掘り返さないでくださいまし」
「相変わらずやんなー。ボスとの口喧嘩っぷりはー。びっきびっきやったん、ありゃアンタの勝ちやわ」
「当然ですわよ。お姉さまがわたくしに勝てる所なんて、何一つありませんもの」
「ねえねえ、奥さん、知ってる?こいつがユスポフ伯爵家からウチの修道騎士団に預けられて、すぐの頃……」
「だー!黙りやがれですわ!黙らないなら、わたくしが黙りますわ!ウーノのことも内緒にしますわよ!」
どうやらエカテリーナは、よっぽど過去をほじくり返されたくないようだ。怒りと羞恥で耳まで真っ赤にして、ブンブンと腕を振り回している。
その様子に、皆エカテリーナの知己らしい3人は、ワハハと笑い声をあげる。親し気で気心の知れた様子で、肩を叩いたりからかいの声をかけていた。
年のころもエカテリーナと皆近いし、特に仲の良い団員だったのだろうか。
「皆さん、エカテリーナの友達ですか?」
「こいつらに敬語は不要ですわよ、ウーノ。揃いも揃って、いい年して悪ふざけばかりしている悪ガキばかりですもの」
「違いないね!アッハハ!」
今まで一緒にいて、エカテリーナをとりわけ生真面目だと思ったことは無かった。不真面目とも思わなかったが。しかしこの3人相手にエカテリーナはどことなく、委員長的というか真面目な役回りをしているように見えた。
「ところでー、そろそろアンタのいい人を、教えてやん」
久しぶりの再会を喜ぶのをほどほどに、彼女たちは興味津々な目でウーノを見た。
その視線に対して、エカテリーナは胸を張って答えた。
「夫ですわ!」
「「「おおー!」」」
「まあ、偽りの、ですけど」
「「「ん、んん?」」」
揃って歓声を上げ、揃って首をひねる。
随分と息の合った反応だ。修道会は生活を共にする共同体だが、修道騎士団もそうなのだろうか。ウーノはそんな感想を持った。
「ウーノ、ぶっちゃけて良いですわよね。お姉様は置いておいて、皆、力になってくれるはずですわ」
「ああ、君の判断に任せるよ」
より好奇の視線が強まる中、エカテリーナはウーノに断りを入れると、今までの経緯を説明し始めた。その話は、ウーノにとっても一部は新鮮だった。なぜなら最初の最初から、説明がなされたからだ。
戦場でのミーシャとの出会いと、それから夫婦の手紙のやり取りを読ませてもらうようになったこと。手紙の内容まで、レビュー込みで説明していた。ミーシャからの便りで、エカテリーナという戦友がやたら手紙をありがたがっている、とは聞いていたが、本当に彼女は自分たち夫婦のやり取りが好きだったらしい。
ウーノが自分の書いた文章がこんなにも妻以外の誰かに見られていた、というのを改めて気恥ずかしくなる一方、一つのアクシデントが起きた。
「……ちょっと待って、エカテリーナ。あんた、つまりは妻に向けて送られたウーノさんが撮ったヌード写真、盗み見たってことよね?」
「ぬ、盗み見たんじゃありませんわよ!不可抗力でしたわ!」
「見たって事っしょ!者ども!やっちまうよ!」「「「Ураааааааа!!!!」」」
「あ、ちょ、ま、グヘェッ」
エカテリーナはあまりに赤裸々に、ヌード写真の下りまで詳細に語った。流石のウーノもちょっと恥ずかしかった。
一人の号令によって、割と本気でエカテリーナが袋叩きにされても助けようとしないくらいには、恥ずかしかった。
血気盛んな3人娘の気が晴れて解放された後、エカテリーナは興奮以外の理由で初めて鼻血を垂らしていた。
「ふう、すっきりしたわ。あ、でもそうか。本当の夫婦なら、約束、破ったことにはならないのね。あ、挨拶が遅れたわね、私はリベリカ、よろしくお願いするわ」
「あ、よろしくお願いします。そう言えば、約束って何のことですか?さっき、アレキサンドラ伯爵も言ってましたけど」
「ああ、それは、エカテリーナが結婚しない、妊娠しない、って言う約束やんよ。それと引き換えに、ボスは伯爵家を相続して修道騎士団に影響力を持てるようになってからも、エカテリーナに干渉しないって、約束したやんよ。あ、ウチはミディやんな、よろしゅー」
