274日目⑥
「おや、何かしら掴んだ、という顔だな」
3人が執務室に入ると直ぐに、スヴェトラーナは机の上の書類と睨めっこしたまま言った。
「あら、オバ様ったら、顔を見てないじゃありませんの。まあ、掴んだのは合ってますけど」
エカテリーナが肩をすくめながら言うと、老獪な貴族外交官は喉を鳴らして笑った。
「くく、何、足音で分かる。特にルキーナ、お前は何かしらあると歩幅が大きくなる。気を付けておけ」
「はい、ご指導ありがとうございます」
エカテリーナとはバチバチのルキーナも、上官相手には素直なものだ。
「それで?何を掴んだ」
スヴェトラーナは書類にハンコを押して引き出しにしまうと、腕を組んで正面を向く。
そこには今までの好々婆らしい人好きのする笑みは無く、仮想敵国の大使と言う重役を担う熟練の外交官の姿があった。
「はっ!かねてよりスーラフ関係者の出入りが確認されていた工場地帯を、調査いたしました。その結果、大量の魔導戦車の素材と思われるものが発見されました」
スーラフの諜報機関を装って工場長を脅したこと。確認した倉庫には大量の魔物素材が冷凍保管されていたこと。そうした工場は他にもあり、それが下水道のルートと一致すること。
ウーノもまた、二人に説明した推理をスヴェトラーナにも説明した。
「ふむ……なるほど。何か企てているとは思ったが……新型の魔導戦車、か。抗議団体へのスーラフからの資金の流れと言い、ポツカの反ラシスカ感情をたきつける何かしらの企てと見るべきだろう」
ウーノは百貨店のカフェでの一幕を思い出す。自警団だという女性とエカテリーナの対話。あの場はエカテリーナの真摯な言葉により収まったが、自警団が結成されるほど、ラシスカ人とポツカ人の間の緊張が高いのだろう。
エカテリーナも同じことを考えたのか、唇を噛んで拳を握っていた。ウーノは悲しそうで悔しそうなその表情を見て、彼女の背をそっと擦った。
ふと、拳が緩んだ。ありがとう、小さく動く唇を見て、ウーノは良かったと息を吐いた。
「スーラフの目的は、やはりラシスカとポツカの紛争状態の継続でしょうか?」
「恐らくはな。最近、ラシスカ系住民への嫌がらせは、ひどいものだ。大使館としても本国への移住を手助けしているが、まだ終戦から間もないこともあって、それでも多くの住民が取り残されている。その状況で、これ以上の反ラシスカ運動の機運が高まれば……虐殺に発展しかねん」
虐殺。想像以上に悪い未来に、3人の体が強張った。
「ポツカの中央政府に、抗議と警告を……!」
「奴らは、ちょっとやそっとじゃ動けんさ。ポツカの国土回復はスーラフの軍事力に寄るところが大きい。より明確な証拠を押さえんことにはな……さて、ルキーナ副官。貴官は引き続き、調査に当たれ。スーラフに首根っこ掴まれたポツカのお偉いさん方が腰を上げざるを得ないほどの、大きな証拠をつかんで来い。私はこちらで最悪の事態に備えておく」
「最悪の事態、ですか?」
「ああ……ことが起きてしまい、スーラフ人によるポツカ人襲撃が始まったとき、大使館に収容する準備をな。取り越し苦労になることを、祈っているがね」
敬礼するルキーナ。エカテリーナはそんな彼女に、当然のことのように声をかけた。
「それじゃ、明日は実際に地下水路探索ですの?汚れてもいい服とか、借りられますかしら?」
「そうですね……長靴はあったはずですが……」
「うん?エカテリーナ、すでにワスフ川近郊の都市、明日出発のシュチェン行きの魔導車便のチケット、手配しているぞ?」
部屋を出ようとしていた一行は、スヴェトラーナの言葉に立ち止まる。
「え、何でですの?」
「何でってお前、調べ事は終わったと聞いていたからな。今日には用事も終わるだろうと思って、気を利かせておいたのだよ」
スヴェトラーナのさも当然と言う言葉に、エカテリーナは困惑の表情を浮かべた。
「そりゃ、助かりますけども……こんな話聞いて、じゃあ後は頑張ってねだなんて、出来ませんわよ」
「お前はそうでも……妻人は、それで良いのかね?そちらの彼は、妻を一刻も早く助けるために、この都市に来たはずだ」
「はうあ!」
スヴェトラーナの言葉に、エカテリーナは素っ頓狂な声を上げた。
そう、ここにいるのはミーシャを助けるため。決してそのことを忘れていたわけでは無いし、ここで油を売っている場合でも無い。
しかし、それでもエカテリーナは、この都市で起こるかもしれない惨劇に対して何かしら力になりたいと、そう願うことを止められなかった。
「……エカテリーナ、言ってくれ。俺に遠慮しているなら、その必要はない。君の本音を聞かせてほしい」
チラチラとこちらを見ながら、悩ましい顔をするエカテリーナの肩に手を置いて、ウーノは真剣な表情で言った。
仲良くなったルキーナ・ルカや世話になったスヴェトラーナの力になりたいのも確かだが、ミーシャよりは優先度が下がる。
