273日目⑨
「はぁん……やっぱりウーノから離れるなんて……ああ、でも一緒にいては、理性が……」
「あー、エカテリーナ?ルキーナさんの部屋の前に着いたけど?」
モジモジしながら歩くエカテリーナに連れられて、ウーノはルキーナの部屋の前に来ていた。
「ええ……うーん……悩ましいですわね……ちょっと今回ばかりは耐えきれない気がしますわ……でもだからって、ウーノを守らないといけませんのに……」
自分から、『ルキーナの部屋で寝ろ』と指示しておいて、エカテリーナは今更悩んでいた。
我欲で自身の使命、『ウーノを守る』を放り出して他人に身柄を任せるなど、彼女の騎士道精神からすれば考えられないことだ。しかしそれだけ、緊張と緩和、からの体が触れ合いながらの『君と会えてよかった』的な言葉により、彼女の体は完全に出来上がっていた。
「何の話か分からないけど……ここは大使館でしょ?心配いらないよ。さっきだって、俺とルカ君を残して大使様の所に行ってたし……それに、俺は何かあっても、自分の身は自分で守れるさ」
ウーノは持ってきたお泊りセットを持ち上げて見せた。エカテリーナから渡された音が出る魔導具、そして使い慣れた氷の魔導具が入っている。
エカテリーナとしても、戦友と認めた以上、過保護をするのは彼を軽んじることになる。それにやっぱり体の火照りは抗いがたい。悩んだ末、彼女は結んでいたウーノの手を解いた。
「……人の部屋の前で、何をしてるんですか?」
その時丁度、話している二人の前で扉が開く。声を聞いたルキーナが、パジャマ姿の呆れ顔で現れた。
「あら、ルキーナ。それは、その……」
「えっと、ごめんなさい、ルキーナさん。俺をこの部屋に泊めてもらえませんか?」
言い淀むエカテリーナに代わって、ウーノが口を開く。
想定外のセリフを聞いたルキーナは、目を見開いた。
「はぁ!?正気ですか?ユスポフ武官とは本当の夫婦では無い、とはルカの記憶を通じて知っていましたが……それでも妻帯者であることに変わりはありませんよね!?人夫が単身、他の女性の部屋に泊まるなんて……はしたない!恥を知りなさい!」
体は男でも、かつらを被ってルキーナになっている時の彼女は、完全な女の自意識を持っているようだ。自身の肉体の性別が男であっても、今の彼女は本当の女性としての反応だった。
「その、ルキーナ。何というか、これは私のわがままで招いた事態ですの。だからウーノに当たらないでくださいまし」
ルキーナはウーノの横で落ち着かない様子で貧乏ゆすりをしつつ、頬を上気させたエカテリーナを見た。彼女が頷いたのを見て、ルキーナはため息をついた。
「……はぁ……とにかく、中に入ってください。お二人共です。今、ルカに代わります」
彼女は部屋に引っ込んでしばらく。少ししてから、かつらを外してルカになった彼が出て来た。
「お待たせしました。えっと、それで、ウーノさんが僕の部屋に泊まりたい、ということで合っていますか?」
「ああ、ルカ君。突然のことで、本当に恐縮なんだけど……そうなんだ。お願いできないかな?」
「驚きましたけど……良いですよ。他ならぬウーノさんのお願いですし。それに、僕ももう少し、お喋りしたいなって、思っていたので。お茶を入れますね」
ルカは席を立ち、食器棚からポットと3つのカップを取り出す。その光景を見たエカテリーナは慌てて制止した。
「ああ、わたくしの分は不要ですわ……ちょっと色々あって、一人で寝たいだけですの。わたくしは部屋に戻りますわね。ウーノ、何かあったら、すぐに魔導具を使ってくださいましね。ナニをしてても、すぐに駆け付けますわ。ルカも、ウーノを頼みますわね。それでは、男同士、夜を楽しんでくださいまし」
