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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
ビウクニツ編

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275日目⑥

「あー、さて……とりあえず、ラシスカ陣営の兵士諸君は、持ち場に戻ってくださいまし。ここでメンチ切ってる場合じゃ無いですわ」


 エカテリーナは持ち上げた両手で、シッシと払って見せた。

 この場の第2指導者の突然の振る舞いに、兵士たちは戸惑いつつも、ジャガーノートに立ち向かうべく、あるいは補修工事のために戻っていった。


「ああ、なるほど……こちらが先に譲歩して見せるべきだったんですね。雪崩れ込まれる心配で、その判断を出来ませんでしたが……武官はその威圧感で、押しとどめている」


 勉強になる。そんな風に呟くルキーナと一緒に、ウーノはたった一人で怒れる武装勢力の前に立つ、戦友の姿を見守った。


「……何のつもりだい!」


 自警団の代表者らしい女性が、エカテリーナに剣呑な口調で問いかける。『そうだそうだ!』と同調のざわめきが反響する。

 そのざわめきが終息し、声が届く状況になるのを、彼女は待った。そして、何でもないように肩をすくめて見せる。


「何のつもりもありませんわ。貴方がたも、化け物退治を手伝いに来てくださったのですわよね?どうぞ、手伝ってくださいまし。案内しますわ」


 そう言って、エカテリーナは無防備に背中を見せる。その姿に自警団の面々は顔を見合わせながらも、ついて行く。もともと中に押し入ろうと問答していたのだ。入れると言うなら、それに越したことは無い。


「……入れてしまって大丈夫でしょうか?」


 ルキーナが寄って小声で問いかける。

 それに対して、エカテリーナはウインクをしてみせた。


「今回の件、わたくしたちにやましいことは、あんまり無いですわ。負い目と言えば、武器をたくさん持ち込んで地下で戦闘してることですわね。でも、今回の件の本題は、そこじゃありませんもの。大丈夫ですわよ」


「何をコソコソと……!」


 会話を咎められ、怒声が飛ぶ。しかしエカテリーナは泰然と、ゆっくりと振り返る。


「相談ですわよ。どうやって化け物退治するか、ね。貴方がたも、是非とも参加してくださいまし。さあ、質問にはなんでも答えますわよ?」


 後方の防御陣地までたどり着いた。壁の向こう側で暴れるジャガーノートを、エカテリーナはクイッと顎で指す。


「……私らは、工場地帯で謎の地震がすると通報を受けて、確認に来たんだが」


「その犯人はアイツですわね。見てのとおりですわ」


 背伸びしたり、のぞき窓から見たりして、壁越しに自警団の面々はジャガーノートを近くで見た。

 吹き飛ばされたり逃げまどったり、あるいは攻撃を仕掛けたりするラシスカ兵の姿が見える。その横で、隙をついては地下水路の補修作業をする兵士の姿も。


 自警団が近くに来て、警戒する兵士もいるが、エカテリーナは気にするなとジェスチャーして、戦闘に集中させた。


「……やはり、戦歴と強さから来る信頼感には、言葉を尽くしても足りませんね。私では、あんなに簡単に兵を宥められません」


「いやあ、印象変わりますね。何というか、頼りになる武将って感じです」


 頼もしいエカテリーナを見て、二人は小声で彼女を褒めた。その評価が聞こえたのかどうか、エカテリーナは少し身振りを大きくした。


「あれ、ジャガーノートって怪物に似てるけど……ラシスカの象徴でしょ!アンタらのペットじゃないの?」


「だとしたら盛大に、飼い犬に手を噛まれてますわね。違いますわよ。あれは魔導戦車ですわ」


「お前たちの作った?」


「あんな怪物作る技術がラシスカ帝国にあれば、この都市はまだラシスカ領でしたわね、きっと。んな技術無いですわよ、無いから貴方がたポツカに負けたんですの」


 一番の疑念。ラシスカ帝国が自分の尻ぬぐいをしているのでは?そんな疑問は身も蓋もない発言で否定された。自警団の中にも、それもそうかと言う雰囲気が漂う。


「……その、さ。たぶん、この人の言ってること、嘘じゃないと思うんだ」


 ザワザワとした話し声の中、そんな意見が出て来た。

 誰だ誰だ、そんなことを言うのは。視線が集まる中、手を上げたのはエカテリーナも見覚えのある顔だった。


「あら、マジェナ!奇遇ですわね。ご機嫌いかが?こんな地下の湿っぽい所以外で、再会を喜びたかったですわね」


 なんだ知り合いか?そんな視線が二人を往復する。


「お、おう……あー、それでなんだけど、みんな。あそこにいるのが、あの雷女帝なんだけど……」


「雷女帝?」「あの有名な?」「やっぱりそうだったんだ……」


 一部の者は気が付いていたようだが、エカテリーナの二つ名にざわめきが広がる。しかし当の本人は、それを気にした風もなく堂々と立っていた。


「そ、それで!街中で見かけたとき、私は喧嘩を売ったんだ!同胞の仇、って。でも、コイツは、真摯な態度で……と、とにかく、嘘をつくような人じゃない!兵士の誇りってのを、ちゃんと持っている人だ」


