273日目④
ウーノはルキーナの先導で渡り廊下を歩いて別館に向かう最中、大使館を囲む壁の向こうに見える景色に目を奪われていた。
鈍色の巨大建造物が、煙をモウモウと吐きながら大使館の壁よりも高くそびえ立っていたのだ。
「すごいね……何あれ……何を燃やしてるんだろう」
「ああ、あの煙……魔導具の生産工場ですわね。金を解かして金糸にして、魔法陣を組むために、炉を熱しているんですのよ。ラシスカから巻き上げた金で、兵器生産にいそしんでるんですわね」
エカテリーナはつまらなそうに言った。その会話を聞いていたルキーナも、同意するように頷いた。
「なるほど。あそこには、たくさんの金が……なら、宝飾品を金にするには、この都市は丁度いいのかな?」
「ああ、そうですわね。いいアイデアですわ。ルキーナ、あとで工場の方にも……」
エカテリーナの発言は、唐突に聞こえて来た怒声に阻まれた。
「ラシスカに帰れ!負け犬どもめ」「圧制者に死を!」「ポツカの大地に、貴様らの居場所はない!」
シュプレヒコールが、一定のリズムで繰り返されていた。野太くも甲高い女の声が、都市の石壁に反響して、空気そのものを震わせるように聞こえてくる。
目を丸くするウーノとエカテリーナに、ルキーナはうんざりした表情で耳を抑えつつ説明した。
「……またですか。最近、ポツカ系住民の自警団が、抗議活動に来るんですよ」
ルキーナは聞こえてくる怒声から逃げるように、速足で渡り廊下を駆けていく。
ウーノとエカテリーナもその後を小走りで付いて行く。
「なんか知ってる話と違いますわね。ここ、まだ西部新領じゃないですわよね」
「そうですね。ここは西部新領と違い、元からラシスカ領だった都市。割譲によって多数のラシスカ系住民が退去したとはいえ、まだまだ少なくないラシスカ系住民が住んでいます。ですから、我々の大使館ができてしばらくは、こうした活動は無かったのですが……つい3日前から抗議の動きが現れました。誰かが裏で糸を引いているとしか思えません」
「なるほど、陰謀の匂いがしますわ……っと!」
もうすぐ別館、というところで、エカテリーナはくるりと振り向いて、空に向かって雷撃を放った。
雷に迎撃されて、何かが黒焦げて割れた。小さな破片となってパラパラと落ちるそれは、元はレンガである。外にいる抗議団体が、大使館にレンガを投げ込んだのだ。
エカテリーナが空を見上げて、他に何か投げ込まれないか睨んでいる一方。降って来た破片に驚いたルキーナが、速足になっていたこともあって、遂にスカートに足を絡ませてバランスを崩した。
「うわっ!?」
「っと、大丈夫ですか?」
転びかけたルキーナを、とっさにウーノは支えた。
肩と背に回した手に、筋張った感触が伝わる。ミーシャもやせ型だったが、もっと柔らかさがあった。
この少女は、よほど生育不良なのだろうか?
そんなお節介&セクハラめいた感想を顔に出さないよう、ウーノは紳士的な所作で彼女を引き上げようとした。
しかし、ピンク髪の隙間から、ふと細い首筋が見えた。喉の前面中央、そこには女性にはないはずの出っ張り、喉ぼとけがあるように……
「いつまで掴んでいるんですか!そもそも私は、貴方の支えが無くてもこけたりしませんから!」
「ああ、すみません。失礼しました」
体の固まったウーノの手をルキーナは叩き、一人立ち上がった。
我に返って頭を下げる彼にフンッと鼻息荒く睨むと、ルキーナはそのまま別館へと向かっていった。
「……そういえば、ミーシャも体つきが細かったですわね。ウーノ、貴方、ああ言う体形が趣味ですの?」
頭に浮かんだ可能性に頭がグルグルとしていたウーノ。そんな彼に対してエカテリーナは揶揄い半分、その他色々な感情がグチャマゼになって瞼がピクピクと痙攣した笑顔を向けた。
「いや、そんなんじゃないよ。その、エカテリーナから見て、ルキーナさんって……女らしい?」
「はあ?いや、まあ当然、そう見えますわよ。確かに、長いスカートは履き慣れていないみたいですけど、それ以外は貴族の子女らしい振る舞いですわね」
想定外の神妙な顔で思ってもない質問をされ、エカテリーナは戸惑いに首を傾げた。
「そっか……じゃあ勘違いかな。何でもない、気にしないで」
「何をぶつぶつ言っているのですか?ほら、倉庫はこちらです」
