267日目①
いつも読んでいただきありがとうございます。
余裕が出来たので、4月中は毎日投稿を再開します。
「どきなさい!ぶちのめしますわよ!」
「お、落ち着いてください大尉!」
エカテリーナは、新聞片手に首都の外務省ビルの玄関口で暴れていた。そんな彼女を、階級章を見た衛兵たちは、なんとか無礼にならないように抑えていた。
「落ち着いていられる訳ねーですわよ!何なんですの、この記事は!」
夜通し魔導車を乗り継いで、今日の早朝に首都についたエカテリーナ。省庁を訪ねるため、階級章付きのスカート軍服の礼装をしていた。
そんな彼女は外務省の受付開始時刻まで、カフェで朝食でも……そう考えて、ティーカップ片手に新聞を広げた彼女が見たのは、捕虜の解放交渉の打ち切りに関する記事だった。
ラシスカ帝国外務省は、捕虜の内、流れ水の民を解放交渉の対象外とすることを、ポツカ共和国政府に正式に通達。ポツカ側は、今後1年間の猶予の後、捕虜を処刑すると公表。その発表を見たエカテリーナは、怒りに雷を迸らせ、外務省ビルに突撃していたのだ。
「……何をしている?……貴官、もしかしてユスポフ大尉か?」
ギリギリの理性で衛兵をぶちのめさないでいたエカテリーナは、聞き覚えのある声に、動きを止めた。
ギギ、錆びたねじのような動きで首をひねったエカテリーナの視界に、天敵、正装のドレススーツ姿のナジンカ・クリコニク少尉がいた。
「あら~、奇遇ですわねぇ?何の用ですのいったい。わたくしの邪魔をするなら、今度という今度は、その首、引きちぎりますわよ?」
エカテリーナの怖ろしい微笑みに、彼女を押さえつけていた衛兵たちは腰を抜かした。
だてに10代のうちに大尉になっていないのだ。修道騎士であり、大尉でもある彼女は、気迫と殺気だけで一般兵士を圧倒する。
しかし、ナジンカとて魔法使い兵。戦場にいた期間は短くとも、彼女も強者である。悍ましくすらあるエカテリーナの視線を受けても、ナジンカはため息をつくだけだった。
「はあ……何の用、はこちらのセリフですぞ。クリコニク子爵家は、代々外務省官僚を務める家系。ここは私の仕事場ですぞ」
その言葉を聞いたエカテリーナは、笑みを深めた。
「まあ、それは良いことを聞きましたわね……こんなところで立ち話もなんですし、どこか良いところを紹介してくださいませんこと?」
「……図々しいですな、相変わらず……まあ、良いでしょう。官僚食堂でも良いですかな?外務部御用達、秘密の会話にはちょうど良い……どうぞ、案内しますぞ。おい、通してやれ」
「は、はっ!」
腰を抜かしつつもエカテリーナの前に立ちふさがろうとしていた、健気な衛兵を尻目に。ナジンカはビルに入っていった。
「ご迷惑をおかけしましたわね、おさらばですわよ!」
エカテリーナもまた彼女たちに、威勢よく声をかけると、その後を追って去った。嵐が過ぎ去り安堵した衛兵たちは、いったい彼女は何者なのかと、顔を見合わせるのだった。
「ああ、私は茶だけで良い。大尉は?」
「朝食を食べてる途中で走って来たので、まだ腹ペコですの。モーニングセットをお願いしますわね。ああ、支払いは当然、クリコニク少尉に付けてくださいまし」
「本当図々しいですな!?」
ウェイトレスに注文を付けたエカテリーナは、ナジンカの突っ込みもどこ吹く風、涼しい顔で新聞を広げた。
「さて、食事が届くまでに、ちゃんとした説明が欲しいですわね、外務省勤めのクリコニク少尉?この新聞の内容、どういうことですの?」
エカテリーナは圧力のある笑顔で、流れ水の民の捕虜解放交渉打ち切りの記事を指さした。
