274日目①
興味津々のルカに、ウーノはミーシャとの出会いから夜の営みまで、何から何まで根掘り葉掘り聞かれて、洗いざらい話してしまった。
話し込んだせいか、いつの間にか日付が変わってしまうほど、夜が更けていた。
「す、すごいですね……たった6日間の結婚生活で、そこまで人を愛せる物なんですね……」
押し倒されて出会って1日でスピード結婚、6日目に徴兵によってスピード離別。それでもなお、男の身でありながら遠い異国に、妻を救うために訪れている。
妻を救うために異国に不法入国している、と聞いていたが、その詳細を知ったルカは、改めてウーノに尊敬の眼差しを向けた。
「はは、まあ、ね。いつかルカ君にも、そう言う出会いが……」
「いえ、僕には無理だと思います。貴族なので……あと1年くらいで、かつらとルキーナの身分を奪われて、親が決めた分家の誰かと、結婚させられると思うので」
「あー……ごめん。無神経なことを……」
「いえ。貴族として、恵まれた生活をしてきたので。当然の責務です。僕がわがままなだけで……気になる人が居ても、それは諦めないと……」
俯いたルカに、ウーノはかける言葉を探しながら、カップに口を付けた。
すっかり冷めてしまっていたが、話しすぎて乾燥した喉には、温い温度が心地よかった。
「さっき、恋とか愛とか言ったけど、そうだな……こんなのはどうかな?」
ウーノは現代日本にいた時に流行していた曲の歌詞を、ラシスカ語に意訳して話してみた。
大学デビューのため、女子受けの良いカラオケ曲を一通りマスターしたのだ。
曲の流行り廃りはあれど、人間の悩みや好みは世界線が変わってもそう変わらない。歌詞であれば、ある程度は普遍的な良さがある。
著作権侵害するようで心苦しいが、日本語そのままパクるわけでは無いし、ルカの作詞の参考にするだけだ。自分の手柄のためではない。ウーノはそれを言い訳に、ルカにラシスカ語改変バージョン恋愛ソングの歌詞を、いくつか披露した。
「な、なるほど……女性はこういう、不安定さの中にある歪な愛情、壊れかけの関係性に宿る儚さが好きなんですね!参考になります」
「解釈の仕方が恐いけど、まあそうだね、多分」
「ありがとうございます!今教えてもらった歌詞を、僕の曲に合うように単語を削ったり、言い換えたりして……」
暗くなりかけた雰囲気が去ったことに安堵しながら、ウーノは手を叩いた。
「ほら、もう遅いしさ。続きは明日にしよう」
そろそろ寝よう。そう提案した時、リズミカルに3回、ドアがノックされた。
「あ、大使ですね、このノックの仕方は。こんな夜更けに尋ねてくるなんて、珍しい……ちょっと待ってください!」
ルカはかつらを被ってルキーナに変身すると、ドアを開けた。
消灯時間を過ぎ、最低限の明かりだけがともる暗い廊下に、スヴェトラーナが立っていた。
「やあ、ルキーナ。夜分遅くにすまないね。こちらにウーノ妻人は……ああ、いたいた」
室内を覗き込んだスヴェトラーナはヒラヒラと手を振った。そんな彼女に対して、ウーノも席を立って頭を下げた。
「こんばんは、大使様。俺に何か、御用でしょうか?」
「いや、何。エカテリーナの奴、夜に昔話でもしよう、と言っておいたのに、中々訪ねてこないものでこちらから伺ったのだがね。奴め、一人で……おっと、何でもない。ともかく、君がいるならルカ……ルキーナの部屋だろうと辺りをつけてね。どうだい、遅い時間で済まないが、少し話せるかな?」
