272日目①
翌日、ゾーヤと落ち合う約束をしていた街で。集合時刻まで時間があるエカテリーナとウーノは、街中の食堂で食事をとりつつ、最終確認をしていた。
「持ち物は、こんな物でいいですわよね。日用魔導具少しと非常食、あとは宝飾品がたんまり……」
エカテリーナは確認のために開けていた非常食の蓋を、顔をしかめつつ閉めた。
栄養価と重量を考えた結果、ニンニクのような匂いのキツイ野菜を、獣臭い魔物のラードで油漬けにした物を選んだのだ。加熱しなければ匂い立つことは無いが、間近で嗅ぐと流石に臭い。
即効性のスタミナ剤としては優秀だが、食後の吐息のことは考えたくない代物だ。
「俺の方は、魔導車の整備道具と予備の魔導具パーツ、あとは護身用の攻撃用魔導具……結構な額になったね……宝飾品とか特に、スリに遭わないように注意しないと……」
ウーノもまた、手荷物を一つ一つ確認して、カバンを床に下ろした。
さあ、食事をとってしまおう。そう思った時、ふと店の奥に、一人の女性が見えた。
大柄で、古ぼけた軍服を着ていて……そして、右足が無かった。
「うん?何かありましたの……?」
その女性は、義足もはめず、杖を突いてケンケンで歩いていた。その様子に無責任ながらも憐れみを感じて、ウーノはつい視線が動いてしまったのだ。
しかし、それに気が付いたエカテリーナは振り返るが、その光景を見ても頭に?を浮かべていた。
「いや、その……あの人、足が無いからさ。戦争で無くしたのかな?義足を買うお金も無いのかなって」
「うん?義足……義足って何ですの?」
「え?義足は……えーっと」
そこでウーノは気が付いた。知恵の実のおかげで、自然にラシスカ語が話せるから直ぐに気が付かなかった。義足と言う単語を言う時、『疑似的な足』と一般化されていない言葉で言ったのだ。つまり、ラシスカ語に『義足』という単語は無い。
「まあ、足が無いのは不便だと思いますわよ?でも、魔法使いなら3日くらい、そうでなくとも健康な成人女性なら、1月もあれば生えてきますわ。治す意志さえあれば、四肢の欠損くらい、心配するほどの事じゃありませんの。あの彼女のように、終戦間もない間は不自由する方もいると思いますけど、それも1か月後には元通りですわよ」
『心配性ですわね』。肩をすくめて、エカテリーナは食事を再開した。
そう、義足なんてする必要が無い。大人の女なら、1か月でまた生えてくるんだから。むしろ足先に何かはめていた方が、再生の邪魔なのだ。
「……そっか、ミーシャちゃん、魔法使いは中々死なない、って言ってたしね」
「そうですわよ。殺そうと思わないと、なかなか死にませんの。まあ、ミーシャは過酷な任務でしたから、骨も残らないかも……と生存を悲観してましたけど。生きてさえいれば、今頃元気にしてますわよ」
少し胸のつかえがとれた気分で、ウーノは食事を再開した。
1年以内。1年以内に助け出せば、元気なミーシャとまた一緒に生活できる。その1年の期限は、まるまる残っている。
そうした安堵感からか、なんだかウーノは笑ってしまった。
「そっか……そうだね。よし、俺たちも、元気でいないとね」
「ええ、それにちゃんと夫婦の演技もしつつ、ですわよ?今はわたくしが妻なんですから、他所の目があるところで、他の女の話をしたら、演技が台無しですわ」
エカテリーナは忠告するように、口をとがらせてスプーンを振った。
「はは、ごめんごめん。そうだね、もっと夫婦っぽいこと、しようか……ほら、アーン……ねえ、本当に何なのそれ!?」
ウーノがスプーンを差し出すと、エカテリーナはたまらず頭に雷撃を放った。
彼の突っ込みにもどこ吹く風、エカテリーナは差し出されたスプーンに口をつけウットリとしていた。
