265日目①
「はぁ~……着いてしまいましたわね……ここが、タイガ森寄り村、ですのね……」
翌日、村から街へと来ていた魔導車を偶然発見したエカテリーナは、少しの駄賃でついでに乗せてもらえることになった。
そうしてとうとう、ウーノが住む村、タイガ森寄り村に到着した。
「……人の村に来てため息とか、失礼」
「ああ、ごめんあそばせ……訳アリですのよ……タチアナちゃん、でしたわね?お駄賃追加であげますから、許してくださいまし」
エカテリーナは、まだ子供だというのに街と村で荷物の運搬をしている彼女に、銅貨を握らせた。
「まあ、いいや。それで、お姉さん、何の用できたの?魔導車の買い付け?」
「違いますわよ……この村、魔導車が特産品ですの?」
エカテリーナは不思議に思った。普通、魔導車のように手間がかかる製品は、売りに出せるほど作るには大都市でしか行われない。小さな村、と言っては失礼かもしれないが、他所から買い付けの商人が来るほど、この規模の村で魔導車を作っているのは意外に思えた。
「うん。ウーノ……さんが、頑張って作ってる。男一人だっていうのに、今じゃ村一番のお金持ちだよ」
「ウーノって、まさか……それはまた、すごいですわね。わたくしは、そうですわね……村長さんに挨拶したいですわね。えーっと、そうですわね、わたくし軍人ですの。階級は大尉。ほら、勲章だっていくつか……なんか偉そうな軍人が来たと、村長さんに繋いでくださいまし」
イタズラっぽく微笑むと、タチアナは慌てて頭を下げた。
「じゃ、じゃらじゃらが沢山……!ご、ご無礼を……」
「あら、いいですのよ、今までどおりで。死にぞこないの、しがない女ですわ。さ、これが追加のお駄賃、村長さんに伝えてくださるかしら?」
「い、いらない……です。すぐ村長連れて来る……」
「あ、それには及びませんわよ?わたくしから出向きますし……予定が大丈夫そうなら、今から伺わせていただきたいですわね」
エカテリーナが言うと、タチアナはコクコクと頷いた。
そんな彼女に先導されて、エカテリーナは村長の家にお邪魔した。
「さて、これはわしの夫、ゲナディですじゃ。そしてワシが、村長のリュドミラですじゃ。大尉様に置かれましては、本日はどのような……」
「そんな頭を下げないでくださいまし。なーんの権限も権利も持っていませんわ。階級やら勲章を出したのは、その方が話がスムーズに進む、そう思っただけですもの」
平伏する村長夫妻に、エカテリーナは鷹揚に応じた。こうした傅く平民への態度に、彼女の高貴な血筋が現れていた。
「は、ははー……そ、それで、どのようなご用件で?」
「ええ、いくつか聞いておきたいことがありますの……まずは、この村での流れ水の民の扱いを、知りたいですわね」
「な、流れ水の民ですかの?」
困惑する村長に、エカテリーナは努めて平静に言った。
腹芸をして遠回しに聞くこともできるが、面倒は嫌いなのだ。
「別に、迫害してるでも、特に気にしてないでも、保護してるでも、どの回答でも良いですわよ?ただ、正直に答えて下されば、それで満足ですわ」
敗戦後、流れ水の民への偏見と迫害は、すでに政府のプロパガンダの影響を離れ、暴走状態にあった。
ラシスカはスーラフの新兵器による初戦の大敗と、直近の奇襲攻撃による度重なる敗走で、最終的に不利な講和を飲まされた。しかし遠い異国に出兵し、補給線が伸びきっていたスーラフもまた、実は限界ギリギリだったのだ。
あの地下トンネルを用いた奇襲が無ければ、ラシスカの勝利で戦争を終えられたかもしれない。しかし、スーラフのスパイの流れ水の民がいたせいで、敵にトンネルを使われてしまった。そんな論調が独り歩きしており、敗戦で荒れるラシスカでは流れ水の民への差別が激化していた。
そのような状態で、勲章を見せびらかす軍人に、流れ水の民をどう思っているか聞かれる。普通なら、迫害している、と回答するのが無難だ。
