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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
塹壕編

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272日目⑨

 国境を越える長いトンネルにも、遂に終わりだ。突き当りに階段が見えたのだ。


「ウーノ、到着しましたわ。直ぐにちゃんとしたベッドで、休ませてあげますわね」


 エカテリーナは王子様抱っこしているウーノに語りかけた。疲れからか、傷口から悪いものが入ったのか、ウーノは湯気が出そうなほど全身を熱く、ぐったりとしていた。

 エカテリーナは魔力が溜まるとすぐさま回復魔法をウーノにかけているが、病魔を駆逐するには至らず。魔導戦車も途中で故障してしまうしで、とにかく急いでここまで来たのだった。


「ああ……これが、出口、か……後は、自分で、歩く……」


「ダメですわよ!じっとしていてくださいまし。ウーノはもう十分、頑張りましたわ。頑張りすぎたから、今熱を出していますのよ。少しはわたくしにも、格好つけさせてくださいまし」


 身じろぎするウーノをギュッと抱きしめ、エカテリーナは階段を上った。ゾーヤから聞いていた通り、出口は雑木林の中の、木の洞に偽装されていた。その穴からそっと周囲を伺うが、周囲は朝霧に囲まれて、良く見えなかった。しかし、足音やポツカ語の話し声は聞こえない。


 チュンチュン。早起きな小鳥のさえずりがした。小動物がいるということは、凶暴な魔物もいないはず。歩き通しだが、激しくは動かしていないおかげで、今なら雷縮地を発動させることもできる。いざという時の逃亡も可能だ。

 エカテリーナは安全を確信できると、外に出た。


「ああ……涼しい……」


 トンネルの中は地熱のせいか、外より気温が高かった。

 冬の朝もやは、火照った体には心地よいようで、熱にうなされていたウーノの顔が少し和らいだ。


「大丈夫、直ぐに良くなりますわ……大丈夫、絶対に、これ以上、誰にも貴方を傷つけさせませんわ」


 エカテリーナは自分に言い聞かせるように、静かに呟いた。それは無力感や後悔がにじんだ、美しくも悲しい横顔。


「ご、め……ん……」


 そんな顔をさせて。

 言葉は最後まで音に出来ず、ウーノの意識はゆっくりと闇に飲まれていった。

 エカテリーナの強靭な肉体から生み出される、サスペンションばっちりのほとんど揺れない王子様抱っこは、寝心地が完璧すぎたのだ。


「あら、そういう時は、ありがとうと……オホホ、お休みなさいまし」


 優しい声音を眠り歌に、ウーノはストンと意識が途絶えた。



 次に目を覚ました時、彼が最初に目にしたのは、見慣れない天井と、窓から差し込む赤い光だった。

 村の朝は早く、朝焼けも夕日も毎日見ていた。だから、この赤い日差しがどちらか、ウーノには分かった。朝焼けの赤は冷たく澄んでいる。だが、今この部屋を染める赤は、どこか煤けていて温かい。


「……綺麗だな」


 だるくてぼんやりとした思考のまま、小さく呟いたウーノの言葉に、夕日が動いた。


「あら、目が覚めましたのね。オホホ、夕日はどこで見ても、綺麗なものですわね」


 窓辺に腰かけていたエカテリーナが、振り向いたのだ。彼女の見事な金髪は、夕日の中に溶け込むように調和していた。

 頬についたままの泥も、目の下ににじむ黒い影も、彼女の美しさを損ねるには至らなかった。夕日を背に微笑む彼女は、朦朧もうろうとするウーノの脳には、余りにも鮮烈に焼き付いた。


「……夕日もだけど……君も、綺麗だよ……どんな宝石よりも、ずっと」


 エカテリーナの容姿を褒める時は、決まって自分の顔を卑下する枕詞にしていた。しかし思考に霞がかかったようにぼんやりとしたウーノは、理性が口を閉ざす前に、思考が言葉になってすり抜けていく。


「……オホホ!オホホホ!……ゲホッ!ウッフェ……まだ熱が引いてませんの。ほら、変なこと言ってないで、寝ていてくださいまし」


 ストレートな逆口説き文句に、エカテリーナは顔を茹でダコのように真っ赤にして、その赤さを誤魔化すように高笑いした。笑いすぎて唾が肺に入ったのか、激しくせき込んだ後、ウーノの額の濡れタオルを新しく取り換えた。


「そういえば、俺、どれくらい……ここは……早く、ミーシャちゃんを……」


 額のひんやりとした感触に目を細めつつ、ウーノはエカテリーナに尋ねた。


 寝込んでいる場合ではない、早くミーシャの元に急がねば。

 熱にうなされながらも妻のことを案じるウーノに、エカテリーナは頬の赤さを引っ込めて曖昧な笑顔を浮かべた。


「まだ日付は変わっていませんわよ。ここはビウクニツの、ラシスカ大使館ですわ。安全な場所ですから、安心してくださいまし」


 その言葉にホッとしつつ、ウーノは申し訳なさそうな顔をした。


「本当に、ごめん……また、足を引っ張って……」


 弱音は吐かない。恐怖はしても、乗り越える。女性の前では強く振るまおうと決めているウーノだが、熱のせいか少し弱気な顔をしていた。

 塹壕の中、死体を目にしても取り繕っていた彼の、本心からの弱った姿。

 それを見たエカテリーナは、キュンとしつつウーノの頭を優しく撫でた。


「もう、謝らないでくださいまし。貴方が足を引っ張ったことなんて、一度たりとも、ありませんわよ。ずっと、全力で、前を向いて……力不足なのは、わたくしの方ですわ」


 ふとこぼした弱音。いつも毅然と前(あるいは顔を赤くしてこちら)を向いている、女らしいエカテリーナから出た、その呟き。

 ああ、そんな顔をしないでくれ。そんな顔をさせたくなくて、俺は頑張っているんだから。

 ウーノはボーッとしながらも、手を伸ばしてエカテリーナの頬を撫でた。


 薄手の絹の手袋。寝苦しくないように取り換えられていた、そのサラサラとした手袋で。いつもの皮手袋より近く伝わるその体温を感じながら、微笑んだ。


「いつも、ありがとう……エカテリーナも、早く、休んで、ね……」


「ええ、ご心配、感謝しますわ。わたくしは大丈夫ですから、ゆっくりお休みになって」


 目を閉じると、甘いジュースが、唇に触れた。

 すり潰した果実か何かを、与えてくれているのだろう。それに続いて、じんわりと体の芯から温まるような感覚、強力な回復魔法をかけられる感覚が広まった。


 甲斐甲斐しく介抱してくれるエカテリーナに、まぶたの裏で感謝と恐縮をしながら、再びウーノは眠りについた。

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