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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
ビウクニツ編

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274日目③

 エントランスから出た三人はそのまま正門から大使館を出て……ではなく、正門横の守衛室に入った。


「何か申請とか必要ですの?」


 外出許可か何かいるのだろうか?首を傾げたエカテリーナの前で、ルキーナは守衛室の中央の床板を叩いて見せた。


「馬鹿正直に正門から出たら、ラシスカ関係者だとばれてしまいますから……この通路を使います」


 ルキーナはそう言って、叩いた衝撃でずれた床石をどけた。すると中から、壁も天井も丁寧に舗装された、地下通路が現れた。


「……ラシスカって地下トンネル掘るのが文化だっけ?」


 ウーノは思わずつぶやいた。

 国境を越える秘密通路に今回のこれ。まさか短期間で2度も似たような場所を通ることになるとは思わなかった。


「違いますわよ。穴掘りが文化と言えば、それはガマニアですわね」


「ガマニア?」


「ええ。近年までアジ・ダカーハの脅威があったガマニアは、地下都市を作って生活してますのよ。地上に都市を作っても壊されるから、隠れるために地中に街を作ったんですの」


 エカテリーナは指を立てて得意げに講釈を垂れた。


「そうなんだ、それは見てみたいね……そう言えばエカテリーナって、ポツカ語も話せるんだよね。知恵の実の効果?」


「オホホ、わたくしポツカ語だけじゃなくて、ガマニア語もスーラフ語も話せますのよ。知恵の実は食べてませんわね。全部独学ですわ」


 エカテリーナは誇らしげに胸を張った。


「独学!?すごいね、それは……なんでまたそんなにたくさんの言語を?」


「ああ、修道騎士はアモリア様を信仰する他国を、巡る慣習があるんですのよ。最近は戦争続きでしばらく中止だったらしいですけど、わたくしはギリギリ体験できましたの。だから、他国の宗教家と会話するために、学んだんですのよ」


「そうなんだ……ん?いや、知恵の実も無しに4か国語も喋れるんだ……すごいね」


 容姿や強さだけでなく、頭の出来でも負けているかもしれない。ウーノはもっと頑張ろうと奮起するのだった。


「……ユスポフ武官、妻人、外ではラシスカ語は厳禁です。その無駄話も、ポツカ語でしてください」


 ルキーナは釘を刺しながら地下トンネルに入っていく。

 二人もその後を追って、トンネルに入った。ちゃんと舗装されているおかげで、せっかく着たスーツやドレスが台無しになる、ということは無い。


「そういや、さっき何か読んでいましたわね。驚くようなニュースでもあったんですの?」


 早速ポツカ語に切り替えたエカテリーナに、ルキーナもまたポツカ語で返した。


「ああ、そうでした。道すがら説明します。昨日も来た、あの抗議に来る自警団ですが目に余るので、大使館はポツカ政府に対して団体の活動を規制するように要求していました。その返答が、あの書類です。なかなか、厄介な内容です」


「勿体ぶりますわね。あの団体は政府公認団体です、とでも言うんですの?」


「おや、鋭いですね。ええ、抗議団体は政府の息がかかっています。もっとも、ポツカ共和国ではなく、スーラフ人民国の、ですが」


「スーラフの野蛮人が?」


 エカテリーナは驚きの声を上げた。

 トンネル内に響いた彼女の声に眉をひそめながら、ルキーナは階段を上っていく。出口に着いたのだ。


「エカテリーナ、野蛮人っていうのは?」


「ああ、スーラフ人の呼称ですわよ。スーラフにも、ラシスカやガマニアのような、強大な魔物が居ましたの。クンバーカルナという、角の生えた青い肌の鬼の巨人だったそうですわ。で、スーラフ人はその巨人を打倒し、その肉を食らいましたわ」