 仲間内から出たその意見に、『自警団ではとりあえずこの場は矛を収めるか』、そんな論調になっていった。

 エカテリーナが常に、後ろ暗いことは何も無い、という態度でいたのも、大きな点だ。

 ジャガーノートと戦い、地下水路の補修を必死で行っている。感情的な反発を乗り越えて、そうした事実が受け入れられた。


 自警団の代表者はエカテリーナに向き合って、ヘルメットを脱いだ。


「とりあえず、私らは今この場で、アレコレ言うつもりは無い……それで、改めて聞くが、何をしてるんだ。手伝いがどうとか言っていたが、私らに何をさせたい」


「「おおー」」


 ルキーナとウーノは小さく歓声を上げた。大成功。


「今、わたくしたちはあのジャガーノートを模した魔導戦車を、停止させようとしてますの。ただ、ここは地下水路。あまりにも派手に暴れると、崩落の恐れがありますわ。それで攻撃用魔導具の火力を絞っているせいで、なかなか時間がかかってしまっていますのよ。で、今丁度、新しい作戦の準備中ですの」


「その作戦ってのは?」


「それは……」「買ってきました!」


 会話の途中、送り出した兵士が帰ってきた。塩の袋を持って駆け足の兵士は、周囲の視線を浴びて怯んでしまう。ルキーナは兵士から袋を受け取り、そのままウーノに渡した。


「ご苦労様です。妻人、これで足りますか?」


 ウーノは受け取った袋を観察した。

 ざっと1㎏。ジャガーノートを感電させるんだから、生理食塩水くらいの濃度はあった方が良いな。1%くらいだっけ。

 ジャガーノートが隠れていた大きく深くなっていた水路は、5レーンつながった25mプールくらい。さっきエカテリーナを助けるために沈んだ時の感覚からして、水深は3mくらいか。えーっと、25×5×3くらいだとして……それの1%は……3750、㎏……


「……あー、全然足りない。うん、ちょっと無理かも。水路の水の量を考えると、後4千倍は……」


「4千倍!?」


 あまりにも非現実的な数値に、兵士は悲鳴を上げる。ルキーナもあきらめ顔だ。

 その横で、エカテリーナは簡潔に、塩水感電作戦を説明した。


「塩か……おい、そう言えば、融雪剤も塩が原料じゃ無かったかい?」


 リーダーの発言を聞いて、ウーノはそれがあったかと手を打った。元の世界では、一般的に融雪剤の原料は塩化ナトリウムや塩化マグネシウム。水に溶かしてイオンに分離する物質だ。化学工業が未発達なこの世界でも、それくらいの物は作られているのだろう。


「あ、融雪剤でも大丈夫です!でも、どれくらいあるでしょうか?この袋の、4千倍は欲しいんですけど」


「よ、4千……流石にそれは無理だが……塩水を作るってことは、水を減らせば塩の量も減らせんじゃないかい?」


 その言葉を聞いて、ウーノはそうだそうだと手を叩いた。


「そうですね!ジャガーノートが水路に潜んでいた時、完全に隠れていましたから……水深ももっと浅くて大丈夫ですし、長さも過剰だ。深さを半分、長さも半分、4分の1、千倍……それでも千倍……」


「まあ、集められるだけ集めてみるかね。今は冬だし、倉庫を漁ればそれなりの量があるはずだよ。どれ、手伝ってやるさね」


 自警団の女性はそう言って、団員に指示を出して水路から離れて行った。なるべくかき集めてくれるらしい。


「協力していただけるのはありがたいですが……他の案も作戦もあるのが望ましいですね。現状だと、ジャガーノートが力尽きるまで、チマチマと地下水路を補修しながら戦い続けるしかありません。ジャガーノートが先か、水路が崩落するのが先か……それに兵士にも、体力の限界と言うものがありますから」


