275日目③
本日は2話投稿です。これは1話目です。
水時計の起動を合わせ、在ポツカ・ラシスカ大使館臨時編成小隊は作戦を開始した。ルキーナいわく、今回の大使館の行動は事前にビウクニツの都市行政府に連絡済みらしい。とはいえ一般人に周知する時間は無く、完全武装の女性軍人がそのまま都市を歩けば大騒ぎは必定。よって彼女たちは裏道やラシスカ系住民の多い区画を選んで通り、下水道へと侵入していった。
そしてルキーナ、エカテリーナ、ウーノの3人もまた、既定の位置に付く。
エカテリーナはアーマードレスを、そしてルキーナも引きずるような長さのロングスカートから、ひざ丈のスカート戦闘服に着替えている。
「時間です。行きましょう」
水時計の溜まり具合を確認したルキーナは、少し速足くらいの速度で歩き出す。魔法使いであればもっと速く走れるが、一般兵と足並みを揃えるためにも、これくらいが丁度良いのだ。
そのおかげでウーノもエカテリーナに王子様抱っこされず、自分の足で追いつけていた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「面白い表現ですわね。鬼はスーラフ、蛇はガマニアを連想しますわ」
エカテリーナの言葉に、ウーノはそれぞれの国の逸話を思い出した。スーラフ人民国ではクンバーカルナと言う青い肌の鬼の巨人。ガマニア連合では3つ首の巨大蛇アジ・ダカーハ。日本語の慣用句表現が奇妙な一致を見せたことに、ウーノは思わず笑ってしまった。
「はは、それもそうか。しかし、キメラ魔導車か……魔導戦車の原理すら不明なところが多いのに、それに加えてキメラだなんて、スーラフの魔導車技術はよほど進んでるんだね」
地下水路は大雨などの増水時の貯水も兼ねているのか、横幅も高さもそれなりに広い。中央に水路、両端に歩道があるが、その歩道も3人が横並びで無理なく歩ける広さだ。水の流れも穏やかで、会話に支障が無い。
「妻人は国境を超える際、魔導戦車を修理したとルカと話していましたが……分からないまま修理していたのですか?」
エカテリーナも同様に意外そうに片眉を上げた。以前ルカとウーノの会話を心の中で鑑賞していた彼女も、ウーノが魔導戦車を直したと聞いて、てっきり彼が魔導戦車について全部知っていると思っていたのだ。
「そうなんですよ。基本的なつくりは魔導車と一緒なので、そこまで難しくなかったんですけど……同じだからこそ、どこがどう違うのか、分かりにくいと言いますか……それこそ胴体部の魔導具とかは、心臓以外は一般的な魔導車とほとんど同一で。一説には、頭部の構造に何か秘密があるそうですけど」
「頭部……そういえば、魔導戦車は頭が弱点でしたわね」
エカテリーナは戦場での経験を思い出した。
魔導戦車も魔導車同様に、魔物の死体を魔導具で無理やり動かしているサイボーグゾンビである。死体だけに、普通の魔物なら死ぬ損傷でも、普通に動いてきたりする。魔導車は頭部が損傷しても原型を保っていれば動いたりするのだが、しかし魔導戦車は頭部の軽度の損傷だけで活動を停止させられたのだ。
エカテリーナが戦うと大抵、頭は完全粉砕していたが。
「そうなんだ。普通の魔導車は、頭、と言うか脳は、手つかずなんだよね。神経系が複雑すぎて良く分からないから、下手に弄ると動かなくなる。でも魔法が使えることを考えると、やっぱり魔導車と魔導戦車の違いは、脳みそにあるのかもね」
そうして歩いていくことしばらく。下水路が深く広くなっている区画に到達した。雨などで増水した時に、貯水できるようにするための余剰空間だ。
天井も左右の幅も広がっている。体育館くらいの広さだろうか?ウーノは魔導ランタンで壁や天井を照らして、そんな感想を持った。
「あら、地下水路にこんな場所があったんですのね」
「そのようです……地図にも記載がありますし、怪しむような物でもないでしょう」
エカテリーナは水路を覗き込んだ。魔導ランタンで照らしてみると、そこに何か黒い影が見えた。ゴミでも溜まっているのだろうか?
