275日目⑦
全てがスローモーションになる。
黒い頭を突き破って、ガラスの棘がタンポポの綿毛が開くように、白い輝きと共に全周に広がっていく。
ジャガーノートの射線から逃げるため、誰もが距離を取るのではなく横にずれる逃げ方を選んだため、皆が近くに居る。
部下である兵士たちも、大切な仲間である二人も。
このままでは、全滅する。せっかく守り抜いた地下水路も崩落し、全てが水の泡。
それだけは、避けなければならない。
「これが、本懐を果たすとき、ですね」
ルキーナは、迫りくる乱反射する殺意を前に。心の中に沈み込んで行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「予定よりは早いけど、ここでお別れね。ルカ」
「お別れって……どういうことですか、ルキーナ」
人格が入れ替わる、僅かな時間。
ルカとルキーナがすれ違う瞬間。
普段なら、笑っていたり呆れ顔だったり、疲れていたり。
色々な表情を浮かべつつも、喋らずに横をすれ違っていくルキーナが、今日は途中で立ち止まって話しかけて来た。
ルカは普段と様子が違う彼女に、困惑気味に問いかけた。
「私は消えるってこと。君の進む道を、もう少し見ていたかった気持ちもあるけど……まあ、もう私と言う仮面が無くても、十分に生きて行けるでしょう」
心の中から、ルキーナを眺めているとき。彼女は何時も、敬語を使っていた。久しぶりに、砕けた喋り方をする彼女を見て。ルカはかつての姉と会話するような恋しさと共に、首をかしげた。
「仮面って……ルキーナは、『ルキーナ』でしょう?僕の双子の姉の……」
「私は、『ルキーナ』では無いよ。私は、あの遺髪に残った、『ルキーナ』の魔力の残滓、消えかけの想い出に過ぎないから。それを核に、君が作った仮初の仮面」
「何の話……?」
「おや、君が自分で、妻人に説明したじゃない。体内の魔力を外に放出する時の経路が、髪の毛だ、と。私は、ルキーナが今際に放とうとした、魔法の搾りかす……その魔力に付いた、残されるお前を心配する、心残り。その名残を、君は戦うための仮面、ルキーナと、名付けたんだよ」
そうだっただろうか。ルカは曖昧な記憶をたどった。
双子の姉が死に、自分が『ルキーナ』を演じるよう、両親から命じられた日。姉の遺髪で作られたかつらを、初めてつけたあの日。いつの間にか、自分の中に、ルキーナがいた。
「それで……お別れって、どういうこと?僕はまだ……」
「まだ、夢を叶えていない?でもね、ルカ。君の音楽は、もう十分に、成果を上げてるじゃない。それに、理解者で同志な、友達も出来た。もう私の名前を使わなくても、ルカはルカのまま、音楽をやるべきなんだよ」
「違う、それだけじゃなくて……待ってよ、姉さん!おいて行かないで!」
いつもと違う方へ。心の奥の方に引っ込むのではなくて。彼女は、その身を淡い薄紅色の、花吹雪へと変換して行く。
「姉さん、か……その呼び名に頷くのは、『ルキーナ』に気が引けるけど……ふふ、少しの間だけど、君のお姉さん面が出来て、楽しかったよ。それじゃあ、ルカ、私の弟。後は、頼んだよ」
伸ばした指先に触れる、花びらの熱を残して。ルカの意識は、強制的に『表』へとはじき出された。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ、あれは……『塵咲く焼角』ですの!?」
「知ってるの?エカテリーナ」
「ええ。わたくしの『灰咬む灼舌』と同じ、貴族に伝わるジャガーノート由来の魔法ですわ。質量を持った火の粉の嵐が、全てを焼き削るという……幻想的ですわね」
ジャガーノートのブレスが暴発し、その脅威が周囲を飲み込まんとした時。
ルキーナの髪が薄紅色の炎をまとって燃え上がり、瞬時に火の粉の渦を形成して、全てのガラスを舐め尽くし削り尽くした。