 ルキーナも魔法使いとして、牽制の火力弱めの攻撃をしたり、蹴ったり跳ねたりしてジャガーノートが暴れるのを抑えている。しかし怪物は未だにのたうち暴れ狂っている。


「本当に魔導戦車なのか、俺にも分からなくなってきました。自律的に動くだなんて……でも、魔導戦車なら、疲れ知らずで魔導具の魔力が切れるまで、動きは止まらないと思います。そしてその魔導具の魔力だって、ある程度は自然に回復する」


 魔力は大気中にも漂っているとされる。だから、大型の攻撃用魔導具のように消費が激しくなければ、魔導具はほったらかしで充電、ではなく充魔されるのだ。

 よって、ジャガーノートのブレス攻撃自体は、いつかガス欠になるだろうが……体を動かす魔導具の方は、なかなかエネルギー切れしないだろう。


「どこかで見切りをつけた方が良いかもしれませんわね。つまり、事前に根回しをして、水路が崩落してもラシスカのせいでは無いと、分かってもらうってことですわ。幸いにも自警団の面々は、そこんところ理解していただけそうですもの」


 エカテリーナもまた、雷を投げて兵士を援護しつつ、そう言って肩をすくめた。


「それも視野ですね……とはいえ、まずは塩水作戦を試してみましょう」


「ええ。自警団の人たちが持ってきてくれるまでに、水路を一部、埋め立てられるのが望ましいです。水量を減らして、塩分濃度を確保しないと」


「土木工事が増えて行きますわね……」


 ぼやきつつ、エカテリーナとルキーナは兵士に指示を出し、自身も前線でジャガーノートと交戦をする。ウーノは安全に雷を流すように、導線を探し始めた。

 先ほどルキーナが見つけたロッカーに、金属製のゴミ取りネットがあった。ウーノはそれを解いて、二本の導線を作った。


「おーい、あるだけ持ってきたぞ!」


 作業を進めていると、自警団の面々が戻って来た。融雪剤の袋を担いで、持ってくる。流石に千倍、つまり1トン相当は無いが……その半分くらいは、あるだろうか。


「ありがとうございます!埋め立ては……終わった!水路の方に入れて溶かしてください!エカテリーナ、ちょっと来てくれ!」


 融雪剤が次々と投げ込まれていく。塩が溶けるようにと、水の魔力を持った兵士や自警団員が水を攪拌かくはんしてくれた。濃度に不安はあるが、やるだけやってみよう。


「それでわたくしは、何をすればいいんですの?」


「この導線持って!予備もあるから……雷の魔力ある人は、手伝ってください!ルキーナさん、ジャガーノートを水路の中に落とせますか?」


「水路の中に……ああ、そう言えば、妻人に氷の防壁を作る魔導具を渡していましたね。あれを貸してください。私が上から氷を落として、ジャガーノートを水路に叩き落とします。ただの氷なので、長時間の拘束は難しいでしょうが……」


「いえ、それで十分です。一度水に沈めれば、後は感電させるだけだ。皆さん、位置について!」


 ウーノは何人かに導線を渡して、指示を出す。男のウーノがあれこれと指示を出すことに驚いたり不審がる兵士や団員もいるが、エカテリーナとルキーナが従っているのを見て、特に文句を言ったりもしない。


 関係ない者を後ろに下げ、雷の魔力を持つ者たちが遠巻きにする。

 今までチョッカイをかけて来た虫けらが消えたことで、ジャガーノートはより元気に暴れだしたが……そこにルキーナが氷の魔導具を起動した。


 丁度双頭の首の股に、巨大な氷山が落着。ジャガーノートはその衝撃で体を支えられず、中央の巨大水路に落下した。


 その直後、エカテリーナを主力とした雷の魔力を持つ者たちが、導線を通じて電撃を流した。


『GYOOO!!GYAO、GYOOO!!」


 心なしか、苦しんでいるように聞こえる咆哮を上げて。ジャガーノートは痙攣してガタガタと震えた。


「おお!いい感じじゃありませんこと!?」


 歓声が上がる。ジャガーノートは水中で全身に電撃を浴び続け、まともに体を動かせず。一部は肉が焦げだしたのか、生臭い臭いも漂ってきた。


「うん、一回止めてみよう」


 ウーノが合図して、電撃は一時中断される。待機していた兵士たちはワラワラと集まってきて、ジャガーノートを見下ろした。


「よし、今の内ね!」「やっちまえやっちまえ!」「撃てー!」


 弱弱しく体を震わせるジャガーノートに、攻撃用魔導具の集中砲火が浴びせられる。崩落を恐れて威力を制限してきたが、穴に落ちて動かない巨大な的相手なら、跳弾や流れ弾の心配もない。