「ええ、構いません。俺も昔のエカテリーナのこと、気になっていたので。あ、ルキーナさんがよければ、ですけど……」
家主の方を見ると、ルキーナは澄ました顔で頷いた。
「私は構いません。大使、こちらにおかけください。今、茶を淹れますので」
どうやらルキーナはスヴェトラーナには素直なようで、上官の無茶ぶりを不満に思う様子を見せず、お茶を用意し始めた。
「ああ、ありがとう……さて、どこから話したものか。クク、奴のいないところで、あれこれ全部話してしまっても、反応が見られなくてつまらんからな……先に君たちの関係について教えてくれんかね?先ほど、ルキーナのことを聞かれたとき、少し話したのだが……本当の夫婦では、無いんだろう?」
どうやらエカテリーナもまた、スヴェトラーナに事情を説明したようだ。
ウーノはエカテリーナに、ルカに真相を話したと伝え損ねたことを思いだした。互いの情報のすり合わせや、開示した事情の範囲。そうしたことを共有していなかったのだ。
どこまで話したものか、ウーノは少し悩んだが、全て白状してしまうことにした。
エカテリーナはスヴェトラーナと親しいようだし、多少不都合な情報まで教えてしまっても、大事には至らないだろう。
「えっと、エカテリーナと俺の妻、ミーシャちゃんは戦友だったらしくて……」
そうしてこれまでの経緯をあらかた説明したウーノ。話を聞いたスヴェトラーナは愉快そうに笑った。
「クク……なるほどな。奴が熱を上げるだけのことはある……中々どうして、純愛を体現した御仁だ」
スヴェトラーナはルキーナが置いた茶のカップに手を付けると、湯気の立つそれを一気に飲み干した。
「俺はそんな大した人間じゃないですよ……戦友だったから、それだけの理由で、妻を救うための旅についてきてくれるエカテリーナの方が、よっぽど友情深くて、人間ができてます。そんな彼女に、愛想をつかされないように頑張らないといけません。エカテリーナがいなければ、ここまでたどり着けなかったでしょうし、これから先も、進めないでしょうから」
ウーノは言葉にしてみて、改めてエカテリーナへの感謝を深めた。
自分とミーシャは夫婦だ。だから、ミーシャを助ける義務があるし、助けたいと思う。
しかしエカテリーナは違う。彼女は戦友だったからという理由で、立場や財産を投げうって、自分に付いてきてくれた。そこまでの義理は無いのに。
だからこそ、エカテリーナに見合う『戦友』として、努力しなければならない。
「おやおや……本当に、見上げたものだな、その精神性は。まあ、奴もあれで気難しいところがあるが……忠誠心の高さは、ラシスカ有数だ。惚れた男にゃ、最後まで付き合うだろう。愛想付かされる、なんて心配はしないで良いだろう」
「はは……」
ウーノとて、エカテリーナから好意を向けられていることは理解している。
しかし妻を救うための旅路の最中、それに応えるわけにもいかないし、エカテリーナも思いを抑えているように見えた。
報われない好意、報酬の無い奉仕は、虚無感を生みかねない。
故にウーノは、エカテリーナから見捨てられないように、せめて重荷にならないように、悲しませることのないように、『戦友』であるように努力しなければならない。
ウーノが頭を掻いて苦笑すると、スヴェトラーナはさらに言葉を続けようと、口を開いた。
「エカテリーナはな……」
ガコン!