ガラスだけでなく、床から瓦礫まで、火の粉に触れたところを綺麗さっぱり消し去った。
一か八か、無理を承知で雷縮地を発動しようとしていたエカテリーナは、目の前の光景に見とれてしまった。
兵士たちも、自分たちを守る美しい魔法に瞳を輝かせ、うっとりと見とれていた。
ジャガーノートの周囲をぐるりと囲った薄紅色の、花びらのような火の粉たちは、一枚一枚と燃え尽きて、赤黒い塵だけが周囲に残った。
その魔法の行使者であるルキーナ、いや、ルカは、状況が飲み込めないようにペタンと座り込んで、両手で自分を抱きしめ、震えていた。
「ルキーナさん……いや、ルカ君?」
カツラの無い彼を見て、ウーノは戸惑いつつ声をかけた。
「ルキーナが……姉さんが、姉さんが、『中』に居ないんです……!姉さんが……どこにも……!」
唇を震わせて、小さな悲鳴を上げるルカ。直ぐに話せる状況では無い。そう判断したウーノは、エカテリーナに向かって首を振ると、状況を察した彼女が手を叩いた。
「ルキーナ副官がジャガーノートの魔法で、わたくしたちを守ってくださいましたわ!ただ、大魔法の行使で疲弊している様子ですの!ちょっくら大使館まで送り届けてきますから、ここを見張っていてくださいまし!」
「おお、アレが!」「初めて見た、綺麗だったわね!」「ねー、助かって良かったぁ」
命の危機とは言え、一瞬の出来事。それに結局無事だった。そんなこんなで、大きな混乱もなく。兵士たちは初めて見た魔法の感想で盛り上がりつつ、ジャガーノートの見張りやもう絶対に動かないように、解体などを始めた。
「ルカ君、立てる?とりあえず戻ろうか、大使館に」
ウーノは震えるルカの腕をそっと取って、エカテリーナに護送されながら地下水路を後にした。
「オバ様への報告とか、色々済ませておきますわ」
大使館に戻った後、エカテリーナはウーノにルカを任せ、報告に向かった。
自室に戻ったウーノは、魔導具でお湯を沸かしてお茶を入れ、ルカの前に置いた。
「ルカ君、大丈夫?」
「すみません、取り乱してしまって……少し、落ち着きました」
そうは言ってもどこかソワソワした様子で。ルカはカップを握りしめたまま、力なく微笑んだ。
「ルキーナさんは……」
「姉さん……いや、ルキーナは、完全に消えてしまいました。その、あのカツラに残った、姉の魔力と想いが僕の中に形作ったのが、ルキーナだったみたいで。カツラを被っていない時も、彼女の気配と言うか、『中にいる』って感覚があったんですけど、今はそれがなくなって、落ち着かないんです。おかしな話ですよね、2年前の戦争で姉が戦死する前の状況に、戻っただけなのに……2年前に、戻っただけなのに……すごく、落ち着かないんです」
「2年は十分に長いさ。俺なんか6日しか一緒に過ごしてない妻を助けに、密入国までしてポツカに来てるんだから」
おどけて見せたウーノを見て、ルカはクスッと小さく笑った。
先ほどの弱弱しい微笑みとは違う。少しは気力が戻ったのだろうか。
「ふふ、そうですね……すみません、お手間を取らせて。甘ったれるなとか説教しておいて、甘えてたのは、僕の方でしたね」
「そうだよ!これ以上辛気臭い顔するなら、俺も強硬策取るところだった」
「強硬策?」
「とっておきの変顔。見る?」
「いえ……結構です」
誰も見てくれない……熱にうなされて披露し損ねてから、ウーノの中には変顔欲がくすぶっている。とっておきなので、誰かを励ます時にこそやりたいのだが、それを消化できず、彼はモヤモヤしていた。
不満気なウーノを見て、ルカは思わず苦笑した。
苦笑でも笑顔は笑顔。2度目のそれを見て、少し突っ込んだ話をしても大丈夫かと気持ちを切り替えて、ウーノは話を本題に戻した。
「それで……カツラはもう無いから、ルキーナさんにはなれないんだね」