小声でぼそぼそ話している二人に、ルキーナは変わりない声音で声をかける。
催促の声に二人はともかくルキーナの後に続いて、倉庫へと向かうのだった。
倉庫の中は、良く整理されていた。
3階建てくらいの天井の高い石造りの空間に、整然と並べられた木箱と鉄の収納棚。金属の鎖で吊られた照明魔導具が、白い光で空間を照らしている。埃は少なく、整備された空気が流れているのを感じさせた。
「あれ?これって攻撃用魔導具?税関で摘発されるはずじゃ……」
木箱の焼き印を見たウーノは首を傾げた。大小さまざま、多様な属性の攻撃用魔導具を示す言葉が刻まれた木箱が、一番取りやすい低層に並べられていたのだ。
「まあ、本当ですわね。これだけあれば、2、3日分の一個大隊の消費量に見合いますわよ」
エカテリーナがその目を活かしてざっと数えると、尋常でない量が見て取れた。
大使館にこれだけの兵器があることがバレたら、外交危機になることは確実である。
「防衛線に破棄された魔導具を必死でかき集めたのですよ。大使館の職員は皆、退役軍人か予備役の者ばかり。いざ再び戦争が始まる、と言う時は、我々は本国に帰還せず、大使館内で籠城戦をする覚悟です。当然、この私も」
フンス!と鼻息を荒くしてルキーナは胸を張った。彼女の胸はミーシャとどっこいどっこい、つまりぺったんこだった。
「それはそれは……見上げた覚悟ですわね。確かに、すれ違う人みんな、歩き方がはっきりしてましたわね」
エカテリーナは思いだしつつ、感心して頷いた。その反応に気をよくしたのか、ルキーナは満足げにしながら、上の棚を見上げた。
「さてと、緊急性の低い魔導具以外の物資は、上の方に積まれています。あなた方の荷物は、最近来たものだから……あの木箱です。えっと、梯子は……」
「あら、それには及びませんわよ」
キョロキョロとするルキーナを静止して、エカテリーナは目当ての棚の前に行くと、ちょっとしゃがんで足に雷光をまとわせた。そして次の瞬間、パンっと空気を切り裂いて宙高く飛び上がり、棚の頂上に着地した。
ウーノはその身体能力に今更驚きはしないが、初めて見るルキーナは唖然とした表情をしていた。
その反応をよそに、木箱の焼き印を確認したエカテリーナはそれを抱えて、そのまま地面に着地した。
3階建ての高さから荷物を持って飛び降りたとは思えないほど、その着地は静かで滑らかだった。
「この木箱、壊していいですの?それとも再利用するから、丁寧に開けた方が?」
「え、ええっと……壊さないでください。い、今、釘抜を……」
「分かりましたわ。釘を抜きゃいいんですのね」
困惑しつつ答えるルキーナだったが、エカテリーナはレースの手袋を脱ぐと、爪で釘頭を掴むと、そのまま豪快に引っこ抜いていく。太い釘が無抵抗に引き抜かれていく様を、あんぐりしながらルキーナは眺めていた。
「ああ、これが正装か……魔導具で圧縮されてるんだね。これなら嵩張らないや。後で着替えようか」
ウーノはその事象を当然のこととして受け止め、エカテリーナが開けた木箱を覗き込んだ。
中には魔物の皮で作られた、密閉性の高い半透明の袋に入れられて、風の魔導具で真空パック化されてペチャンコになった正装や、予備の服などが入っていた。
「ええ。今着てるのは大使館の備品ですし、サイズもぴったりとはいきませんものね」
そんな会話をしている間に、ルキーナはハッと茫然自失から復帰した。
「コホン……そ、それで、次はどうしますか?街に出るんですか?」
「そうですわね、そのまま装備を整えて……」
「いや、先に大使館にある資料を見せてもらって、情報収集した方が良いんじゃないかな?あの様子だと街中を歩くのは、万全を期した方がよいだろうし……」
ウーノは言外に、エカテリーナの体調を気遣い、提案した。今は元気そうだが、短い仮眠だけで体調が万全、とはいかないだろう。
チラリと彼女の足元見る所作で、気遣われていると察したのか。エカテリーナは少し微妙そうな表情をしたが、最終的には納得したのか頷いた。
「まあ、それもそうですわね。ルキーナ、資料室の方に案内してくださいませんこと?街の方は、明日お願いしますわね」
「はあ、まあ……女性であるあなたが、そう言うのであれば……」
