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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
ビウクニツ編

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273日目⑧

 ルキーナは文句を言いつつも、割れたガラスでウーノが怪我しないよう、ガラスの修理作業を一人で終えてしまった。


「ルキーナさん、すみません。何から何まで……」


「まったくです。まあ、男が怪我しないように守ってやるのも、女の務めですから。精々おしとやかに、守りたくなるような立ち居振る舞いを心掛けることです」


 ルキーナはフンスと鼻息を吐いて、ウーノに忠告した。

 ルカの時の態度とは大違いであるが……ルキーナもルカも、どちらの人格も、ウーノの『男らしくない』部分を、気にかけてくれているのだろう。


「はは……気を付けます。今日は色々と、ご親切にありがとうございました」


 ウーノが頭を下げると、ルキーナはどこか居心地の悪そうに、そっぽを向いた。


「……『ルカ』が、色々とあなたに相談したようですね。その分と相殺して、貸し借りは無しにしておきます」


 小声でボソッと呟かれたセリフに、ウーノは目を丸くした。


「ええっと、あの、ルカ君とルキーナさんで、どの程度記憶が共有されているんでしょうか……?」


「だいたいは。そうですね、ルカの記憶は、私にとって……演劇を見ている感覚、でしょうか?だから、ルカも私であるときの記憶は、そのように認識しているはずです」


「な、なるほど……」


 ルカでいる時に、そこら辺のことをもっと良く聞いておけばよかった。ウーノは少し反省した。

 多重人格者と対面するのが初めてなウーノは、ルキーナ、あるいはルカとどのような距離感で接すればよいか、つかめずにいたのだ。


「ですから、ルカの感情までは、私には分かりません……でも、ルカがあなたをどう思っているか、観客席からでも感じました。随分と、慕っているようですね」


 それっきり、ルキーナはそっぽを向いて押し黙った。ルカがもう一人の自分である自身以外に心を許したことに嫉妬して不機嫌になっているのか、それとも単に照れ隠しなのか。ウーノには判断がつかなかったが、どうにもむず痒い、しかし嬉しい気持ちになった。


 二人の間に、気まずくはないが何とも言えない沈黙が広がった。

 その静寂を破ったのは、勢いよく開け放たれた、ドアのバン!という衝撃音だった。


「あら、やっぱりまだこちらにいらしたんですのね。ルキーナ、貴女のことは大体、オバ様から聞きましたわよ。ウーノに話しても、よろしくって?」


 髪をファサッとかき上げながら、エカテリーナが資料室に入って来た。


「ええ、構いません。まあ、『ルカ』がユスポフ妻人に、あらかた話してしまいましたが……」


「そうですのね。それじゃあ急ぐ必要もありませんわね。ウーノ。良い時間ですし、夕食をいただきに行きませんこと?食堂で包んでもらって、部屋に戻って色々情報共有しながら」


「ああ、そうだね。そうしようか。じゃあ、ルキーナさん。僕はこれで。明日も、お願いします」


「ええ、明日は外の工場の方に案内する、ということでしたね。準備しておきます」


 ウーノが頭を下げ終わるのを待って、エカテリーナはウーノの腕を取り資料室から連れ出した。いつもより速足の彼女に合わせて大股で歩きながら、ウーノはそのエスコートに付いて行く。

 しばらくして階段に差し掛かるが、彼女はそれを下でなく上に上った。今は2階にいて、食堂は1階だ。先ほど言っていた通り、夕食を部屋に持ち帰るために食堂に行くのかと思っていたが、どうやら目的地は違うらしい。上の3階は、借りている部屋がある階だ。


 何か必要な荷物があるのかな?疑問に思いつつも、ウーノは素直にエカテリーナに引かれるまま、横を歩いていく。

 そして、朝に出た自室の前に来た。エカテリーナは煩わしそうにカチャカチャと鍵を開けると、蹴破るように乱暴に扉を押して室内に入る。


 本来であれば、部屋の入り口で靴を脱ぐ。ラシスカは土足文化ではないのだ。

 しかし、エカテリーナは靴を脱がず、靴を脱ごうと立ち止まったウーノを引きずって、ベッドへと直行した。


「え、ちょ?エカテリーナ、どうした……わっぷ!?」


 ウーノの戸惑いも無視して、エカテリーナはウーノを強く抱きしめると、ベッドに仰向けにダイブした。


 豊満なエカテリーナの胸がクッションとなり、ウーノの体は彼女の上で弾む。

 そんな彼を、エカテリーナは離さないように、強く、強く抱きしめた。


 ウーノが拘束されたまま、横目でチラリとエカテリーナの表情を伺うと、彼女は目を閉じたまま、唇を歪ませていた。

 そんな横顔に、どう声をかければよいか、ウーノが悩んでいると、ふっと彼の背中に回された腕の力が弱まった。


 エカテリーナはウーノの脇に手を回して、彼を持ち上げた。まるでベッドの上で、寝ころんだまま親が赤子を高い高いするように、ウーノを自分の上に掲げた。

 目を開けた彼女の瞳には、照明の明かりが乱反射していた。


「……聞いて、しまいましたの。ウーノとルキーナ……いえ、ルカ、でしたわね、その……二人の会話を……」


 ルキーナが言っていた、焦げ臭いにおい。もしかしてエカテリーナは立ち聞きしていて、扉が開けられそうになったから雷縮地を発動して、一度その場を去ったのでは?しかし、雷が床を焦がす臭いが残っていたということは……直前の直前の内容まで、聞かれていたことになる。

