272日目③
無事に砲台をどけて、トンネル内の照明用魔導具や換気用魔導具が機能することを確認したのち、ウーノとエカテリーナは梯子を降りてトンネルの床に立った。
「それじゃ、ゾーヤさん!エルモライさんに、どうかよろしくと、伝えてください!それと、タチアナちゃんのことも!」
「ああ、任せときな!砲台はバレないように戻しとくよ!騎士様の力なら、中から弾き飛ばして開けられるだろうけど……警備隊にばれちまう!基本的には後戻りできないもんだと思っといてな!向こうの出口は、大きな木の洞につながってる!そっちからは目立たず出れるはずだ!そんじゃ騎士様、ウーノのこと、頼んだよ!」
「もちろんですわよ!」
ゾーヤに別れを告げ、二人はトンネル内を歩き始めた。
司令官がいざという時に逃亡用に使う、という用途の通り、中はよく整備されていて、人が並んで歩けるくらいちゃんとした広さがあった。
トンネルに入るときに開けたハッチがスイッチ代わりなのか、火の魔力の魔導具の照明がポツポツと灯っていく。静かなトンネル内では、換気用の風の魔力の魔導具が起動する、ブオーという振動音が反響していた。
「……休憩しつつ歩いて半日くらい、だっけ?」
国境を跨ぐようなトンネルだけあって、随分と長い。暇を紛らわすために、ウーノはポツカ語でエカテリーナに話を振った。
とっさの会話でラシスカ語が出ないようにするためである。
「そうですわね。ああ、わたくしがウーノをお姫様抱っこして走れば、2、3時間で着きますわよ?」
エカテリーナもまた、完璧なポツカ語で答えた。彼女は知恵の実を食さずとも、母語のラシスカ語はもちろん、スーラフ語にガマニア語、そしてポツカ語を完璧に話すことができた。
貴族の血統とは思えない蛮族思考回路に言動の彼女だが、知性の方は貴族的エリートの素養があるのである。
エカテリーナがからかうようににっこり笑うが、その提案をウーノは真に受けた。
「その手があったか……いや、ありだな……」
「え!?い、良いんですの!?」
まさか受け入れられるとは思わなかったのだろう。エカテリーナは赤面しつつウーノの顔をまじまじと見た。
これだけ色々やっておいて、今更何を純情ぶっているのだろう。
流石のエカテリーナでも、人を抱えたまま歩けば半日の距離を全力疾走するのは、だいぶきつい。きついというか、無理だ。
しかし気になる異性を長時間王子様抱っこできるという機会を前に、彼女は自分の実力を過剰評価していた。
「トンネルを抜けた先でも、ポツカの警備は続いているかもしれないし、そうなると暗いうちに出たい。でも半日もすると夜が明けちゃうしさ、そう考えると、少しでも早くここを抜けて……」
そう話していると、ウーノは唐突に足を止めた。彼の顔を見ながら頬を染めていたエカテリーナは、その突然の行動に首をかしげる。
「どうしましたの?」
「……なんか揺れてない?」
足元の揺れる感覚。天井を見ると、吊り下げられた魔導照明が僅かに左右に振れているのが見て取れた。
「あら、本当ですわね。この長く揺れる感じ……こんな時に地震かしら?珍しいですわね」
首を傾げるエカテリーナ。砲撃の振動や爆破の振動とは違い、小さな揺れが続くのは地震以外に無い、そう思えたからだ。
しかし日本育ちで地震に慣れているウーノには、違和感があった。
地下は地震を感じにくい。それに、こんなに長く揺れるのは異常だ。
不安に駆られ始めたころ、揺れが大きくなり始めた。
「走ろう!」
元来た出口に戻るより、次の出入り口を目指した方が近い。そう判断したウーノはエカテリーナの手を掴んで走り出した。
揺れは大きくなり続け、壁から土くれがパラパラと落ち始めた。
「失礼しますわよ!」
崩落するかもしれない。その可能性を感じた瞬間、エカテリーナはウーノを強引に王子様抱っこして、足に雷を宿して全力で走り始めた。
エカテリーナの豊満な胸が顔のすぐそばに来るが、それを意識している余裕はない。ウーノはなるべく邪魔にならないようにと、身じろぎをしないようにじっとするばかりである。
もうすぐ次の出口。あと少しで地上に抜け出せる。
ゴールが見えてきたところで、フッとトンネル内を照らしていた照明が消えた。ずっと聞こえていた、トンネル内に風を送り込む音も止まった。まるで配線が切れて動力源を失ったかのように。
そして短い静寂の後、頭上から、ゴゴゴと地響きのような音が聞こえ始めた。
崩壊が始まるのは一瞬だった。補強材の鉄筋に木材、土砂に石、魔導具や何やら。大小さまざまな落下物に交じって、天井に穴が開き月光が差し込んだ。