一番大切な、ミーシャの命を救うこと。それ以外の全ては、二の次だ。しかし、エカテリーナの助力はその一番大切なことを成し遂げるのに、必要不可欠だ。彼女の意見は、尊重しなければならない。
それに、合理的な判断以外にも、『戦友』として本音を聞かせて欲しいというのもある。
彼の言葉を聞いて。エカテリーナは自分の中の葛藤を、何とか言葉にしようと藻掻きながら口を開いた。
「なんていいますかしら……わたくし、戦争が起きるのは、仕方が無いことだと思いますの。利益の対立する2者が、最終的に納得するのは、暴力で屈服させられた時、納得させられた時だけですもの。でも……戦争を望み、戦争を煽るような謀は……間違ってますわ。そう、戦争は、仕方が無く起きるものであって、望んで起こされるべきではありませんもの」
「うん……」
一度言葉を区切って、再び言葉を探すエカテリーナ。『雷女帝』の武勇で知られる兵士の、戦争論を聞いて。貴族二人は静かに聞いていた。ウーノもまた、戦友の言葉を聞き逃さないようにじっと待った。
「特に……自分が当事者でもない戦争を望むのは……許しがたい、蛮行ですの。そして、きっとスーラフの野蛮人は……ラシスカと、ポツカの戦争を、望んでいると思いますの。これは、その陰謀の一部。であるなら、わたくしは……力を揮うべきですの。確かに、ミーシャを一日でも早く助けてやるのが、今のわたくしの使命ですし、ウーノの願いでもあるとは、分かってても……ここで役目を果たさなければ、わたくしは為すべきことを成さなかった負い目を、ずっと感じ続けると思いますの。あの日、ミーシャに代わって、決死隊を引き受けることができなかった時のように」
ウーノの決めた、男らしさ。それは一番大切なミーシャ救出のため、それが成るまでは何があっても悩まないこと。つまりは問題の棚上げ、あるいは切り捨てだった。
しかし、それはこの世界では女らしくない行動原理と言えた。
大切な物をすべて守りたい、それがこの世界の『強い女性』の女性らしさだった。
親兄弟、夫に子供、あるいは友達。魔物と言う強大な淘汰圧に晒されてきたこの世界の女性にとって、何かを捨てて何かを守るということは、弱者の理論であった。
そして『強い女性』であるところのエカテリーナもまた、強者の論理として、友も正義も、どっちも大切で選び難いものなのだ。
そんな彼女の言葉を、スヴェトラーナは小さな拍手で受け止めた。
「実に良い結論だ、女らしい。さてしかし……妻人どう捉えるかね?」
どこか探るような、大使の言葉を受けて。ウーノは少し目をつぶると、口を開いた。
「俺も、ここで調査に協力するのに賛成だよ」
「そ、そうですの?それは嬉しいですわ。でも、ウーノこそ、わたくしに遠慮してませんかしら?」
不安そうに眉を下げて、エカテリーナはウーノの手を取った。そんな彼女にウーノは力強く首を横に振った。
「いや、ちゃんと理屈がある。もしここで、ラシスカ人とポツカ人が衝突するようなことになれば……他の都市でも、反ラシスカ感情が盛り上がる可能性がある。いやむしろ、この都市でスーラフの陰謀が成功したら、次は国全体で、ラシスカ帝国とポツカ共和国の戦争を煽るような計画が始まるかもしれない。そうなると、ラシスカ兵士として戦い、今は捕虜になっている流れ水の民の扱いが、どうなるか分かったもんじゃない。もしかしたら、期限の1年を前倒しにして処刑、とかになりかねない。それを防ぐためにも、ここで調査に協力するのに、賛成だよ。大丈夫、これはミーシャちゃんの救出に、つながる行動だ」
ウーノの説明を受けて。エカテリーナは笑顔をほころばせ、彼に抱き着いた。
「ウーノ!ありがとうございますわ!お陰で迷いが晴れましたわよ!さあ、ミーシャのためにも、スーラフの陰謀を粉砕して見せますわよ!」
「ぐふっ……そうだけね……かひゅ……」
強く抱きしめ、嬉しそうにジャンプして、ついでに背中をバシバシと叩くものだから、ウーノは息が肺から抜けて細い悲鳴を上げた。
「あぁ!ご、ごめんなさいまし!」
慌てて離して、回復魔法をかけるエカテリーナ。大げさだよと笑うウーノ。二人のやり取りを、親戚のおばちゃんとしてスヴェトラーナは目を細めて見ていた。
「エカテリーナの奴め、随分と良い男を捕まえたものだな……あれで人夫でなければ、素直に祝福できたのだが」
大使のボヤキに、人前でいちゃつき始めた二人から距離を取っていたルキーナが寄ってきて同意した。
「男らしくない生意気な所もありますが、理屈立てて論理的な思考もあり、まさしく内助の功を発揮することがありますね、今のように。それに加えて、とても愛情深い。それ故に、エカテリーナ武官は妻人に入れ込んでいますね、憐れみを覚えるほど」
「叶わない恋、あるいは届かぬ愛、か。アモリア純潔処女修道騎士が抱くには、なんとも皮肉な想いよな」
偽装夫婦の距離感が近い、しかし完全にはゼロにならない距離を保ってのやり取りを、憐れみを通り越して慈しみの目を持って、二人は眺めていた。




