271日目③
髪を無事に燃やし終えたところで、ウーノはナジンカに、改めて自己紹介した。
ナジンカの冷気の魔力で室内は適温に戻っていた。
「えーっと、初めまして。ウーノ・ソーヤーです。エカテリーナの友達、でしょうか?」
「ご丁寧に、どうも。初めまして、ナジンカ・クリコニクです。しかし、ウーノ殿、一つ勘違いをされている。大尉と私は、友達とかではなく、ただ同じ部隊の……」
否定しようとするナジンカに、エカテリーナが割って入った。
「そう、違いますわよ、ウーノ。こういう場合は、戦友だとか、そう言った表現をしますのよ」
「タ ニ ン!赤の他人!……同じ部隊にいただけで、友誼を結んだ覚えはありませんぞ!」
ナジンカは銀髪のショートヘアを逆立てて、口から冷気をこぼしながら叫んだ。
「もう……そんなに否定しないでくださいまし」
ナジンカの強硬な態度に、エカテリーナは唇を尖らせる。
しかし、そんな彼女と対照的に、ウーノは目を輝かせた。
「エカテリーナと同じ部隊だった、ということは……ミーシャちゃん、あ、妻のことも、ご存じですよね!もしもこの後、お時間があれば……ナジンカさんからも、妻の話を、聞かせてもらえないですか?」
他の人から見た、戦場でのミーシャの印象に、ウーノは強い関心があった。何しろ新婚6日目で離れ離れになったのだ。エカテリーナと話すたびに、自分の知らないミーシャが知れて楽しいので、ナジンカが知るミーシャも、ぜひ知りたいという思いがあった。
しかしそんなウーノの明るい声とは対照的に、その質問に女性二人は、暗い顔をした。ナジンカに至っては、右手で顔を覆い天井を見上げている。
「あー……ウーノ?ナジンカは外務省の官僚ですの。わたくしの頼み事もあって、忙しいから……」
「……いえ、大尉。ここに来たのは……興味本位もありますが……償いのためでも、あります。気遣いは無用です。ウーノ殿、話さなくてはならないことがございます」
口を挟もうとしたエカテリーナを、ナジンカは制止した。
どこか様子のおかしい二人に、ウーノは首を傾げた。
「な、なんでしょうか……?」
「……ソーヤー少佐が、今、貴方の横にいない理由の責任の一端は……小官にあるのです。小官は……熱心な流れ水の民排斥派でしてな……少佐に対して、随分と無礼を働いた。少佐が決死隊を受け入れたのも……小官の言動も、理由の一つでしょう」
ナジンカは罪悪感を噛み殺すように、唇を噛んでいた。
その告白に対して、ウーノは声を荒げるでもなく、ただただ静かに聞いていた。
夜になり、ホテルの宿泊者が帰ってきたのだろう。遠くからガヤガヤと、喧騒が聞こえてくる。
「……決死隊、エカテリーナから、話は聞きました。ミーシャちゃんは、笑って受け入れた、と……自分の忠誠心を、証明するために、と……残された俺が、不自由しないように……後ろ指をさされないように、するためだって……」
ウーノはエカテリーナから聞いた話を思い出した。エカテリーナと出会ってから、何度も聞かされた話だ。ミーシャがどれほど気高く、夫を案じ、愛していたか。
6日間で触れ合った、愛情深くて小動物的な、臆病でコミュ障で、嫉妬深くて暴走しがちな、妻の姿。そんな彼が知るイメージからかけ離れた、美しく誇り高い兵士の有様を。
「……ええ。しかし、少佐が選ばれたのは、小官が流れ水の民であることを理由に、少佐が孤立するように仕向けた、小官の言動が……」
自分の責任だ。そう語るナジンカに、ウーノはそっと首を振った。
「俺は……実は、流れ者なんです。書類上は西部新領……今のポツカのあたりの出身ってことになっているんですけど、本当は記憶喪失で川で流れついたところを、妻に拾ってもらった形で。だから正直言って、国家への忠誠心とか、ありません。ミーシャちゃんが徴兵されたときも……村の皆を見捨てて、旅に逃げ出そうか、ってミーシャちゃんに提案したくらいなんですよ。そんな人間が、戦時下と言う過酷な状況で、爪はじきにされるのは当然のことだと思います。もしも、俺がちゃんとラシスカを、村を愛していたなら……」
ナジンカが正直に話してくれた以上、自分も正直に語ろう。そう思ってウーノは、自分の出自を明らかにした。流石に日本生まれであることは説明ができないので、そこは記憶喪失のカバーストーリーのままだが。エカテリーナはミーシャから聞いていたのか、驚くような様子は無かった。
ウーノはミーシャの帰りを待つ間、考えるようになった。国家への帰属意識が、この時代でどれほど重要視されるのか。戦時下において、自分の軽はずみな言動が、周囲に敵を作るのではないか。
ミーシャが流れ水の民であることを原因に、犠牲にされたのも、自分に遠因があるのではないか、と。
しかし、自分を責める未亡夫の手を、ナジンカは強く握った。
「それは違いますぞ。小官は、ソーヤー少佐の人柄も知らないうちに、ただ流れ水の民であることを理由に、虐げ排斥しようとした……どうか、ご自身を責めないでくだされ」
ウーノはナジンカの銀色の瞳を、じっと見つめた。その瞳は、揺れることなく、強い意志の光を帯びていた。
沈黙する二人を見てられない、と言う様に、エカテリーナは声をかけた。
「ナジンカは最初こそどうしようもない、典型的な無知な貴族のボンボン娘でしたわ。でも、今は……多少はましになりましたの。この前に渡した青い宝玉のイヤリングも、ナジンカがくれたものですのよ。ウーノの生活の足しに、と」
ナジンカはウーノの手を離すと苦笑した。
「大尉は本当に、相変わらず貴族に口が悪い。大尉も伯爵家の血を引くものでしょうに。それに、イヤリングの話は、秘密にして欲しかったですな」
「あ、あんな高価なものを……」
ウーノは驚きに目を丸くした。エカテリーナから、知り合いに資金提供を受けたとは、聞いていたし、実物も拝見していた。しかしあまりにも高価そうな物だったので、複数人からのカンパかと思っていたが、ナジンカ一人の贈り物だったというのだ。いくら子爵家と言えども、あのイヤリングは随分と高価に見える。安い出費ではない。
「……金銭で償うべき問題ではないかもしれませんが、あいにくこれ以外に誠意を示すやり方を知りませんので。ご容赦ください。話は聞いております、ポツカで装飾品などを換金して、金を買う、とのことでしたな……色々と苦労するかもしれませんが、どうかやり遂げて下され。ついでに……このネックレスを。イヤリングほどではありませんが、これもそれなりの値段で売れるはずです」
ナジンカは緑色の宝玉が施されたネックレスを首からとり、ウーノに手渡した。
「こ、こんな高価な物を……」
ウーノは遠慮しつつ、それを受け取った。これだけの贈り物を受け取ることに躊躇いはあるが、ミーシャを助けるためには必要な物でもある。
「もしも遠慮されるなら……そのうち返してくださればよろしい。夫婦そろった後に」
ナジンカはいたずらっぽく微笑んだ。