 ウーノは頬をひきつらせた。


「あー……どの部分、かな?音楽のところ……」


 ウーノは嫌な予感がしつつも、少しの希望を持って返答した。そしてエカテリーナの反応は、希望には沿わないものだった。


「音楽……?いえ、違いますわ。ウーノが……悩んでいた、という話ですの」


 一番隠しておきたかったことが筒抜けだったことに、ウーノは天を仰ごうとした。エカテリーナに持ち上げられたので、目に入るのは天井ではなく壁だった。


「ハハ……参ったな……エカテリーナにだけは、知られたくなかったんだけど……」


 頬を掻きながら苦笑するウーノを、エカテリーナはクシャッと顔を歪めて見上げた。


「ズビッ……わたくしは……わたくしは、やはりウーノには、相応しくないんですわね……わたくしに相談できなかったと……わたくしでは、貴方の心に、寄り添えないから……」


 ウーノの身に、何かがあった。辛い、何かが。

 エカテリーナはそれをずっと、命の危機にさらされた恐怖だと、思っていた。

 だからこそ、傷を癒し、自身の実力をアピールして、安心してもらおうとしていた。


 しかし、それは全て、的外れだったのだ。

 この大切な人は、自分が思っている以上に勇敢で、強い。そして、優しすぎるのだ。

 そのことに気が付かず、彼からの自分の見え方ばかり、気にしていた。

 それが何より、心苦しかった。


「……エカテリーナが悪いわけじゃないよ。俺が、そう、生意気で見栄っ張りなだけさ。別に、君に問題がある訳じゃ……」


「でも、わたくしではなく、ミーシャになら……貴方は、ちゃんと自分の気持ちを、話せたんじゃありませんこと?いえ、きっと彼女なら、ウーノが打ち明ける前に、察して寄り添っているはずですわね。ミーシャは、とても気遣いができますもの」


「それは……」


 エカテリーナの言葉に、ウーノは黙ってしまった。

 かつての会話、街で刻印を刻んで家に帰る道すがら、夜の草原でした会話。

 自分を立たせるために、興味もないだろう魔導具のことを教えてほしいと、言ってくれた彼女。

 ミーシャなら、例え自分が見栄を張って気丈に振る舞っても……無理やり抱きしめて、慰めてくれたのだろうか。


 ここには居ない、別の女性を思い浮かべ押し黙るウーノを見上げて。エカテリーナは目じりから大粒の涙をこぼした。


「ミーシャから、託された貴方を……守りたいと、思っていましたのに……わたくしが守ろうとしていたのは、自分の外面ばっかりで、貴方の心のことなんて、何も考えないで……」


 慚愧ざんきえない。後悔を鼻奥ですするエカテリーナ。

 自己嫌悪に涙をこぼす彼女を見て、ウーノもまた、深い罪悪感に包まれた。


「自分の外面ばかり気にしていたのは……俺も同じだ。ごめん、エカテリーナ。俺は君の気持ちが分かるはずなのに、自分のことばかり考えていた」


「グス……わたくしの、気持ち?」


「ああ。何ていうかな……頼ってほしいのに、頼られないのは……辛いよね。分かるんだ、俺もさんざん、悩んだから」


 ミーシャを見送るしかできなかった、あの日。一緒に逃げる?、と言う提案を、ミーシャに断られたあの日。

 いずれ生まれる子供の居場所のために、そう言って一人出征した妻を見送った、あの日。


 それからずっと、ウーノは自分の無力さを悩んできた。自分には何ができるのか、何をすべきなのか、ずっと悩んできた。

 何度も、エカテリーナの立場を自分に当てはめて考えて来たのに。一番理解しているはずの苦しみに、気が回っていなかった。


「それを言うなら、わたくしが……!わたくしがウーノの心を無視して、家に帰れなんて言ったから……自分の力不足を棚上げして、ウーノの気持ちを無視して……言い出せなかったのは、わたくしのせいで……!」


 やはり自分のせいで、と自分を責める彼女の唇に、ウーノはそっと指を当てる。

 涙にぬれた美しい紫の瞳に向かって、彼はそっと瞬きをした。


「俺たちはきっと、お互いに意地を張りすぎたんだよ。弱いと思われたくない、ってさ。だから、これはお互いさま。エカテリーナだけが悪いわけじゃない」


「ウーノ……」


「一つ、ルールを決めよう。俺は、エカテリーナの判断に従う。君が隠れてろと言うなら、どこかに隠れるし、逃げろと言うなら尻尾撒いて逃げる。でもその代わり……俺も戦力の一つとして、ちゃんとカウントして欲しい。只守るべき弱者では無くて、さ。ほら、話聞いてなら知ってると思うけど、俺は魔法使いを倒したんだからさ」


