264日目①
次話から金、土、日曜日の週3回投稿になります。
「……クソッタレ、ですわ」
長距離移動用の大型魔導車の客車に揺られながら、エカテリーナは今日何度目かの悪態をついた。
戦闘用のアーマードレスから、旅装束の黒い革のドレスに着替えても、彼女は女騎士然とした高貴な雰囲気を保っている。
そんな絵になる彼女は、癖になっていた大きなため息すら出てこないほど、落ち込んでいた。
彼女の手元には、新聞、二つの封筒、そしてミーシャ『少佐』の遺族年金の書類があった。
「……死後に4階級特進とか、馬鹿にしてますわね」
通常、殉死時は2階級特進であるが、ミーシャは懲罰兵を指揮し、獅子奮迅の活躍をして見せた。時間稼ぎのために敵陣に逆侵攻すらかけて、敵の防衛線を一つ食い破ったのだ。そのおかげで、ラシスカ軍全体の撤退の時間稼ぎにすら、成功していた。
その働きぶりに、ミーシャは受勲した。合わせて4階級特進、少尉から中尉、中尉から大尉、准佐、そして少佐である。
しかしその献身が、死後の名誉でしか報われないと言うのは、エカテリーナにとって悪い冗談にしか思えなかった。
「なに、わたくしより二つも昇進してますのよ……ミーシャのおバカ……」
口を開けば、悪態の独り言しか出てこない。封筒の中身を未だに見る気になれず、エカテリーナは気だるげに新聞に目を落とした。
あの撤退の日から4日。講和が結ばれていた。西部新領と呼ばれていたラシスカが占領していた旧ポツカ共和国領土は、ポツカに返還。更に戦前からラシスカ帝国領だった地域も、一部が割譲対象とされていた。それに加えて、ポツカ共和国は捕虜の身代金と言う形で賠償金を要求。捕虜の体重と同じだけの金を要求していた。
金は、魔導具の製造に重要な、魔石と並ぶ重要資源だ。戦争用の魔導具製造で不足していたところに合わせて、賠償での金の流出により、今ラシスカ国内では金が大いに高騰している。一部の捕虜は、切り捨てる方針、とすら報じられていた。
「……クソッタレ、クソッタレ、クソッタレ、ですわ。どこを開いても、明るい話題の一つもありませんわね……」
エカテリーナは新聞を放り投げて、窓の外を眺めた。ちらりと見えた看板と、脳内の地図を照らし合わせると、そろそろ目的地に着くころ合いだった。
「はぁ~……いつまでも、しけた面してる訳に行きませんわね……そろそろ、気持ちを切り替えませんと」
エカテリーナは大きなため息をついて、大きく伸びをした。
「ここが、ミーシャが儀式をした、街ですの……村まで魔導車で半日、でしたわね。もう夕暮れ時ですし、ゆかりの宿、虎の王城、にでも泊まろうかしら」
敗戦の不景気のせいか、この街もどんよりとした空気に覆われている。この感じだと、宿屋の経営も大変かも。エカテリーナはそんな風に思案しながら、街の地図看板を頼りに歩いていくが……
「ほ、本当に、これが虎の王城、ですの?」
エカテリーナは愕然とした。確かに看板には、虎の王城と書かれているが、一部が燃やされて焦げていた。看板だけではない。窓ガラスがところどころ割れているし、宿の入り口の扉も、ひび割れて壊れかけていた。
ミーシャが良く利用したという宿、手紙にも書かれていた『イネッサ』の実家。それが、この有様なのだ。
「お、おじゃましますわ……」
エカテリーナが扉を壊さないように、慎重に中に入る。室内もまた、荒れた状態だった。テーブルはひっくり返り、ソファはビリビリに破けている。
その惨状に口を押えていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「……盗賊か?あいにくもう、金目の物なんてここにはないよ」
声の主は、カウンターの中にいた。覗き込むと、酒瓶片手に寝そべっている。青い髪をショートヘアにした、疲れた顔の中年女性だ。
「い、いえ……その、泊りたいのですけど、営業してますの?」
「へへ……なんだ、お客さんか……犯罪者以外が来るのは、久しぶりだわね。こんな状態だ。代金は酒一瓶分でいいさね」