「そう、ですね。双子で生まれて、ずっと一緒に生きてきて……戦死したと聞いても、そのショックを受ける前に、ルキーナになったので。今になって、もう二度と、ルキーナに会えない、姉さんが死んだんだと、本当の本当に実感が来て……取り乱してしまいました」
寂し気なルカ。ウーノにとっても、彼の想いは他人ごとでは無い。
ミーシャが死んだと思って。でも生きていると分かって。もしも改めて、妻が死んだとなれば、最初の悲しみ以上の衝撃に、襲われるだろう。
ウーノは少し不安になって、胸元を広げて下腹部を覗き込んだ。大丈夫、刻印は真っ黒なままだ。
「気持ちは分るよ。最初エカテリーナに会ったとき、ミーシャちゃんが戦死したと、聞かされてたから。その時は、彼女が悲しみを分かち合ってくれた。今は俺が、君の悲しみを、分かつよ」
「ありがとうございます。確かに、寂しいですけど……でも、大丈夫ですよ。僕は、強いので!ウーノさんと、同じく!」
強がりだと分かる、無理やり作ったような笑顔。しかしウーノは、それを指摘するほど無粋ではない。
男らしくない男同士、彼なら乗り越えられると、信じるだけだ。
「……分かったよ。それじゃあ、これからどうするんだい?実家に帰ることになるのかな?」
「そうだと、思います。『ポツカのビウクニツで、スーラフの作成した巨大魔導戦車と交戦してルキーナ・ルナチャルクが戦死』と言う筋書きになるかと。兵士たちにも、ジャガーノートの魔法を使った反動で消耗したとか何とか、言い訳が利きますし。ふふ、部下の兵士を庇っての名誉の戦死、か。姉の名誉を穢さない幕引きで、良かったと思います」
戦場の最前線で、勇猛果敢に戦い戦死した。それは貴族の死としては、もっとも名誉で尊重されるべきものだが、実家の権力闘争の都合でその名誉は無かったことにされてしまった。
その名誉を、取り戻すことができる。そう思うと、ルカは寂しいながらも、どこか肩の荷が下りる思いだった。
「そうか……音楽活動は、続けるよね?頼むよ、妻と一緒に、君の曲の演奏会を聞きに行くのを、楽しみにしてるんだから」
「ええ、もちろんです!ご心配なく。ルキーナではなく、ルカが作曲した曲として、帝国立交響楽団に、演奏させて見せますよ!」
二人は笑いあって、お茶を啜った。少し冷めてしまっていたが、それでもまだ、温かい。
そうして戦闘後の疲れを、ゆったりと過ごして癒していると、コンコンと3回、ノックがされた。
「はーい」
「エカテリーナですわ。入ってもよろしくって?」
ウーノが扉を開けると、エカテリーナが入って来た。
「……エカテリーナ武官、ちゃんと3回ノックで入室できるんですね」
「ルカ、貴方も言いますわね!別に、いつだって粗暴に振る舞っている訳ではありませんわよ。必要であれば、それらしく振る舞えますの」
エカテリーナはルカに話しかけあぐねている様子だったが、彼の言葉に思わず反論して、ガシガシと頭を掻いた。ウーノ以外の男性とどう接していいか、イマイチ距離感をつかみかねているらしい。
ルカからすると、それはバレバレの態度だったが、エカテリーナがプレイガールだと思っているウーノは、恰好つけているのかと勘違いしていた。
「それで、大使様は?」
「ああ、そうでしたわね。ルカ、オバ様が呼んでますわ。ついでにウーノも来てくださいまし」
エカテリーナはそう言って、チョイチョイと手招きした。
ルカはともかく、自分もか。そう思いつつ、ウーノは彼女に連れられて、執務室へと向かった。
スヴェトラーナのいる執務室に入る。ウーノはふと上を見上げると、この前見たときには湿っていたジャガーノートの天井画が、すっかり乾いていた。しかし模造品とはいえ動く実物を見た後だと、単なるイラストに過ぎない双頭の黒竜は、恐ろしいとは思えなかった。
「さて、3人とも、ご苦労であったな。エカテリーナも、よく働いてくれた。妻人も、知恵を貸してくださったようで、感謝する。そして、ルキーナ……いや、ルカ。よくぞ、皆を守ってくれた」