 見栄を張るためではない。今までの彼だったら、自分から逃げ隠れするなんて、提案しなかっただろう。しかしウーノは、決めたのだ。

 男らしく、前を向いて進み続けると。だからこの提案は、自分も戦える、ミーシャを救うために、前に進むために、有効活用して欲しい。そんな戦略的な意見だった。


「戦力として……でも、わたくしは、貴方に危険なことを、して欲しくないんですの……!その顔の傷だって、わたくしがもっと強ければ……むぐっ!?」


 唇に押し当てられた指を無視して喋るエカテリーナ。言葉の合間に空いた彼女の口の隙間に、ウーノは指を突き入れた。

 以前、エカテリーナに壁ドンされたとき、やられたように。それ以上自分を責める言葉を言わせないように、彼は彼女を黙らせた。


「そうじゃないんだ。そうじゃ、ない。エカテリーナ、俺は自分が傷つくのは、何も気にしてない。俺が嫌なのは……君が一人で、傷つくことだ。俺、決めたんだよ、覚悟を。どんなに辛くても、苦しんでも、前に進むって。でも……君に全部任せっきりで、ペットよろしく何もかも面倒を見てもらうって言うのは……耐えられない」


 ミーシャがそうだったように。妻が、自分の知らないところで傷つき、病んでいたように。

 ただ守られるだけなのは、もう嫌なのだ。


「むみゅ……」


「頼む、エカテリーナ。俺にも、戦わせてくれ。一緒に、傷つかせてくれ」


 唇をから指を引き抜く。手袋と唇の間に、短い橋が架かった。

 エカテリーナは、口の中にたまった唾液を喉を鳴らして飲み込んだ。


「んっ……ふぁ、ふぁかりましたわ……今まで、わたくしはウーノを、王子様だと思って、守らないと、と思ってましたわ。でも、貴方は大人しく守られてくれるような、そんなお淑やかな花ではありませんでしたわね」


「分かってくれて嬉しいよ。俺はどちらかと言えば、踏んでも折れない、石畳の隙間から生えてくる雑草みたいなもんだからね。丁重に扱う必要はないさ」


「もう、ウーノったら。貴方が雑草だったら、世の殿方はみんな、枯草になってしまいますわよ。でも、そうですわね。心得ましたわ。これからわたくしたちは……戦友ですわ」


 エカテリーナは持ち上げていたウーノを下ろし、自分の体の上に乗せた。彼女は彼を深く抱きしめる。二つの力強い心音が、重なった。


「良い響きだね、戦友。光栄だよ」


 皮肉でも何でもなく、その言葉はスッと響いた。


 対等とは何か。力で勝てないミーシャを『守る』とは何か。口だけでは無いか。そう悩んだことがある。

 ミーシャはそれを、自分の立場を下げることで、気遣って補ってくれた。そしてエカテリーナは、こちらを引き上げて、対等だと示してくれた。

 女性に気遣わせてばかりだな。苦笑しつつ、その分役に立とう、そして気遣おう。そう心に決める。


「オホホ、そうですわよ。この雷女帝が戦友と認めた人なんて、そうそういませんもの。勲章物の名誉だと、心得てくださいまし。まったく、ウーノは本当に、男にしておくにはもったいない殿方ですわね。女に生まれたら、将軍にでもなってたんじゃありませんこと」


 抱き合ったまま、軽口を交わし。エカテリーナはベッドを降りて、ウーノを手放した。

 並び立ち、向かい合う二人。普通の男にするには侮辱ですらある言葉に、彼は照れくさく笑った。エカテリーナに、男では無く戦士として、ちゃんと認められたと実感できる。


 ただ、一つ訂正しておかなければならない。


「ありがとう。でも、俺は男に生まれて、良かったと思ってるよ」


「あら、そうですの?でも、男扱いするな、って意味だと思いましたわよ」


「まあ、それもそうだけどさ。でももしも女に生まれていたら……君とも出会えなかったわけだしね。男に生まれたから、こうして今、エカテリーナと戦友に成れた。俺の見栄なんかより、この出会いの方が大切さ」


 普段だったらこんなクサいこと言えないが、腹を割って本音で話し合った直後。ウーノの理性フィルターはガバガバだった。

 そんな彼の言葉に、エカテリーナの腰は雷で撃たれたように跳ねた。


「ああ……ウーノ。もう、どうしてそんな……はぁん……今夜の予定は、変更ですわ。今晩は、ルカの部屋に泊まってくださいまし。ちょっと一人で、色々考えたりヤッタり、スルことができましたの」


 どこか熱っぽい様子のエカテリーナに、ウーノは首を傾げた。


「え……?まあ、良いけど……」


 その後、結局二人は食堂で食事を取った。食事中、ずっとエカテリーナはうっとりと虚空を見上げていたのだった。

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