その言葉の途中で、部屋のドアノブがねじ切れそうな速さで回った。
3人が驚いてドアの方を見ると、頬を上気させた汗まみれのエカテリーナがドアをあけ放った。
寝巻代わりなのか、薄手の黒いワンピースが汗で肢体に張り付いて、艶めかしかった。
「……何してるんですか?」
ルキーナの言葉は、エカテリーナへの問いかけではなかった。
「いや、まあ、うん。ルカ君にも見えてるんでしょ?刺激が強いから……」
とっさにルキーナの前に立ったウーノへの言葉だった。
ルカへの気遣い半分、もう半分は色々な感情が入り混じった物。それが彼を立ち上がらせた。
そんなやり取りをする二人を置いて、エカテリーナは驚いたままのスヴェトラーナの肩をガシッと捕まえた。
「……ウーノの近くに、女がいる予感がして来てみれば……オバ様、『わたくし』の夫に、何の用ですの?」
「いや、お前の夫では……」
「今は、『わたくし』のですわ」
そう言って、エカテリーナはスヴェトラーナの襟をつかんで引きずると、そのまま退出していった。
雷光が如く、鮮烈に現れて、苛烈に去って行ったエカテリーナ。
その光景に呆然としていたウーノとルキーナ。二人は顔を見合わせた。
「……そろそろ、寝ようか」
「……ええ、ルカに戻りますから、先に風呂なりを済ませておいてください」
その夜、ウーノとルカは同じベッドで寝た。男同士だから、エカテリーナと一緒に寝る時のようなドキドキもなく、リラックスして寝つけた。
……しかし夢の中でも人格が入れ替わるのか、寝言の口調があれこれ変化する。そんなルカあるいはルキーナが恐くて、ウーノは夜中に目が覚めると、寝直すのに少し時間がかかるのだった。
翌朝、ルカよりも少し早く目が覚めたウーノが髭を剃っていると、ルカが目をこすりながら起きて来た。
「おはようございます……」
「おはよう。もうすぐ終わるから、ちょっとまってね」
頬を剃っているウーノに、ルカは鏡越しに手を横に振った。
「いえ、僕はまだ髭が生えてないので、大丈夫ですよ。ごゆっくりどうぞ」
「ああ、なるほど。いやはや、若いっていいね」
その言葉に甘えて、ウーノは時間をかけて深剃りを終え、ツルツルになった顎を撫でた。
「それで、この後はどうしますか?」
「ああ、一度エカテリーナの所に戻ろうかなって。色々話し合う予定だったのに、具体的なことは相談できずじまいだったしさ」
「分かりました。それでは僕は……というかルキーナは、執務室にいるので、もしも街に出るなら、声をかけてください」
ルカの言葉に頷いて、ウーノが部屋を出るとすぐに、妙に肌艶が良いエカテリーナが、彼を出迎えた。
どうやら部屋の近くで待っていたようだ。
「ごきげんよう、ウーノ。さあ、朝食を食べにいきませんこと?」
「あ、エカテリーナ、おはよう。わざわざ迎えに来てくれたの?そんな心配しなくても……大使館の中だよ、ここ」
ウーノの言葉にエカテリーナは困ったように片眉をあげた。
「ごめんあそばせ、やっぱり性分ですのよ、こればっかりは……それに、ミーシャから託されましたもの。戦友とはいえ、万が一が無いように、なるべく側にいたいんですわよ。まあ、昨晩は辛抱堪らなくなっちまいましたわね、ええ……」
後半のセリフをゴニョゴニョと呟くエカテリーナ。ウーノはそんな彼女を不審に思いつつも、しかしその過保護っぷりが気にならなくなっていた。
自分は自分のすべきこと、定めた理想の漢の姿を、示すだけだ。
「まあ、うん。じゃあ、迎えに来てくれてありがとう、エカテリーナ。次があれば、その時は俺が迎えに行くからね」
ウインクをして笑って見せるウーノ。その姿に、エカテリーナは闘志を見出した。
「オホホ、望むところ、ですわ」
そう言って、エカテリーナはウーノの手を抱いて、エスコートをした。
その力強さは、まるでウーノに超えるべき壁を示すような、そんないつもより強引なエスコートだった。
ウーノは少し苦笑しながら、エカテリーナの腕を引き返した。
「ああ、ちょっとまって。これ、お泊りセットを部屋に戻しておきたいんだ」
その提案に、エカテリーナは一瞬動きを止めた。そして今まで以上に、力強く、そして速足でウーノの手を引いた。
