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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
ビウクニツ編

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274日目④

「手形入手、ですわね。説明を聞いた感じでは、ちゃんと機能しそうですし……あむ。他所の街に行って、換金できたら、大部分の宝飾品は金の手形に変えてしまっていいかもしれませんわね。問題は、手形を金の現物にするには身分証が必要なことですわね」


 百貨店の最上階にあるカフェ。6階にある外側の壁一面がガラス張りになった、開放的な窓際のテーブル。

 黒い塗装と青いガラスでできた街並みを見下ろしながら、3人は軽食を取っていた。


 エカテリーナは手元の手形、金の預かり証をヒラヒラと振りながら、クッキーをかじった。


「そもそも収容所で、手形でも捕虜の解放が出来るなら、手形のままでもいいけど……現物じゃないとだめなら、何かしら対策が必要だね。仲介者を頼るか……」


 ウーノもまたお茶をすすって頷いた。お茶の味に国柄は出ないのか、ラシスカやルキーナの部屋で飲んだものと、同じ味だ。


「それで、ここでの用事は一通り終わりましたか?」


「そうですわね。後は金の現物も少しは欲しいですけど……それは工場にでも出向いた方が、安く手に入りますかしら?」


「どこで買っても同じですが、量を置いてあるのは工場の方でしょうね。しかしまあ、工場に行くというのは、私にとってはありがたいです。大使から受け取った情報によると、スーラフの野蛮人たちは、魔導具工場の方に頻繁に出入りしているらしいです。案内ついでに、工場地帯の調査をしておきたいですので」


「それじゃ、工場の辺りに……」「雷女帝!?どうしてここに!?」


 次の行先が決まり、そろそろ会計しようか。一行が席を立とうとしたその時、隣の席に案内された黒髪をお団子に結んだ妙齢の女性が、エカテリーナを見て叫んだ。

 呆気に取られていた3人の中で、一番早く状況を理解したのはルキーナだった。


「……その制服、ポツカ系自警団の方ですね。我々はラシスカ大使館の職員です。今は休憩中で食事をとりに来ていただけです。もう帰るところですから、我々にはどうぞお構いなく」


 制服。その言葉を聞いてウーノが彼女の服を見ると、確かにポツカ国旗を模したワッペンがゴテゴテしたスーツドレスに縫い付けられていた。

 大使館にレンガやら何やらを投げ込んでシュプレヒコールをしていたのも、自警団と言っていたか。厄介な相手に見つかってしまった。


「待て!その女に、どれだけの同胞が殺されたと思ってる!そんな奴が、大使館職員だと!?これは挑発行為だ!」


 雷女帝、と言う二つ名は、ポツカにも知れ渡っているらしい。そして、エカテリーナの顔を知っているということは戦場帰り。元兵士の自警団員と言う、あまり目を付けられたくない相手に見つかってしまった。

 どうこの場を丸く収めた物かと、ルキーナは頭を悩ませた。


「いえ、決してそのような意図はありません。ご存知でしょうか、彼女の宗派は純愛過激派で、戦前には巡礼経験もありました。ポツカ語の他ガマニア語やスーラフ語も堪能で、それぞれの文化にも造詣が深く、大使館職員としてこれ以上ないほど……」


「長くしゃべるのは、後ろめたいことがある証拠だ!どんな屁理屈をつけても、そいつが我々の同胞を大勢手にかけた事実に変わりはない!」


 ルキーナが論理だてて理屈を語るが、自警団の女性は感情論で全て吹き飛ばす。

 この世界で正論パンチ・ロジハラは通用しない。女性が社会の中心のこの世界では、理屈より感情論が持てはやされる。相手を納得させるには、こちらも感情論で勝つしかないのだ。


 そして、人格こそ女性だが肉体は男性のルキーナは、その感情論の口げんかが苦手だった。


「いえ、ですから……」


 苛立たし気に言葉を探す彼女の肩を、立ち上がったエカテリーナが掴んだ。そのまま一歩前に出て、自警団の女性と向き合う。


「ルキーナ、ここはわたくしに任せてくださいまし……貴女、名は?」


「な、なんだ!」


「ですから、名を尋ねているのですわよ。貴女の、名前を教えてくださいまし」


「……マジェナだ」


 あくまでも冷静で淡々とした声音のエカテリーナを睨みつつ、女性は名乗った。


「では、マジェナ。まずは、敬意を示しますわ。貴方たちポツカの兵士は、祖国のため、勇敢に戦いましたわね。奪われた国土を取り戻さんと奮起されるその姿、敵ながら天晴れでしたわよ」