スヴェトラーナの労いに、ルカは苦笑して首を振る。
「いいえ、僕の手柄ではありませんから。姉さんが残してくれた、ルキーナのおかげです」
「……そうか。ルキーナは、もう?」
「ええ。綺麗さっぱり」
スヴェトラーナはムムッと唸った後、深くため息をついた。
「分かった。色々と、手回しをしとこう。さて、それでエカテリーナ、妻人。二人とも、改めてよくぞ協力してくれた。自警団の方とも、話をつけたようで、本当に助かる。ジャガーノートという現物もあることだし、工場の方に聞き込みを続ければ、スーラフの関与は逃れようのない事実として、ポツカ政府へも報告できるだろう」
「それなら、ポツカで反ラシスカ感情が巻き起こるようなことはありませんわよね?これ以上の戦争も……」
「絶対にさせないとも。それと、妻人。残された捕虜の解放、までは約束できないが……1年後の処刑、という期限は、延長させるなり、取り消させるなりして見せる。捕虜の待遇改善も併せて、な」
スヴェトラーナの力強い言葉に、ウーノは目を輝かせた。
「本当ですか!?」
「ああ、約束しよう。報酬として、これでよいだろうか?」
「ええ、十分すぎるほどです!」
当面の間、ミーシャの無事が保証される。それは何よりウーノの心に安らぎを与えることだ。
まだ処刑までの期限は1年と先の話だ。しかし、ミーシャは救助の見込みがなく処刑される恐怖の中過ごしているはず。それが和らぎ彼女の心の平穏に繋がるのは、ウーノにとって喜ばしい報酬なのだ。
「満足してくれたようで、何よりだ。さて……それで、少し内密な話をする。ルカ、下がっていたまえ。しばらくはあまり、部屋から出ないように頼む。不便を掛けさせて済まんが……」
「いえ、分かっています。それでは、失礼します」
ルカは一礼して、執務室を去って行った。
完全に扉が閉まると、スヴェトラーナはエカテリーナをちらりと見てから、気が進まなそうに口を開いた。
「さて、内密な話と言うのは……アレキサンドラ・ユスポフ伯爵のことだ」
「……お姉さまの?」
顔を思いっきりしかめたエカテリーナを見て、スヴェトラーナはまあまあと手を上下させた。
「とりあえず、最後まで話を聞け。良いか、本件はもちろん本国に報告するが……その結果として、アレキサンドラのポツカ首都訪問が、早まるはずだ。この前は2か月後、ここに立ち寄ると言ったが……1週間後には、ここにも立ち寄らずに直接首都に、訪問することになるだろう」
「……そうなんですの?」
「色々と政治的なアレコレの結果、そうなる予想だ」
聞きたくないが、聞かないわけにもいかないと、エカテリーナは相槌を打つ。ウーノはそんな様子に苦笑しながら、一つ疑問を挟んだ。
「ユスポフ伯爵家と言うのは、どんな貴族なんですか?外国に行くんだから、ナジンカさんみたいに外交系の貴族官僚?」
「なんだ、エカテリーナ、お前、『夫』に実家の稼業も説明しとらんのか」
「わたくしはただのエカテリーナですもの。実家の事なんて知りませんわ」
どうやら説明する気は無いらしい。スヴェトラーナは仕方がないと、ウーノに説明してくれた。
「ユスポフ伯爵家は、宗教を司る家でな。巡礼祭祀長……諸国をめぐって、他国のアモリア教徒と交流し、信仰を通して国家間の利害調整を行うのが、役割だ。つまり、外交とは別ルートで、親善友好を果たす家系だ。私は外務省系の貴族官僚だが、主家のユスポフ伯爵家は信仰省の系列であり、二つの省庁の橋渡しも仕事の内なのだ」
「ああ、そういえばエカテリーナも、戦前に巡礼で外国に行ったんだっけ?」
「ええ。その時は、まだお姉さまが家督を継いでなかったものですから、邪魔されずに巡礼できましたわね。それにしても、親善友好が呆れますわ。わたくしにあれだけ意地悪しておいて、周囲にはいい顔ばっかり!弱いくせに、八方美人だけは上手く、ヤになりますわね。これだから女狐は……」