「それよりも、お腹が空きましたわ。先に朝食にしますわよ。というか、今日は部屋に戻るのはやめにしませんこと?ええ、そうしましょう、そうしますわね!夜には換気、終わりますかしら……」
エカテリーナのエスコートの強引さは、ウーノの闘志への返答だけではなかった。色々と混ざっていたのである。
「え、ちょ、まってよ、この荷物ずっと持っておけってこと?」
ウーノは困惑して、お泊りセットを振った。
下着や使用済みタオルも入っている。別に彼自身は、そうした物品を野ざらしにすることに抵抗はない。しかしあいにくと男性のパンツに強い需要があるこの世界。その辺に置きっぱなしにすれば、大使館の中であっても置き引きされるかもしれない。
「……わたくしが運びますわよ。うん、着替えと日用品があるくらいですわね、ええ。軽い軽い、ですわ」
エカテリーナはウーノからお泊りセットのカバンを受け取ると、元気に振り回した。
直ぐに部屋に置いてくるつもりだったので、軽くしか止めていなかった留め具が取れ、中身が一部露出した。
「あ、やべ。エカテリーナ、そんな振っちゃだめだ、中身出ちゃう!」
「あ、へ?こ、これ、ウーノの……」
指摘を受けて慌てて停止したエカテリーナ。彼女はカバンを凝視した。隙間からストライプの布地が見えている。
エカテリーナはそれに、見覚えがあった。忘れもしない。ウーノと初めて生で会った時、彼が履いていたパンツと同じ柄だったのだ。
しかし、今日のエカテリーナは一味違う。彼女は一瞬フリーズしたものの、優雅な微笑みをしたまま、ウーノにカバンを返した。
鼻を抑える仕草すらない。
「え、あ、うん。よっと……ちゃんと留めたよ?」
「ええ、ごめんあそばせ。わたくしったら、はしゃいじゃって……オホホ」
再びカバンを受け取ったエカテリーナは、落ち着いた所作で再びウーノを食堂へ誘った。
いつもにもまして、元気で艶やかなエカテリーナに、ウーノは首をかしげるばかりだった。
そうして食堂に到着した二人。早い時間だからか、席はまばらにしか埋まっていない。
隅の人気のない角席に陣取って、二人は朝食を食べながら情報共有をした。
「……そんな感じで、オバ様はルカのこと、ちゃんと把握してるようですわね。相変わらず、世話好きですこと」
「なるほどね。俺がルカ君から聞いた話も、余り差はないな」
エカテリーナの話でウーノが知らなかったのは、ルカがポツカにいる条件の話だった。
後、だいたい1年くらいが期限、というのは知っていたが、もしもルカがルキーナに変心できなくなったら、即座に実家に帰る必要があるらしい。
ルキーナという人格が、ルカの両親からどんな扱いを受けているのか、ウーノは不思議に思った。
ウーノはエカテリーナから披露される、ルカの実家や分家の貴族的お家騒動の話に相槌を打ちながら、ルキーナの勝気そうな表情を思い浮かべていた。
そうして一通り、政治的な話題が片付いたところで、エカテリーナは思い出したように手を叩いた。
「まあ、何か陰謀とか貴族政治に巻き込まれる、というのは杞憂で良かったですわ。ああ、そうそう。それと、申し訳ないのですけど……オバさまには本当のこと、白状してしまいましたわ」
「ああ、俺たちの目的とか、関係性とか?まあ、いいんじゃないかな。あの大使様はエカテリーナの親しい人なんでしょ?なら、問題ないよ」
「良かったですわ。さて、今日は金のアレコレ、調べますわよ」
「ああ。金の手形書類、あれがちゃんと機能するのか、信用できるのか……実際にいくつか、買ってみないとね」
「ええ、そうですわね。質屋か宝飾店にでも行って、それから金取引所に行って手形を。実物の方は、工場にも伺ってみて、現物を売ってもらえるか調査、ですわね」
額をくっつきそうなほど近づけて、ウーノとエカテリーナは熱心に相談した。しかし話すのに夢中で、朝食が少し冷めてしまっていたし、職員も食堂に集まり始めていた。内緒話をするには居心地が悪い。
今日もやることは沢山だ。二人は急いで朝食のミルク粥と、ポツカ風の酸っぱい漬物をかきこんだ。




