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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
ビウクニツ編

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274日目②

 今日の予定を話し合ったウーノとエカテリーナは、執務室に足を運んだ。


「失礼、オバ様!よろしくって!?」


 エカテリーナが元気にノックすると、すぐに扉が開いた。偶然側にいたのか、ルキーナが開けてくれたのだ。

 ズカズカと中に入るエカテリーナの一歩後ろを、ウーノはルキーナに頭を下げながら付いて行く。


「ノックは三回、丁寧に……ユスポフ武官、知らないわけでは無いですよね?」


「クク……良い、ルキーナ。エカテリーナはそういう奴なのだよ」


「ご理解いただけて嬉しいですわね、オバ様」


 ため息をつきながら、ルキーナは引き下がった。

 スヴェトラーナはルキーナの本当の性別を知っていながら、副官として迎え入れた。そんな彼女にとって、エカテリーナの貴族的礼儀作法の欠けた言動など、些細なものなのだ。度量の深さがうかがえる。


「ところで、お二人は『夫婦』そろって、ワスフ川を越える予定なのだろう?しかし、橋には金の流出を警戒した検問がある」


「分かってますわ。でも心配なさらないでくださいまし。抜け道の当てがありますのよ」


「ふむ。いや、しかしだな。実は、2か月ほど後にアレキサンドラがここに……」


「ちょっと待ってくださいまし。今、お姉さまの名前を出しましたの?」


 アレキサンドラ、という人名がスヴェトラーナの口から出た瞬間、エカテリーナは鬼の形相を浮かべて発言を遮った。


「ああ、ユスポフ伯爵、お前の姉のアレキサンドラがポツカの首都に向かうがてら、ここに立ち寄る。だからそれに同行させてもらえばすんなり行くと……」


「お姉さまの世話になるくらいなら、国を捨ててポツカに亡命した方がマシですわよ!」


 エカテリーナは国境で警備隊と鉢合わせて戦闘になった時以上に殺意を込めて叫んだ。

 姉の話が地雷だと分かっていたのか、スヴェトラーナは宥めるように優しい口調で語りかける。


「まあまあ、顔を合わせなくなってもう随分と経つだろう。そろそろ姉妹仲直り、この機会にちゃんと話し合ってだな」


「あのクソったれ女狐と、仲直り!?オバ様でも言って良いことと悪いことがありますわよ!だいたい、ウーノを連れてお姉さまに会ったら……絶対にウーノに酷いことをしますわよ!あの人は、わたくしの大切な物を壊すのが趣味ですもの!」


 エカテリーナはそう言って、ウーノを抱き寄せてギュッとつかんだ。子を守るために殺気立っている母熊のようなエカテリーナに、されるがままである。


 どうやら姉を相当嫌っているようだ。でもなぜそこまで?

 ウーノは痛いくらいに抱きしめられながらも、それほどまでにエカテリーナが嫌う姉とはどんな人物なのかと、何があったのかと疑問に思った。


「しかしだな、抜け道と言っても、それもまた平坦な道ではないのだろう?お前一人ならともかく、今は守るべき人がいるのだから、分別をつけるべきじゃあないかね」


「そ、それは……むぅ」


 スヴェトラーナの発言に黙り込むエカテリーナ。ウーノはその手を振りほどいて、前に一歩進み出た。


「大丈夫ですよ。危険は元より承知のうえで、ここにいますから。それに、2か月もじっと待っているだなんてできません。一日でも早く、妻を助けたいので」


 ウーノはスヴェトラーナにじっと視線を合わせた。

 老獪ろうかいな外交官は男だてらにしっかりと意思表示をして見せるウーノを見て、フゥと小さくため息をついた。


「やれやれ……分かった分かった。せいぜい気を付けることだ」


「……ご理解いただけて良かったですわ、本当に。そういうわけで、宝飾品を持ち運びやすいように、手形なりに変換しようと思ってますの。ルキーナには、その案内を頼みたいと思っていますわ」


