254日目①
再びミーシャと一緒にいるようになったエカテリーナは、なるべく側をはなれないように、特に基地の中で気を使っていた。
ミーシャがエカテリーナを避けて単独行動するようになった数日の間で、貴族の新兵からのミーシャへの迫害が、激しさを増していたからだ。
しかし、それでもミーシャが一人になってしまう時間は、どうしても存在する。
金の枯渇で攻撃用魔導具が足りなくなった現在、魔法使いは固定砲台の役割も求められるのだ。
エカテリーナは本来は非番であったこの日、急遽その役割を任せられてしまったのである。
魔導具の原理は、魔石によって変換された魔力を、金で編まれた魔導回路が魔法へと錬成することで発揮される。日用生活用の魔導具が扱う魔力量は大きくないので、魔導回路も小さくて良い、すなわち金の使用量も少ない。しかし攻撃用魔導具では火力のために魔法の巨大化が進行し、金の使用量も多くなる。
魔石は魔物を狩れば取れるが、金には採掘限界がある。一応、金を産出する魔物もいるが、その種は希少だし乱獲による絶滅を防ぐために、狩猟制限がかけられている。どちらにせよ、金は限りある希少資源なのだ。
そんな非番の日に戦場に呼び出されたエカテリーナが、凝った肩をバチバチと雷で解しながら基地を歩いていると、言い争う声が廊下の角から聞こえて来た。
ミーシャの声だった。慌てて駆けつけると、廊下を曲がった先、取り巻きを連れたナジンカ相手に、ミーシャが果敢に反論しているところだった。
「もう私に絡むのはやめてください!私は寄生虫でもスパイでも、裏切り者でもないです!ちゃんと兵士として、役目を果たしてます!」
「はんっ!信じられるものか!クリコニク子爵家は、外交畑の貴族官僚の家系だ。だから、お前のような流れ水の民が、世界中でどうやって活動しているか、良く知っているのだぞ!お前たちは、簡単に言葉と文化を盗み出し、国々を渡り歩いては情報と技術を流出させて稼いでいる!こうして戦場で戦っているのも、昇進して高度な軍事機密にアクセスするためだろうが!」
エカテリーナは今すぐにでも、ナジンカをぶん殴ろうかと思ったが……ミーシャが闘志に溢れているのを見て、今は静観することにした。
生きて帰る、その約束を果たすため、ミーシャが戦場の外でも戦っているのだ。無用な手出しは、無粋に思えた。
「違います!私は、故郷の村、タイガ森寄り村のために、そして残してきたウーノさん……夫のために、戦っているんです!家族と故郷のため、祖国のために!」
「故郷!?はんっ!故郷とは笑わせる!たった3年ぽっちしか住んでいないくせにな!」
ミーシャの反論に、ナジンカは鼻で笑って答えた。
「ど、どうしてそれを……」
ミーシャはまさか具体的な居住期間を知られているとは思わなかったのだろう。動揺したように言葉を詰まらせた。
「それに、知っているのだぞ。貴様、結婚して6日目で出征したのだそうじゃないか。加えて夫は、西部新領……旧ポツカ東部領土出身……開戦前の反乱の時に、こちらに来たそうじゃないか?ふん、戸籍情報くらい、貴族であれば閲覧できるのだ。誤魔化されないぞ!結婚した、というのもどうせアリバイ作りで、夫は本当は独立派ポツカ人の工作員なんだろう?以前は頻繁に手紙をやり取りしていたそうじゃないか。それで軍事機密なりを、流してたんだな!はんっ!夫婦そろって裏切り者とはな!この戦争が終わり次第、貴様の夫も秩序警察に引き渡して……」
「やめて!ウーノさんを巻き込まないでください!私はどうなってもいいから、ウーノさんに手を出さないでください!」
ナジンカが捲し立てている最中、夫へすら飛び火した嫌疑に、ミーシャは顔を青ざめさせた。
