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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
ビウクニツ編

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274日目⑤

「み、見なさい!お前らの荷物は無事よ!だからほら、さっさと離しなさいよ!」


 首根っこ掴まれた中年女性の工場責任者は、フード付きのローブをまとい仮面をつけたエカテリーナに懇願こんがんした。


「まだ、中身を見るまで信用できないで……できない。Vérifie!(確認しろ!)」


 エカテリーナはこれまた同じ服装で仮面をつけていたウーノに、スーラフ語で指示を出す。

 事前に教わっていたその符丁で、彼は厳重に保管された金属の箱、縦横が彼の身長以上ある巨大な箱を開けた。


 箱は、触るとひんやりと冷えていた。

 中を開けると、中身は霜でおおわれていた。氷の魔導具が入っているのだろう。

 ウーノが両手を使ってその霜を払い確認すると、それは凍り付いた巨大な肉塊だった。


「これは……心臓?」


 魔導車の整備でもめったに触れない、文字通りの魔導車の心臓エンジン

 巨大な血管が突き出た、魔物の心臓と思わしき塊だった。


 基本的に、魔導車の心臓は雷の魔導具で微弱な電流を流すことで、無理やり収縮させて活動させる。動物より頑丈な魔物のそれは、冷凍しても適切に解凍すれば元通り動くだろうが……普通、心臓を取り換えたりはしない。

 いやしかし、魔導戦車なら、そうした事例もあると聞く。魔法を行使して戦闘機動が必要な魔導戦車では、心臓を元より大柄な魔物の物と取り換えて血流量を増やし、馬力を増やすとか……実際に、虎型魔導戦車を緊急修理した時も、心臓に移植の痕跡が見受けられた。


 ある種の予感を感じながら、ウーノは次々と巨大な金属箱を開けていく。

 そこから出てくるのは、どれもこれも、巨大な魔物の臓器や手足だった。

 凍り付いているおかげで、生臭さは感じないが……それでも気味が悪い。


「ねえ、もう良いでしょう!?」


 責任者の叫びに、ウーノはエカテリーナに頷いて見せた。

 彼女は拘束を解き、手元からそれなりの金銭を渡した。


「ええ。確認ができて何よりで……なにより。無礼を働いて、申し訳ない。これはお詫びの印……今回の件は、お互い無かったことに。不幸な行き違いは、忘れる方が身のため。そうでしょう?」


 ワザとらしい、慣れていない風なポツカ語で、エカテリーナは語り掛けた。責任者は差し出された金を不機嫌そうに奪い取ると、乱れた襟を正した。

 ちなみにその金は調査経費としてルキーナからもらっている。


「結構結構。そうでしょうとも、ええ。じゃあ、私が思い出す前に、さっさと出て行ってちょうだい」


 エカテリーナとウーノは、そそくさと撤退した。




「で、ウーノ。何があったか、教えてくださいまし」


 3人は大使館で合流し、会議室を借りて頭を突き合せた。


「ああ。俺が見たのは……冷凍された魔物の臓器やパーツだった。手足は、多分大型の肉食系の魔物だけど……内臓の方は、ちょっと判断できない。知らない形のも、多かったから」


「魔物の……鱗や爪、あるいは骨は、まだ武器防具、あるいは建材に使えますが……内臓となると、食べる以外に用途が考えられませんね。具体的にはどこの部位があったのですか?」


 ルキーナは手帳を取り出して、メモる準備をした。


「えーと、まずは両手両足、足は多分、巨大な鳥の魔物ですね。で、手の方はコウモリ、皮膜のある長い腕で、大きなかぎ爪が付いてました。頭はトカゲ系で、これだけ2個ありました。尻尾も爬虫類のだと思います。で、内臓の方は……大きな心臓があった以外は、これがこの部位ってのは、分からなかったですね。ああでも、俺よりデカい骨付き肉が沢山ありました。どれがどこの筋肉ってのは、判断できませんけど」


「ふんぅ……用途が分かりませんね。妻人、確認しますが……その骨付き肉、と言うののは、どの程度ありましたか?」


「どれくらい……難しいけど、20以上はありましたね。ああ、俺より大きいのが、20以上」


 確信の無い回答だったが、それを聞いたルキーナは深刻な表情を浮かべた。


「スーラフの野蛮人が何をしているか、見当は付きませんが……ラシスカの威信か名声を落とすための、何かしらの策略が進んでいる可能性が高いですね。その目的から逆算して考えると……」