そう言ってエカテリーナはそそくさと退出した。
どこか不自然さを感じる彼女の言動に、部屋に残された二人は首を傾げた。
「……なんなんだろうね、エカテリーナ、どうかしたのかな?」
「うーん、そうですね……ああ、もしかしたら、生理じゃないですか?」
「セイリ……あ、生理?」
ウーノは最初その単語にピンとこなかったが、少し間を置いてそれが何を意味するのか理解した。
女社会に溶け込んできたルカは、ウーノよりその辺の知識があるようだ。ポットに魔導具から水を入れつつ、頷いた。
「ええ、お二人は実際には夫婦では無いわけですし……血を見せるのは、やっぱり気が引けるんじゃないでしょうか?」
元の世界でも、採血時に血を見て気分を悪くする男性はいた。この世界の男性は、それ以上に血を恐れる傾向にある。
生理という現象は、男性にとって知りたくもない、見たくもない恐怖の事象なのだ。
故に本当の夫婦でも、妻が生理の時は夫は別の部屋で寝るのが一般的だ。
エカテリーナの知らないところで、男二人は都合の良い勘違いをしていた。
「なるほどね……俺は血とか平気だけど……まあ、見せるものではないか。ていうか、熱くないの?それ」
ルカは水の入ったポットを持ち上げると、そこに右手を添え、手のひらに生み出した火球で直火で水を温め始めた。ボブカットの赤髪がふわふわと膨らむ。
ポットに沿って形を変えた火球は、時たまチロチロとルカの肌を舐めた。
「ええ、自分の魔法で作った火や雷は、自分にはほとんど効かないんです。よほど短期間で繰り返さない限り、平気です。それに、回復魔法もありますしね」
ウーノはその言葉を聞いて、以前の自分の頭に何度も雷を撃っていたエカテリーナを思い出した。繰り返しの雷撃でも、少し金髪が焦げただけで済んでいたのは、ギャグ補正ではなかったのだ。
「そうなんだ……魔法のこと、知らないことばかりだな」
ウーノが食した、ラシスカ語とポツカ語の知恵の実。それらは色々な常識や知識をウーノに与えたが、それでも魔法に関してはあまり詳しくなれなかった。知恵の実を作るのは、優秀な魔法使いである流れ水の民なので、魔法のことに今更詳しくなる必要なんてない、というのもあって、ウーノが知る魔法関連の知識は魔導具の本で偶然知った物だけだった。
「まあ、男性は基本的に、魔法学を学ぶ必要なんて、ありませんからね。ほとんどの男性は、精々爪の先に火を灯せるとか、コップ一杯の水を出せる、とかその程度ですし」
便利ではあるが、魔導具で代替可能な程度の魔法。男が使える魔法は、基本的にその程度のものだ。
女性でも、魔力が低いとそれくらいしかできない人もいるが、身体強化魔法や回復魔法の効率は、やはり男性とは比べ物にならない。
「まあ、ね。そう言えば、魔法を使う時って、やっぱり髪が揺れるんだ。髪の毛に魔力が溜まってるんだっけ?」
ポットを温めていた火球を引っ込め、ルカの髪の毛はふっと元の位置に戻った。その光景を見て、今更ながらの疑問をウーノは口にした。
「ええ、そうですよ。髪の毛から魔力を引き出すので、魔法を使うと反応して揺れるんです。まあ、体にも貯められるので、髪が短くても使える魔力に大差は無いですけど」
そういえば髪の毛は魔力の出口とか何とか……もしかして、禿げると属性魔法が使えなくなるのだろうか?禿げる可能性がある男は魔力が弱く、禿げにくい女性の方が魔力量が多い?
