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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
ビウクニツ編

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275日目①

 香水だろうか?やたらとフローラルな香りがする部屋で、ぐっすりと寝た後。

 朝の支度を整えたウーノとエカテリーナは朝食にありつこうと食堂に向かう途中で、ルキーナの背中を見かけた。


「あ、おはようございます」


「おはようですわ、ルキーナ」


 二人から声を掛けられて、ルキーナは振り返った。


「おはよう……っつ!」


 しかし優雅なターンとは行かず、ルキーナはロングスカートを蹴とばしてバランスを崩しかけた。

 スカートの裾を踏みつけながらもなんとか踏みとどまった彼女は、取り繕うように咳払いした。


「会った時から思ってましたけど、そのスカート履くのやめた方が良いですわよ」


「余計なお世話です……ロングスカートは貴族の正装ですから。エカテリーナ武官と違って、私は貴族らしくありたいのです」


「ロングスカートって、貴族らしい服装なんですか?」


 ウーノの疑問に、ルキーナは踏んだ裾の埃を払いながら答えた。


「ええ、まあ。地面に引きずるくらい長い……」


「魔物との戦いや戦場であっても、敢えて動きにくいロングスカートを履くことで、自分はそんなの履いていても問題ないくらい身軽に動けると、見栄を張るための衣装ですのよ。実用的とは言えないから、貴族であっても選ぶ人は少数派だと思いますわね」


 ルキーナが説明しようと口を開いたが、エカテリーナが途中で遮ってしまった。


「へえ、そうなんだ。ありがとう」


 感心したように礼を述べるウーノの相槌に、嬉しそうにフンスと胸を張るエカテリーナ。意中の相手にあれこれ教えてやるという、恋愛感情と支配欲求を両方満たせる喜びにすっかり病みつきらしい。

 そんな彼女を見れば、ルキーナは話を遮られた抗議をする気にもなれず、肩をすくめて歩き出した。


 こんなやり取り、犬も食わない。自分は朝食を食べに行くのだと。食堂に向けて歩き出したが、話し声は彼女の背中を追ってきた。

 不幸にも目的地は同じだったのだ。


「そういえば、そもそもスカートが女性の服なのは、何でだろうね」


「簡単な話ですわよ。飛んだり跳ねたり走ったり、激しく動いているとズボンだと直ぐに股ずれしますもの」


「ああ、そっか。馬とか魔導車に乗りづらいスカートがなんで女性の服なのかと思ってたけど……」


 うんざりして注意してやろうと振り返れば、エカテリーナはウーノの腕を抱きしめて甘ったれた表情を浮かべていた。

 勇名轟く彼女の恋する乙女ぶりに、すれ違う大使館職員は困惑の表情を浮かべていた。二日前、昨日、そして今日と、どんどん色ボケ具合が悪化している。


「……会話を楽しむのは結構ですが、周囲の目もあるのでもっと慎んでください、エカテリーナ武官。妻人も、人夫なのですからもう少し……」


「あら、聞き捨てなりませんわね、ルキーナ。ウーノはわたくしの『夫』ですのよ、今、この時は」


 エカテリーナは離すまいと、より強くウーノの腕を抱きしめる。どうやら忠告を聞く気は無いらしい。

 話が通じそうなもう片方にルキーナがジト目を向けると、彼は苦笑して頬を掻いた。


「いや、まあ……設定上、夫婦ってことになっているわけだし、日ごろから演技の練習は必要だし」


「もう、設定だとか演技だとか、そんなこと言わないでくださいまし」


 エカテリーナは唇を尖らせて、ウーノの頬をツンツンと突く。その行動を、まったく危機感無く笑って受け入れるウーノ。

 ……分かってんのかこいつら?ルキーナは心の中でため息をつき、その様子を更に心の奥底で見物しているルカは、冷や汗を流した。


「……せめて、公私は分けてくださいね」


 一組の男女の、夫婦でも恋仲でも無い二人の危うさに呆れながら、ルキーナは諦めて食堂への道を再び歩き始めた。




 諦めて歩いたところで目的地は同じ食堂。結局3人は同じテーブルを囲んで、朝食がてら作戦会議を始めた。

 しかし、その会議をするにも、ルキーナにはどうしても我慢ならないことがあった。


「ふぁふ、しょれで、どうふるんですの?」


「その食べながらしゃべる癖も、どうにかなりませんか?あまりの品の無さに、同じ貴族として怒りを通り越して悲しみを覚えます」


 色ボケもさることながら、食事マナーも悪いエカテリーナに、ルキーナは額に青筋を立てて抗議した。


「んっく、ぷはー……受け入れがたい事実に対する心の動きは、怒り、悲しみ、そして諦め、最後に受容と移り変わっていくそうですわ。早いとこ、その高みにたどり着けると良いですわね」


