272日目⑦
作業が終わり、後片付けをしていたらエカテリーナがやってきた。
するとどうやら、敵の攻撃を受けた。庇われたと思ったら、彼女が何かを発射した。
肩越しに見えたそれは、まるで小さな太陽。叫びながら、彼女が顎が外れそうなほど、大きく口を開けたその中に。太陽がプロミネンスを放出するように、バチバチと無数のアーチ状の赤い雷を放つ、赤いプラズマ球があった。
それは敵に命中したらしい。すさまじい叫び声が聞こえた。
ボフッ
しばらくして、月を隠そうとしていた雲を、赤い光がクッションを叩いたような音を響かせて、はじけ飛ばした。今では空は雲一つない、美しい夜空が広がっている。
「……エカテリーナ?大丈夫……じゃなさそう……失礼するよ……っと」
突然の出来事に何とか状況を整理したウーノは、ともかくさっさと逃げ出そうと、気絶したエカテリーナをお姫様抱っこした。
大量の宝飾品に、工具が色々。その上に長身の女性を一人は、なかなかの重量だ。しかし労働者の自然な肉体美を持つウーノには、そこまでの負担ではない。筋肉万歳。
破れた服の隙間から覗く傷が痛ましく、魔導具で回復魔法をかけてあげたいところだが……魔導ランタンの光はもう中ほどまで近づいていた。入れ替わりの作業員が来る前に、トンネルに退避しなくては。
ウーノはそう判断して、なるべく速足で目的地へと走り出した。
しかし、その足は寒空に響く絶叫で、止められた。
「クソがクソがクソが!大人しく死ね!死になさいよぉ!!」
水の魔法使い。彼女は叫び声をあげ、生み出した噴水に乗って空に浮かんでいた。鎖骨のあたりからわき腹まで、きれいな円状に右上半身が消失していた。血を止めるためか、水で傷口がおおわれているのが見えた。
エカテリーナの奇妙な魔法で、吹き飛ばされたのだろう。重症ではあるが、まだ魔法の行使が可能らしい。
見つからないように、ウーノはとっさにしゃがんで塹壕の陰に潜んだ。血走った眼で水の魔法使いはあたりを見ていたが、しびれを切らしたのか魔力が切れたのか、噴水から降りた。ほっとしたウーノが再び前進を続けようと立ち上がった瞬間、あたり一面に雨が降り出した。
空を見上げるが、しかし雲は先ほどのエカテリーナの攻撃で吹き飛んで、どこにもない。
「……まさか」
嫌な予感は、どうやら当たったらしい。
「あっはっは!見つけた!見つけた見つけた見つけた!今殺しに行ってやる!お前の生首の前で、お前の男を犯して殺してやる!」
水たまり警報機の次は、雨粒レーザー。おおよその位置がバレてしまったらしい。狂気的な叫び声が聞こえてきた。
先ほどの噴水の位置的にまだ距離はありそうだが、トンネルの入り口までも距離はある。エカテリーナを抱えたまま逃げ切ることはできない。
「クソ……まずいな……俺が戦うしか……でも……」
かつてミーシャに押し倒されたとき、そしてエカテリーナに路地裏に引きずり込まれた時。ウーノは全く抵抗できなかった。
男が女に、それも魔法使いに力で勝つのは、絶対に無理だ。護身用に攻撃型魔導具も持っているが、魔法使いの魔法はそれ以上に高性能だ。
圧倒的な格上の相手に、エカテリーナを守りながら戦う。それはとても、勝ち目の無い戦いだ。
何か、何かないか?