「あれ、でも巨人ってことは、人型……」


「ええ、人に近しい姿をしていたそうですわ。それを食ったわけですわね。しかも、そうした背景からか、スーラフでは強い魔法使いが死ぬと、その遺体を食す風習がありますの。先の戦争でも、ラシスカ・スーラフ問わず、魔法使いの死体は加工されて食事の場に提供されたそうですわ。そうした食人の文化を持って、スーラフは野蛮人と呼ばれていますの。皮肉なことに、野蛮人の名に反してもっとも魔導具開発の技術が高いのも、スーラフですけども」


 エカテリーナの得意げな歴史解説。どうやらラシスカ語は他国を罵倒する語彙に恵まれているらしい。


 ウーノはエカテリーナの解説の裏に、嫉妬心もあったのでは、と邪推した。自国より技術力が発展している、遠い異国。相対的に非文明的なラシスカが、文明国のスーラフを『野蛮』と罵るのは、ある種の皮肉、あるいはやっかみだろう。


 そこまで考えて、ふと思い出す。

 食人。もしかして、この間の戦場跡地の塹壕で自分が踏みつけた、あの歯形の付いた腕は……


 青くなった顔色を元に戻そうと、ウーノはすぐ横を歩くエカテリーナの体温を意識した。力強い足取りの、高貴で美麗な少女のことを。

 少しの深呼吸をして、何とか平静さを取り戻す。大丈夫、自分はエカテリーナの戦友なのだから。


「ユスポフ武官、その手の話は外ではしないでください。愛国心も結構ですが、ここはポツカですから」


 一方のエカテリーナは、そんなウーノを気遣って腕をギュッと抱きしめた。

 香水をつけているのか、距離の近くなった彼女から漂う華やいだ香りが、ウーノの鼻をくすぐった。


 その甘さに少し心が和らぐ。表情が緩んだ彼の反応をどう受け取ったか、エカテリーナは嬉しそうに声を弾ませた。


「分かっていますわよ。これから先は、ポツカ人の夫妻、ですわね」


 エカテリーナの返事を聞くと、ルキーナは階段の天板を押し上げた。顔を出すと、そこは古びた民家だった。

 いくつかの木箱が埃を被って放置されているが、定期的な人通りを示すかのように床の上は埃が無い。


「ここは……どこに出てきましたの?」


「大使館の裏手にある古民家です。現在は、個人経営の小売店が倉庫代わりに使っている……という設定になっています。そこら辺の荷物はそのカバーストーリーです。正装でも普段着でも、出入りを目撃されても色々と言い訳が付きますから」


 ルキーナに先導されるまま、二人は古民家を出た。玄関は裏路地に面していて、人通りは無い。

 ウーノが振り返ると、大使館の壁で家全体が日陰になっていた。古民家は大通りから1本外れた居住区の外れにあるようだ。その薄暗さも相まって、確かに目立たないように出入りするには便利そうだ。


 外に出ると、風に乗って大通りの喧騒が聞こえてきた。まだ残っているというラシスカ系住民の声か、ポツカ語に交じって時たまラシスカ語も聞こえて来る。

 これなら大使館の正門から出たり、うっかりラシスカ語を話してしまっても、心配ないのでは?ウーノはそんな風にも思ったが、用心するに越したことは無いかと気を引き締めた。


「結構な大都市だね。村の近くの街より栄えてる。その割には、装飾が少ない気がするけど」


「まあ、前の前の戦争まで、ポツカ共和国との国境の要衝でしたもの。言わば城塞都市と言って差し支えありませんわ」


「あまりキョロキョロしないでください。お上りさんがバレます」


 ルキーナの忠告に、ウーノは好奇心を抑えて首を固定した。しかし視線だけはどうしても動いてしまう。

 大通りに出ると、ウーノはその場で一回転したい衝動にかられた。


 ラシスカが基本的に内装も外装も飾り立て、石造りであるのに対して、このビウクニツの建物は、黒く塗装された建物ばかりだった。都市全体が、武骨な雰囲気をまとっているのだ。