中年女性は立ち上がって、カウンターに頬杖をついた。力なく笑う彼女に、エカテリーナは酒一瓶には多い、銀貨一枚を差し出した。
「何がありましたの……?」
「んなの、みりゃ分かるだろ?アタシは流れ水の民で、この宿の主人。で、国家の寄生虫になら、何しても警察は動かない。そうくりゃ、略奪し放題、って寸法さ。まったく、アタシの娘は、国のために戦争に行ったてのに……戦争に行ってない連中が、偉そうにむしり取って行きやがる……やってられねえさね」
「確か……イネッサ、という方でしたかしら、その娘さんは」
あれこれミーシャから短い新婚生活は聞き出していたので、その流れでこの宿『虎の王城』についても知っていた。イネッサの親が、経営していると言う話だ。
「あぁ……!そうさ、イネッサ、アタシの娘の名はイネッサだ!アンタ、あの子の知り合いかい!?無事なのかい!?まだ帰ってきてないんだ、いつ帰ってこれる!?」
エカテリーナに掴みかからんばかりに、イネッサの母だという女性はカウンターから身を乗り出した。
「わたくしの直接的な知り合いじゃないんですのよ。友達の友達……最も勇敢な兵士である、ミーシャという兵士から、名前を聞いたことがあるんですの。ですから、詳しいことは、何も……」
申し訳なさそうにするエカテリーナの返事に、女性は脱力してカウンターに体を預けた。
「……ああ、あの……あの子が、ね……元気かい?」
手紙で察していたが、宿の女将も、ミーシャとは知り合いのようだ。
最初からどういう返事が返ってくるか、分かりきっているような、そんな淡々とした声音に、エカテリーナは静かに首を横に振った。
それに何を言うでもなく、中年女性は、静かに項垂れた。
「ままならねえですわね……何事も……」
エカテリーナは数少ない、まともな客室、103号室に泊まった。床板と壁紙が一部剥がれているが、カーテンもベッドも無事な分、他の部屋よりは被害が少ないらしい。
気分は落ち込むが、それでもこのまま放置するわけにはいかない。
彼女はベッドに腰かけながら、ミーシャが自分に宛てた手紙を、いよいよ読むことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
親愛なるエカテリーナさんへ
私の夫、ウーノさんのことを紹介します。と言っても、手紙のやり取りを読んでいたエカテリーナさんは、だいたいのことは知っていると思いますが……
ウーノさんは、優しくて、勇敢で、とってもエッチで、少し泣き虫さんです。私が無理やり押し倒したのに、許してくれました。血が恐くても、頑張って克服しようとしてました。無防備で不用心で、すごく思わせぶりな態度を取って、女の人の性欲を煽るのが天才的に上手いです。そして、私と離れ離れになる時、泣いてしまいました。
まず、エカテリーナさんがウーノさんと初めて会う時は、手袋をしてください。99%、エカテリーナさんはウーノさんを押し倒してしまうと思うので、刻印が発動しないように、手袋をして肌の接触を避けてください。次に、なるべく早く、刻印を消す儀式をしてください。それまでは何とかして、理性で本能を抑え込んでください。最後に、ウーノさんとベッドインするときは、その日にすることを全て終わらせてからにしてください。なぜなら、ウーノさんはすごく逞しくてテクニシャンなので、絶対気絶しちゃうからです。これは100%絶対です。
そして、一度ウーノさんと結ばれたなら……ウーノさんを幸せにしてください。ウーノさんはとってもエッチですが、寂しがり屋です。だから、毎日ちゃんと愛し合って、いっぱいいっぱい幸せにしてください。エカテリーナさんは修道騎士なので、男性と結ばれるのがイケナイことだと、理解してます。無理を言っているのは承知です。でもどうか、お願いします。
あなたの友ミーシャより