 考え込むルキーナに対して、ウーノは自分が思っていたことを口に出した。


「俺は直感的に、魔導車、いや、魔導戦車の部品じゃないか、と考えました」


「魔導戦車ですの?でも、魔導戦車と言えばスーラフですわよ。ラシスカに悪名を擦り付けるとして、魔導戦車で何をどうするって言うんですの?」


 ウーノの発言に、ルキーナは眉を寄せて思考を更に深めているようだ。それに代わってエカテリーナが、疑問を挟んだ。


「それは分からないけど……そうだな、『ラシスカ軍の秘密兵器、製造中に終戦を迎えた魔導戦車が、ビウクニツ市内で大暴れ!』とか?いや、ごめん。今のは適当に言っただけなんだけど、でもあの魔物の肉とかが魔導戦車の部品だと思ったのは、本当なんだ」


「つまり、あの倉庫の色々な魔物の部品は、魔導戦車のパーツ、と……面白い発想ですけど、死体どころか冷凍肉をより集めて魔導戦車を作るのは、無理があるんじゃありませんこと?だって中身をいじると言っても、魔導戦車も元になる魔物の原型を、留めているのが普通ですわよ」


 エカテリーナは、戦場で何度も対面してきた所感から、それは無茶だと考えた。交戦時、魔導戦車に弱点になるような継ぎ接ぎは無かったのだ。

 魔導戦車であっても、魔導車と同じ一つの魔物を元に作るのは同じ。それが彼女の考えだった。


 自分で言っておきながらも、ウーノにもその意見はもっともに思えた。魔導車製造技師としても、確かにバラバラの魔物の遺体を繋ぎ合わせて一つの魔導戦車を作るなんて、技術的に困難だと思えたからだ。


 しかし、ルキーナだけは深刻そうな顔で、ゆっくりと顔を上げた。


「いえ、可能性としてはあり得ます。スーラフではすでに、キメラ魔導車が製造されていますから」


 キメラ魔導車。ウーノはその単語に聞き覚えがあった。そうだ、確かラシスカを出る直前、新聞でそんな単語を見かけた気が……


「キメラ……魔導車ですの?」


「ええ、複数の魔物をより集めて作る魔導車です。実際に、ポツカの長距離移動用の魔導車には、スーラフから譲渡されたキメラ魔導車が使われています。ムカデのように、複数の足が生えた長い胴体の馬型の魔導車です」


 ルキーナは実際に見たことがあるのか、その場でペンを走らせ、二人に絵を見せてよこした。そこには生理的嫌悪感を生じさせる、おぞましい姿に改造された馬の化け物が居た。


「うへぇ……何ですの、これは……スーラフの野蛮人どもは、マジでこんな化け物を作ってますの?本当に野蛮ですわね……」


 食人だけにとどまらず、生物の体をいじくりまわしてもてあそぶ、その所業に。エカテリーナは戦場で死体にたかるネズミを見たときのように、顔をしかめた。


 一方のウーノも、顔はしかめつつどこか感心したように頷いた。


「まさか、ここまでスーラフの技術が進んでいたなんて……確かに、ただ組み立ててびっくりさせるだけなら、あんな感じで丁寧に保存する必要はない。今は冬だし、外に野ざらしでも肉は腐らないはずだ。でも、ちゃんと屋内で、魔導具まで使って保管するってことは……組み立てて動かすことまで、想定しているはず。あれだけの部品を実際に組み立てたなら、随分な巨体になるよ。倉庫には、鱗が積まれていたよね、大量に。鉄よりも魔法の耐性があるんだっけ?組み立てた巨大魔導戦車を、それで覆ったとしたら……」


 その言葉を聞いて、エカテリーナはその場面を想像した。

 魔法耐性のある鱗を全身に身に着けた、巨大な魔導戦車。それがどれだけの脅威になるか……

 もう少し戦えば、スーラフの補給が切れて戦線を押し返せたはずだ。そんな論調もあるが、新兵器を投入される前に講和に持ち込めたのは、幸運だったかもしれない。

 エカテリーナはブルっと身震いした。


「事態は深刻ですわね……ルキーナ、貴女の方はいかがでしたの?」


「ええ。私の方でも、進展がありました。お二人の作戦中、私は他の工場の様子を探っていましたが、結果として半数近くでスーラフ関係者との接触の可能性が疑われています。そちらの方でも、今回押し入ってもらった工場と同様に、魔導戦車の部品を保管していると思われます。この黒い印が、該当する工場です」


 ルキーナは工場地帯の簡易地図を取り出してテーブルに広げる。彼女が広げた地図には、工場群の一部が黒く塗りつぶされていた。


「一つだけじゃなかったんですね。でもこれらの工場を選んだ理由は、何故でしょう?口の堅さだとか、あるいは利用料金の安さとか、そんな感じの理由なら、もっとばらついて選ばれてそうな気がしますけど……強いて言うと、十字に並んでいる、のかな?」


