272日目⑤
「でも、本当に意外ですわね。ウーノ、貴方、割と戦争というか、塹壕戦に関して詳しいんですわね。殿方は戦争なんて野蛮だって、嫌うものだと思ってましたわよ」
塹壕の中を歩きつつ、エカテリーナは未だに少し気落ちしているように見えるウーノの気を紛らわせるために、話題を振った。
「はは、そうだね……戦争とか歴史とか、兵器やらなにやらに、憧れと言うか、こう、ロマンを感じてたんだ。まあ、さっきのあれで、そんな気持ち吹き飛んだけど……俺は戦争が殺し合いだって、知識では知っていても、本質的には理解してなかったんだと思う。恥ずかしい話だよ、まったく」
ウーノは自嘲的に笑った。
ほんの1年前、大学受験が終わり高校生最後の春休みを謳歌していたころは、歴史シミュレーションゲームにハマっていた。画面の中で大軍を指揮して、戦死者を積み上げて遊んでいた。
ついさっきまで、彼にとっての戦争は、ゲームの題材に過ぎなかったのだ。銃剣突撃、戦車、塹壕戦……そうした概念は、男心くすぐる強大な暴力の一部であり、興味を惹かれるものだった。
だが、先ほど見た、粗雑に埋葬された誰かの手を見て。丘の下に眠るであろう、同じように死者の尊厳を尊重されることなく、ただ泥に埋められた無数の誰かを目の当たりにして。
ウーノは初めて、戦死者がパラメーターの一つではなく、誰かにとって大切な一人一人の人間の死であると、心から理解した。
自分が憧れていたものが何だったのか、やっと分かったのだ。
「……貴族士官には、戦争を盤面上の遊戯と同じように考えている奴もいますのよ。そいつらが皆、ウーノのように、賢ければいいんですのにね。男のウーノでも気が付くことを、奴ら、目の前で兵士が吹き飛んでも、知らんぷりしますのよ?本当に、救いがない話ですわ」
ぼやくエカテリーナに、ウーノは苦笑した。
「どこの時代でも、お偉いさんは現場の苦労を知らない物なんだね。それじゃあ、やっぱりエカテリーナは、戦争が嫌い?」
エカテリーナは立ち止まって、顎に手を当てた。
何気ない質問だったが、彼女にとっては何か深い意味があるようだった。
「……わたくしは……あの塹壕の中の日々が……」
言いかけた言葉は、ポツカ語の話し声が聞こえてきたことで中断された。
「夜中でも作業を続けろだなんて、ひどい話よね。あれが掘り当てたの、結局何だったのかしら?」「さあ?枯れた古井戸か、それとも噂の地下トンネルでもあったのか……まあトンネルだとさっさと埋めないとヤバいし、仕方がないわよ」
とうとうモグラ魔導戦車がいたポイントに到着したのだ。警備兼作業員であろう、ポツカの国境警備兵の会話が聞こえてきた。
二人は顔を見合わせて、塹壕のくぼみに体を寄せた。直ぐに足音が近づいてくる。
「これで古井戸でした、とか言われたらやってられないわよ……それにしてもやっとあの癇癪持ちから離れられて、休憩できる!清々するわね」「まあ、しょうがないわよ。魔法使い兵は希少だから、夜勤シフトが長いし」
息を殺してじっとしていると、塹壕の上の平地を警備兵たちは通り過ぎた。ウーノとエカテリーナは二人同時に、ホッと息を吐く。まさしく『息の合った』行動に顔を見合わせて静かに笑いあうと、小声で作戦会議を始めた。
「やっぱり、トンネルが怪しまれてるみたいだね」
「ええ、見つかるのも時間の問題ですわね。急ぎませんと……」
「だけど、24時間体制で掘ってるみたいだし……どうやって忍び込もうか」
「そうですわね……あら、もしかして……今、チャンスですわね。先ほど通りがかった歩哨、休憩とか何とか言ってましたわよね。丁度今が、交代のタイミングみたいですわ。見張りがほとんどいませんもの」
エカテリーナが指さす方を見ると、確かにランタンの光が魔導車の近くからドンドン離れていくのが見えた。
国境の方から入れ替わりに近づいてくる明かりもあるが、それはまだ距離がある。ここがまだラシスカ領というのもあってか、こちら側に大量の人員を配備している様子はない。現状、魔導車周辺の明かりは1つだけ。それならば、うまいこと潜り込めるだろう。
「……上手くいけば、隠密に作戦完了しそうだね。よし、行こう!」
霜柱を踏む音すら注意して二人が静かに近づいていくと、大きめの独り言が聞こえ始めた。
「あー!なんでアタイばっかり夜更かし強要されるのよ!オキニの娼夫も連れてかれちゃうし!ていうか、土掘りなら他にもっと適任が……」
自分しかいないことを良いことに、色々と文句を垂れ流しているようだ。
こちらに気が付いた様子もなく、ウロウロしながら叫んでいる。
これなら、こっそり破壊任務完了。そう思っていたところ、ピチャりと水音がした。前を向いて気が付かなかったが、ウーノはいつの間にか水たまりを踏んでいた。
凍った泥に覆われた塹壕地帯に、水たまり。その不自然さに疑問を感じたときには、ずっと聞こえていた魔法使いの独り言は止んでいた。
「……そういや、ミーシャが前にやってましたわね。水たまりを張り巡らして、侵入者を警戒する小技」
エカテリーナはポンと手を叩くと、即座に臨戦態勢に移行した。金と紫、二色の雷を全身にまとわせて、暗闇の中に神々しい美しさを浮き上がらせた。
「ああもう!侵入者ぁ!?余計な仕事、増やすんじゃ……んん?男連れ!?あっはっは!ちょうどムラついてたところよ!侵入者ならどれだけ無茶苦茶に犯しても、文句は言われないしねぇ!」
どうやら色々と溜まっているらしい。深い紺色の髪色をした魔法使い兵は、目を血走らせて腕を広げた。彼女の背に、大小様々な水球が展開される。
「……ウーノ。耳栓あるならしておいてくださいまし。多分、下品な悲鳴が聞こえてくると思いますの。ええ、飛び切り大きなのが。あれだけ大声を出してますもの、良く鳴いてくれると思いますわ」
「あー……持ってないね。うん、びっくりして手元が狂わないように、集中するよ」
「あら、それならしばらく手で耳を塞いでおいていいですわよ。直ぐに終わらせますもの。……もし万が一、わたくしがアレを黙らせるより先に、ウーノがことを終えたら……入り口の方に、退避しておいてくださいまし」
合流地点を告げたエカテリーナは、額に血管を浮き上がらせ、今の気分を表すように地面を爆発させて敵兵へと飛び掛かった。
矢の速度で迫りくる彼女を迎え撃つべく、敵兵は展開していた水球から水のレーザーを放つ。しかしエカテリーナは空中で体をひねり戦闘に支障が出る攻撃だけを避け、勢いそのまま回転蹴りをお見舞いした。
敵兵は地面をバウンドしながら明後日の方角へと吹き飛ばされていく。ウーノを戦闘エリアに巻き込まないために、距離を取るためにそうしたのだ。
エカテリーナはそのまま敵を追って、再び雷光となって凍土を踏みしめた。
エフェクト過剰なアクションゲームのような戦いに呆然としていたウーノは、頭を振って気を取り直した。
戦闘を女任せにしているのだ。ならばせめて、自分の仕事を全うしなくては。
初めては、ミーシャに自分に出来ることを示すために。そして今は、彼女を救うために。
ウーノは鞄から工具を取り出して、魔導具の小さな明かりを頼りに、モグラの血肉をかき分けていった。