「妻人からもなんとか言ってください。私の手には負えません」


 再びのジト目を受けて、ウーノは苦笑するしかない。

 しかし確かに、彼女はわざと品の無い食べ方をしているようにも思える。


「まあまあ……でも、エカテリーナはテーブルマナーとか、上手だよね。スープのすくい方とか、豆の食べ方だって。食べながらしゃべるって言っても、その時だってちゃんと口を手で覆ってるし。なんか理由があるの?」


「あら、ウーノったら、わたくしのことよく見てますわね。まあ、そうですわね。貴族らしく見られたくないから、ですわ。だから、ルキーナが不愉快に思っているのは、計画通りって感じですの」


 口元をハンカチで拭いつつ、エカテリーナは答えた。


「確かに、行動の端々から感じてはいましたが……それにしては、随分と貴族女性的な喋り方ですね」


 ルキーナの言葉に、エカテリーナは少し悔しそうな顔をする。


「まあ、言葉遣いは、染みついて取れませんわね……何度か矯正しようと、試しましたけど……無理だったので、開き直って行動の方で貴族っぽさを消すように心がけていますのよ」


「俺は、君の話し方、雰囲気に合っていて好きだけどね」


「あら、ウーノったら、わたくしを喜ばせるのが上手ですわね」


 ウーノのフォローにより、エカテリーナはたちどころに表情を緩めて上機嫌である。

 ルキーナは呆れ果てながらも、外交官としてのさがか、この複雑な『雷女帝』の過去が気になった。


「そういえば、姉君の現ユスポフ伯爵と、不仲だとか言っていましたね。その辺りが関係しているのですか?」


「……ルキーナ、いえ、それとも貴女の中のルカに言うべきかもしれませんけど……『姉』という言葉が貴女に深い意味を持つように、わたくしにとっても『姉』というのは重い言葉ですのよ。あまり気軽に、踏み込んで欲しくはありませんわね」


 普段は見せない、憂鬱そうな陰のある表情を浮かべて。エカテリーナは頬杖をついてフォークを揺らした。

 色ボケたり喜んだり陰鬱だったり、忙しい女だ全く。ルキーナはそんな風に考えつつも、情報に対する的確な対価を示して見せた。


「ふむ……ところでエカテリーナ武官、貴女が一人で寝ていた二日前の夜、ルカと妻人は男二人で夜な夜な語り明かしていたのですが……」


「ちょっとルキーナさん……」


 ウーノが眉をひそめるより先に、エカテリーナが身を乗り出した。


「あら、交渉が上手いですわね。それで?何から知りたいんですの?わたくしとお姉さまが血みどろの殺し合いをした理由かしら?」


 血みどろの殺し合い。家名を捨てたという話や、クソッタレなお姉さまという言葉から、何かしら因縁があるとは思っていたが……想像以上に物騒な単語に、ルキーナとウーノはそろって目を丸くした。


「……なるべく最初の方から、お願いします」


「あら、長くなりますわよ」


「構いません。今日は地下水路のガサ入れの予定でしたが……大使が職員を動員してくださるそうです。その準備や、各方面への根回しで、開始は正午を過ぎてからになります。多少の長話は許容範囲です」


 ルキーナの言葉に、エカテリーナは遠くを見るように背筋を伸ばし、顎を引いた。


「そうですわね、あれはわたくしが3歳かそこらのころ、お気に入りのぬいぐるみ、ポンポタンをお姉さまに……」「長くなっても良いとは言いましたが要点は絞ってください」


 ルキーナは最初の最初、幼少期から話し始めようとしたエカテリーナを遮った。

 出鼻をくじかれた彼女は少しムッとするが、ウーノが笑いつつポンと肩を叩くと機嫌を直して口を開いた。


「……まあ、とにかく意地悪なお姉さまでしたのよ。私とは13歳離れて……今は丁度30ですわね。結構年が離れているんですけど、それだけに子供のころは、良く泣かされましたのよ。そんな感じで、最初からあまり気の合う姉妹では無かったのですの」