必死で周囲を見回す。
モグラ魔導戦車で穴を掘ってトンネルに逃げる?いや、ついさっき半日は修理できないように壊したばかりだ。
攻撃型魔導具を組み合わせて奇襲をかける?持っているのは氷のナイフと火球を発射する物。近距離用と、水と相性の悪い火の魔導具だ。あまり有効ではなさそうだ。
他には……
ふとウーノの目に、壊れて放置されている魔導戦車が映った。虎型の大型の魔導戦車だ。先ほど見かけた戦死者の埋葬塚の魔導戦車版なのか、複数台がまとめて集められていた。
手元には魔導車用の工具。鹵獲レポートは暗記してしまうほど読み込んだし、先ほどモグラ魔導戦車をいじって、魔導車と魔導戦車の構造の違いも理解できた。部品取りすれば、一台くらい修理できる……?
ウーノはエカテリーナを、なるべく見つけにくいように退避壕の物陰に横たえて、魔導戦車の墓場へと走り出した。
なるべく損傷が少ない車体を見繕い、故障個所を探す。
「……魔導具の回路が焼き切れてるだけか……手元の道具だけだと、仮付けしかできないからすぐ動かなくなるけど……いや、相手も重症だ!直ぐに決着をつけるなら、十分だ!」
ウーノは急いで修理に取り掛かった。無知ゆえの戦争への憧れは、恥ずべき幼さだが……今はその憧れにより得た知識が、役に立った。
冬場なのもあって、腐敗は無い。血が凍り付いているので、松明用の火の魔導具で温め直す必要はあったが、それでも無理やり動かせるようにできた。
操縦方法は正直良く分かっていない。鹵獲レポートでもそこら辺は調査中だった。しかし、中身を見た感じから、少なくとも直進と方向転換、魔法の発動方法だけは把握できた。飛んだり跳ねたり、噛んだり殴ったりと複雑な挙動はできないが、魔法を使いつつ体当たりするだけでも十分脅威になる。
「こっちの方!ああ、こっちの方だ!今殺しに行くからねぇ!」
魔法使いの声が近くで聞こえた。振り返ると、エカテリーナを隠した塹壕のあたりに定期的に水を放っている。万全を期すなら、もう少し血を温めなおしたり関節をつなげなおしたいが……
「この!こっちを見ろ!オラ!」
ウーノはトラ魔導戦車にまたがり、手綱を振るって水の魔法使いへと突っ込んだ。
魔法を発動させ、魔導戦車の巨大な前足が地面を叩くたび、地面から無数の棘が飛び出す。
「ああん……ぐわ!?」
そのままの勢いで、ウーノは見事に水の魔法使いを轢き飛ばした。
エカテリーナへの復讐に夢中で、そちらにしか意識が向いていなかったらしい。
うめき声が聞こえたあたり、まだ意識があるようだが……流石にもう襲ってはこないだろう。
よし。これを使ってエカテリーナも運んでしまおう。ウーノがそう考えたとき、彼の頬を何かが切った。
「いっ……くそ!まだ戦う気か!」
出征前、ミーシャが魔法使いは簡単には死なないと言っていたが……ここまでとは。
ウーノは痛みで引きつる表情筋を歪めて悪態をつく。
「楽に死ねると思うなよぉ!お前はいたぶりながら、凌辱して殺してやるからなぁ!」
振り向けば、残った手が変な方向に曲がった敵兵が、髪を四方八方に浮き上がらせながら立っていた。
重症も重症で、攻撃を外したあたり魔力だって余力がないはずだが……それでも、女兵士の目は、殺意に満ちて輝いていた。
「くらえ!」
ウーノは方向転換して再度突撃を命じる。地面から棘が伸びて敵魔法使いの足を突き刺し、そのまま上に釣り上げた。そしてその釣りあげた棘ごと魔導戦車は魔法使いをはじく。
今度こそ。足に穴をあけられて、その上に巨体にはじかれた。
やったか!?宙に打ち上げられた魔法使いを見上げる。いよいよ魔法を使い続けることができなくなったのか、右半身の傷口を覆っていた水が、無くなっていた。流石にもう無力化できただろう。そう思って視線を前に戻そうとしたところで、彼女と目が合った。その目は青く、青く輝いていた。