「な、何が言いたい!」


「ですから、敬意を示したいのですわよ。陣営は違えど、同じ苦しみを分かち合った仲間ですもの。塹壕の中に貴族も平民も、貧民も金持ちも、ラシスカもポツカも無く……命を懸けた人々は、すべからく尊敬をされるべきですわ。」


「そ、そうか?」


 ぬかに釘と言うべきか。どれだけ敵意を見せても冷静で丁寧な対応を崩さず、どこか馴れ馴れしさすら感じさせる言葉選びに、マジェナは困惑した様子で眉を下げた。


「ええ。わたくしは、戦友のため、貴女の仲間を大勢、殺しましたわ。そして貴方がたも、友のため、家族のため、祖国のために、わたくしの戦友を、大勢殺したわね。それは悲しいことですけど……しかし、その死は、戦争が終わった今、わたくしたちが憎しみ合うために、あった訳ではないと思いますの」


 エカテリーナはただ静かに、自身の戦争論を語った。

 事前に原稿があった訳でも無いのに、迷いなく語られるその言葉は、きっと彼女の中で確固たる確信があるからこそだろう。


「だからと言って、お前を許せと言うのか……私の親友は、お前に殺されたんだ……遺体は、炭みたいに黒くなっていた。顔も分からないほどに!家族ぐるみの付き合いだったのに!あんな姿じゃ、アイツの家族に見せてやれない!まともに弔うことすらできなかったんだ……!」


 マジェナの目には、怒りだけでなく、何か別の感情が滲んでいた。恐怖か。あるいは、喪失の痛みか。

 声を荒げても、それはどこか深く沈んだ響きだった。


 エカテリーナは、その言葉を真正面から受け止めた。表情は変えない。ただ紫色の瞳で、真正面から自分への憎悪を受け止めていた。


「許せとは言いませんわよ。どう言葉を飾ったところで、わたくしが貴女の仲間を大勢殺したことは、貴女の親友を殺したことは、変わりませんもの。そしてその戦果を誇っていたことも。でも、それは貴女も同じはずですわね、マジェナ。貴女も兵士としてあの戦場に立ち、そして生き残った。殺人を肯定し称賛するあの場所を」


 エカテリーナは1歩2歩と歩き、マジェナの手を取った。

 先ほどまで恨みを表明していた元兵士は、仇のあまりにも堂々とした行動に困惑をしつつも、拒まなかった。


「それは……そうだが……」


 最初から、『お前らだって大勢殺しただろ!』と言っていたら、マジェナは聞く耳を持たなかっただろう。

 しかし、エカテリーナの言葉によって怒りや恨みの先をはぐらかされた今、自省へと矢印を向ける余地ができたようだ。彼女は考え込むように眉間にしわを寄せた。


「わたくしも、無二の戦友を……失いましたわ。こちらにいる彼は、その友の夫、未亡夫ですの」


 事実とは少し異なるが、分かりやすく伝えるため、エカテリーナはウーノに手のひらを向けて、そう紹介した。

 ウーノはマジェナを見て、目を伏した。ミーシャの戦死を伝えに来たエカテリーナに、拳を振り上げたあの時の不条理な怒りを、思い出していた。


「……そう、なのか」


 敵国同士、立場は違えど、互いの大切な人を殺し合い、失ったもの同士。マジェナの瞳には、憎悪以外の感情が生まれていた。


「わたくしたちは、お互いに大勢を失い、そして奪いましたわね。でも戦争とは、平和を勝ち取るためにあるはずですわ。せっかく、多くの犠牲の果てに、貴女がたポツカ人は、平和な今を得ることができたのですから……それを悪戯に乱すようなことは、慎むべきですわ。ここでわたくしと貴女が争うのは、同胞の死の意味を、軽んじることになりますもの。さあ、だからどうか、この場は一度座って、お茶をお飲みになってくださいまし」


「わ、私は……間違っていたのか?私は、アイツの死を、おとしめていたのか……?」


「いいえ、貴女は立派な兵士ですわよ。貴女の戦友も、きっと貴女を誇りに思ってますわ。でも、戦争は、終わったのですもの。さあ、座って……大丈夫、ここは戦場じゃありませんわよ」