「まあ、貴族の姉妹で仲の良い方が稀ですから、それは仕方がない気もします。特に妹にとって、生まれたときから姉のスペアとして格下扱いされるのは、不愉快でしょうから」


 この世界での幼児死亡率は、統計が厳密でないから詳しい数字は無いが、極めて低い。回復魔法があるからだ。

 特に貴族ともなると病死や突然死は0と言っても過言ではない。よって、長女が魔物と討ち死にするか戦争で戦死でもしない限り、スペアとして生まれる次女に席が回ってくることは無い。

 そして、妹が姉の謀殺を企てたりしないように、年を離して生まれることが多い。13歳差は珍しい方ではあるが、滅多にないとまでは行かない年齢差だ。


「まあ、そうですわね。お父様お母様も使用人も、周囲全員わたくしのことなんて、お姉さまの予備くらいの扱いでしたもの。可愛がってくださったのは、オバ様くらいですわね。それでも、年に1回の伯爵家の集会で、ちょっと話すくらいでしたけど」


 ミーシャも過酷な子供時代だと思っていたけど、エカテリーナも中々壮絶だ。ウーノは父子家庭とはいえ愛情をもって育ててくれた父に今更ながら感謝した。


「……大変だったんだね、エカテリーナ」


「もう昔の話ですわよ。そんな顔しないでくださいまし。で、普通だったらそのまま愛情不足のままスクスク育って、お姉さまに子供が生まれたタイミングで外に放りだされるのが普通ですけど……わたくし、結構強かったんですの。それも、6歳の時に13も上のお姉さまに、ケンカして勝ててしまうくらい」


 エカテリーナはクスクスと、堪えるように鼻を鳴らした。


「6歳の時に、13歳も年上の姉に?とんでもない腕白ですね……」


 ルキーナが呆れる裏で、ウーノは村の子供たちを思い浮かべた。6歳と言うと、自分のへその少し上辺りの身長か?その体格差で負けるのは、いくら何でも想像がつかない。


「くく、オホホ。ええ、まあ。お姉さまも、まさか負けるとは思ってなかったんだと思いますわ。あの時の呆気にとられた顔、今思い出しても笑えてきますもの。わたくしにマウントポジションを決められて、顔をぶん殴られる寸前の、あの顔!何が何だか分からない、って顔で!その上もっと笑えるのが……その日がちょうど、お姉さまの婚約者の方とのデートの日だったんですのよ。婚約者の前で、6歳の妹に良いように殴られて、それも抵抗むなしく気絶するまで!ざまあ無かったですわねぇ……」


 いつもは豪快で頼もしく、優しく情に厚いエカテリーナだが。この話をする時は、ゾワリとする昏い笑みを浮かべていた。


「それは、また……それでは婚姻も流れたのですか?」


「ええ、まあ。流石に遥か年下の子供にボコられる女じゃあ、情けなさ過ぎますもの。あ、言っておきますけど、最初にちょっかいかけてきたのはお姉さまですのよ?お姉さまと婚約者の方が歩いてるところに、偶然すれ違ったら、お姉さまが『出てくるなって言っただろ!』ってわたくしのこと足蹴にしようとしたものですから。正当防衛として、その足を掴んで引きずり倒して……オホホ、あー、傑作ですわね」


「それで、姉妹仲が破綻して……」


「ええ、それから2年間、ガチの殺し合いの毎日でしたわね。思えばあの日々の戦闘経験が、わたくしの今の強さの糧になっていると思いますわ」


 しみじみと語るエカテリーナに、ウーノは引いてることがバレないように平静を装いつつ手を上げた。


「あの、それってお母さんとかお父さんから、止められなかったの?」


「まあ流石にトドメを刺そうとすれば止められたと思いますけど、貴族は頑丈ですもの。手足がもげた程度はヤンチャの域ですわ」


 なんてことない風に語るエカテリーナを見て、もう一人の貴族にウーノは声をかけた。


「そうなんですか?」


「流石に手足がもげるのはヤンチャが過ぎますが、まあ……」


 無いことは無いらしい。ウーノはミーシャとの間に子供が生まれたら、姉妹兄弟ケンカは禁止にしようと心に決めた。もしも生まれた子供が魔法使いで、魔法を使ってケンカされたら止める自信が無い。