引き延ばされた時間の中で。口角がニイと上がり、折れ曲がった腕が振るわれた。水の刃が、見上げていたウーノに襲い掛かった。
「ぐあぁぁ!」
焼けるような痛みに、ウーノは叫び声をあげて傷口を抑えた。顔の左側、頬から首筋にかけて。深く切りつけられたような痛み。
手綱から手を放してしまったせいで、動く魔導戦車から落車した。地面に体が叩きつけられる。
肺がつぶれ、息ができない。痛みと息苦しさに視界がチカチカと白黒する。
ベチャ。
何かが落ちる音。痛みをこらえて何とか視線を動かすと、敵も地面に落ちたらしい。しかし彼女は、ウーノよりも高所から落下したにも関わらず、ムクリと起きる。
足まで折れたのか、片足を引きずりながら。それでも魔法使いは、立って、歩いていた。
「あ、は、は……男のくせに、やってくれ、る……でもまずは……あの女、殺さない、と……はは、お前は、後で犯して殺してやる。貞淑な、淫紋だって……はは、楽に死ねると、思うなよ」
流石に余力がないのか、ウーノに水を飛ばすことなく。右半身から血を垂れ流しながら、エカテリーナがいる方へと、水の魔法使いは歩みを進めていった。
「がふっ、がぁぁ……はぁ、はぁ……ダメだ……やらせる、ものかよ!」
ウーノは無理やり深呼吸して、肺に空気を入れた。肋骨が折れているのか、呼吸するたびに胸に痛みが走る。
しかし、肺に穴は開いていないようだ。しっかりと、酸素が血流に行きわたる。
足は折れてない。手も動く。なら、戦える。
目は無事だ。敵の姿は、はっきり見える。
ウーノは護身用の攻撃用魔導具を取り出した。火球を発射する魔導具。しかしそれは、衝撃のせいか壊れていた。
彼はそれを放り出し、氷の魔導具を握った。スイッチを押すと、鋭利な刃物が音もなく伸びる。
目の前に揺れる、青い髪をめがけて。ウーノは足を動かした。
敵は魔法使い。惑えば、殺される。
ウーノは足に力を籠め、走り出した。剣道部時代、徹底的に叩き込まれた姿勢。中段構えに脇を締め、ナイフをしっかり固定した。
足音に気が付いたのか、敵が振り向く。髪が揺れ、腕が振るわれた。再び水の刃が迫りくる。
まるで狙いすましたように、先ほど傷つけられた場所に水の刃が当たる。ただでさえ深く切りつけられていた傷跡がめくれ上がり、弾けた。傷が頬を貫通したのか、口の中に溺れてしまいそうなほど血が流れ込んでくる。
それでも、足は止まらない。ウーノは視線を前に固定したまま、敵に体当たりをかました。
ナイフが柔らかい女の腹に、抵抗なく潜り込んでいく。ウーノはナイフをねじるようにして、更に深く突き入れた。
彼の体重に押し倒されて、水の魔法使いは仰向けに倒れこむ。彼はナイフを引き抜いて、馬乗りになり、再び振り下ろした。
狙うは左胸。肋骨を意識して、横向きに。心臓に当たった。熱い血が噴き出し、氷のナイフを溶かしていく。
手にも血潮が吹きかかる。手袋の下に、冬の夜風でも冷めない、生きた血が浸透して、生ぬるい感触を伝える。
最期の悪あがきか、敵兵の青い髪が揺れた。魔法の発動予兆。
ナイフを引き抜き、溶けかけた刃を捨て再度スイッチを入れる。再び顔の左側に、激痛。三度の同じ場所への攻撃。ぶらりと、何かが垂れた。顔の皮膚が、剥けたのか。
しかし、手は動く。これで止め、今度は首に振り下ろした。柄まで刃が刺さる。敵の唇から、赤い泡が噴き出した。
ひねり、押し込む。そのまま、首の骨を折るつもりで。
「かはっ……へん、りく……?」
ポキッ。
元に戻せない、致命的に何かが折れた手ごたえ。誰かの名を呟いて、魔法使いの首は、ねじれた。