 今までの鬱憤を晴らすような加減なしの魔法の嵐に、恐ろしい双頭の竜の体はだんだんと削り取られて行く。


「ふう、上手くいって良かった」


 ウーノは大勢を巻き込んだ自分の提案が上手くいったことに、心から安堵した。


「お手柄でしたわね、ウーノ。塩水にこんな使い方があるなんて、知らなかったですわ。わたくしの作戦の幅が、広まりましたわよ」


 エカテリーナもジャガーノートの様子を見て、上手く行ったとウーノを称えた。


「……ええ、おそらくはスーラフの関与かと。大使館の方でも調査を……ああ、ご理解いただきありがとうございます。それでは……正直半信半疑でしたが、妻人の作戦に乗って良かったです。大使にも、貢献が大きかったと報告しておきましょう」


 とりあえず、脅威の排除が成り。自警団にも話をつけて来たルキーナが戻って来た。彼女もまたウーノを労って、ポンと彼の肩を叩いた。


「はは、本当に良かったよ。できれば、ジャガーノートの解体作業にも参加したいところだけど……流石にそこまでやってる暇は、なさそうだしね。流石に今日は疲れたけど、ルキーナさん、明日には出発しようかと思います。良いよね、エカテリーナ」


「ええ、スーラフの、ラシスカとポツカの対立煽りの陰謀は、多分砕けたと思いますわ。ミーシャを救う旅路に、戻りませんとね」


 ウーノに話を振られたエカテリーナは彼の腕を抱いて、そして自分に言い聞かせるように目をつぶった。


「分かりました。お二人とも、本件へのご協力、ありがとうございました。西に向かわれるとのことですが、何かご連絡をいただければ、大使館としても協力させていただきます」


「ああ、そう言えば、自警団の方々はどうしましたの?何か話してましたわね」


「ええ。自警団の方も、今回我々がビウクニツの安全のために尽力したと、ご理解いただけたご様子でした。大使館側でスーラフの諜報員を探して狩り出すことを、黙認してくださるそうです。それと、今後の大使館への抗議活動も、控えるとか。これで献金者リストにスーラフの影が無いかまで見せていただければ、言うことは無いのですがね。さて、先に帰っていてください。後始末をしておきます」


 ルキーナは肩をすくめ、水路の方へと戻っていった。事態を収拾するべく、兵士に指示を出している。


「さてと。疲れましたし、今日はもう、飯食って風呂入って、寝てしまいますわよ。んで持って、明日には出発ですわね」


「うん。ああ、でも、解体作業に参加する時間は無いけど……頭の構造くらいは見ておきたいかな。ちょっと待ってて、少し見学してくる」


「職業病ですわね、まったく。付き合いますわよ」


 ウーノが腕を解いてルキーナの方に行こうとするのを押しとどめて、エカテリーナは一緒に歩いて行った。


 水路の中の水は、薄っすら赤く靄がかかっていた。ジャガーノートはすでにピクリとも動かず、ところどころ鱗がはがれて肉が削り取られていた。


「おや、どうかしたのですか?」


 帰ったはずの二人の接近に気が付いたルキーナが、不思議そうにして振り向いた。


「ちょっと、頭の構造だけでも見ておきたいと思いまして。自律行動するジャガーノートなんて、どんなカラクリがあるのか、不思議じゃないですか」


「やれやれ。まあ、好きにして……」「に、逃げろー!!」


 突然の悲鳴に振り返ると。そこには、もう壊れたはずのジャガーノートが首をもたげて、二つの口をぱっかりと開け、こちらを向いていた。

 喉の奥に、今まで以上に、巨大な白い光が見えた。


 瞬間、エカテリーナはウーノを掴んで飛び去った。

 兵士たちも、首の向いていない方向へと走る。逃げ遅れた兵士を、ルキーナは慌てて掴んで放り投げる。


 最後の悪あがき。油断していたが、今まで通り対処すれば問題ない。はずだった。


 にやり。目を細め、開いた口が歪に曲がった。

 人間のような悪意ある表情を浮かべたジャガーノートを見て、ルキーナの全身に悪寒が走る。


 兵士は皆、首の向いていない方へ退避している。エカテリーナもウーノも同じだ。兵士を逃がそうと、最後まで残っていた彼女だけが、気が付いた。


 ジャガーノートは、大きく開けた双頭を、カチッと閉じた。

 直後、黒竜の双頭は、爆発した。

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