 エカテリーナがマジェナの肩をそっと押すと、彼女は座るはずだった席に大人しく腰を落とした。そのまま顔をうつむかせて、考え事をするように下を向いた。


「……私は……これからは……」


「さあ、ウーノ、ルキーナ。行きますわよ」


 独り言をつぶやいて目をつぶるマジェナを置いて、エカテリーナは二人に呼びかけた。

 呆気に取られていた彼らは慌てて彼女の後を追う。


「その、ユスポフ武官。貴官は、ちゃんと兵士だったんですね。強さだけが取り柄の色ボケ女郎と思っていて、すみませんでした」


「貴女わたくしのことそんな風に思ってたんですの!?」


 会計を済ませたルキーナが追いついて言った言葉に、エカテリーナは腰に手を当てて叫んだ。


「でも、さっきの言葉……重みがあったよ。エカテリーナは、色々考えてるんだね」


「ウーノ、貴方も塹壕でおっしゃってましたけど……戦争には、物語的な幻想はありませんわ。だからこそ、積み上げられた死には、何かしら意味を持たせたくなる……それだけのことですわよ」


 エカテリーナはしんみりした雰囲気を漂わせつつ、ウーノの腕を取って抱きしめた。

 感心したように頷く彼を見て、エカテリーナは嬉しそうに足取りを軽くする。


「……色ボケには違いありませんね」


 そんな彼女を見て、ルキーナは先ほどの謝罪を返して欲しいと思いつつ、二人を先導するべく小走りで追いかけた。




 その後に一行は、大使館の壁を越えて見えていた工場区画を尋ねた。

 金を魔導回路に錬成すべく炉が動いているのか、高い煙突からモクモクと煙が垂れ流されている。


「いっぱい並んでいますわね。これ全部、魔導具の工場ですの?」


「ええ。前の前の戦争まで、対ポツカ国境の最前線でしたから、攻撃用魔導具の工場が立ち並んでいるのです。そして同時に、この都市はポツカとラシスカ、二国の間を揺れ動いてきた係争地でもあります。そのため、両国の住民が混在していたのですが……それだけでも複雑な都市だと言うのに、スーラフ人民国の諜報員と思わしき人物が出入りしているそうですね。一体何を企んでいるのやら……」


「ふむぅ……何か手伝えることはありますかしら?」


「そうですね。何かしらスーラフ語の話し声がしたら、教えていただけますか?残念ながら私は、スーラフ語に明るくないので」


「分かりましたわ。さあ、ウーノ、行きますわよ」


 入り口には、何かの意匠だろうか、六角形の太い柱が建てられていた。

 異世界の兵器工場に圧倒されて、キョロキョロするウーノをエスコートしつつ、エカテリーナはルキーナの後ろをついて工場に足を踏み入れた。


 炉に熱された空気で冬場でも暑い工場内、ルキーナはそこら辺の従業員に話かけていた。

 交渉事を任せっきりにしつつ、ウーノは抑えきれない好奇心でキョロキョロと工場設備を観察した。


 塹壕での体験を通じて、戦争や兵器というものにロマンを感じるのが恥ずべき幼さだと考えるようになったが、それでもやはり男心をくすぐられてしまう。

 いや違う、これは兵器に興味があるのではなく魔導車技師として魔導具や工場に興味があるだけだ、職業病だ、と言い訳しつつ、首をあちこちに向ける。


 そんな中、ウーノは工場にはそぐわない、不思議な物を見つけた。


「あれは……魔物の素材?」


「あら、どうかしましたの?」


 従業員に案内されて、ルキーナは奥へと案内されていく。そこで待ってろ、というジェスチャーに了解と返すエカテリーナは、呟きを聞いて視線を彼と同じ方に向けた。

 そこにあったのは、黒い鱗の山だ。爬虫類型の魔物から取れる素材で、並みの金属より魔法への耐性が高い。エカテリーナが戦場で身に着けていたアーマードレスにも、縫い込まれていた。


「魔導具って、魔石は使っても魔物素材は使わないよね?なんでこんな所にあるんだろう?」


「そうですわね。あの手の鱗は、防具か建材に使うものですし……炉で溶かせる代物でもありませんわね。何に使うのかしら?あ、そこの貴女、ちょっとよろしくって?」


 エカテリーナは近くにいた従業員に声をかけて手招きした。


「あん?なんだい?買い付けに来た商人かい、あんた。だったら担当は……」


「ああ、それなら今、連れが交渉中ですのよ。それよりほら、あそこにある鱗の山。アレが気になってるんですのよ。なんですの、あれは?」


「ああ、あれかい。さあ、私も詳しくは知らんね。工場長が、気にするなって言ってたけど……最近、倉庫事業を始めたのか色々荷物預かってるから、その一つじゃないかい?ちょくちょく減ってるし、どこかに売ってるのかね」


