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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
塹壕編

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272日目②

「……伏せてくださいまし!」


 エカテリーナの静かで鋭い警告に、ウーノとゾーヤは瞬時に反応した。

 身を屈めた三人の頭上を、火の魔力で作られたサーチライトが通り過ぎていく。


「くそ、ここはラシスカ領だっていうのに、ポツカの連中、越境とは……ふざけやがって……」


 ゾーヤが悪態をつく。

 彼女の頬には、冷汗と泥濘でいねいが、こびりついていた。

 今3人は、2年前の戦争、そしてこの冬の戦争でも再利用された塹壕の一つに、身を潜めている。


 ゾーヤの案内で、ポツカ国境を超えるトンネルに向かっていた一行を出迎えたのは、ポツカの国境警備隊だった。

 ポツカ共和国政府はラシスカとの国境を越えて警備隊を派遣しており、安全に使えるはずだったトンネル入り口は警戒網の中にあった。

 そのため、一行は塹壕に沿って目的地に進んでいた。


「まったく、これだから敗戦は嫌ですわね……ゾーヤさん、あれが仰っていた目印の砲台跡地……でよろしいですわね?」


 エカテリーナもまた悪態をつきつつ、見えてきた目標地点を指さした。

 かつて超大型魔導具の砲が置かれていた場所だ。


「ああ、そうさね。あの砲台の台座の下、丁度真ん中に、トンネルに降りる梯子がある……あのトンネルは台座をどけないと使えなかったはずさ。まだばれちゃいないようだね」


 ゾーヤはほっと息を吐いた。

 国境侵犯を犯してでも、ポツカの国境警備隊はラシスカへの金の流出を警戒している。これだけの厳重な警戒体制では、トンネルも見つかってしまっているかもしれない。

 そう考えていたが、どうやら無事なようだ。


「……ありがとうございます、ゾーヤさん。これから先は、俺たちだけで……」


「何言ってんだい!ポツカを超えるまで、付き合うさね……これは償いだ。最後まで、見送らせてくれ」


 案内はここまででいい、そう言ったウーノに、ゾーヤは首を振った。

 しかしエカテリーナも彼に同意見なのか、彼女はゾーヤの肩を叩いた。


「いいえ、ゾーヤさん。貴女とて守るべき家族のいる身。これ以上の助力は、不要ですわよ」


 エカテリーナの言葉に、ゾーヤは歯噛みした。母として、妻として、一家の家長として、ウーノとエカテリーナの言葉は、確かにありがたい。しかしゾーヤにも意地があった。娘の不始末を片付けねばと言う、意地が。


 そんなゾーヤに、ウーノもまた肩を叩いた。


「ゾーヤさん、一つお願いがあるんです……タチアナちゃんを、責め過ぎないで欲しいんです。彼女のしたことは、悪いことだけど……あの子は俺にとって、妹みたいなもので、やっぱりどうしても、憎み切れないんだ。だから、タチアナちゃんがちゃんと修道騎士団で更生できるように、見放さないでやって欲しい」


「ウーノ……あんた……へ、いい男だよ、まったく!」


 そう言って、ゾーヤはウーノの背中をバンバンと叩いた。

 因みにエカテリーナも、タチアナに襲撃されて命を狙われた被害者である。しかしこの場でそのことを主張するほど、みみっちい性格ではなかった。

 あの程度の『じゃれつき』は、彼女にとって屁でもない。かつてミーシャに攻撃用魔導具を誤射されて右腕が吹き飛ばされたときも、からかうだけで笑って許した豪の者である。


 そして自分の被害者性を主張するよりも、言っておかねばならないことが、エカテリーナにはあった。


「……それと、ウーノ。貴方も、帰ってくださいまし。入国は出国程は警戒されない、という予想でしたわね?でも、この状況じゃあ、とてもそうは言ってられませんわよ。手続きやらなにやらは、ナジンカが誤魔化しておいてくださるらしいですわ。でも、身分証を見せる前に攻撃されては、そんなの何の役にも立ちませんの。後のことはわたくしに任せて、貴方はあの村で待って……」


「それ以上言ったら怒るよ、エカテリーナ」


 エカテリーナの言葉に、ウーノは眉間にしわを寄せて凄んだ。

 冷える泥の間で、二人の間に嫌な緊張感が走った。


「……守る、だなんて言っておきながら、情けないとお思いになるでしょうけど……わたくしのような雷の魔法使いは、攻撃や機動力に特化したタイプ……敵を撃滅することは得意でも、残念ながら、貴方のような『無力』な男性を守れるほど、器用ではありませんの。だから、貴方はわたくしがミーシャを連れて帰るのを、待っていてくださいまし」


 エカテリーナは、ウーノの精神的な強さに関しては大いに認めているところだが、実際の戦闘力は普通の貧弱な男性と変わらないだろう、そう考えていた。

 ストレートな『無力』という言葉は、あざけりでもさげすみでもなく、純粋な心配と優しさから来るものだった。


 しかし、『待っていろ』という言葉は、ウーノの逆鱗に触れた。


 ウーノは震えて俯いたかと思うと、ゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。その微笑みは、暗くて寒い塹壕には不釣り合いなほど、柔らかい微笑みだった。

 そして彼はエカテリーナの顎に手を添えると、春のミーシャへの出征時以来の動き、顎クイをした。久しぶりの動作だったが、滑らかな動きである。


「な、何ですの!?ウーノ、ちょ、ゾーヤさんが見てますわよ……あ……ん……んん!?」


 頬を真っ赤に染めながら、しかし受け入れるように目を閉じたエカテリーナ。そして唇に当たる感触に神経を集中しようとした瞬間、彼女の喉にひんやりとした感触が触れた。


「今、俺の手に握られているのは……護身用の攻撃用魔導具、氷の刃さ……確かに俺は男で無力だ。でも、魔導具を使えば君を傷つけられるし……男だと油断させれば、不意もつける」


「ん、んむぅ……」


 見事に笑顔でつられてマンマと喉元に氷の刃を突き付けられたエカテリーナは、うなるしかない。


「いきなり脅すようなことして、ごめん。でも、どうしても伝えたかったんだ……もしもそれでも帰れって言うなら、俺は君がいなくても、勝手にポツカに行くよ。ミーシャちゃんを助けるためなら、どんな危険だって冒す。君がいても、いなくても」


 氷のナイフを喉元から離して。ウーノは刃を折って捨てると、ベルトに差して仕舞った。

 その手慣れた動きを見て、エカテリーナは納得した。


「……使い慣れてますわね。わたくしがウーノの笑顔に見惚れて気を取られていた訳では無く、他の女でも不意をつけそうな手さばきですわ。分かりましたわよ。これ以上、グダグダ言いませんわよ!女らしくないですものね!」


 エカテリーナはドンと胸を叩き、ウーノの肩を叩いた。

 お世辞かもしれないが、少しは戦力になるかも、と言われたのが嬉しく、彼は強く頷いた。


「……で、夫婦喧嘩は終わったのかい?」


「夫婦……ああっ!」


 真面目な雰囲気だったものの、第三者からのその言葉に辛抱堪たまらなくなったのか、エカテリーナは右手を自分の頭に沿えた。


「あ、ちょ!もうやらないって約束でしょ!?」


「おいこら!こんな暗闇で雷を放ったら目立つだろうが!」


 小声でギャーギャーとしながら、一行は塹壕の中でもみ合った。

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