「あ、どうも。結婚、妊娠……」
「ようは、世継ぎを作るなってことよ。言ってしまえば、うちらのボスは、未だにエカテリーナに伯爵の地位を奪われるんじゃないか、って怖がってんの。あの人、まだ子供いないしね。あ、私はポリーナって言いまーす」
「あ、はい。よろしく……」
キャイキャイと騒ぐ3人に挨拶されて、ウーノは顔と名前を覚えながら、前のことを思い返した。結婚・妊娠をしない約束、それを破ったと見えて、3人ともざわついたのか。そう言えば、スヴェトラーナも微妙な顔をしていた気がする。
話をしているうちに、エカテリーナは復活した。
彼女は反省したらしい。その後のミーシャの別れの場面を語り、手紙を届けに来た話。その最中でウーノの上裸を見たことは伏せていた。
ついでにタチアナの罪状もぼかして伝えていた。修道騎士団の面々が感情移入して涙目の中、タチアナの罪を正確に伝えたら粛清確定である。エカテリーナにも敵にかける情けがあった。
そうしてエカテリーナ目線での、旅立ちの日までの詳細が語り終わった後、会議室はシンと静まり返っていた。ときたま誰かが鼻をすする音が聞こえてくる。
ウーノもまた、しんみりした気持ちになった。エカテリーナから、度々ミーシャの話は聞いていた。しかし、ミーシャがどんな思いで決死隊を受け入れたのか、その場面の話は、詳しく聞いてなかった。
ウーノは一瞬、ミーシャから送られた刻印解除の髪を燃やしたことを、惜しいと思った。今ほど彼女を思いだせるものを欲したことは、無かったかもしれない。
そうやって静かになった会議室の中、扉が開いた。
「はぁ、はぁ……み、皆、何を……?点呼なのにだれも部屋にいないし、探した……」
アレキサンドラの用事が終わったタチアナが、皆を探しに来たようだ。
彼女の言葉に修道騎士の面々はそろそろ寝るかと、めいめい立ち上がり始める。
「タチアナ、あんたちゃんと償うのよ」「恋と愛の違い、考えるやんな」「ふぅー……愛ゆえに、人は苦しむ。でも愛を捨てるのは、もっと苦しい……」
「は、はぁ……」
話が見えないタチアナは、困惑しつつ頷いていた。
しばらくしてウーノとエカテリーナ、タチアナを残して会議室はガランとなった。
「……昔話をしてましたのよ。はぁ、ミーシャがどれだけ苦しんでいたか、貴女にも聞かせてやるべきでしたわね、タチアナ」
?マークを浮かべているタチアナに、エカテリーナはため息と共に答えた。
償えよ、その言葉の意味が理解できたタチアナは、小さく頷いた。
「ああ、そういう……そういえば、ちゃんと言ってなかった。ウーノ兄さん、ごめんなさい。私は間違った手段を取った」
タチアナはウーノの前に進み出ると、深々と頭を下げた。
「そう、だね。間違った手段……手段?」
ウーノは首を傾げた。
「うん。考えてみれば、村のために出征したミーシャさんを貶めようとするのは、恩知らずだった。それに女らしくない。女なら、正々堂々、妻の目の前で夫を寝取らないとダメ。て言うか、私は刻印のこと、理解してなかった。ミーシャさんに、私の方がウーノ兄さんを愛してるし相応しいって理解してもらって、諦めてもらわないとダメ。だからウーノ兄さん、私もできるだけ旦那さんを助けに行くの、手伝う。今は修道騎士団の所属だから、ここを離れられないけど……いざと言う時は、脱走兵になってでも助けに行く。そして、ミーシャさんの目の前で、ウーノ兄さんを寝取る。ウーノ兄さんが私の方が好きになるまで、アプローチし続ける」
「……タチアナ貴女全然反省してませんわね!?」
頭を押さえるウーノ、叫ぶエカテリーナ。
「違う。これが反省。私の愛に過ちも狂いもなかった。ただやり方が女らしくなかった、それだけ」
「そうじゃないですわよね!そこじゃないんですのよ!」
「ううん。だって、ウーノ兄さん……流されやすいもん。多分私が先に抱いてたら、私と結婚してた。だから、そのうち私に流される」