「これって……コホン、気にしないでくださいまし。これは夫婦の演技であって、決して下心がある訳ではありませんの。ええ、そうですとも……それで、国境を越えた後の行動ですわね。正装含めた他の衣服やかさばる荷物は、ナジンカが大使館の備品として運んでおいてくださいますの。ウーノの魔導車やら魔導具類のような換金しやすい物は、やはり警戒されているのか、持ち込みできないそうですわね。だから、それらのもろもろを受け取りに、そして装備を整えるために、まずは大使館がある国境近くの街、『ビウクニツ』に行くことになりますわね。そこで、ミーシャが居そうな収容所の情報や、金を購入するのにおすすめの店も紹介してもらったり、出来るはずですわよ……あ」
「パク……んっく。本当に、ナジンカさんにはお世話になりっぱなしだね……エカテリーナ、ねえ不安だよ俺!?」
ウーノは自分がスプーンでスープを飲んだ瞬間に、再び頭に電撃を放ったエカテリーナを見て、たまらず叫んだ。
「やあ、お二人、3日ぶり……あー、エカテリーナさん?どうしたんだい、その頭の右側……」
集合場所の広場についた二人を出迎えたゾーヤは、煙を上げるエカテリーナの右側頭部を見て、目を丸くした。
ウーノも心配そうに彼女を見るが、当の本人は涼しい顔をしている。
「気にしないでくださいまし。さあ、ゾーヤさん、案内の方お願いしますわ」
その時、強く風が吹いて、ウーノがバランスを崩した。腕を組んでいたエカテリーナはとっさに彼を抱き寄せ、彼女の鼻先にウーノの髪が触れて……
バチ!
エカテリーナは最早何度目か分からない雷撃を、自らの頭に放った。
美しい金髪が少し焦げている。
ウーノはそっとエカテリーナの腕を解くと、ゾーヤに耳打ちした。
「……ゾーヤさん、エカテリーナが変なんです。ついさっきも、ポツカでは夫婦という肩書で行動するから、夫婦っぽい行動の練習のために『あーん』しようとしたら、頭に雷を……それに、同じベッドで寝るときとか、しょっちゅう雷撃してるみたいで……どうしちゃったんでしょうか……?」
ウーノの要領を得ない説明でも、エカテリーナと同じ女として、ゾーヤはその意味を瞬時に理解した。
「ああ、きっと修道騎士様は、あんたに発情……」
「ちょっと、ゾーヤさん!?勝手な憶測で語らないでくださいまし!」
ひそひそ声でウーノに言おうとしたが、エカテリーナには聞こえていたらしい。ゾーヤのセリフを途中で遮った。
「じゃあどうしたってんだい?」
「……まあ、推測通りですわよ?ええ、まあ。でも、ウーノには言わないでくださいまし」
エカテリーナは再びウーノの腕を取って自分の方に抱き寄せた。手袋越しにウーノの手をニギニギしながら、頬を赤らめてツンとそっぽを向いた。
「……エカテリーナ、俺、心配だよ。お願いだ、理由を言ってくれ」
本当に心配なウーノが言うが、エカテリーナはそっぽを向いたままだ。しかし、ゾーヤがこっそりウーノの耳元に唇を寄せても、そっぽを向いたままを維持した。黙認の合図である。
「……修道騎士様は、あんたの何気ない、無防備で誘っているような言動に、発情しているんだよ。でも、それを我慢するために、自らを戒めるために、頭に電撃を……」
「は、発情!?」
小声で驚くウーノに、ゾーヤは頷いた。
「ああ。劣情を催す、性欲を持て余す……表現は色々あるけど、辛抱ならなくなった時、手を出さないように、下心を抱かぬように……他の修道騎士様も、自制の限界が来ると自分を痛めつけるって聞いたよ。そのせいで、修道騎士様にはセルフM性癖が多いとかなんとか……」
「もうちょっと言葉を選んでくださいませんこと!?それと、どちらかと言うとSですわよ!……コホン、わたくし、誓いましたの。わたくしは、ウーノの『友』にはなっても、決して、男女の関係を願ったりはしないと。貴方はミーシャの夫で、例え今、わたくしと共にいても、それは仮初にすぎないのだと……」
オブラートに包まない赤裸々な説明に、エカテリーナは根をあげた。頬を染めながら、決意と覚悟が混じった眼差しでウーノを見ていた。瞳の中に穢れた炎が揺れているのは、ご愛嬌である。一度は涙と共に下心が流れて消えたが、人間一日も経てば煩悩は復活してしまうのだ。