「ああ、良いだろう。好きに使ってくれ。ああ、しかしルキーナ。これを読んでおけ」


 スヴェトラーナは書類をルキーナに手渡す。大使に向かって大声で叫んでいたエカテリーナを険しい顔で睨んでいた彼女だが、その資料に目を通していくうちに表情がより険しくなっていく。愉快な内容ではなかったようだ。


「……かしこまりました。案内がてら、調査をしておきます。では、ユスポフ武官、妻人、街を案内します。午前の鐘が鳴る頃に、正面玄関に集合してください。ああ、それと服装は正装に着替えておいてください。金取引所に出入りするには、今の服は質素すぎますから」


 この世界の時間の区切り方も24時間だが、時計は基本的に日時計だ。それゆえ鐘が基本的には時間の目安になる。


「分かりましたわ。それじゃ部屋に戻って準備……あ、に、荷物はわたくしが用意しておきますから、ウーノはお茶でも飲んで待っていてくださいまし!」


「なんかエカテリーナ、朝から俺を部屋に入れたくないみたいだけど……何かあったの?」


「え、ええ……それは、そのぉ……」


 言いよどむエカテリーナ。その様子を見かねたスヴェトラーナは、助け船を出した。


「妻人、女には月に一度、面倒が起きるのだ。そっとしておいてやれ」


「月に一度……ああ、はい。ごめんね、エカテリーナ、気が利かなくて」


 ルカと話したが、やはりエカテリーナは生理だったのだろう。スヴェトラーナの言葉に、ウーノはすぐに察しがついた。


 生理中は夫婦は別の部屋で離れて寝るのが普通、とはいえその翌日まで部屋に立ち入ってはいけない道理はない。

 しかし、生理をよく知らない男は、生理中だからと言われてしまえば何か違和感があっても受け流してしまうものだ。

 そのことをよく知っている老獪なスヴェトラーナの言葉に、ウーノは狙い通り流されるのだった。


「いえ……うん、ええ、そうですの、お、オホホ……」


 スヴェトラーナは昨晩、エカテリーナにルカの説明をした後。他にも積もる話をしようと、エカテリーナの部屋の明かりがついていることを見ると、彼女の部屋を訪ねた。消音用の風の魔導具で、ドアを開けるまで気が付かなかったが……ドアを開けたところで、音が漏れ聞こえたのだ。

 エカテリーナの獣の咆哮を。


 夫がいるのに一人で励むその姿。スヴェトラーナは困惑したが、後程ルキーナの部屋でウーノから説明を受けて、色々と理解した。そうして、とんでもなくじれた恋をしている、可愛い被後見人を憐れんで、彼女を庇ったのだ。

 酔って襟をつかまれて引きずられたのは、ご愛嬌である。


「じゃあ、俺は部屋に入らないからさ。取りに行こうか。荷物も置いて行けるし」


 ウーノはお泊りセットを掲げて言った。




 結局、エカテリーナからスーツを受け取ったウーノは、ルキーナの部屋で着替えることにした。

 エカテリーナは正装にあった化粧をするとかで、時間がかかるらしい。それに合わせて、ウーノは久しぶりに丁寧に髪をセットした。


「お待たせしました、ルキーナさん」


「……ええ。そろそろ行きましょうか」


 ルキーナのドレススーツは、ポツカ産らしい。上から高価な魔物の皮革コートを着ておめかし完了だ。


 ウーノは集合地点に向かう道すがら、先ほどルキーナが読んでいた書類に言及した。


「そういえば、大使様から渡されてた紙には、何が書かれてたんですか?」


「男には関係ない……ですが、まあ危機感を持っておいた方がよいでしょうし、後程にユスポフ武官が合流したら、説明します」


 そう話している間に、エントランスに着いた。

 エカテリーナを待つしばしの間、ルキーナは手帳を広げて、ペンで何かを書いていた。こんな隙間時間でも、作曲しているのだろうか。そう思って覗き込むと、どうやら何かの報告文を書いているようだ。ルキーナの時は、作曲しないらしい。

