271日目①
村を出て2日、エカテリーナとウーノは、首都を訪れていた。
村から借りた金銭を宝飾品など軽量で携行性と換金性に優れた物品に換え、ついでにエカテリーナのコネで色々と準備をするためだ。
ゾーヤとは、更に2日後、国境近くの街で落ち合う予定である。
「は、初めて見た……これが、ラシスカ首都……」
「ふふ、ほら、はぐれてしまいますわよ?しっかり腕を組んでくださいまし」
エカテリーナにエスコートされる形で、ウーノは首都の富裕街を歩いていた。
現代日本出身で、大都会も見たことがあるウーノからしても、首都の賑わいは凄まじいものがあった。
色とりどりの髪色の人々に、大量の魔導車。しかもここは富裕街、周囲を歩くのは貴族官僚か裕福な豪商かその関係者。皆が皆、正装に身を包んでいた。
ウーノも、かつてミーシャと買ったスーツを身にまとっていた。こんな時にしか被らない紳士帽を装着した、完全正装である。しかし、その彼の腕を取るエカテリーナの美しさに比較すると、どうしても見劣りする気がしていた。
女性としては身長が高い彼女は、ヒールのある正装用の靴を履くと、ウーノとほぼ横並びだ。そして軍人として鍛えており、全身がしなやかに引き締まりつつも、胸のふくらみはたわわで豊満に実っている。見事なプロポーションだ。
そんなスタイル抜群な彼女は、毛先が赤い燃えるような金髪をなびかせて、以前外務省ビルに突撃した時同様に、スカート軍服の礼装を見事に着こなしていた。
ボタンを外したトレンチコートの裾をなびかせて、颯爽とウーノと腕を組んでエスコートする彼女は、実に絵になった。
実際に、すれ違う紳士はもちろん淑女までが、彼女の美貌に目を奪われてチラチラと見ている。
そんな周囲の反応に、ウーノは居心地の悪さを感じていた。
凛々しく高貴で、気品ある美麗な顔立ちのエカテリーナに比べて、この辺では珍しい顔立ち、という以外に特徴のない凡庸な容姿を自覚しているウーノは、自分が見劣りしているような気がしてならなかった。
実際のところ、脱げば凄いと言う評価が得られるが……今は正装中。硬く分厚い布に阻まれて、彼の筋肉は隠されている。腕を取っているエカテリーナだけが、そのエロい二の腕を堪能していた。
ミーシャも極上の美少女で、胸が小さいとはいえ臆病という悪評を知らず振り返る男は存在していた。しかし新婚ホヤホヤでミーシャの方ばかり見ていたウーノは、そのことに気が付いていなかったのだ。
そのため、ミーシャの時は気にならなかった、なんでお前がそんな美人と歩いているんだ、的な視線が煩わしくて仕方がない。
「あ、あの……エカテリーナさん?俺が横に居たら、エカテリーナさんの迷惑なんじゃ……ほら、俺、イケメンとは言い難いし……エカテリーナさんのような美人の横を歩くのは、気後れすると言いますか……」
ウーノが自信なさげに言うと、エカテリーナは突如、ウーノの腕を掴んで路地裏に引きずり込んだ。そのまま彼を、デパートの立派な壁に、押し付ける。
「……ウーノさん……いえ、ウーノ。前から思ってたんですの、お互いに敬語と敬称、やめにいたしませんこと?」
そう言って、エカテリーナはウーノの顔の横にドンと右手を突いた。壁ドンだ。実際にされると、わりと怖い。
「え、エカテリーナさん?」
ウーノが突然のことに目を白黒していると、エカテリーナは左手で、ウーノの唇に触れた。そのまま、手袋に包まれた人差し指を彼の口腔の中に突き入れる。
革の少し苦い味がしたが、ウーノは不思議と不快感は感じなかった。
「あら、違いますわよね?もう一度チャンスを差し上げますわ、さあどうぞ?」
エカテリーナはウーノの口の中を弄びながら、紫色の目を細めて、ウーノを覗き込んだ。
普段と同じ気品ある、しかしどこか肉食獣を感じさせる圧力のある眼差しにたじろぎながら、ウーノは彼女の名を呼んだ。
「へ、へかへりーは?」
「クスッ……惜しいですわね、あと一歩ですわよ?」
なんだかいつもと笑い方が違う彼女に戸惑いながら、邪魔な指を歯で甘噛みして押さえつけて、再び彼女の名を呼んだ。
「エカテリーナ!」
その言葉に、エカテリーナは満足そうに笑うと、彼の口から指を引き抜いた。
唾液が手袋の指先とウーノの唇の間に、短い橋を作った。
「ふふ、良くできましたわね……さあ、これからは、お互い気安く、良いですわね?だから、横を歩くのが気後れする、だなんて言わないでくださいまし」