取り乱した様子で、彼女はナジンカの軍服の裾に縋りつく。
やりすぎだ。エカテリーナは足を踏み出した。まさか本人だけでなく、家族にまで中傷と脅迫をするとは。
彼女は腹が立って仕方がなかった。
ナジンカが自分の思っていた以上の下種であったことに。そしてミーシャからウーノを巻き込むのでは、という不安を聞いていたのに、そのことに注意を払っていなかった自分に。
エカテリーナは溢れ出す激情をなんとか飼いならしながら、足を踏み出した。
「あらあら、何かと思えば……内部分裂を引き起こすなんて、貴女の方こそ、スパイか破壊工作員なのではなくて?クリコニク少尉?そんな裏切り者は……わたくしがこの手で、粛清して差し上げますわね」
エカテリーナが歩むたび、床が雷撃により爆ぜる。空気が電撃により焼き焦がされ、オゾンの刺激臭が鼻をつく。
言葉遣いこそいつも通りだが……完全に臨戦態勢になったエカテリーナが、ナジンカ達の前に姿を現した。
ミーシャの急変した態度に少し驚いた様子だったナジンカは、目の前に現れた荒ぶる暴威に慌てふためいた。
「エカテリーナ大尉!?チッ……おい、行くぞ!」「は、はいぃ!」「クリコニクさん、お、お待ちください!」
そのあまりの殺気に、以前とは違い対決ではなく撤退を選んだナジンカ。すごすごと引き下がる一行に、エカテリーナは目を細めた。今の彼女は、一歩で距離を詰め、二歩目で3人ともミンチにできるが……
「ま、待って!ウーノさんは関係ないの!ウーノさんは……!」
状況が分かっていないのだろう。立ち去るナジンカへと半狂乱で手を伸ばすミーシャを、このままにしておくわけにはいかない。
「……大丈夫ですわよ、ミーシャ。大丈夫……」
エカテリーナは体を屈めて、ミーシャを抱きしめた。
心音を重ねるように、ギュッと戦友を包み込んだ。
「あ……え、エカテリーナ、さん……す、すみません……助けて、いただいてばかりで……やっぱり、私がいると……ウーノさんが……」
相変わらず謝ってばかりの、小柄なお友達を、エカテリーナは優しくなでた。
「……今日はもう、お休みになってくださいまし。ゆっくり休んで……ああ、そうそう。わたくしのベッドの下に、とっておきの蒸留酒、隠してありますのよ?ふふ、特別に、分けて差し上げますわね。だから……さっき言われたことは、忘れるんですのよ」
「……はい。すみません、いつも助けてもらってばかりで……」
「もう、何言ってますのよ!貴女こそ、何度もわたくしを、助けてくれたじゃありませんの。負傷者の治療中、無防備にならざるを得ないタイミングでいつも、気を張って水の防壁や風の盾で、守ってくれましたわね。わたくしにはできない、気遣いですのよ。だから……謝らないでくださいまし、ね?」
小さく頷いたミーシャを、部屋まで手を繋いで送った後。エカテリーナはもう一つのやるべきことに、着手した。
貴族新兵たちがいる区画、ナジンカがいる部屋に向かった。
その目的は殴りこみ、ではない。先ほどは思わず八つ裂きにしようとヤル気マンマンになっていたが、それでは根本的な解決にはならない。
一度口の中をズタズタにしてやっても、まだ戯言を吐くのだ。体に教えても分からないならば、話して脳で分からせる必要がある。
エカテリーナは普段から、意識的に直情的に見えるように行動していた。がさつで品の無い、粗野な騎士に見えるように。しかし、必要とあればオツムを使うこともできるのだ。
久しぶりに殴り方ではなく言葉の組み立てを考えるエカテリーナは、話す内容がまとめ終わると同時に目的の部屋の前に到着した。
エカテリーナは室内に一人、気配があると察知すると、ノックもせずにドアノブに手をかけた。しかし鍵が掛かっていたので、彼女は素手でドアノブ近くに貫き手を刺し、ロックを破壊した。