 覗き込んだことがバレてルキーナに睨まれたウーノは、慌てて距離を取る。


 手持無沙汰になったウーノが、窓を覗き込んでガラスの反射で身だしなみを再確認していたところ、後ろから声をかけられた。


「お待たせしましたわね。さあ、行きますわよ」


「ああ、エカテリーナ。準備でき……」


 振り向いた先に映る、赤黒い光沢のあるドレスに身を包んだ、エカテリーナの姿に、ウーノは言葉を失った。


 普段のノーメイクの時点で、エカテリーナはとても高貴な美貌を誇っていた。零れ落ちそうなほど長く色っぽいまつ毛、すっと整った目鼻だち、毛先が赤い豪奢ごうしゃな金髪。


 しかし、うっすらと化粧をした彼女は、もはや神聖すら感じるほど、輝かしい美しさだった。

 まぶたには仄かに赤みが差し、唇には薄紅の光沢。髪は金色の滝のように丁寧に整えられ、後ろで編み込まれている。

 漆黒に赤を差したドレスが彼女の肌の白さを際立たせ、その堂々たる佇まいと合わさって、女騎士というより女帝もかくやの美しさだった。


 まだ20歳に満たない、若々しく瑞々しい美しさが、薄化粧とドレスによって、より完成された絶対的な美に昇華されていた。


「あら、ウーノ、いつものワイルドな感じも良いですけど、今日は紳士的な感じですわね。ハンサムですわよ」


 普段のエカテリーナと変わらない、親し気な微笑み。しかし今の彼女の微笑みは、絶対上位者からの慈悲にも思えた。


「あ、ありがとう……エカテリーナも、すごく綺麗だよ……」


「オホホ、良かったですわ。こんな貴族的な装いするの、久しぶりだから手間取っちゃいましたわね。はぁ~……早くやることやって、脱いじゃいたいですわね、こんなドレス。正装を着るにしても、軍服の方がよっぽど私に合いますもの」


 ドレスの裾を持ち上げてパタパタと振って見せる所作は、いつものエカテリーナだった。その姿に少しほっとしつつも、ウーノはドキドキが収まらなかった。


 かつてのデートで、どちらかというと可愛い系の小柄なミーシャがドレスを着ても、その体型の慎ましさも相まって微笑ましさが勝ってしまった。一方でエカテリーナは……


 そこまで考えたところで、ウーノは自分の頬を叩いた。

 本当に、ミーシャの髪の毛を燃やしておいて良かった。自分の意志の弱さが嫌になる。


 ウーノはミーシャの姿を思い浮かべた。

 優しい水色の髪、澄んだ湖のような瞳。顔にかかる長い前髪から覗く、困り顔がデフォルトになった気弱そうな表情。

 切れ長の目とすっと通った鼻筋、それと対比して幼さを感じさせる小さな口と柔らかそうな頬。


 6日間の結婚生活、半年以上の別離。それでもなお、ウーノは愛おしい妻のことを鮮明に思いだせた。

 エカテリーナを見た時に感じた、暴力的なまでの美への感動とは違う、暖かで心地よいときめきが胸をよぎる。


 ウーノの心臓の鼓動は、平静を取り戻した。

 いつも通りの、一定のリズム。しかしいつもよりも、力強く。


「はは、そうかもね。いやー、綺麗すぎてエカテリーナの横に立つのが気後れするよ」


「もう、またそんなこと言って!メッ、ですわよ!ウーノだって、とってもハンサムですのに」


「夫婦漫才はそれくらいにしてください。行きますよ」


 偽装夫婦のやり取りに、呆れ顔のルキーナ。

 先に歩き出した彼女を追って、エカテリーナはいつも通りウーノの腕を取って歩き出す。

 ドレスでいつも以上に強調された、豊満な胸に腕が埋まる。それでもウーノは、歩幅を乱さず、ただ前へと足を動かした。

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