 従業員は肩をすくめつつ、去って行った。本当に詳しい事情は知らないらしい。


「なんか、きな臭いですわね。スーラフの諜報員が出入りしているという前情報を知っていますと、なおさらに」


「そうだね……色々預かっているって言う、荷物の中身。気になるね。それが分かれば、目的も想像できそうだけど」


 そんな風に内緒話していると、交渉が付いたのかルキーナが二人の方に戻ってきた。


「失敗作の金糸は、少量ですが少し安く譲ってもらえそうです。純度も魔導具で確認しましたが、問題ありません。どうしますか?」


 魔導回路に使う金糸のうち、長さが不十分だったり太さが不揃いな物は、また溶かして使うこともできるが……操業中の欠損として処理することもできる。

 つまり懐に入れてしまえるのだ。しかし、金糸そのままでは貨幣価値は無い。行きずりの者に、少し割安で売ってしまった方が楽なのだ。


「それは結構ですわね。ぜひ購入させていただきたいですわ……ところで、倉庫にある荷物、何か怪しい感じがしますわ」


 エカテリーナはルキーナに、聞き込みの成果を伝える。すると若き大使付副官は、あごに手を当てて考え込んだ。


「……ここの監督者は、『融通』が利くようなので、それなりの対価を示せば倉庫も見せてくれそうですが……しかし、あからさまに知りたがっている態度を示すと、足元を見られたり、最悪スーラフ側に嗅ぎまわっているネズミがいると密告されかねません。どうしたものか……」


 汚職する人間だ、金にがめついのは確かだろう。つまり、利益になるなら何でもする。

 絞れるだけ絞ろうとするだろうし、スーラフに情報を売られても困る。さあどうしたものか。


「あー、ちょっといいかな?」


 頭を悩ませる二人に対して、ウーノはこの状況に覚えがあった。


「何か名案でも?」


「ああ。金で流される人間を縛る、一番手っ取り早い方法、それは……暴力だよ」


 覚えは、任侠映画だった。


「ぼ、暴力ですの?」


「ああ。ルキーナさん、ラシスカ大使館の職員ってことは、相手の責任者に知られていますか?」


「いえ、バレてないはずです。仮にバレていたら、金糸の価格を吊り上げられていたでしょうから」


 国内での金取引には、よほど大規模な物でない限り規制は無い。百貨店での取引も、特に確認されることなく行えた。

 しかし、ポツカ人の国民感情として、ラシスカ人に金を売ることへの忌避感があるのもまた事実。割安で買えたということは、気づかれていないということだ。


「よし、脅迫の材料が増えたね。で、作戦なんだけど……言ってしまえばカマかけかな。エカテリーナが、スーラフの諜報員のふりをして、責任者を襲うんだよ。それで、その人を尋問するんだ。ラシスカ大使館の人間と取引していたようだけど、我々の情報を売ったのか、預けた荷物は無事なのかって」


「だ、大胆な作戦ですわね……それでも相手がシラを切ったら、どうするんですの?」


「それはそれで、情報だよ。ラシスカ人に不法な取引で金を与えたって、弱みを握れた状態で、それでもシラを切るなら……本当に知らない可能性が高い。そして知らなくても、荷物を確認させる材料にはなるしね」


 任侠・ヤクザ・暴力団。アウトローも男の世界である。映画で知った非合法な手口は、こうしたスパイ的な場面でも発揮できた。


 男性の口から飛び出したあまりにも暴に寄った解決策に、女性陣?はビックリしつつ、頷いた。


「な、なかなか、有効な手段だと思います……」


「え、ええ。そうですわね……ウーノ、別に女に生まれなくても、男のまま将軍に成れそうですわね、その智謀」


「はは、役に立てたなら何よりだよ。言っても、映画……じゃなくて、小説から借りたアイデアだけどね」


「だとしても、必要な知識やアイデアを必要な場面で引き出せるのは、まさしく軍師ですわよ」


 謙遜するウーノの肩を、エカテリーナはバシバシと叩いた。

 一方そのころ哀れな工場責任者。彼女はこれから雷女帝に襲撃されるとも知らず、小遣い稼ぎができる未来に、ウキウキしていた。

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