276日目①
翌日。旅支度を終えたウーノとエカテリーナは書類仕事に追われるスヴェトラーナに短く別れを告げた。
『ラシスカ帝国の国章であるジャガーノートを象った魔導戦車を暴れさせて、ラシスカへの悪感情を掻き立てる』と言うのが、スーラフ人民国の諜報機関の目的であったらしい。融和的になった自警団との共同調査で明らかになったその陰謀の対応で、スヴェトラーナは別れ際の時も、忙しそうにしていた。
ルカとは別れの挨拶をすることが、出来なかった。ルキーナ死亡のアリバイ作りのため、大魔法の反動で体調不良、面会謝絶という設定になっているからだ。
窓のカーテンの下から、そっと出された手が、小さく振られる。それだけが、別れの挨拶だった。
「……必ず、会いに行く。次は、ミーシャちゃんも一緒に」
「ウーノ!行きますわよ!」
見えていないだろうが、それでも。大きく手を振り返したウーノは、エカテリーナに腕を抱きしめられて。大使館を、後にした。
乗り合い魔導車に揺られたり、少し歩くことしばらく。都市間を運航している超大型魔導列車の乗り込み所についた。
その乗り場は、都市からは少し離れた位置に設置されていた。寒々しい冬空の下、都市の喧騒もないここは、乗車待ちの乗客が居なければ看板が立っているだけの荒野に変わりない。
だからだろう、ビウクニツにいる間に、その姿を目にしなかったのは。
ラシスカでも多くの客車を引く巨大魔導列車は存在したが、ポツカのそれはより大きい。ムカデのように胴体を延長され、追加の足をたくさん取り付けられた馬の原型を留めていない謎の魔物が、10を超える客車と貨物を曳いて現れた。
その魔導車には各所に2組セットの飾り布が施されていた。1つは大樹に突き刺さった剣と鎌の意匠のポツカ国旗。そしてその横に並ぶ、角の生えたドクロ。スーラフ国旗だ。
その意味は、この悪趣味な魔導車の生産国がスーラフであることを意味していた。
イラストを思い出す。あれは大分デフォルメされていたのだと、ウーノはルキーナの気遣いに感謝した。
「……なんというか、違和感がすごいな。あんまり整備したくないかも」
魔物の死体を弄繰り回してサイボーグゾンビ化する、魔導車製造。それを生業にしているウーノから見ても、キメラ魔導車の存在は異形だった。そもそも魔物も、魔法を使える動物として自然の感覚からは外れた奇形をしている。しかし目の前のそれは、哺乳類を元にしているのに虫のような生理的嫌悪感が湧いてくるデザインだ。
かの黒竜はラシスカに罪を擦り付けるため、双頭の竜という比較的真っ当な生物感のあるデザインに作られていた。しかし機能性を追求したであろう目の前の魔導車は、継ぎ接ぎだらけのフランケンシュタインだった。いや、フランケンシュタインは人間の死体を使って人間を模している分、真っ当だ。これは馬に寄せる気すらない、ただの化け物である。
ウーノが抱いた感想と同様の物をエカテリーナも感じたのか、彼女は鳥肌の立った二の腕を摩りながら呟いた。
「スーラフでは、こういうのを『機能美』と呼ぶそうですわ。効率的であることが美しさを生む、という思想……わたくしには、生命への冒涜にしか見えませんけど」
「美意識の違い、か。でも、こういう技術がジャガーノート型魔導戦車を生んだんだね」
ウーノは複雑な気持ちで、継ぎ接ぎの魔導車を眺めた。嫌悪と、そしてほんの少しの、技術者としての興味が混ざり合う。
「……わたくし、スーラフを野蛮人と言いつつも、結果的にラシスカに勝利したスーラフに、ある種の敬意を持ってましたの。魔導戦車を生み出した技術力といい、先進的な強国だと。でも、ジャガーノートを模してラシスカに罪を被せようとしたり、こんな物を目の当たりにすると……やっぱり野蛮人ですわね」
一方エカテリーナは、純粋な嫌悪感しか湧かないようで、吐き捨てるように言った。
しかし、嫌悪感を感じながらも、渡されたチケットは目の前の魔導車の乗車チケットである。乗務員に券を見せて順番待ちの列に並ぶ。
そろそろ降車客の流れが途切れ、乗車待ちの列が進む、というところで列の後ろを物々しい雰囲気の一団が通り過ぎた。
「隣の都市の……」「自警団の会合だって」
ざわめきを聞く限り、目の前の列車から降りてきた、近隣の都市の自警団の幹部とその護衛らしい。古めかしい軍服に都市の徽章を縫い合わせた、顔にしわを蓄えた老婆は護衛に守られつつ、しわがれた声でラシスカを罵っていた。
ラシスカ人嫌いのポツカ人は、それなりに多いのだろう。直近で2度も戦争しているのだから、当然ではあるが。ウーノは無意識に身を縮ませた。そんな彼を守るように、エカテリーナはそっと肩を抱いた。
早いところ乗り込んでしまおう。そう思って列が進むのをまだかまだか、と待っているところで、覚えのある声が聞こえた。
「あんまり、あることないこと、喋るもんじゃないよ」
マジェナだ。隣の都市の自警団を出迎えに来たのか、ビウクニツの自警団の面々がそこに居た。老婆に向けて忠告した彼女を、周囲の仲間は否定せず。控えめに頷いている。
「……気骨がありますわね、彼女」
「ああ。エカテリーナの、おかげだよ」
「いいえ。そういう時は、良い表現がありますの。みんなの、と言うんですのよ。もちろん、ウーノのおかげでもありますわ」
「……ああ、そうだね」
しかし、その光景をいつまでも見ていることはできない。列が進み始め、エカテリーナがウーノの腕を引いた。
今回の一件で、自分は役に立てただろうか。エカテリーナの戦友として、足手まといにはならなかっただろうか。エカテリーナの言葉に、そんな疑問が浮かんでは来るけれど。どこか晴れやかな気持ちで、ウーノは客車に乗り込んだ。
外の寒さとは違い、客車の中は魔導具の暖房が効いていた。
エカテリーナと共に並んで座席に座るウーノは、重いコートを脱いで気楽な気持ちで深く腰掛けた。
ビウクニツ編、これにて終了です。
次話から新章、シュチェン編開始です!




