269日目①
「はぁ~……まじで、どうしたものか、ですわね……」
エカテリーナは昼過ぎ、タイガ森寄り村への道を、レンタル魔導車で駆け抜けていた。
念のためにナジンカから貰った捕虜リストの資料の中に、確かにミーシャの名前はなかったが……名前が不明であったり、所属不明者が多数いることが分かった。流れ水の民の捕虜は、特にその傾向が多い。
解放対象外の捕虜を、詳しく調べる必要はない、という判断だろう。その中にミーシャが混じっているはずだ。
一度希望の光が見えただけに、それが消えたことを再び伝えなければならない事実に、エカテリーナは憂鬱になっていた。
しかし、逃げ出すわけにはいかない。自分が伝え、そして受け止めなければならないのだ。
振り上げられた握りこぶし、それをぶつけることなく、自分の胸の中に泣き崩れた男のゴツゴツとした体と熱。それはエカテリーナには忘れがたい体験で……一生ついて回る、刻印のように感じられた。
大切な戦友から託された、大切な男性。
ミーシャの手紙に書かれていた通り、優しくて、強くて、少し泣き虫で、それでいてとても色っぽい、魅力的な彼。
自分がこれからの人生を捧げて守るに相応しい、素晴らしい男を投げ出して、どこかに逃げるくらいなら……それこそ、死んだ方がマシだ。
この先タイガ森寄り村。見えてきた看板に、エカテリーナは頬を張って、気合を入れなおした。
彼女が村につくと、なんだか祭り前のような騒がしさだった。
「行くんだな……」「ええ、きっと帰ってきます」「まったく、とんだお転爺坊主だな」「はは……すみません」
騒ぎの中心にいたのは、荷車に荷物を満載にした魔導車に乗り込もうとしている、ウーノだった。
「あら……ウーノさん、どうしましたの?」
エカテリーナが魔導車から降りて歩み寄ると、ウーノは笑顔を向けた。
「ああ、エカテリーナさん!良かった、すれ違いにならなくて……ミーシャちゃん、どうでした?」
恐らくウーノは、待ちきれなくなって、自分一人でも首都に行く気だったのだろう。そう考えたエカテリーナは、気が進まないながらも最短経路で帰還した自分の判断に、内心で安堵していた。
そしてエカテリーナは、ウーノの耳に唇を寄せて、囁いた。
「……残念ながら、ミーシャは」
「ああ、やっぱりそうですよね。新聞見ました。多分、ダメなんだろうなって」
辛い報告をしようと、覚悟を決めていたのに、その報告は途中で打ち切られた。なんの気負いもない、ウーノのあっさりとした言葉で。
「え、ええ。そうですの……あ、あの、ウーノさん?もしかしてですけど……思いつめて……自殺を……」
あまりにもすっきりとしたウーノの様子に、悲しみが振り切ってしまったのかと、エカテリーナは不安になった。
「自殺?はは、まさか!違いますよ。俺はこれから、ミーシャちゃんを助けに行くんです。白馬の王子様……っていうには、こいつは黒いしデカいですけどね!」
ハハハ、と笑って、ウーノは愛用の6本足の大型の魔導車、グラニを改造して作られた黒々とした魔導車を叩いた。
「は、白馬の王子様……?い、いえ、それよりも!た、助けに行く、ですの!?」
エカテリーナはその突拍子もない話に、目を白黒させた。
「ええ。確か、捕虜の解放には、体重と同じだけの金が必要、でしたっけ?それも1年以内に。確かに今のラシスカの金相場は、滅茶苦茶ですけど……それは『今のラシスカ』だからです。捕虜が抑留されているポツカ共和国には、捕虜交換で流れた金が、たんまり流通しているはずで……高く見積もっても、戦前のラシスカの相場と変わらないはずだ。それなら、換金性の高い宝飾品なんかを、ポツカに持ち込んで、現地で金を購入して、そのまま収容所で取引に行けばいい」
戦前の相場でも、女性一人の体重と同じ金は十分高価だが、しかしそれは現実的な範囲の価格だ。
なんと言っても、単純計算で現在のラシスカ市場の40分の1だ。庶民でもだいぶ無理をすれば、かき集められる、かもしれない。
「ミーシャは村の一員じゃ」「まあ、ウーノ君には世話になっとるしな」「貸した金、ちゃんと返すために、夫婦そろって帰ってくるんだよ!」
村の人々から、ウーノはそんな激励をされていた。魔導車作りで村に新しい産業をもたらした彼は、村人から現金を借りれるほど、村の仲間として認められていたのだ。
タイガ森寄り村、人口100程度のこの村でも、かき集めればある程度の額にはなる。
「で、でも、そう簡単に済む話じゃありませんわよ!?ポツカで金を買って、ラシスカで売る、そんなのは当然規制されてますわよ!ポツカに入国するときに、税関で現金や宝飾品は、没収されますもの!」
金相場の違いなど、商人であれば誰でも意識する。しかし、ラシスカに金が無い、というのはポツカ共和国にとって、攻撃用魔導具の生産を妨害する、安全保障の一部なのだ。
当然、自国の金が流出しないように、税関で摘発を行っている。
「ああ、それも大丈夫ですよ。まず、ポツカ共和国が警戒しているのは、自国で金が購入されることじゃない、流出することだ。入国の税関は、出国より警戒されないし、金取引そのものも、そこまで警戒されない……はずです。それに、密輸ルートも、当てがあるんですよ」
「ああ、私が案内するよ」
ウーノが言うと、緊張した面持ちのゾーヤが、手を挙げた。
「あら、貴女は確か……タチアナの……?」
