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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
ビウクニツ編

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273日目①

 手が濡れている。赤い。

 魔導車は魔物の死体で作られたサイボーグゾンビ。いじるとなると、どうしてもこうなる。しかし、作業は終わった。モグラは当分、動けない。


 さて、手を洗って、後片付けを。

 そう思って、開いていた魔導戦車の皮膚を縫い直そうとした。しかし大きなモグラは消えて、代わりになぜか青髪の女性がいた。


 敵だ!慌てて逃げようとしたが、手が勝手に動いた。

 振り下ろす、振り下ろす。自分は何をしているんだろうか?


 手を見る。氷のナイフ。

 ああ、そうだ、俺は……


「ヘ■■ク……」


 誰かが、誰かの名前を呟いた。


 寒いのに、熱い。熱いのに、寒い……


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ウーノ、大丈夫ですの?」


 青白い月光が、カーテンの隙間から漏れ出ていた。その明かりに照らされて、誰かの輪郭が、そっとウーノの顔を覗き込んでいた。


「……エカテリーナ?」


 頬に泥を付けたままのエカテリーナが、目覚めたウーノの手を摩った。薄暗い月夜では、彼女の目の下のクマがよりはっきり黒く映った。

 一睡もせず、ずっと側で看病してくれていたのか。

 どうしようもなく、申し訳なくて、ウーノは体が鉛になったかのような錯覚に陥った。


「タオル、変えますわね……氷を作る魔導具、借りてくれば良かったですわ。これで作る氷じゃ、薄すぎてすぐ溶けてしまいますもの」


 顔を歪ませたウーノ見て、熱でうなされたせいだろうと考えたエカテリーナは、肩をすくめて魔導具を手に取った。彼女がそのスイッチを押すと、透き通った氷の刃が現れる。

 それは、夢の中で、いや、昨日の夜、丁度今と同じくらいの時間に、自分が握りしめていた、あの攻撃用魔導具だった。


「あ……それ、それは……」


 ウーノの心臓の鼓動が早まる。呼吸が浅くなり、視界が渦巻いていく。

 体の底は寒いのに、なぜか汗が噴きだして止まらない。


 寒いのに、熱い。熱いのに、寒い。夢の中の自分と同じように、昨日の夜の自分と、同じように。


「ウーノ!ウーノ!大丈夫ですの!?」


 揺すられながら、底冷えしていた体の芯が、ポカポカと温まる。エカテリーナが回復魔法をかけてくれたのだ。

 汗も止まり、視界も元に戻った。


「はぁ、はぁ……スー……ハー……ああ、ごめん……大丈夫だよ……」


 弱弱しい笑みを浮かべるウーノに、エカテリーナはただ悔しそうに唇を噛んだ。


「……ええ、大丈夫ですわよ。わたくしが、側についていますから。今度こそ絶対に、わたくしが守りますわ」


 ああ、また心配を掛けちゃった。

 どうにかし慰めようと、手を伸ばそうとした。しかし力が入らずちょっとしか持ち上がらない。

 ならば、これしかあるまい。どうか、笑ってくれ。


「……あっかん、べー……」


 かつて、ミーシャにしたように。ウーノは変顔を作ろうとして、失敗した。

 熱でうなされている今、彼の爆笑必死の変顔は、苦しみにのたうち回る末期がん患者の悲痛な叫びの顔になってしまった。


「どこが痛みますの!?くっ、また回復魔法を!」


 再び注ぎ込まれる、温かな力。心の底から自分を案じ、助けようとしてくれている、そんな優しい力。

 かえって更に心配させてしまったことを悔いて、ウーノはため息をついた。


「大丈夫、大丈夫、だよ……少し、夢見が、悪かっただけ、さ」


 頬に添えられたエカテリーナの手に、コテンと頭を預けて。ウーノはそっと微笑んだ。

 どこか痛むわけでは無い、それが分かった彼女は、少し落ち着いて力を抜いた。


「……熱があると、変な夢を見る聞きましたわ。わたくしは、ずっと側に居ますから、どうか安心してくださいまし……もっとも、わたくしじゃ、安心させるには力不足かもしれませんけど」


 初めて聞いた、エカテリーナの弱音。ウーノはそれに、心が奮い立った。

 女の子が落ち込んでいるのに、寝込んでる場合か!

 変顔が使えない以上、言葉を尽くすしかない。手が上がらないなど、甘ったれるな!そう自分を叱咤しったして、重たい上体を何とか引き起こす。病人の無茶に慌てるエカテリーナを制止して、ウーノはエカテリーナの手を、出来るだけ強く握った。


「エカテリーナには、お世話になってる。頼りにしてるよ。だから、そんな顔、しないでくれ。それに、はは。俺にエカテリーナが居てくれるように。エカテリーナには、俺が付いてる、よ。頼りにして、くれ」


「……っ!もう、病人が……何言ってますのよ!ほら、ちゃんと寝てくださいまし!悪い夢を見ないように、ずっと、手を握っておきますわね。だから……今は、寝てくださいまし」