 何とも不思議な光景に、ウーノは好奇心を抑えるのに必死だった。


「行きますわよ、ウーノ。オホホ、こんな機会じゃなければ、観光でもできましたのにね」


 首を動かすのは我慢したものの、意識は完全に街中の景色に奪われていた。立ち止まってしまっていたウーノの腕をエカテリーナが引く。


「まずは質屋、ですか?」


「ええ、手持ちのジュエリーやらを一部、交換しておきたいですわ。その後は取引所で……」


 ルキーナとエカテリーナの会話も耳に入らず、ウーノは首を正面に固定したまま目に入る景色に心奪われ、エカテリーナにエスコートされるままである。

 とは言え、かえってその方がよかったのかもしれない。それは妻に付き従う夫という典型的な夫婦像であり、変な言動をして悪目立ちすることは無かった。


 ウーノが自我を取り戻したのは、いつの間にか目的地にたどり着いた時だ。


 立派な看板の、大きな建物。身なりの良い人々が頻繁に出入りしている建物だ。

 看板には、『ビウクニツ総合百貨店』とある。


「あー、百貨店の中に質屋があるんですか?」


 ウーノの質問にルキーナは怪訝な顔をした。


「質屋といったら……ああ、ラシスカとポツカでは、少し意味が違いましたね。ポツカ語で言う質屋は、高級品を売買する市場の意味も内包しています。ですので、このような大型の小売店それ自体が、質屋と言えます」


 知恵の実を食べただけでは、中々完全に常識を得るのは難しい。観光ガイドでも読んでおいた方が良いかもしれない。

 ウーノがそんなことを考えていると、エカテリーナが微笑んだ。


「オホホ、そんなに心配することはありませんわよ。そうですわね、ウーノは今まで箱入り息子で育てられてきた令息、って設定はどうですの?わたくしとの結婚を機に、外の世界を知ってワクワクしてる、みたいな」


「はは、それはそれで、別のボロが出そうだな……まあ、俺は大人しくしてるよ」


 ウーノはいつも以上に慎重な言動をすることにした。普段も出しゃばりすぎないように気を付けてはいるが、いつも以上に気を付けねばなるまい。


 そうして入った百貨店。出入りする人々の姿からも想像がついたが、中は随分と豪華で賑やかな内装だ。ラシスカの役所のような、宮殿のような品格ある豪華さではなく、もっと銭の臭いがダイレクトに伝わってくる作りである。

 ラシスカからせしめた金のおかげか、随分と羽振りのよさそうな、活気のある空間だった。


 エントランスからつながるホールは3階までの吹き抜けになっており、その天井には大樹に突き刺さった剣と鎌の意匠が施された垂れ幕、巨大なポツカ国旗が飾られていた。


「さて、宝飾品の売買なら2階です。金取引所はこの階にあるので、換金後はそちらに行きましょう」


 ルキーナの案内で通路を歩いていく。様々な種類の高級品が立ち並ぶ店内を、彼女は迷いのない足取りで歩いていた。


「ルキーナ、貴女歩きなれてますわね。よく来るんですの?」


「……趣味の関係で、まあ。聞こえますか?この音楽、ルカの作曲です。ポツカでも有名な楽団が、この店で演奏をしているんですが、彼らに楽譜を提供しているんです」


 今まで周囲の光景に関心を奪われていたウーノは、目から耳に神経を切り替えた。

 ゆったりとした打楽器のリズムが心地よい、落ち着いた曲が流れていた。


「へえ、すごいな。ルカ君、作曲家一本で食べていけそうですね」


「まあ、あの子の才能は本物です。私が必要なくなるのも、そう時間はかからないでしょう」


 完全にルカとルキーナを別人と割り切っているようだ。そんな彼女にとって、本来の主人格のルカに完全に体を返すのは、ある意味では死なのだろうか。


 ルカの双子の姉の人格を模したという、ルキーナ。そんな彼女は、迫る姉離れという名の消失を前に、恐怖する様子はなかった。

 ただ弟の功績を誇らしげにして胸を張り、しかし少し寂し気に目を俯かせるのだった。

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