「は、はあ……それでしたら、特に気にしてない、ですかの?うちの村に、一人、出征している流れ水の民の魔法使いがおりましたが……それくらいしか、関わりがありませんのじゃ」
しかし、そんな状況下で、村長の回答は中立的な物だった。
「その出征している魔法使いに、帰ってきてほしくない、とおもっている村人はいますの?」
「いや、いないと思いますぞ……?戦争も終わったと聞きますしのう、そろそろ帰ってくるころ合いでしょうが……魔法使いはいた方が、生活が助かりますしな。この村も、魔法使いを出す代わりに追加の税を免れていましたが……秋ごろには結局、追加で徴税されましたしの。まあ、ウーノ……その魔法使いの夫が、魔導車作りに才がありましての、そやつのおかげで、よその村よりは楽をしておりますわい」
エカテリーナは心の中で、一つチェックリストに印をつけた。少なくとも、ミーシャに悪意の手紙を出したのは、村のごく少数か、個人のはず、と。
「そうですの。それは喜ばしいことですわね……ところで、そのウーノと言う方は、他に良い人、いませんの?この戦争中、ずっと妻を戦争に取られて、独り身なのですわよね?お金持ちの男性が、妻と離れ離れで独り身……狙う女も、多いんじゃありませんの?」
「いやはや、確かにあ奴を口説こうとしたのは、村の中にも外にもいましたが、身持ちが固くてですの。まあ、『貞淑な淫紋』刻んでおりましたので、未だに浮いた話一つなく、操を守って、妻の帰りを待っていますぞ。あ奴が金を稼ごうと頑張っているのも、帰って来た妻を楽させるため、と言っておりますしの」
村長はどこか自慢げに答えた。エカテリーナはその話しぶりから、チェックリストにいくつか追加で印を付けた。ウーノは未だにミーシャを想っているし、周囲の人間もそれを把握している。そして村人、少なくとも村長はその姿を好ましく思い、ミーシャの帰還を望んでいるだろう、と。
「なるほど……分かりましたわ。最後に一つ、わたくし、そのウーノさんに用があってきましたの。その方のご自宅、教えてくださいませ」
エカテリーナは、まず村の状況を確認したかった。もし村がミーシャに敵対的なら、自分がウーノに会うことは彼自身にとって危険かもしれない。しかし、村長の話から、村はミーシャを歓迎していることが分かった。これで安心してウーノに会える。
「それなら、街道沿いの森の細道を進んだところにある家が、そうですじゃ……一応言っておきますぞ、あ奴は『貞淑な淫紋』を結んでおりますからの?」
ウーノを手籠めにする気、そう警戒されたのだろう。エカテリーナは当たらずとも遠からずなその警戒に、苦笑した。
村長の家を出ると、先ほどの少女、タチアナが家の前で待っていた。
「……お姉さん、ウーノ兄さんの、何?」
「あら、盗み聞きしてたんですの?メ、ですわよ」
「ねえ、答えてよ」
エカテリーナの注意も無視して、タチアナはエカテリーナをじっと見上げた。
髪色と同じ、緑色の瞳。その中に宿る暗がりに、エカテリーナはどこか見覚えがあった。
そう、それは、自分の仲間を殺した魔法使い兵に、ひたすら執着する一般兵のような……
エカテリーナは軽く頭を振った。こんな子供が、そんな色を宿すはずがない。戦場帰りで疲れているのだ、と。
「……あの人にとってのわたくしは、何者でもありませんわよ……わたくしにとっての彼は……そうですわね、とても大切な人、ですわね」
自分で言っていても、良く分からない回答だと呆れてしまう。しかし、ウーノにとってエカテリーナは知らない人で、エカテリーナにとってウーノは、戦友から託された幸せにしなくてはならない、大切な人なのだ。
「……ダメ!ウーノ兄さんは渡さない!」
しかしタチアナは、なぜかエカテリーナをキッと睨みつけると、走り去って行ってしまった。
「あら……もしかして……いえ、犯人捜ししてる場合じゃ無いですわね……まずは、ウーノさんに、色々伝えませんと……はぁ~……気が重いですわね……」
エカテリーナはため息をつきながら、森への細道に向かった。