タチアナとエカテリーナの視線を受けて、ウーノは頭を掻いた。
「いや、まあ、流されやすいのはそうだけど……ミーシャちゃんとの結婚のきっかけも、直接的にはミーシャちゃんに押し倒されてだし」
「ほら」
「くっ!」
エカテリーナは歯噛みした。何とかしてこの寝取りを企む不埒なクソガキを成敗しなければと、頭を悩ませた。
「いや、でも俺は、本当にミーシャちゃんを愛してるし、うん。流されただけじゃないからね?運命とか、そういう感じで……」
ウーノは一言付け加えた。結婚理由こそ成り行きだが、それを『流された』と言い切るのは、ミーシャへの愛を軽く見ているようで、抵抗があった。
しかし、少女二人にとって、それは重要な論点では無い。流されやすいのは厳然たる事実なのだ。
唸るエカテリーナに対して、タチアナは止めの一撃を放った。
「それに……エカテリーナも、横恋慕仲間。というかある意味私より悪質」
「な……ど、どういう意味ですの?」
タチアナはエカテリーナの耳元に唇を寄せて、囁いた。
「……ウーノ兄さんが、立場的に断れないのを良いことに、胸を押し付けたり腕を抱きしめたり、ボディタッチしてる。ウーノ兄さんが一人じゃミーシャさんを助けられないから、自分を拒めないって分かってるから。だから、ミーシャさん不在の間に、好き放題してる」
タチアナは、ウーノに想いを拒まれてから、ずっと考え続けていた。何がいけなかったのか、6日間の日々に、何故半年以上一緒にいた自分が負けたのか。
きっと、それは『ミーシャ』を否定したからだ。大切な初めての愛を、否定したからだ。だから今度は、正々堂々、ウーノのミーシャへの愛を肯定した上で、全て奪い取って見せる。刻印だのなんだの、そんなのは関係ない。ただウーノが自分の方が好きだと認めるまで、愛し続けるだけだ。
それがタチアナの現状の結論だった。
その結論では、愛を勝ち取ることは難しい。ウーノがミーシャを深く愛するのは、他の女性ではダメだと思える美徳がミーシャにあるからだ。しかし、奇しくもタチアナの理論は、エカテリーナに丁度突き刺さる形をしていた。
「……そんな!……こと、は……」
「私は、ミーシャさんが帰ってから、そうする。別に断られても、拒まれても、ウーノ兄さんが私を好きになるまで。でも、エカテリーナは、そうじゃない。ウーノ兄さんが断れない状況で、拒めない状況で、誘惑してる。ほら、貴女の方が、悪質。本当に、ミーシャさん助ける気、あるの?」
「……っく」
エカテリーナは反射的に、タチアナの頬を張ろうとした。それを止めたのは、彼女の女としての矜持だった。
しかし、その振り上げられた手を見て、タチアナはニンマリと笑った。
「私の、勝ち……ウーノ兄さん!私の部屋で、寝て良いよ!」
「へ、ああ……いや、でもなあ」
「心配しないでいい。私『は』、ウーノ兄さんと一緒に寝ようなんて、言ったりしない。他の人の部屋に泊めてもらう」
タチアナに手を引かれるウーノは、様子のおかしいエカテリーナを気遣うように足を止めた。タチアナの囁きが聞こえなかったウーノには、エカテリーナが突然手を持ち上げたことが、不可解に映っていた。しかし、彼女の表情が一瞬で凍りついたのは、見逃さなかった。
何を言われたんだ……?
問いただしたい衝動を抑えて、ウーノはエカテリーナの様子を窺った。
心配そうな表情を浮かべる彼に向って、エカテリーナは昨晩の夜、魔導車の客車の連絡口で見せたような、なりそこないの笑顔を浮かべた。
「わたくしも、今日は適当な部屋で寝ますわ。ウーノ、たまには一人で、ゆっくり寝てくださいまし」
なんとかウーノを送り出した後、エカテリーナは心の中で呟いた。
ああ、蒸留酒が飲みたい。
ミーシャの身代金のため節制生活をしているので、高価な蒸留酒を最近は飲んでいなかった。そう、ミーシャのために、自分は節制しているのだ。ミーシャを助けるために。
頬が火照るのに、体の芯は寒い。そんなどうしようもなく不快な体を抱きしめて、エカテリーナは一人会議室でへたり込んだ。