天井を突き破ったのは、ショベルカーのスコップのような、巨大な何か。
その正体を考える間もなく、ウーノの視界はぶれて、急に意識が遠くなった。
雷縮地。身体強化魔法と雷の魔力による筋肉増強で、一瞬で長距離を走り抜ける技。
危機を察知したエカテリーナが発動したのだ。
ほんのわずかな土煙さえ掠ることなく、エカテリーナは無事に出口の梯子にたどり着く。そのまま梯子を登るより早く、ウーノを抱えたまま彼女は三角飛びの要領で壁を駆け上り、出口に到着した。
飛び出した先は、小さな煉瓦製のバンカーの中だった。
荷物を放り出しつつも、ウーノだけはそっと地面に下ろす。
そして生命の危機の中、なんとかウーノを守り切ったエカテリーナは、その場にへたり込んで荒く息を吐いた。
ドゴゴォ……
出てきた穴から、土煙と一緒にトンネルの崩落音が遠く聞こえて来た。
「う、ううん……あっ!と、トンネルは……!?」
急加速のGですっかり意識を失っていたウーノは、土煙に鼻先をくすぐられて飛び起きた。
「ぜぇ、ぜぇ……はぁ、はぁ……はぁ~……崩れちゃいましたわね……」
何とか呼吸を整えたエカテリーナは、息も絶え絶えに答えた。
周囲を確認せずに出てきてしまったが、まだラシスカ領だからか、幸いにもこの場に警備隊の姿は無い。
「そっか……いったい、何が起きて……あれは?」
ウーノがバンカーに設けられた覗き穴から外を伺うと、先ほどまで自分たちがいたであろう地点に、巨大な黒い影がモゾモゾと動いていた。魔導具の明かりに照らされるその影は、日本にいたころに見た掘削機のように見えた。
「塹壕を掘る魔導戦車、ですわね。スーラフ軍の鹵獲品で見たことがありますわ。その時のより、だいぶ巨大に見えますけど」
足を擦りながら、エカテリーナもウーノに並んでその光景を見た。
巨大な手を持った、モグラ型の魔物を改造して作った魔導戦車。魔法は何も武器になるだけではない、道具にもなるのだ。塹壕掘削用の魔導戦車は、まさしくそれを体現した存在である。
「ああ、記事で読んだことがあるよ。『スーラフ驚異の解剖学!』って。俺が読んだ記事とか本では、もっぱら戦闘用の魔導戦車の話ばかりだったけど、なるほどそうか、あんなものまで作ってるのか……」
こんな状況だというのに、感心したように頷いて熱心に観察しようとするウーノに、エカテリーナは苦笑した。
「やれやれ、ですわね。ウーノったら、魔導車に目がないんですのね」
「あ、ごめんごめん。いやあ、俺も魔導車技師としてずっと興味があったからさ。それよりもこの先、どうしようか?って、エカテリーナ、足大丈夫?ごめん、あんなの見てる場合じゃなかったね。本当にゴメン、助けてもらって」
のぞき窓から顔を離したウーノは、ずっと足を擦っているエカテリーナを見て罪悪感に襲われた。
気絶するほどの急加速。それをした足に異常がないわけがないのだ。自分を助けるために無茶をしたのだろう。
それに気が付かずに暢気に騒いでいたことが情けなくて、ウーノは唇を嚙みながら回復用の魔導具を手荷物から探そうとした。
「おほほ、良いんですのよ。貴方を守るのが、騎士たるわたくしの使命。当然のことをしたまで……あ、回復魔法よりは、何か冷やすのがあった方が嬉しいですわね」
エカテリーナはバンバンと、ウーノの肩を叩いて見せた。
彼女のその言葉は、完全な善意から来る励ましだった。
修道騎士であり強者である自分が、覚悟と愛がとびぬけている、しかし無力な男を安心させねばならない、守らねばならないという、騎士道精神に溢れた言葉だった。
しかし、その励ましに、ウーノはぎこちない笑みを浮かべた。
助けて当然と言う態度のエカテリーナに。そして、『守られるべき存在』に自然に収まってしまう自分に。
この世界に来て何度も経験した、『男として扱われること』に、どうしても納得できなかった。
やはり、色仕掛けで不意打ちではなく、しっかりと自分の出来ることを証明しなくては。ウーノは気持ちを切り替えて、エカテリーナの横に座った。
「はは……ありがとう……攻撃用魔導具、氷の魔力のやつだから、それがちょうどいいと思う」
ウーノは取り出した魔導具のスイッチを入れて、氷の刃を生み出した。それをハンカチに巻いて、エカテリーナのふくらはぎにあてがう。
「おほー!効きますわ!」
「本当に、助けてくれてありがとう。すごい速さだったね、何をしたの?」
「『雷縮地』って言う、わたくしのとっておきですのよ。身体強化魔法と、雷の魔力での筋力強化、それを極限まで足に込めて、超加速する技ですの。まあ、反動として、しばらく足を冷やして、安静にしないといけないんですのよ。ふう、だいぶ楽になりましたわ。それで、これからどうしましょうかしら。地上からの国境突破は……無理ですわね。あの警備を正面突破するには、魔法使い兵が小隊単位で必要ですわね」