 疎らに黒く塗られた工場を表す四角形。地図の上のそれをなぞっていたウーノは、自信なさげに言った。


「それも今後の調査事項です。要点を整理しましょう。まず、これから追加で調査しなければならないことは、何故に工場が隠し場所に選ばれているのか、そして今おっしゃったように選ばれる工場の選定基準。それらが分かれば、この部品の最終目的地がこの都市なのか、はたまた別の場所なのか。組み立てるならどこか。様々な疑問にも、推測が立てやすくなります」


 ルキーナの言葉に、ウーノは小さく手を上げた。


「あ、選定基準はともかく、工場で保管されている理由と、どこで組み立てるつもりかは、ちょっとわかるかもしれません」


「……考えを聞かせてください」


 ルキーナは、もはやウーノがこの陰謀の会話に混ざることに、目くじらを立てなかった。

 先ほどの脅迫作戦と言い、魔導車への知識と言い。彼女もまた、ウーノを当てにし始めていた。


「まず、工場を選んだ理由ですが……魔導車の製造には、筋肉や関節を動かすために、たくさんの魔導回路が必要になります。なので、その入手が容易で、かつオーダーメイドもしやすいので、部品を一か所にまとめる意味で、工場が選ばれたのだと思います。そして、次に組み立て場所ですが……地下水路とかでやってるんじゃないでしょうか」


「地下水路……?」


 この世界に、上下水道は存在しない。上水道は魔導具から清潔な水を生み出せるので不要であり、下水も各家庭ごとに魔導具で浄水するのが基本だ。そうした浄水した水と、雨水や滲み出る地下水などを回収する水路が、大都市の地下に存在する。


「生体部品の解凍には、冷たい流水で時間をかけて解凍するのが基本です。村では冬場に魔導車が凍ったら、川に入れて解凍してましたけど、都市部では地下水路を使うと聞きます。地下の方が気温の変化も少ないでしょうし、解凍場所にはもちろん、保管場所にもうってつけだと思います」


「そういえば、冬の寒さで凍り付いた魔導車を火の魔導具で温めたら、なんか汁が滲み出てきて動かなくなったことがありますわね。ゆっくり解凍しないと駄目だったんですのね」


 エカテリーナは目を細めて、長年の疑問が解決したようポンと手を打った。


「少し待っていてください。資料を取ってきます」


 その様子を見たルキーナは一声かけて、小走りになって会議室を出て行った。しばらくして、彼女は小さなファイルを片手に戻ってきた。


「資料って、何を持ってきましたの?」


「この都市、ビウクニツの地下水路地図です。この都市も元はラシスカ領でしたから、資料がありました。これが該当区域の地図で、工場の物と見比べると……」


 3人そろってテーブルの上の地図を見比べる。地下水路は十字型になっているのだが、その上にピタリと該当工場が重なるのだ。地下水路のメンテナンス入り口とスーラフの関与が疑われる工場の分布が、見事に一致する。


「おお!これはウーノのお手柄ですわよ!組み立て場所は地下水路で確定ですわよ、これは!」


 エカテリーナは興奮気味にウーノの背を叩く。若干力加減をミスった殴打を意地で平気なふりをしつつ、彼は苦笑した。


「いや、地図を持ってきたのはルキーナさんだし……」


「いえ、私ではそもそも、地下水路に魔導戦車を結び付けて考えられなかったでしょう。これは貴方の成果です、妻人……何ですかその目は」


「い、いえ、何でもありません。お褒めにあずかり、光栄です」


 ルキーナの素直な賛辞に目を丸くしたウーノを、彼女は何か文句あるかとにらみつける。そして慌てて首を振るウーノの横で、エカテリーナはニンマリと笑っていた。


「あら、あらあら、あらあらあら。貴女もとうとう殿方を褒める器量が身に付きましたのね。若手の成長が見られて、嬉しい限りですわ」


「ユスポフ武官も若手でしょうが……ともかく、現状で分かっている範囲で、大使に一度報告しようと思います。実際に現場を目撃したお二人にも証言していただきたいのですが、構いませんね?」


「はい、分かりました」


 席を立つルキーナに続いて、直ぐに頷いて立ち上がるウーノ。しかしエカテリーナだけは、座ったまま頬杖をついてもう片方の手で机をコンコンと叩いて見せた。


「ユスポフ武官、何か問題でも?」


「ウーノが素晴らしい推察を披露して見せた、それに対する称賛はもう受け取りましたけど……わたくしへの感謝の言葉の一つでもあって、よろしいのではなくて?」


 ありがとうを要求するエカテリーナに対して、ルキーナは嫌そうな顔を隠すことなく、小さく会釈して見せた。


「ユスポフ武官の見事な活躍によって、本件は……」


「その『ユスポフ武官』って呼び方も、止めてくださいまし。その家名は捨てましたの」


「流れる血は変えられません。その赤い毛先がその証拠。いくら捨てたと言っても……」


「す て ま し た の」


 ドンドンドン!