エカテリーナはいたずらっぽく、唾液に濡れたヌラヌラ輝く人差し指を自分の唇に当てて、シーっとジェスチャーした。
初めて見る彼女の色っぽい仕草に、ウーノは目を奪われた。
「はぁ~……んあああああ!やっちまいましたわ!やっちまいましたわよ!?」
「何をしてるんですかな、大尉……」
現金を宝飾品に換金した後、ウーノを先にホテルに送ったエカテリーナは、一人で外務省ビルに訪れていた。
理由はナジンカに、ポツカへの密入国をするための、偽造身分証を用意してもらうためだ。
そうして以前の食堂で、ナジンカを待っていたエカテリーナは、真っ赤に染めた頬を両手で押さえ、バタバタと足を振っていた。手袋は脱いである。
「な、ナジンカ!ちょっと聞いてくださいまし!」
「はあ……クリコニク少尉、と呼んで欲しいですな、大尉」
突然呼び出されて来てみれば、何やら暴れているエカテリーナがいて、気安く名前で呼ばれた。いつの間にかエカテリーナの中で、敵から味方寄りの知り合いに分類しなおされていたのだ。ナジンカはため息をついた。
「ウーノが、ドスケベすぎるんですの!」
「は、はあ?あの、話が見えてきませんぞ?」
ナジンカの?マークたっぷりの表情に、エカテリーナは正気を取り戻した。
彼女は手元のティーカップの中身を一息に飲み干して、乱暴に置いた。ナジンカは高価なカップが割れないか冷や冷やした。
「ええ、そうですわね……経緯をお話ししますわね」
そうしてエカテリーナは、ウーノが立てたミーシャ救出作戦のあらましを説明した。
「……つまり、身分証を偽造して、犯罪行為の片棒を担げと?……私が拒否して、秩序警察に垂れ込んだらどうする気ですか」
「あら、貴女はそんな、『女らしくない』ことしませんわよね、ナジンカ・クリコニク子爵家次期当主?私たち女が諦めていたミーシャのことを、男のウーノが体を張って助けようとしてるんですのよ?そんな『無粋』なことは、なさらないでしょう?」
エカテリーナは泰然と微笑んだ。その笑顔を前に、ナジンカは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「はあ……まあ、良いでしょう。私も、気にはなっていたことです。それで、話はポツカ滞在の言い訳、ということですな……ふむ、ではこの作戦はどうでしょう?大尉は表向きは大使館付き護衛官として、ポツカに派遣されることになる。しかし実態は、捕虜解放対象外になった流れ水の民の中から、重要人物の救出を行う、潜入工作員である、という筋書きですな。ウーノ殿はポツカに詳しい協力者として、大尉の『夫』という身分に偽装して付いて行く。これならば、ある程度はポツカにあるラシスカ大使館のバックアップを受けつつ、自由に動けましょう。身分証の偽装や入出国手続きのごまかしも、外務省の任務として処理できますゆえ、色々と言い訳が立つ」
「あら、随分と太っ腹ですのね?ところで、今、『夫』と言いましたの?」
エカテリーナは緊張したような、そわそわした表情で聞き返した。
「夫婦でもない異性と外国をうろつくのは、怪しまれるでしょうな。偽装夫婦として行動すべきと思いますぞ。ああ、そちらの小細工もしておきますから、ご心配なく」
ナジンカの後半のセリフは、エカテリーナの脳に届かなかった。
ウーノと、夫婦。夫婦……
「オホホ、オホホホ!そ、それは素晴らしいアイデアですわね?ナジンカ、ご協力、感謝いたしますわよ。本当に、人間、変わる物ですわ……あ、そうそう、わたくしのことは、エカテリーナ、でいいですわよ?敬語も不要ですの」
エカテリーナは面倒な仕事を引き受けてくれた上に、素晴らしい提案をしてくれたナジンカに心からの笑顔を向けた。しかしナジンカは苦い表情のままだ。
「お断りしますぞ、大尉。私は貴官と、お友達ごっこする気はない……それより、先ほどの、ウーノ殿がどうとかと言うのは、なんですか?」
「あら、その話をするには、まずはエカテリーナと……」
「では残念、予定通り外交武官の席は私の配下に……」
「ウソウソ!言いますわよ、もう。イケズですわね……」
友達ごっこをする気はない、そうは言いつつ、ナジンカも若い女。知り合いのゴシップが気になるようで、興味はあるらしい。下ネタは特に。
「それで、ドスケベとは……」
「そうなんですの。コホン、まずは、ウーノの説明ですわね。あの方、先ほどの計画で話したように、男としておくにはもったいないくらい、度胸と度量に優れた殿方ですわ」