ウーノは何となくそんなイメージを持った。他にも理由はあるだろうが……
「なるほどね……あ、お茶ありがとう……ごめんごめん、俺の話したいことばかり話して。ルカ君も、何か言いたいこと、あるんだっけ?」
ウーノはお茶をすすりながら、ルカに話を振った。
「いえ、何か話したいことがあるというよりは……せっかくできた、『同志』なので。仲良くしたいなって、思ったんです」
友人、ではなく同志。志を同じくする者。
ルカにとってウーノは、自分と同じように女社会の中で夢、あるいは目標を実現しようともがく、仲間になっていた。
「はは、心強いよ。ああ、そうそう。エカテリーナに、君との会話が聞かれてたんだけど……俺の想いは伝わったよ。彼女は俺のことを、戦友と言ってくれた」
「それは何よりですね!おめでとうございます」
「ありがとう……それで、俺の方は一歩前進したからさ、ルカ君の夢に対しても、俺に手伝えること、何かないかな?」
夕食後、まだ夜は太陽の残滓、仄かな温かさを残していた。仮に朝日と共に目覚めるとしても、冬の日の出は遅い。寝るにはまだ早い時間だ。
ウーノはルカが仲を深めようとしてくれているのだからと、自分からも一歩踏み込むことにした。
「そうですね……演奏を……でももう夜だし……それじゃあ、ちょっと恥ずかしいんですけど、歌詞を読んでくれませんか?作曲は自分なりに自信をもって、取り組んでるんですけど……歌が無いと、イマイチ女性受けが悪いんです。それで詩を書いてるんですけど、どうにも自信が無くて……」
「詩か……ごめん、俺もあまり自信が無いけど……なるべく頑張るよ、うん。その歌詞に合わせる曲は、どんなメロディーなの?」
ウーノは理系である。歴史は好きだったし、物語も嫌いではないが……詩の読解は苦手だった。現代文のテストで、問題文の本文が詩だと露骨に成績が落ちるのだ。
「一般的な交響曲ですね。ン~ン~♪……って感じで、リズムを重視して作りました」
ルカが披露した鼻歌は、明るい曲調でリズミカルな音楽だった。差し出された紙片を受け取りつつ、じゃあポップな歌詞を書いているのかな、と想像した。
「なるほどね。明るい感じの曲なんだ。歌詞も、そう言う感じで?」
「えっと、それなんですけど、歌詞はこのメモを……いえ、せっかくですし、聞いていただけませんか?歌には自信が無いので、恥ずかしいんですけど……やっぱり、文字を見るだけじゃ、伝わりにくいと思いますから」
「ああ、頼むよ」
ルカは喉を抑え、何度か軽く咳払いした後、先ほど披露した鼻歌に歌詞を乗せて歌いだした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
雪を踏みしめ 凍土を進軍 Yo!
川か道か 視界はゼロ 分かんねぇ Oh Yhe?
魔導車凍結 置き去りできねぇ
振り向きゃ周り 全方位 敵地 No!
本当なら 今頃ベッドでスヤスヤ
目の前には 鉄条網と積もる雪だけ
凍える指先 震える唇
吐き出す白い息が 唯一の証明 Foo!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ヒップホップ!?」
「ひっぷ……ほっぷ……!?」
思わず日本語で叫んだウーノに、ルカは首を傾げた。
「あ、ああ……ごめん。うん、その、貴族とか女性の間では、こう言うのが流行ってるのかな?韻を踏むというか……と言うか、リズムの割に内容が、暗いようだけど……」
口汚いというか、暴力的というか……その言葉を飲み込んで、ウーノは辛うじて笑みを取り繕いながら、しかし口角を痙攣させつつ、ルカに聞いた。
「歌詞を作るには物語を作るつもりで挑むと良い、と聞いたことがあるので、僕なりに戦争の悲哀を物語として歌詞にしたんです。徴兵された兵士が、雪中行軍の中、一人遭難してしまう。彷徨った挙句、敵陣に迷い込んで、凍死するのが先か焼き殺されるのが先か、みたいな悲嘆を歌った曲なんですよ。歌詞が暗い分、明るい曲調にしようかなと思って」
ルカは澄ました顔で答える。
ウーノはマジマジとルカの顔を見つめた。中性的な容姿のピンク髪の美男子の脳内から出力される物語として、まさか凍死寸前の兵士の嘆きが出て来るとは。
「あ~……俺は好きだけど、女性受けはしないんじゃないかな?うん。残念だけど、女性受けを考えないと、帝国立交響楽団で演奏してもらうのは難しいかな、うん。ルカ君の芸術は素晴らしいけど、あくまでも戦略としてね、うん。もしかして、他の歌詞もこんな感じなのかな?」
ウーノはなるべくルカを刺激しないように、やんわりとダメ出しをした。
「やっぱり、そうですよね……僕も本当は、この歌詞は女性受けしないんじゃないかなって、思ってたんです。別の曲になるんですけど、もう一曲聞いてみてくれませんか?こっちは、ン~♪ンン~♪って感じで、勇壮な曲調に仕上げましたし、歌詞も愛国的な感じに仕上げて、女性受けを狙ったんです」
「ま、まあ。聞かせてくれる?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝焼けは血の色
ラシスカは皇帝を失うDIE!
