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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
ビウクニツ編

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273日目③

 朝食時には少し遅い食堂は、ガランとして静まり返っている。

 ウーノとエカテリーナは並んでソファに座り、ルキーナがその対面でお茶を飲んでいた。


 ラシスカとポツカではやはり文化が異なるのか、朝食の内容はラシスカとやや異なるものだった。

 ラシスカのパンは基本的にバターの練られた白パンだが、ここで出されたのは酸味のある黒パンである。おかずの内容も、その酸味のあるパンに合うような、濃厚なチーズと塩気の強い魚の燻製、甘い野菜ジュースだった。


 ウーノはかつてミーシャと行った、高級レストランでの食事を思い出していた。

 あの時も、初めて食べる異世界情緒のある味付けを、困惑しつつ楽しんだものだ。すっかりラシスカ料理に慣れていた舌で味わう、初めて食べるポツカ料理は、その時感じた困惑と楽しさを思い起こさせるものだった。


「はぁ~……慣れませんわね……なんでパンが酸っぱいんですの……?あら、ウーノ、なんか遠くを見る目をして、どうしたんですの?」


 生粋のラシスカ人のエカテリーナにポツカのパンは合わないのか、ため息をついていた。そして感想に同意を求めるように、ソファに並んで座るウーノを見るが、その少し懐かしいような表情に首を傾げた。


「いや、なんと言うか……ミーシャちゃんと初めてのデートでレストランに行った時を思い出してさ……あの時も、こんな……」


 寂しげに笑いながら、パンにチーズを塗るウーノを見てエカテリーナは大きく頷いた。


「オホホ、早くミーシャを助けて、またデートができるといいですわね」


 共通の大切な人、それも女性について夫がデート?二人のやり取りを対面に座って見ていたルキーナは、?を頭上に浮かべた。


「お二人は夫婦、でしたね。しかしウーノさんは、そのミーシャという女性と、お付き合いされているのですか?」


 その言葉に二人そろってバツの悪い表情を浮かべるウーノとエカテリーナ。


「まあ、なんというか、複雑というか……」


「色々ありますのよ。外交武官の仕事に関わることだから、詳しく言えませんの」


 詳細を語らない二人に、ルキーナは少しムッとしつつ、それ以上の詮索はしなかった。

 ルキーナとて年若く、大使の副官を務める者。その辺の分別はあるのだ。


「まあ、いいでしょう。それで、食事を終えた後のご予定は?」


 黒パンの酸っぱさを野菜ジュースの甘さで押し流すエカテリーナに、ルキーナは話しかけた。


「んっく、そうですわね。ごくごく、まずは物資の受け取りと、情報収集ですわね」


「……外交武官は、テーブルマナーや外交儀礼に精通している人がなるものだと思っていました。口を開くのは、食べ終えてからにしてください」


 ルキーナの指摘に、ウーノは苦笑いするが、指摘された当のエカテリーナは気にしたそぶりもない。それどころか少し嬉しそうだった。


「ふう……まあ、とにかく、そんなところ……ふぁーあ……失礼……んん……とにかく……ん……次は……Zzzz」


「おっと、大丈夫?」


 口の中の物を飲み込んで、食事を終えたエカテリーナはあくびをした。彼女は何とか睡魔に抗って会話を続けようとしたが、それは無理だった。2徹後の食事で腹を満たされた彼女の眠気は抗いがたく、隣に座るウーノの肩を枕代わりに、とうとう眠ってしまった。

 倒れこんだ彼女をそっと支えつつ、ウーノはエカテリーナの頭を慎重に肩から膝の上へと誘導した。膝枕である。筋肉質な太ももは枕に向かないだろうに、彼女の寝顔は安らかだった。


「……だらしのない」


「そう言わないでよ。エカテリーナは俺の看病で、寝てなかったから……」


 あきれ顔のルキーナに言いつつ、ウーノはエカテリーナの見事な金髪をいた。

 普段は頼り甲斐と高貴さを両立した美麗なエカテリーナの顔も、寝ている時はまだあどけなさを残した少女のように見えた。そんないつもと違う印象のエカテリーナを、ウーノは日ごろの感謝を込めて優しくなでた。


「んぅ……ウーノ……ダメですわよ……」


 夢の中でも自分の世話を焼いているエカテリーナに苦笑していると、ルキーナは彼女を起こさないようにか、身を乗り出して小声でウーノに忠告した。


「しかし……私には敬意を払ってください。具体的には敬語で話してください」


「ああ、ごめん……失礼、申し訳ありません。気を付けます」


 ウーノは頬を掻いて頭を下げた。年下だからと敬語が抜けてしまっていたが、確かにこの世界では貴族階級の女性には男性は敬語で接しなければならない。いくら伯爵家の血縁のエカテリーナの配偶者という身分であっても、それは変わらないのだ。