「まあ、そのようですな。蛮族……おっと、『女の中の女』の大尉がそう評価するほどですしな?」
ナジンカの失言にエカテリーナはジトっとした目を向けるが、ナジンカが先を促すと素直に話し始めた。なんだかんだ言ってエカテリーナも、年頃の娘らしく話したがり屋なのだ。
「そうなんですの……でも同時に、とっても無防備で……そう、ミーシャの言葉を借りるなら、『すごく思わせぶりな態度を取って、女の人の性欲を煽るのが天才的に上手い』って感じですわね。純愛の使徒たるわたくしが、危うく理性を失いかけるほどですもの……それも、表情と言葉遣いだけで」
「は、はあ?」
ピンと来ていないナジンカに、エカテリーナは丁寧に説明した。
「まず、出会いですわね……わたくしとあの方が初めて会った時、彼、パンツ一丁で、体中汗だらけで湯気が立ってましたの。ドエッチでしたわね」
「ま、まあ、そうですな……それが理由で?」
エカテリーナは首を振った。
「いいえ、その時は、わたくしも鼻血を吹いてしまいましたけど……しばらく回復魔法が効かないくらい、出ましたけど……押し倒したりは、しませんでしたわよ。その後も、別に手を握ったり、抱きしめたりはしましたけど、まあ、それも慰めるためで、性的な意図はなかったんですの……でも、その後のここ2日間も、誘われてる?って思うほど無防備でドスケベ連発で……悲しむ未亡人を慰めるなんて、定番シチュエーションですわよね?これは、わたくしに、刻印を解除してもらいたがっているって事かしらと、何度も悩みましたのよ」
「はあ、まあ、それで辛抱耐えかねそうであると?できればその無防備でドスケベ連発の部分を具体的に聞きたいですな」
「それはダメですわよ。人夫に何言ってますの」
お前じゃい!ナジンカはそう叫びたかった。
「話すつもりが無いなら帰ってくだされ」
「ああ、ちょっと!こっからが本題ですのよ!それで、押し倒してよいか、いやダメだと悩みつつ、富裕街を歩いている時のことですの……さっきも言ったように、男として異常なほど度胸がある殿方ですのに……『エカテリーナさんのような美人の横を歩くのは、気後れする』、なんて、不安そうな顔で言ったんですの。もうそれでわたくし、腹が立ってムラムラして、路地裏に引き込んで、彼の唇に……はぁー、ミーシャの夫で、絶対に手を出しちゃいけないって分かってますのに、もう辛抱たまりませんのよ!罪悪感と体の火照りで……」
キャー!再び頬を抑え、エカテリーナはバタバタと足を動かした。
ミーシャを助けに行く旅路で、こうしてその夫にヤキモキするのが不適切であることは、エカテリーナも理解していた。しかし、その戦友の無事が分かり、そしてその助けに行く道筋も分かっている現在、緊迫感に欠けていた。
緊張が緩んだ彼女は気になる異性との二人旅に、興奮を抑えられない。
「そ、それだけ、ですかな?本当に、言葉と表情だけ?」
しかしナジンカは、期待していたほどのドエロい話ではなく、ちょっとしたやり取り一つで、高潔な純潔処女修道騎士が、道を踏み外しかけたという事実に、ポカンとした。
「あら、分かっておりませんわね。さてはナジンカ、貴女処女ですわね?」
ニヤニヤと言ったセリフは、即座に否定された。
「いえ、許嫁がいますし、出征前に彼とすでに……処女は大尉の方でしょう?」
エカテリーナは鼻白みながら、しかし非処女のくせにドスケベの美学を理解していないこの女に、教育してやることにした。
確かに自分は処女だが、そこらの非処女より色恋に詳しいのだ。なぜなら、純愛物の恋愛小説をたくさん読んだから。
「あ、そうですの……こほん、ともかくですわね……普段、女以上に心が『強い』男が、不意に見せる弱さ、特に、わたくしを美人と褒めつつ、自分の性的魅力に無頓着で低評価な姿……これが如何にそそるか……!口の中に手を突っ込むだけで思い止まったわたくしを、アモリア様も賞賛してくださいますわね!はぁ~……わたくし、これから不安ですの。ウーノとの二人旅、耐えきれるかどうか……手袋越し、手袋越しにしか触ってはダメですわよ、わたくし……」
「……ま、まあ。がんばってくだされ」
若干引きつつも、これから苦労するであろうウーノを気の毒に思って、ナジンカは追加の宝飾品を渡そうと、決心したのだ。
4月中は毎日投稿を再開しますので、明日も投稿します。