動乱と裏切りの只中
玉座は静かに空しい BURN!!
不穏な囁きが国を這う
今日、頭は喪われた KILL KILL KILL !!
自由という毒酒に酔い
民は自らの首を斬る
勝利目前の戦のさなか
偉大な物語は幕を閉じた FOREVER...
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「デスメタル!?」
「です……めたる……?」
再び日本語で叫んだウーノに、ルカは再び首をひねった。
「あ、いや……あー、うん。これが、愛国的?いや、皇帝が死ぬ的な歌詞だった気が……」
「はい。戦時中は、分権派貴族が皇帝権力の弱体化を目論んで、暗躍してたりしたそうなので。『彼女らの陰謀や悪だくみの結果、もしも皇帝陛下が処刑されたりしたら、悲しいよね』的な愛国メッセージを込めたんです。どうでしたか?」
澄んだ赤い瞳。その中には闇が一切ない、キラキラとした輝きがあった。そんな純真な瞳の持ち主がこの歌詞を考えたことが、逆に怖ろしかった。
愛国的な歌として皇帝を讃えるならまだしも、その何故仮定とはいえその皇帝が処刑されたら、という場面設定をするのだろうか。
「あ~~……ルカ君。君は、夢を優先するか、あくまで自分の芸術を優先するか……どっちがいい?」
ウーノの質問に、ルカは少し悩むように顎を摩ったが、すぐに結論が出た。
「えっと、それが歌詞に関してのことなら、夢を優先します。僕の本命は作曲で、作詞ではないので……だから、僕の歌詞がだめなら、他の人の歌詞でも、何でもいいです」
その返答にウーノはほっと胸をなでおろした。もしこれで歌詞もこだわると言いだしたら、まずはセラピーから始めなくてはならなかった。
まあ、それはそれとして、その女性貴族顔負けの魔力量を活かして、そのうち何かしでかすんじゃないかと不安がある。
ウーノは、彼の中にどこか深い闇を見気がした。
「そっか……俺も詳しい訳じゃないからあれだけど……恋とかの歌詞がいいんじゃないかな?うん。女性受け良いはずだよ」
ウーノは頭を切り替えた。この世界では、女性の方が力が強く戦闘向きだ。だから女性も戦争や戦いの詩を好むが、それはそれとして恋やカワイイ系のふんわりした歌詞も好む。
ルカの曲は基本的にリズム感が良いし、そっち方面の方が受けがいいはずだ。
「なるほど……でも、困りました。僕はルキーナでいる時間が長くなりすぎ、恋とか男女の愛憎とか、分分からなくなってしまいました……そういえば、ウーノさん、既婚者ですよね?奥さんを助けるために、その戦友だった、やけに距離感の近い女性と一緒に旅をしている……ウーノさん、僕に男女の痴情のもつれや爛れた関係について、教えてください!エカテリーナさんとの許されない恋やら何やら!」
「ルカ君!?俺とエカテリーナはそんな関係じゃないからね!?プラトニックだよ!?清い関係だよ!?刻印も刻んでるよ!?」
「す、すごい……体を許していないのに、あの雷女帝と呼ばれた強者を手玉に取ってるんですか!?」
「て、手玉には……悪意ある表現やめてくれるかな!?」
歌詞に現れたように、ルカは大人しい音楽好きの少年、なだけではなく、意外とイジル側というか攻撃性のある性格のようだった。たぶん、ルキーナの時の言葉遣いがキツイのも、姉の魔力の影響以外にあるのでは?
ルカの質問にタジタジになりながら、二人はじゃれ合って友好を深めた。
次話から再び、金曜日、土曜日、日曜日投稿となります。次回は15日です。