「まあ、お姉さまと不仲なのは、そんな経緯ですわね。2年たって8歳になったころ、わたくしが成長して勢い余ってお姉さまを殺しかねないと判断されて、アモリア純潔処女修道騎士団に預けられたって、訳ですわね」


「なるほどね……それで貴族のお姉さんが嫌いだから、貴族的なことも嫌いってこと?」


「ああ、それは修道騎士団でも色々あったんですのよ。わたくし、力だけじゃなくて礼節や知識でもお姉さまを馬鹿にしたくて、座学にも励んでましたの。で、そっち方面でも才能があったようで……8歳の時には、意識せずとも貴族的な言動が完璧にできる状態でしたの。でも、修道騎士団は血の貴賤もなく、平等に信仰と修練に励む場所。お高く留まった貴族幼女なんて、腫れもの扱いですのよ。まあ、強さだけは修道騎士団の先輩をボコれるほどだったので、虐めこそされませんでしたけど……周りに合わせるのに、苦労しましたわね」


 世界が変わり、自分の信じて来た価値観が覆される苦難。それはウーノにとって、深く共感できることだった。

 貴族の血を疎む一方で、軍や戦争に特別な思い入れがある。それは、今まで正しいとされてきた貴族的所作や言動が、修道騎士団に入ったことですべて覆され、力だけが自分を肯定する価値になったことが、原因なのだろう。


「何となく想像できますね、エカテリーナ武官が周囲の空気を読まずに色々やらかしているところ。今朝の言動を見るに」


「あら、言いますわね。まあ、そんなこんなで。貴族的な所作やら礼節は、わたくしにとって意味がないどころか周囲と馴染むのに邪魔な存在になった、って訳ですのよ。だから貴族っぽくみられるのが、嫌ですの」


 語りにひと段落ついて、エカテリーナはお茶をすすった。


「……頑張ったね、エカテリーナ。すごいよ君は。本当に、よくぞ乗り越えたね」


 頼りになる彼女に認められようと、努力しなければ。そう思って今まで気を張っていたが、それが馬鹿らしくなる。

 ウーノは一人反省した。


 ミーシャの時もだが、父親譲りの昭和価値観がある彼には、どうしても年下の女性と言うだけで相手を軽く見てしまうところがあった。

 実際にその点をルキーナにも注意されていたし、自覚していたはずだが……やはりエカテリーナを、甘く見ていたのだろう。


 自分が苦しんだ、そしてまだ乗り越えられていない、『らしさ』の反転。それを彼女は、わずか8歳の時に経験し、そして乗り越えたのだ。その意味で、年下と言えども彼女は先輩なのだ。

 彼は決意を新たに、エカテリーナに尊敬の眼差しを向けた。


「もう、ウーノったら。そんな目で見られたら、照れちゃいますわよ。まあでも、その言葉が聞けただけで、この話をした甲斐はありますわね」


 頬を染めつつ、嬉しそうにはにかむ彼女。とても6歳の時から実の姉と殺し合い寸前の姉妹喧嘩をしていた人物とは思えない。


「さて、エカテリーナ武官の興味深い話も聞けたことですし。会議室の方で今日の作戦について……」


「あら、ちょっと待ってくださいまし。男同士の夜の語らいは?そういう約束でしたわよね?」


 話を切り上げ椅子を引いたルキーナを制止して、エカテリーナは立ち上がった。


「おや、私は『ルカと妻人が夜に語り合っていた』と言っただけで、話すとは一言も言っていません」


「ちょ、それは卑怯ですわよ!ルキーナ貴女、さては契約書に小さな文字で但し書きするタイプですわね!?」


 エカテリーナの抗議に取り合わず、ルキーナは肩をすくめた。


「卑怯?むしろ感謝して欲しいですね。安い勉強代で、自分が騙されやすい、あるいは欲に忠実すぎると、自覚できたのですから」


「んっもー!んんもー!これだから貴族は嫌いですのよ!」


「ああ、ほら。後で俺が何話したか教えてあげるから」


 食堂にエカテリーナの叫びが響く。周囲の注目を集める彼女をなだめながら、ウーノは尊敬すべき先輩であり並び立つべき戦友が満足するに足る情報をどう話すか、頭を悩ませるのだった。

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