「だ、誰だ!?」
「あら、察しはついているんではなくて?」
突然の蛮行に声を上げたナジンカに、扉を開けたエカテリーナは泰然と微笑んで答えた。
「チッ……相変わらず野蛮な……!」
「あら、褒めていただき感激ですわ」
ナジンカは舌打ちしつつ、以前のように冷気の槍を呼びだした。今回は室内、逃げ場はない。
しかし臨戦態勢になったナジンカに対して、エカテリーナは構えを取らなかった。槍の穂先を向けられても微笑みを崩さない彼女に、ナジンカは眉をひそめた。
「……なんのつもりですかな?」
「なんのつもりも何も、ただお話をしようと思っただけですわよ。ああ、椅子は結構。長居するつもりはありませんの……貴女、許嫁がいるそうですわね?」
エカテリーナの突拍子もない言葉に、ナジンカは首を傾げた。どうやら本当に、戦うつもりはないらしい。彼女は槍を捨てて、腰に手を置いた。
「……それが?」
「ええ、まあ……今のところ、売春夫にも手を出さず、純愛を貫いていて結構ですわね。ところで、わたくし結構貴族ゴシップに詳しいんですの。……貴女の許嫁の彼、母方の祖母が、スーラフ人だそうですわね?わたくしよりもよっぽど野蛮な、敵国の血を引いた……」
エカテリーナが途中まで言ったところで、ナジンカは彼女に詰め寄り襟を掴んだ。
「私の男を愚弄するな!」
髪を逆立て口から冷気を漏らすナジンカを、エカテリーナは彼女より高い身長からジロリと睨んだ。
「……ことさらに流れ水の民を敵視するのは、他の『国内の敵』に目を向けさせないため……許嫁へ周囲の悪意が向けられないように、ってところかしら?戦争相手の敵国人の血筋を庇うために、他の裏切り者を用意するなんて、健気ですわね」
エカテリーナの皮肉気な物言いに、ナジンカは髪を逆立てた。掴まれた襟に霜が付く。
「黙れ……黙れ!貴様に何が分かる……!」
「分かってないのは、貴女ですわよ!ナジンカ・クリコニク!最愛の人のために怒声をあげられる貴女が、なんでミーシャの気持ちを分かってあげられないんですの!?」
エカテリーナはナジンカの襟をつかみ返して怒鳴った。
「奴はただの流れ者だろうが!夫への愛情だって偽物……」
「ミーシャとウーノは、『貞淑な淫紋』を刻んでますのよ!一緒にいられた期間は短くとも、二人の純愛は本物ですわよ!」
「な、何……!?『貞淑な淫紋』!?」
ウーノの素性まで知っているナジンカは、彼らが刻印を刻んでいるのは知っていたが、その種類までは把握していなかった。
アモリアを信仰する者がつける、夫婦の刻印。その中でも、痛みと死、そして両親と子供とすら触れ合えなくする、もっとも苛烈な刻印である『貞淑な淫紋』は、今時つけるカップルはほとんどいない。
それだけに、どうせ契約結婚だろう、刻印も軽い物を入れているだけだ、そう決めつけていたナジンカは、驚きを隠せなかった。
「……流れ水の民のミーシャを敵視する気持ちは、共感できなくとも理解はできますわ。今は戦時下、戦況の劣勢の理由、どこか国内に敵がいないかと探し、無知な人はその答えを、深く考えずに選びますもの。でも……貴女にも愛する人がいるなら……ミーシャの前で、夫のウーノさんまであげつらう真似は、金輪際しないでくださいまし」
「……くっ」
エカテリーナはそう言って、ナジンカを突き飛ばした。たたらを踏むナジンカに、エカテリーナは優雅に一礼した。
「それでは、恩知らずで恥知らずの新兵さん。古株の先輩から、別れの挨拶を送りますわね。ごきげんよう、さようなら」
子爵家の跡取りのナジンカから見ても、惚れ惚れするほど完璧なカーテシーを披露して、エカテリーナは立ち去った。