「ああ……ありがとう……」


 エカテリーナに優しく押し倒されて。ウーノはベッドに横たわった。また夢を見たら。そう思うと少し、瞼の裏側の闇が恐くなったが、疲れた体は睡魔には抗えず。手袋越しに感じる体温を頼りに、彼は静かに、闇の中に旅立った。

 月明りの暗闇に、泣き笑いのエカテリーナを残して。




 翌朝、朝日の暖かさに顔をくすぐられたウーノは、頭痛と共に目が覚めた。

 熱や体調不良による頭痛、と言うよりは、寝すぎた時に感じる緩慢な痛みだった。


 同様に寝すぎたせいか、どこか気だるい感じがした。しかし寒気がするだとか、逆に熱っぽいだとか、そう言った違和感は無い。

 ただただ、何となく体が重い。それだけだ。


「あら、ウーノ。早いお目覚めですわね。熱は……下がってますわね。体の具合はどうですの?辛かったら、まだ寝ていても大丈夫ですわよ」


 まぶたを開けたウーノに、エカテリーナはいつものように、優しく気遣いの言葉をかけた。

 ウーノが上体を起こそうとすると、すぐに背中に手を添えて手伝ってくれる献身ぶりだ。


「ありがとう、大丈夫だよ。これ以上寝てたら、逆に頭が痛くなっちゃうさ。それよりも、エカテリーナこそ……寝てないんでしょ?俺は本当に、もう元気満点だから。君も、ちゃんと睡眠をとってよ」


 宣言通り、今の今までずっと手を握ってくれていたのか。相変わらずクマは取れていないし、髪も少し乱れていた。

 潜入、戦闘、負傷、長距離徒歩移動、2徹目の看護。消耗に次ぐ消耗で、エカテリーナの顔つきは、煌々とした高貴な美しさから、爛々とした野性的な美しさに変わっていた。

 早い話が少しやつれて見えたのである。


 ウーノはベッドから起きて立ち上がると、エカテリーナの腕を取って横になるように促した。


「あら、ウーノに心配させてしまうなんて、わたくしもまだまだ未熟ですわね。全然平気のへっちゃら……ふぁーあ……コホン、ともかく大丈夫ですわよ」


 話している間にあくびをしてしまい、少し頬を赤くしながら、エカテリーナはツンとすまし顔をして見せた。


「でもさ……」


「そんなことより、ウーノが元気なら……やっとこれが使えますわね!じゃーん、緊急回復薬エリクサーですのよ!さあ、頬の傷の治療ですわね」


 エカテリーナは小さな小瓶をウーノに見せびらかした。彼には、その小瓶に見覚えがあった。ミーシャと出会ってすぐ、千切れかけた指を治してもらう時に振りかけられた物と、同じなのだ。

 取れそうな指が直ぐくっつくほど、強力な回復薬。それを使えば、どんな傷もふさがるだろう。


「ありがとう……えーっと、傷口に振りかける感じ?」


「空いた傷口になら、そうですわね。でも今は傷跡の治療ですから、患部に丁寧に塗る方が良いですわよ。ああでも、鏡を見ないと、やりづらいですわね」


 エカテリーナに促されて、洗面所に向かう。そこでウーノは、負傷して以来初めて、自分の顔を鏡で見た。

 左目の真下から首筋にまで伸びる、太い切り傷の後。赤黒く盛り上がったその一本の線は、急速な回復魔法のせいか周囲の皮膚を引きずっていた。


「ああ、こんなになってたんだ」


 ウーノは自分の顔に出来た大きな傷を見ても、そこまでショックを受けていなかった。

 割と目立つ傷だが、まあうん。こんなもんか。いやむしろ男らしかな。

 しかし、エカテリーナにはそうは聞こえなかったらしい。


「だ、大丈夫ですわよ!これはとても強力な魔法薬で、数分で取れた手足を生やせるくらい……」


 男は魔力が低いので、回復魔法での治癒力も働かない。それゆえに、傷が残りやすい。一度ふさがった傷は特に、傷跡が残ってもすでに閉じてしまっているので、回復のしようが無い。

 そうした背景から、男の傷、特に目立つ顔に傷があるのは、女性にはとても痛ましく見えるのだ。


「ああ、いやいや。別に落ち込んでないさ。えっと、素手の方が良いかな?」


「ええ、手袋だと液が吸われてしまいますもの……刻印が無ければ、ウーノが寝ている間に、わたくしが治療して差し上げましたのに……」


 ウーノが顔の傷にショックを受けていると思っているエカテリーナは、悔しそうに歯噛みした。

 その様子を見て、ウーノは『別に気にしてないのに』と苦笑してしまう。しかしどれだけ言葉を尽くしても、彼女は気を揉むだけだろう。早く薬を塗ってしまおう。


 手袋を脱いで小瓶を振り、緑色の液体を手に取り傷に塗り込む。

 その変化は劇的だった。痛々しく盛り上がっていた赤い肉が見る見るうちに沈んでいき、自然な肌の色へと変わっていく。


「……あっ」


 しかし、ふと思う。

 返り血に濡れた服は着替えさせられ、凶器のナイフも氷製でもう解けて存在しない。

 この傷が消えたら、自分が人を、女性を殺めたというその証拠が、消えてしまう。


『男なら女子供を守るべき』。父の教えに背いた罪。女性を殺した、自分の罪を、無かったことにする。見て見ぬふりをして、忘れてしまう。

 この傷を消すというのは、それと同じなのでは無いだろうか?