姉の話になると悪口が止まらない。ウーノがスヴェトラーナを見ると、彼女はお手上げと両手を上に向けた。
「ともかく、だ。アレキサンドラの到着を2か月も待てんと言う話だったが……今後はおそらく、お前たちの移動も考えると、1週間ほどの待機時間で、ワスフ川を安全に越えることができる。もう一度、検討してみたらどうだ、という提案だ」
ポツカ共和国の主都は、ワスフ川より西にある。親善友好を担う宗教家なら、普通以上に緩い手荷物検査で川を渡れるだろう。
それに同行すれば、危ない橋を渡らずに済む。
魅力的な提案に思えるが、エカテリーナは許すだろうか?ウーノが彼女の顔色を窺うと、凄まじく眉を吊り上げて、唸っていた。
「ぐぎぎ……オバ様は、そんなにわたくしとお姉さまを、仲直りさせたいんですの?」
「1番は、単純に選択肢の提示だとも。老婆心は、2番目の動機さ……どうする?お前が望むなら手紙に、大使館から事情を説明する人員を同行させると、お前の名を上げておくが」
エカテリーナは苦虫をかみつぶしたような表情のまま、ゆっくりと頷いた。
「え、良いの?エカテリーナ、無理しなくていいんだよ?」
「無理はして……いや、無理してますわね。お姉さまの世話になる、力を借りると思うと、マジで反吐が出ますわ。あ、本当に吐き気が……オエッ……」
「よしよし……良いよ、無理しないで」
本当に嘔吐くエカテリーナの背を擦る。しかし彼女は、口の端からよだれを垂らしながら、首を振った。
「……今回の最後、ジャガーノートが自爆したとき。結構ヤバかったんですの。ウーノを抱えて逃げられるかどうか、正直怪しかったですわ。ルキーナが塵咲く焼角を使ってくれなかったら……ウーノは死んでも守りますけど、わたくしまで無事で済むかは、正直5分5分でしたわ」
「……ごめん。俺が不用意に近づいたから……」
「いいえ。ウーノは悪くありませんわ。わたくしも、安全だと、もう大丈夫だと判断してましたもの。いざとなれば、避けられる、とも。実際には想定外の事態で、ウーノを危険に晒してしまいましたわ」
「いや、それは……」
しかし、エカテリーナは自分が悪かったと譲らない。
彼女の顔には、深い反省が見て取れた。ウーノとの約束。逃げると言ったなら逃げる、隠れると言ったなら隠れる。それを彼は果たしていたのに、自分は判断の甘さから、無用に危険に晒してしまった。そんな強い反省が見て取れた。
「いいえ。本当に、わたくしの想定が、甘かったんですのよ。だから、これ以上、わたくしの個人的な感情で、ウーノに危ない橋を渡らせる訳にはいきませんわ。それに……ルキーナを慕うルカを見ていたら、少しだけ、ほんの少しだけ、お姉さまに会ってみても、いいかもなと、思いましたの。本当の本当に、少しだけですけども」
エカテリーナはそう言って口元を拭うと、スヴェトラーナをしっかり見た。
「では、良いのだな」
「ええ。でも、一つだけ。お姉さまに、忠告文も添えてくださいまし。『わたくしの男に指一本でも触れてみろ。今度こそ灰咬む灼舌で、灰すら残さずこの世から抹消してやる』、と」
エカテリーナは今までにないほどドスの効いた声音で、そう告げた。
「やれやれ。一言一句同じで、書いておこう。では、私からは以上だ。合流地点になるワスフ川沿いの都市、シュチェンへのチケットは、取っといてやるから。今日は寝て、体を落ち着かせたまえ」
「ありがとうございますわ。それじゃウーノ、軽く荷造りしたら、飯食って寝てしまいましょう?」
「ああ、そうだね」
ウーノは頷くと、エカテリーナに腕を引かれて自室へと戻った。
荷造りの中、あの魔導具。氷のナイフの魔導具を、ウーノは手に取った。
スイッチを押して、氷の刃を作り出す。鋭い刃先の透き通った刃を。少し撫でるだけで、薄皮が切れる、その鋭い刃で。
ウーノは手を震わせずにへし折り、魔導具を腰のポケットに押し込んだ。