「どうしたも何も……見てのとおりですぞ。今は戦後、民需生産のために、少しでも魔導具の原料の金は節約しなければなりませぬ。そのために……救える命は選ぶ必要があった。ただそれだけのことですぞ」
エカテリーナはナジンカの言葉に、引っ掛かりを覚えた。一瞬の間、まるで言葉を選んだかのような思考の隙間が見えたのだ。
「あら、てっきりわたくしは、『国家の寄生虫のために金を出すことは無い』みたいに言うかと思いましたわよ?もしも言っていたら、また口をボロカスに痛めつけるつもりでしたのに」
エカテリーナの敵意と闘志がむき出しの言葉に、ナジンカは頬をひきつらせた。
「本当に、相変わらずですな、大尉は……流れ水の民が、全員が全員、唾棄すべき異民族……とは、思っておりません。中には敬意を払うべき者もいる、それは理解していますぞ……ソーヤー……少佐は、見事にそれを示されましたな」
どれだけエカテリーナが嫌な態度を取っても、ナジンカは声を荒げず、悪意に悪意を返さなかった。最初は職場の近くだから、いい子ぶっているだけかと思っていたが……彼女なりに考えを改めたのだろう。エカテリーナは大きなため息をついた。
「はぁ~……もっと早く、そのことに気が付いて欲しかったですわね……そうすれば、わたくしがこんな風に、色々と気をもむ必要もなかったですのに……」
「……それで、ソーヤー……少佐殿の御遺族はなんと?貴官は確か、少佐の旦那様へ、手紙を届けに行かれたはずですな?」
ナジンカはエカテリーナのぼやきに、少し居心地が悪そうにしつつ、気になっていたことを聞いた。
エカテリーナはそれに答えず、モーニングセットを持ってきたウェイトレスにお礼を言って食事に手を付けた。
「まあ、ハウハフ……色々あったんですわ……んっく……それでここを……パクパク」
「食べるか喋るか、どちらかにしてくだされ……」
食べながら話す、貴族としてあまりにも気品に欠けたエカテリーナに呆れながら、ナジンカはお茶をすすった。
「……そういう訳で、ミーシャは生きてますわよ。だから、ポツカの捕虜リスト、あとはミーシャの解放のための金、用意してくださいまし」
食事と説明を終えたエカテリーナは、口元を拭いながらナジンカを観察した。
手紙と刻印解除の遺髪を渡しに行ったこと。刻印からミーシャが生きていると判明したこと。そして、村でちょっとしたゴタゴタがあったこと。
それらを知った彼女の表情は、驚きと安堵、そして少しばかりの申し訳なさ、そんなものがブレンドされた、複雑な表情に見えた。
「……それは、喜ばしいことですが……正規ルートでの解放は、不可能でしょう」
「……理由をお伺いしても?」
以前のエカテリーナなら、ここでナジンカの顔面に一発ぶち込んでいたところだ。しかし、目の前にいるいけ好かないボンボン貴族娘も、多少は心を入れ替えたらしい。それに免じて、彼女は自身の暴力性を飲み込んだ。
「まず、金の準備ですが……ソーヤー少佐の体重は知りませんが、まあ平均体重としましょう。そして、今日の金相場……新聞のこちらに、載っていますな。戦争で使う魔導具生産のため、そして捕虜解放のために、政府がなりふり構わずかき集めた結果……今の金相場は、戦前の40倍。これを掛け合わせると……」
「……あら、ゼロの数が二つは多いじゃありませんの?」
エカテリーナは冷汗を垂らした。導き出された価格は、家名を捨てて今では元実家となった、ユスポフ伯爵家の年収を超えていた。
中央銀行を襲っても、これだけの現金を手に入れられるか分からない。
「残念ながら、これが事実です。もっと言いますと、この価格は魔導具生産に使うような、少量の金を得る際の重量当たりの価格。まとまった量の金を入手しようとすれば、交渉やらなにやら……手間が増える分、更に一つ、桁が増えますでしょうな」