 それは『男らしく』、いや、『人として』恥ずべきことなのではないか。


「あ、あら?傷が……どうして傷が残ってしまってますの!?」


 一緒に鏡を覗き込んでいたエカテリーナの悲鳴にも似た驚きの声で、ウーノはグルグルとした思考の渦から浮上した。

 鏡を確認すると、傷は最初よりは目立たなくなっているが、まるで涙の跡のように、左頬に一本の線が刻まれてしまっている。化粧の類で隠そうにも、近くで見ればわかるだろう。


「あ、本当だ……まあ、仕方がないさ。俺は気にしてないから、こんなもんで良いよ」


 鏡に映る顔の傷を見て。ウーノはどこかほっとしながら笑顔を浮かべた。


「でも……」


 エカテリーナは沈痛ちんつうな面持ちでウーノの腕を抱いた。

 どうやったら、本当に気にしていないと分かってもらえるだろうか。そう考えていると、ふと逆の立場だったらどうだろうか、と思い当たった。

 自分が守り切れなかったせいで、女性の顔に傷を残してしまった。だとしたら、仮に本人がどれだけ気にしていないと言っても、気にせざる得ないだろう。


 なるほど、これは確かに、いたたまれない。

 悩んだ末、ウーノはとりあえず、前向きな言葉を言うことにした。


「はは、いや、俺で良かったよ、顔に傷がついたの。エカテリーナの綺麗な顔に傷が残る、その方がもったいないしね」


「そ、そんなことありませんわよ!わたくしが傷ついた方が、何倍も……!」


 ああ、不味い、これは不正解だった。エカテリーナの消え入りそうなほど申し訳なさそうな表情を見て、ウーノは方針を変えた。


「ああ、それよりもさ。ほら、傷があった方が男らしい……くは無いけど、こう迫力と言うかすごみと言うか?うん、傷があった方がサマになる、ならない?うん、こっちの方がイケメンになったと思うな、俺は。それとも不細工?」


 女性がこちらの不手際のせいで出来た顔の傷を差して、『私不細工になった?』と冗談めかして言ったとしよう。『ああ、不細工になった』と言えるだろうか?自分の力不足のせいで出来た傷で。言えないのだ。ウーノはそれが、良く分かっていた。


「そ、そんな訳ありませんわ!傷があっても、ウーノはエキゾチックな顔で魅力的な……」


「じゃあ、問題ない!傷があっても、俺の顔はあんまり変化なし!エカテリーナも気にする必要はない!以上!」


 ウーノは強引に話を切り上げ、洗面台から剃刀かみそりとクリームを取り出して、ヒゲ剃りを始めた。

 ヒゲは伸ばすなら伸ばす。剃るなら剃る。中途半端が一番みっともない。それは男性の方が身だしなみに気を付けないといけないこの世界でも、同じことだ。

 男らしいモジャヒゲに憧れのある彼だが、あいにくヒゲは薄く、伸ばしてもイマイチ合わない。


 そうして口を閉ざしてしまったウーノを見て。まだエカテリーナは落ち着かない様子だったが、抱きしめていた腕をギュッとしてから、彼を離した。


 パンパン、バチッ!


 頬を張って、ついでに頭に雷撃を。エカテリーナはそうして気付けをすると、いつものように高貴な笑顔を咲かせて微笑んだ。


「それじゃあ、身だしなみを整えたら、ここの大使に挨拶いたしますわよ!あ、ウーノ、シャワー室はそこの扉の奥にありますわ」


「ああ、分かったよ。早めに出るから、エカテリーナも入ってね。それに、少しくらいは仮眠してよ」


「もう!わたくしは大丈夫ですわよ!それに、わたくしの身分は外交武官ですもの。ちょっと草臥くたびれてるくらいが、現場慣れしてる感じがして良いんですのよ」


 パチャパチャと水音を立てながら、エカテリーナは簡単に顔の汚れを落とした。

 ウーノもこれ以上の追及を諦めて、彼女に続いて洗顔した。左目の真下から首筋にまで伸びる、長い傷あと。もう触っても少しも痛くないそこを、丁寧に洗って。


 その後、汗を流し髪を解かし襟を正し、最低限の身なりを整え終わった。

 エカテリーナも、ウーノが寝ている間にもらったのか、ボロボロの革のドレスではなく、別の服を着ていた。

 麻のシャツと長ズボン、ベストのウーノ。濃紺のロングワンピースの上から、ジャケットを羽織ったエカテリーナ。


 フォーマルとは言い難いが、カジュアル過ぎない服装の二人。夫婦と言う設定よろしく、ウーノはエカテリーナのエスコートで、腕を組みつつ部屋を出て、大使の居る執務室へと向かった。


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