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……もっと他に書くこと、絶対ありますわよね?なんで70%くらい、性的な話題ですの?自分の夫を戦友に頼む、紹介文ですのこれ?目を疑いますわよ?」
驚くべきことに、自分が社会から爪はじきにされ、夫と別れるしかない、そんな悲壮で悲哀に満ちた精神状態で書いた手紙が、性的な内容ばかりなのだ。かつて自分がミーシャに付けた、『ドスケベ脳内ピンクお花畑欲求不満モンスター』という二つ名は、どんなに追い詰められた精神状態でも健全なようだった。
なんだかエカテリーナは不安になって来た。もう一つの封筒、ウーノへエカテリーナを紹介する手紙には、いったい何が書かれているのだろう。
「確認が必要ですわね……」
エカテリーナは封筒を切り、中身の手紙を確認した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
■たし■■ ウーノさんへ
ウーノさんへ。この手紙を持ってきた、エカテリーナさんは、私の戦友です。とっても強くて、気さくで、仲間想いの人です。
そして、見てわかるとおり、しっかり巨乳です。私と違って……
さて、エカテリーナさんは、ウーノさんのことが大好きです。どれくらい好きかと言うと、ウーノさんのヌード写真を思いだしながら、休暇の度に慰めてるくらいです。私の次、世界で二番目に、ウーノさんにゾッコンです。
なので、きっとエカテリーナさんは、ウーノさんを大切にしてくれると思います。ただし、二つの点に気を付けてください。
一つ目は、エカテリーナさんは私より強いということです。それは、戦闘力も、心も、社交性も、です。
ウーノさんが考える理想の夫婦像とは、少し違うタイプの人だと思います。ですので、しっかり話し合ってください。まあ、ウーノさんならきっと、どんな女の人でも誑し込んでしまうので、大丈夫だと思いますけど。
二つ目は、エカテリーナさんは高貴だけどちょっと乱暴な人だということです。
子供のころから修道騎士団にいた人です。なので偶に、すごく怖かったり、すごく偉そうだったりします。
私にとっては、そこが頼りになってカッコいい、良い面だと思いますが、ウーノさんにとっても、そう思えるか、それはわかりません。
まあ、ウーノさんはベッドの上で最強なので、なんだかんだ言ってエカテリーナさんを尻に敷けると思いますけど。
以上のことに気を付けて、エカテリーナさんと、幸せになってください。
あなたの幸せが、私の何よりの幸せで、手向けになります。
■■■私が■■
いつか■■■■
■■■■■忘れ■■■■■
あなたを幸せにできなくて、ごめんなさい。あなたの子供を産めなくて、本当にごめんなさい。
どうか、お幸せに。
■■■の■ ミーシャより
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……おバカ……っく……」
笑いが喉で止まり、紙に落ちたのが最初の雫だった。手紙の上に、涙でシミができてしまった。だけど、それは大した問題ではない。だって、この手紙には、とっくに沢山の、水滴の跡があるから。
いくつもの涙に濡れて、しわだらけになっていた手紙を、エカテリーナはそっと封筒の中に戻した。
しかし戻す時、上手く入らなかった。外から触って確認すると、さわさわとした感触。ミーシャの遺髪。ウーノに刻まれた刻印を消すための。
手紙の最初の方は、エカテリーナは『なに書いてくれてますの!?』と突っ込みつつ、どこか愉快な気持ちで読んでいたのだが……
最後の方、何度も何度も、書き直したのだろう。黒く塗りつぶされた文字の中に残った、絞り出された謝罪の言葉を見て、エカテリーナはやるせない気持ちになった。
「……これを、わたくしが、ウーノさんに渡せって、言うんですの……?これならわたくしが死んだ方が……ずっとましですわよ……おバカ……ミーシャの、おバカっ」
エカテリーナは、どうか明日が来ないで欲しい。そう祈りながら、ベッドで横になった。