そう、そもそもこの国にはすでに、金が残されていない。仮に巨万の富を持っていても、1年以内に必要分の金を入手できるかは、怪しいのだ。
「……なんとか、ねじ込めませんこと?死んだはずの妻が、実は生きていました。でも助けられません、残念でした、って、どの面下げて、ウーノさんに、ミーシャの夫のウーノさんに、報告しろと言うんですの?お願いですわ、クリコニク少尉。どうか、どうか……」
エカテリーナは、初めてナジンカに頭を下げた。しかしそれでも、ナジンカは首を横に振った。
「……お母様に、すでに進言いたしましたぞ。流れ水の民の中にも、敬意を払うべき兵士はいると。しかしお母様もまた、以前の私のように、流れ水の民に強固な偏見をお持ちだ……お母様だけではない。この国の多くの人々が、今回の敗戦の原因を、誰かの所為にしたがっている。今の私では、大尉が無茶した時、軍法会議にかけられないよう取り計らうのが、精一杯ですな……」
「……そういえば、そんなこと言ってましたわね、貴女。わたくしを軍法会議送りにしてやるって。心を入れ替えたのは結構ですわね……でも、軍法会議だろうが絞首刑だろうが……どうでもいいですわよ……結局、ミーシャは救えないと、おっしゃるんですのね」
「無理ですな。そもそも解放のための金が、無いのですから。大尉のご実家……ユスポフ伯爵家でしたな。軍法会議送りにしようと書類を集めている最中に知りましたが。お姉さまが当主になられているのでしょう?その伝手を頼ることは、出来ないのですか?」
ナジンカの言葉に、エカテリーナは心底不愉快だ、という風に顔を歪めた。
「実家とは縁を切ってますの。それにお姉さまは、わたくしの不幸が何よりも好物。戦友を助けてほしい、なんて頼んだ日には……大笑いするでしょうね。ついで更にわたくしを追い詰めようと、ウーノさんにまで何かするかもしれませんわ。司令官にわたくしが死なないように、と口添えしたのだって、きっと生かしたままわたくしが苦しむのが見たいとか、そんな理由ですのよ。現に今、わたくしは死に損なったせいで苦しんでますもの」
すでに修復不可能なほど、破綻している。ナジンカはエカテリーナの話しぶりから、これ以上はユスポフ伯爵家の話題を振らなかった。
しばしの沈黙。ため息をついたエカテリーナは脱力し、背もたれに体を預けて天井を仰ぎ見た。
貴族官僚が使うこの食堂は、随分と華美な装飾がされている。天井にも、ラシスカ帝国を象徴する、双頭のドラゴンが描かれていた。
彼女は、こんなことに使う金があるのなら、それをミーシャのために使って欲しい。心からそう願った。
「……ウーノ殿、と言いましたかな、少佐の男房様は。せめてもの土産に、これを。少佐に助けられた兵士から、と言って、渡してくださいませんか?」
行儀悪く海老ぞりで天井を見上げるエカテリーナの前に、ナジンカは一組のイヤリングを置いた。
「……なんですの?これ」
「今、私が身に着けている中で、もっとも高価な宝飾品ですぞ。これを売れば、慎ましい庶民の生活なら、一生暮らしていけるでしょうな」
エカテリーナは、水色の宝玉で飾られたイヤリングを見た。ミーシャの瞳の色にそっくりな宝玉だ。
宝玉を飾る装飾を見れば、それが古い貴族にだけ伝わる、金では買えないような一級品であることが分かる。
それを渡すということは、ミーシャを追い詰めたことにナジンカも少なからず責任を感じているのだろう。最悪な状況でも、エカテリーナの溜飲は少しだけ下がった。
「はぁ~……結局のところ、女が男にしてやれるのは、せめて生活が苦しくないように、支えてやることくらいですのね」
エカテリーナは深々とため息をついた。