エカテリーナは再び覗き穴に顔を近づけ、国境のあたりを指さした。そこにはバリケードとたくさんの魔導照明が作る、光の壁がある。兵士に交じって魔導戦車が巡回する様子も見て取れた。
終戦間もないというのもあって、余剰の軍備が有り余っているのか。絶対にポツカからラシスカへの金の流出を防ぐ、という意思を表すように、厳重な国境警備が敷かれていた。
「となると、やっぱり地下のトンネルを使いたいけど……あの魔導車が動いてると、またさっきみたいに崩落するかもだし。あれを何とかしてからじゃないと、危ないよね」
モグラ魔導戦車はラシスカ領の中を、ゆっくりと前進し続けている。トンネルがすべて崩落していたとしたら、トンネルの形に沿って地面が陥没するはず。ラシスカ側から出入りできる入り口も、他にも利用可能だろう。しかし、このまま稼働を許せば、いずれすべて埋もれてしまうかもしれない。
「そうですわね。一体しか見当たらないですし……もしかしたら地下トンネルの存在に気が付いて、それを潰そうとしているのかもしれないですわ。もしも整地が目的なら、もっと色々と作業があるはずですし。早いところ何とかしないと、トンネルが台無しになるかもしれませんわね。でも、あれだけの巨大な魔導戦車、壊すのも一苦労ですわね。見張りを相手に片手間で、とはいかなそうですわ」
魔導戦車は生きている生物と同様に、基本的に頭部が弱点だった。しかし今回のターゲットのモグラ魔導戦車は、頭部も地面を掘るのに使うからか、その弱点も地面に埋まっている。
頭部を破壊して一撃離脱で撤退、は難しい。かといって、弱点部位以外を攻撃しても、その巨体故に短時間での破壊は困難。その間に、警備の増援が来てしまうだろう。エカテリーナはそう分析した。
「いや、それなら大丈夫だよ。お気に入りの工具を持ってきた。俺なら、あのモグラ魔導戦車を壊せるよ。別に完全に壊さなくても、俺たちがトンネルを通り抜けるまで止まっててもらえばいいわけだしね。任してよ」
やっと役に立てる機会が来た。ウーノはただの足手まといにならずに済んだことに安堵しつつ、手荷物の鞄を掲げて見せた。
作っているのなら、壊し方もわかる。ウーノにはたとえ初めて見る巨大魔導戦車でも、短時間で要修理にする自信があった。
「うーん……でもそれって、渦中のど真ん中に行くってことですわよね。わたくしが見張りを相手取るにしても、ウーノが危険すぎますわ」
しかしエカテリーナは、その提案に難色を示した。
ウーノに口の中をかき回されて誤魔化されたが、心の中ではウーノに安全なラシスカ国内で待っていてほしいと思っているのだ。危険なところから遠ざけたがるのは、当然と言えた。
男を守るために、女が身を張る。男を戦場から遠ざける。
ウーノはその常識に歯噛みした。しかし、エカテリーナを説得する解決策も簡単に思い付いた。
簡単だ。自分が言われて、嫌なことを言えばいい。
「自信が無いんだ?俺を守る」
守ってもらう立場でこんなことを言うのは心底情けないが、このまま引き下がって陰でコソコソとエカテリーナの戦いを応援するよりはマシだ。ウーノは恥を忍んで、エカテリーナを挑発するように笑った。
「言いますわね!?まったく、んなこと言われちゃ、仕方がないですわね。分かりましたわよ。でも、ことを起こすタイミングは、絶対にわたくしの合図で始めてくださいましね」
「ああ、もちろん。頼りにしてるよ、『雷女帝』さん」
ウーノはちょっと揶揄うつもりで、その称号を口にした。ミーシャの手紙で、エカテリーナがそう呼ばれていると聞いたことがあった。
ちなみに戦場でついたミーシャの二つ名は、『曇りガラス』らしい。負傷者を助けるために、水の防壁を張っていたのだが、それが曇りガラスのように見えるからである。経緯は立派なものだが、いまいち締まらないのが彼女らしいところだ。
しかし積み上げた戦果によって付けられたその名前を、エカテリーナは誇りに思っているようで、恥ずかしがるよりはむしろ胸を張って見せた。大きな胸が揺れる。
「おほほ、なんだ知ってましたの?それなら、その名に恥じないように見事な働きぶり、見せて差し上げますわ」
腰に手を当て、エッヘンと鼻高々なエカテリーナ。そんな子供らしい仕草すら妖艶になってしまう彼女から目をそらし、ウーノはモグラ魔導戦車までの道のりを相談すべく、地図を広げるのだった。