「結構水が貯まってるね。雨が降った訳でも無いのにこんなに水位が上がってて、大丈夫なのかな?」
ウーノの何となしの呟きに、そう言えばとルキーナは水路の壁に掛けられた水位メーターの方を見た。
水面は、一番上。増水時の緊急放水が推奨される水位にある。
「……最近は晴れ続きで、雨は降ってません。この水位は異常ですね」
「ってことは……もしかして、この中に何か沈んでるのかな?それこそ、魔導戦車に関連する何かとか。俺、一潜りしてくるよ」
ウーノはそう言って、シャツのボタンを外しにかかる。そんな彼をエカテリーナは慌てて引き留めた。
「ちょっとウーノ!思いっきりが良すぎますわよ!そういう体張る役回りは、わたくしに任せてくださいまし!」
「あれ、でもエカテリーナ、前にカナヅチとか言ってなかった?」
「そもそも私もいる所で、脱ごうとしないでください。体は男のルカの物ですが、ルキーナの私でいる時は女ですから」
一行がワーキャーしていると、カツンカツンと足音が聞こえて来た。
ルキーナは慌てて水時計を見る。分散した他の部隊が合流してくるのには、まだ時間がある。
彼女のその緊張した表情を見て、ウーノとエカテリーナも騒ぐのを止めた。一行は押し黙って、魔導ランタンの頼りない明りの奥、薄暗い通路の先を睨んだ。
「やれやれ……ここから先は、関係者以外立ち入り禁止やで」
影の中からヌッと現れたのは、妙な訛りのポツカ語を話す、白いひげが豊かな老人だった。
杖を突いて歩く彼は、付き添いの中年の男性を従えて、こちらに近づいてくる。
「あなた方は、水路の管理者でしょうか?」
「……まあ、そんなとこや。しかしその服、あんたらラシスカ人かいな。一体何の用でここに来たんや」
大使館の職員が組織的に市内を行動する際は、その身元を明確にすること。都市行政府との取り決めだ。それゆえルキーナ含めこの作戦に参加している人間はみな、ラシスカ軍の戦闘服を着用している。
なので身元が直ぐにバレるのは想定内なのだが……ルキーナは返答に困った。
この老人は、スーラフの関係者なのだろうか?それとも只のポツカ人の水路管理者?
悩んだ末に、彼女はカマかけをすることにした。
「この水路に、魔導戦車が隠匿されていると通報がありました。我々はビウクニツ都市行政府から正式な協力依頼を受けて、この水路の調査をしています。ですので、我々にはこの先に進む、権利があります」
都市行政府には、今回の行動は大まかにしか伝えていない。大使館職員がラシスカ系住民の保護と移送のため行動する、と。地下水路に武装職員30人以上が潜り込む、などと話して許可が下りるわけが無いからだ。
なので、もしもこの老人が本当に水路の管理人で、あとで行政府に通報されたらちょっとした外交問題なのだが……ルキーナは賭けに出た。
そして、その賭けは成功した。
「Oh là là, je ne pensais pas que ça se verrait autant.(やれやれ、思ったより目立っていたようだ。)Assistant, lancez « Sœurs ».(助手君、『姉妹』を起動してくれたまえ。)」
「Oui, docteur.(はい、博士)」
「あの、何を言って……」
「ルキーナ!今のはスーラフ語ですわよ!」
困惑するルキーナに、エカテリーナは叫ぶ。彼女は足に雷をまとわせ、飛び出す準備をした。
そして今まさに、スーラフ関係者と判明した男二人を拘束しようと、飛び掛からんとしたその瞬間。
彼女の目の前を、すさまじい勢いで何かが通り過ぎた。その何かは、大きな貯水槽から伸びた、黒く大きな円柱だった。
その正体をよく観察しようとする暇もなく。一行と男たちの間を遮った黒い何かは、壁に激突するとその先端をぱっくり割って、赤い何かを覗かせた。
「ほな、お先に!1時間くらいは持ちこたえてくれると、戦闘データ増えてありがたいんやけどな!」
老人はそう叫んで、そそくさと奥へと逃げて行った。
「チッ、お待ちなさい!」
「エカテリーナ武官!今は目の前の脅威に集中を!大丈夫、このために部隊を4つに分けたのです!」
ルキーナはそう言って、臨戦態勢を整える。確かにそうだ、29人もいて取り逃がすはずがない。エカテリーナも気持ちを切り替えて、貯水槽から這い出てくる何かに意識を向けた。
魔導ランタンに照らされた、それ。黒い鱗を身にまとった、巨大な何かは、左右の歩道に足をかけて、その全容を現した。
頭を掲げた高さは建物2階建て分はあろうかという巨躯。全長は25mプールよりも長そうだ。黒鉄のように金属光沢を湛えた鱗、周囲を睥睨する二首四眼の黄色い輝き。
ウーノはその威容に憧れを。そしてラシスカ人のエカテリーナとルキーナは、身を凍らせる恐怖を。目の前の存在に、それぞれ感じた。
圧倒的な力、止まらない暴威、多大な犠牲を強いる者。
幾百もの村々を焼き払い、幾千もの血統を絶やし、幾万もの命を喰らった、怪物。
ラシスカ帝国の国章であり、500年前に初代皇帝によって討たれた、神話上の恐怖。
双頭の黒龍。ジャガーノートが、そこにいた。