その反応を見て、ウーノはゾーヤが自分をからかっているわけでは無いと、理解した。
好意と性欲を向けられることに嬉しさを感じながら、そして嬉しく思ったことにミーシャへの罪悪感を覚えながら、ウーノは真面目な顔で言った。
「エカテリーナ。不自由をかけて、本当に申し訳ない。でも、やっぱり自傷行為は、痛々しいし、見てられないから、やめて欲しいな。刻印があるから、エカテリーナに多くのことはしてあげられないけど……我慢できないときは、パンツくらいなら、いつでも……」
元男子校生として鬱屈した性欲を抱えていた経験から、ウーノは処女のエカテリーナへの純度99%の善意で提案した。残りの1%は捨てきれなかった下心だ。
「ぶっふぉ!?ゲホゲホ……わ、分かりましたわよ!もう頭に雷落とすのしませんわ!だ、だからそんなこと言わないでくださいまし!わたくしは、純愛の使徒!修道騎士!道を踏み外す訳にはいかないんですわよ!?そんな誘い受けみたいなこと、言わないでくださいまし!ぶち犯しますわよ!?」
エカテリーナは街中の往来で、絶叫した。
ゾーヤは、自分の娘が色に狂ったのは、娘が異常者だったからではなく、ウーノがこんなんだからではないか、と思った。
「あー……騎士様?あんまり目立つ言動は避けとくれ。それじゃ、少し打ち合わせしてから、現場に行くとするかね」
3人は作戦会議のため、広場のカフェで個室を借りると、お茶だけを頼んで話し合い始めた。
「それで、この街の近くの塹壕跡地に、トンネルがあるんですわよね?」
「ああ、そうだ。徒歩でもそこまでかからない。照明と換気の魔導具が付いた、立派なトンネルだ。他の塹壕にもつながる穴があったはずさね……これが地図だよ」
ゾーヤはテーブルの上に紙を広げた。塹壕や地形が書き込まれた地図に、点線でトンネルが書かれている。
「あら、この地図、だいぶ正確ですわね?森に川の位置まで……この手の地形がはっきり書かれた地図は、軍事機密ですのに……どうやって手に入れたんですの?」
「私が作図したのさね。私は配達員だからね、道を覚えるのには自信がある。召集されてこのトンネル作ってた時も、本当は禁止されてたんだが……工事を早く終わらせれば早く帰れるって言われてね。効率化のために、こっそり地図を作ってたんだ。このトンネルは、結局完成直後、使う前に戦争が終わったが……戦争に行って何も土産が無いのも寂しかったんでね、内緒で持って帰ったのさね」
ゾーヤは少し自慢げにしていたが、エカテリーナは苦笑していた。きっとこういうところから、情報が洩れてスーラフに虚を突かれたのだろうと、敗戦の直接的原因となった奇襲攻撃の場に居合わせていた彼女は考えた。
「まあ、それはそれは……なるほど、見れば、割とたくさん入り口が作られていますわね?」
「あれ、本当だ。ポツカ側の出口は、端の一つだけど、ラシスカ側は、2,4,6……8つもあるね」
地図の川や森の位置が、自分の知る東欧のそれと一致していることを確認していたウーノも、記号の数を確認して驚いた。
ラシスカ国境側の出入り口は選び放題である。
「ああ、私も理由は知ってないんだ。まあでも、このトンネルはお貴族様専用の脱出トンネルとして作られたものだし、ポツカ側からラシスカに逃げ延びる時、出口の候補が多い方が安全、ってことじゃないかい?おかげで私らは、侵入口をいろいろ選べる、って寸法さね。まあでも、この一番端の入り口が安全だろうさね」
「なるほど……じゃあ、もしも古くなって一部崩れてても、いざと言う時は地上を少し移動して、またトンネルを歩けるね」
「そうですわね。でも、それはあまり考えたくない可能性ですわよ。それにしたって、秘密の脱出トンネル……貴族将校ってのは、自分の身の安全しか考えてませんのね。こんなんだから、戦争に負けますのよ。まったく……」
エカテリーナは愚痴りつつ、地図を眺めた。