ルキーナは夫の提案を大人しく受け入れるエカテリーナに、納得しがたい様子だったが、不承不承といった具合で了承した。
3人が倉庫を出ると、抗議団体は解散したのか、大声の罵声は聞こえなくなっていた。
しかし渡り廊下には、投げ込まれたモロモロの異物が転がっていた。
玉子やペイントボール、レンガに空き瓶まで。
火炎瓶が投げ込まれていなかったのは、最低限の一線、であろうか。
「やれやれ……困ったものですわね……戦争は終わりましたのに」
「本当に、まったくです……そう言えば、ガマニア連合では、スーラフ人民国への報復熱が盛り上がっているそうです。ついでにポツカ共和国に対しても。スーラフもラシスカへの遠征で国力を消耗しましたから、当然の動きですね。ガマニアの軟弱者がどれ程善戦するかは分かりませんが……以前のように、ガマニアと連携してポツカを叩く動きは、あり得るかもしれません」
ルキーナは大使館付きの貴族として、現在の外交状況を分析した話を披露した。
「そう言えば、徴兵に来た貴族も、ガマニア連合を軟弱者って言ってたな……スーラフにすぐ負けたから、軟弱者呼ばわりされてるの?」
ウーノはエカテリーナを見て聞いた。ルキーナに対して聞くと、この手の軍事や歴史のことに首を突っ込むのは、はしたない、と言われる気がした。
「ああ、それよりも前から、ガマニアの形容詞は、軟弱者でしたわよ。かの国は、ラシスカが500年前に成し遂げたことを、つい50年前にやっと実現しましたの」
「500年前に成し遂げた……ジャガーノートの討伐?」
「ええ。ガマニアの地にも、強大な力を持つ魔物、3つ首を持つ虹色の大蛇、アジ・ダカーハが居ましたの。ガマニアの中央にある山脈に住み着いていたその蛇も、かつてのジャガーノートのように、気まぐれに山を下りては人々を襲っていましたわ。ガマニア人は、長い月日をかけて、3つの首を一本一本切り落とし……ついに最後の首を切り落とし、ヒュドラを打ち倒したのが、つい50年前でしたの」
「それは、随分と気が長い話だね……」
地面に転がった残骸を避けながら歩くウーノの相槌に、エカテリーナはモロモロを踏みつぶしつつ説明を続けた。
普通の男は、戦争や歴史の話題に興味を持たないが、ウーノは興味深そうに聞いてくれる。エカテリーナは男相手に自分の知識を披露する快感にはまったのか、塹壕で、そしてトンネルの時以上に饒舌に得意げに語った。
「ええ、あまりにも長すぎましたの。ラシスカの場合は、皇帝が一人でジャガーノートを打ち倒し、その肉を身内である出身の村で独占したわ。それによって大量の魔法使いを抱えることができ、周辺の諸部族諸民族を支配しつつ、なおかつ支配者層が圧倒的な力を持つ、体制が安定した『帝国』となりましたわ」
「ああ、王国じゃなくて帝国なのは、そう言う……」
「ですけどガマニアは、長い月日をかけて様々な集団が、アジ・ダカーハの血肉を切り取っていったことで、各地の村や都市に魔法使いが増え、力を持ってしまいましたの。そのせいで、不安定な『連合』にならざる得なかったんですわね。魔物を倒すのに時間がかかったこと、そして団結力の無さから、ガマニアの形容詞は、軟弱者とラシスカでは決まっていますのよ。因みにラシスカが国旗にジャガーノートを描くように、ガマニアもアジ・ダカーハを描いていますわね」
ウーノはエカテリーナの講義に、目を輝かせて聞き入った。
今までは戦記物の歴史にしか興味がなかったが、対魔物の歴史も、国ごと民族ごとに特色があって興味深い。次に読む本は、その手の物にしようと心に決めた。
しかしそんなウーノを、ルキーナは快く思っていないようだ。
ウーノ同様に障害物をよけながら歩いていた彼女はくるりと振り返った。
「まったく!男のくせにそんな歴史や魔物退治の話に興味を持つなんて……ユスポフ武官も、夫は選んだ方が良いですよ!」
その言葉に、今までご機嫌だったエカテリーナはムスっと頬を膨らませた。
「……ウーノは、良い男ですわよ。本当に、愛情深くて行動力のある……」
エカテリーナは殴り掛かるか一瞬悩んだ後、抗議は言葉に済ませることにした。流石の彼女も、これから世話になる案内役には、『1に暴力、2に言葉』の原則を当てはめるのを自重したのである。
ルキーナに見せつけるように、ウーノの手を強く握るのだった。