エカテリーナは見知った顔に首を傾げた。確か彼女は、村の配達員、だったはずだ。しかしいくら配達員と言っても、この小さな村の住人が、隣国との密輸ルートに詳しいわけがない。
「ああ。私は二年前のポツカとの戦争の時に、出征してたんだが……私がいた部隊は、司令官用の脱出経路を作成する、工兵隊でさ。記録に残されていない、地下通路をいくつか覚えてるんだ。西部新領がラシスカの物だったころは、ただ国内に使い道のない地下トンネルがあるだけだったけど……今なら丁度、ラシスカとポツカの国境をまたぐ、抜け道になってるのさ……ミーシャとウーノには、迷惑を掛けた。せめてもの償いに、ね」
最後の言葉を、ゾーヤは小声でエカテリーナに語った。
「で、ですけど!ラシスカの人間が、今のポツカに居たら、怪しまれますわよ!それにウーノさん、あなたポツカ語は……」
「それも問題ありません。ポツカ語も話せるんで」
ウーノはあっけらかんと言った。実際のところ、彼は日本出身だったが……かつてイネッサがしてくれた文書偽造、そして出征前に渡してくれた知恵の実によって。ウーノはポツカ語を話せる、西部新領からの避難民として振る舞うことができるのだ。
色々と状況が整っている、計画をしている。そう思えるが、実際には未確定事項ばかりだ。ポツカでの金レートは?具体的にどこにミーシャは収容されている?抜け道はまだ機能するのか?本当は、穴だらけ白紙だらけの地図であった。
しかし、それでもウーノは。一日でも早くミーシャを、国家に見捨てられた絶望を、自分の側にいられないとまで思いつめたその絶望を、癒してあげたかった。助けてあげたかった。
それは、若さゆえの無謀とくくるには、余りにも真摯で愛に満ちた衝動だった。
「で、でも……だからって……男が一人で……そんな……」
「違いますよ、エカテリーナさん。きっと、もしも俺とミーシャちゃんの立場が入れ替わっていたら……ミーシャちゃんは、助けに来てくれるはずです。なら、俺も、同じようにするだけです。男だからとか、関係ない」
ウーノは力強く微笑んだ。周囲の村人はそんな彼を、『お転爺』『女勝り』とはやしたが、それでもどこか、彼を見る視線に敬意が宿っていた。
男は、守られて当然、養われて当然、女に劣って当然の、弱い存在だ。しかしそんな男が、たった一人で妻を助けるために異国へ向かう。その行動に、例え女であっても躊躇する行動を悩まず選択したウーノに、村人は尊敬と賞賛を送っていた。
「お、おほほ……あっはっは!はぁ~……ミーシャ……困りますわよ……ちゃんと紹介してくださらないと……こんなとんでもない英雌……いえ、英『雄』だなんて……おほほほ……弱虫は、わたくしでしたわね……」
エカテリーナは、心の底から笑い声をあげた。なんてことだろう、ナジンカや自分が、すっかり諦めていたのに。女で軍人の自分たちは、男の民間人のウーノに、ただ金銭を渡して慰めるくらいしか、考えていなかったのに……このウーノ・ソーヤーという傑物は、魔法使い兵の軍人よりも、よほど勇敢で英『雄』的だ。
「あ、あの、エカテリーナさん?」
突然笑い声をあげた彼女を心配して、ウーノは声をかけた。
エカテリーナは雷光の速さで彼の手を取ると、強く握った。
手袋越しに、強く、強く握った。
「ウーノさん、まさか一人で行く気じゃありませんわよね?わたくしの帰りを待たずに、もうすぐ出発します、なんて雰囲気ですわね?どういうことですの?」
「いや、それは……新聞を読んで、エカテリーナさんも失敗したんだろうなと思ったので。それに、これは俺たち夫婦の問題だ。エカテリーナさんに、これ以上迷惑をかけたくなかったんです。それに国境近くまでは、ゾーヤさんもいますし」
「そうは言っても、肝心のポツカ内は、男が一人旅する気ですのね?まったく、危機感が足りてないですわよ!」
メっ、とするエカテリーナに、ウーノは少しむっとした。男の一人旅が危険なのは百も承知だ。それでも、自分はミーシャを助けに行かないといけないのだ。
「だ、だけど、そうするしか……」
「何言ってますのよ。わたくしも、付いて行くに決まってますわ!」
エカテリーナの提案に、ウーノは目を丸くした。そしてそんな反応に、ウーノが最初から自分に頼ってくれなかったことを、少しショックに思いながら、エカテリーナは微笑んだ。
「で、でも、エカテリーナさんにも生活が……」
「あら、妻のために命張ろうって男を、純愛の体現者を……貴方を守ること以上の役目なんて、アモリア純潔処女修道騎士団の騎士、このエカテリーナには、存在しませんことよ」
「え、エカテリーナさん」
ウーノはエカテリーナに握られた右手に左手をかぶせ、エカテリーナの手を包んだ。その手の温もりに、エカテリーナは思わず笑顔になった。
「わたくし、エカテリーナは、騎士として、ウーノ・ソーヤーの剣となり、盾となり、貴方の進む道を、支えますわ」
「……ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」
二人は、同じ目的を持つ同志として、熱い抱擁を交わした。
以上で、あらすじで書いた内容、長い長いプロローグが終わりです。
感想や評価を頂けると、励みになりますので、気が向いた方はぜひよろしくお願いします。
誤字脱字の指摘やルビを振った方が良い漢字がありましたら、どうかご報告お願いします。