 素直に応じたウーノに満足したのか、ルキーナは鼻の穴を広げて頷いた。

 そしてしばらく、寝言も言わないほど深い眠りについたエカテリーナを起こさないため、二人は押し黙って手持ち無沙汰になっていた。


 暇すぎるからか、ルキーナは手帳を持ってペンで何かをかきこみ始めた。仕事に関連したアレコレだろうか。

 一方のウーノは、エカテリーナの寝顔をただ見ていた。美人の寝顔はどれだけ見ても、飽きないものだ。


 どれくらい時間が経っただろうか。そろそろ昼食時という頃合に日が傾き、食堂は少し賑やかになりつつあった。

 その音に目が覚めたのか、エカテリーナは目を閉じたままモゾモゾと動いた。


「ん……わたくし……なんかいい匂いがしますわね……」


「おはよう、目が覚めた?まだ眠いなら、部屋に戻ってちゃんとベッドで、寝直そうか?」


 ウーノがエカテリーナの頭を撫でると、エカテリーナはぱちりと目を開け、ゆっくり首を回して頭上を見た。目があったウーノは、膝上の彼女に微笑んだ。

 自分が何をされているか理解したエカテリーナは、頬を染めて飛び起きた。


「オホホ!オホホホ!だ、大丈夫ですわよウーノ!おかげでぐっすりすっきり、ですわ!さあ、こうしちゃいられませんわね!早く行動して、ミーシャを助けに行きますわよ!」


 こんな短時間の仮眠で本当に大丈夫だろうか?ウーノは心配したが、エカテリーナの目の下にもうクマは無く、喋り方も早口でハキハキしている。本当に大丈夫なのだろう。


「それではまず、物資の受け取り、でしたか?そう言えば、新任の外交武官用の荷物が、先日届いていました。ユスポフ武官の物でしょうね。まずはそちらに行きましょうか。荷物は別館の倉庫にあります」


 手帳を畳んだルキーナは立ち上がると、食堂の壁の向こうを指さした。

 しかし、何かの紙片が手帳の合間からすり抜けてテーブルの上に落ちた。


 それが今書いていた物かは分からないが、その紙片に描かれていた内容は、文章ではなかったのは確かだった。それはラシスカ語でもポツカ語でもない、奇妙な記号の羅列に見えた。


 ウーノが目を細めて、それが何なのかよく見ようとした時、ルキーナは慌てた様子で紙片を拾い上げて、乱暴にポケットにねじ込んだ。


「ええ、そうですわね。ん-っ、ふう……ああ、それとルキーナ?『ユスポフ武官』って呼び方、止めてくださいまし。エカテリーナと呼び捨てでいいですわよ。敬語も不要ですの」


 目を閉じて伸びをしていたエカテリーナには、そのルキーナの行動が見えていなかったのだろう。伸びをしつつ気安い笑みを浮かべた。


「いえ、結構です。ユスポフ武官。あと、敬意があるから敬語を使っているわけではありません。勘違いしないでください」


「もう、外交畑の貴族ってのは、ナジンカも含めて、みんな堅苦しくて困りますわね。オバ様を見習ってほしいですわ。ついでに言うと、家名の方で呼ばないでくださいまし。それは捨てた名ですの」


 エカテリーナのぼやきに、ルキーナは迷惑そうに眉をしかめた。


「はは……まあ、エカテリーナも、そう言わないで……じゃあ、ルキーナさん、案内を頼めますか?」


「男性が私に命令しないでください」


 取りなそうとしたウーノだが、ルキーナはつっけんどんな対応だった。流石に男性が下に見られることに慣れてはきたが、それでも傷つくものは傷つく。言い返せないでいるウーノを庇うように、エカテリーナは少し口調を強めて言った。


「あら、ウーノはそこいらの女より、よほど女々しいすごい男ですわよ。多分、貴女よりも度胸あるんじゃないですの?」


「はぁ……そうですか。それで、ユスポフ武官、倉庫に案内する、ということでいいですね」


 エカテリーナの言葉を真面目に取り合わず、ルキーナは歩いて行ってしまう。呼び方もそのままだ。相変わらずロングスカートに慣れていなそうな不格好の足取りの彼女を、エカテリーナは憮然ぶぜんとして、ウーノは苦笑しつつ、追いかけていった。


 そうして廊下を歩く道すがら、職員とすれ違うたびにルキーナは敬礼を向けられていた。年若くとも貴族、ということだろうか。

 一方で、エカテリーナに対しても驚きながら敬礼をする職員も見受けられた。『雷女帝が……』『男連れ……?』という呟き声がたまに聞こえてくる。


「エカテリーナって有名人だったの?雷女帝って、仲間内というか同じ部隊でのコードネームみたいなものかと」


 ウーノはてっきり、ミーシャのいた部隊の周囲での二つ名だと思っていたが、随分と広く知れた名前らしい。

 有名人の隣を歩くウーノにも、いつものやっかみとは別種の視線が向けられていた。


「オホホ。まあ、それなりに武功は上げましたわね」


 自慢気にするエカテリーナの言葉に、前を歩くルキーナは振り返った。


「ユスポフ武官の逸話は貴族の中でも聞き及んでいます。戦場を支配する圧倒的な機動力と殺傷力で、『雷女帝』と呼ばれているとか」


「まあ、先のスーラフとの戦争では、魔導戦車のせいで衛生兵の役回りでしたし、思うようには動けませんでしたけど。その前の戦争では、それなりに暴れましたわね」


 口ではなんて事のないように言っているが、エカテリーナはウーノの方をチラチラと見て反応を気にしていた。ウーノの顔に傷を残してしまったことで、失望されていないか。守れなかったことで弱いと思われていないか、気にしていたのだろうか。

 そんな戦乙女心を察したウーノは、殊更ことさらに感心したようにうなずいた。


「ミーシャちゃんからの手紙で強いとは聞いてたけど、そんなにすごかったんだね」


 そしてウーノが感心したように頷くと、嬉しそうに彼の腕を抱きしめる。

 そんなエカテリーナの様子を見て、ルキーナは小さくため息をついた。


「その強者が、こんな生意気な男に色ボケているとは」


 その呟きは、ニッコニコ上機嫌なエカテリーナの耳には届かなかった。

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