 壊れないか不安になるほど強くテーブルを叩きながら、エカテリーナは主張した。

 貴族であることにある種の誇りを持っているルキーナにとって、エカテリーナの価値観は受け入れがたいものであったが……ここで言い争っても仕方があるまい。

 貴族外交官として、取るに足らない譲歩でより大きな譲歩を引き出すべし、と教育を受けている彼女はこだわりを捨てて、口を開いた。


「エカテリーナ武官、貴女の貢献で……」


「エカ姉」


「……は?」


「だから、エカ姉と呼んでくださいまし。わたくし、クソッタレなお姉さまは居ても、妹は居なかったんですの。だから、可愛い妹分が欲しいですわ。ルキーナ、貴女、わたくしを姉と呼んでくださいまし。そしたら喜んで、この件に協力して差し上げますわ」


 挑発的な笑みを浮かべるエカテリーナ。その笑みを見て、ウーノは彼女の新しい一面を見た。

 どうやら『ユスポフ武官』と家名を当てこすった(ルキーナに当てこする意図は無かったはずだが、ともかく本人はそう感じたのだろう)呼び方をされて、相当に頭に来ていたらしい。


 情報収集、そして宝飾品の換金とある程度の現物の金の確保、というビウクニツに来た目的が果たされた今。確かにルキーナへの頼み事は無く、大使への報告に付き合ってほしいというのは、完全に彼女の都合の問題だ。まあ、だからと言ってその些細なお願いを断るのも義理や道理の通らない行動だから、もちろん協力するが……ともあれ頼まれる立場、としてこちらから要求をするには、いいタイミングだ。


 相手が断りにくい状況で、簡単に達成できるがプライド的にやりたくない行動を強要する。実に貴族的な所作だ。

 ウーノはエカテリーナへの認識をそっと改めた。


 さて、エカ姉呼びは流石に些細な譲歩に入らなかったのか、ルキーナは拳を強く握りしめ、俯いて肩を震わせていた。怒鳴りつけるのを何とか我慢しているのだろうか。

 しかし、ふと彼女の震えが止まった。手を解いて顔を上げ、そっと髪を引っ張った。


「あ、えーっと、ルカ君?」


「はい、今はルカの方です。それで、エカテリーナ武官、その……エカ姉呼びは、勘弁してもらいませんか?」


「あ、え?そ、そうですの?理由を聞いてもよろしいかしら?」


 突然の人格交代は想定外だったのか、エカテリーナは戸惑いつつ返事をした。


「僕にとって、姉は『ルキーナ』ただ一人なんです。貴族の責務として戦場に立ち、そして戦死した双子の姉の『ルキーナ』だけが。このカツラも、遺体もほとんど残らなかった姉の、唯一の遺髪で……すみません、だから、ルキーナの時であっても僕の、ルカの体を通して、『ルキーナ』以外を姉と呼ぶのは、ちょっと……」


「アッハイ、分かりましたわ。出過ぎた真似でしたわね、うん。呼び方はエカテリーナ武官で結構ですわ」


 ちょっとしたイジワルのつもりの要求をガチトーンで跳ね返されて、エカテリーナは素直に引き下がった。

 ルキーナの時は完全に女性なので気軽に言えたが、男の状態で戦死した姉以外を姉と呼びたくないと言われてしまったら、さすがに何も言えないのだ。


「すみません、こちらこそ……あ、ルキーナに戻りますね」


 そう言ってルカはカツラを被りなおして、目を閉じた。

 しばらくして彼は彼女に変わって、目を開ける。


「……さて、エカテリーナ武官。貴官の献身には深く感謝しています。引き続きご協力お願いいたします」


「さ、エカテリーナ。行こうよ」


「分かってますわよ、もう……オバ様に報告して、さっさと晩飯食って寝ますわよ。はぁ~、今日も一日、頑張りましたわね……姉、ですのね」


 ウーノに促され、エカテリーナも立ち上がる。扉を開けるルキーナを見つつ、彼女は口の中から出ないくらい小さく、つぶやいた。

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