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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
戦場編

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237日目①

「はぁ~……ラシスカ語って難しいですわ。『最終防衛ライン』の『最終』は、4つという意味だったんですのね」


 エカテリーナは皮肉交じりに呟いた。

 スーラフ軍による地中からの後方への奇襲により、ラシスカ軍の防衛ラインは大きく後退。当初想定されていた最終防衛ラインを越えて進軍を許し、4度も最終防衛ラインが更新されていた。


 度重なる陣地転換に、エカテリーナは疲れ切っていた。普段は1週間に一回は休日があったが、今回は2週間ずっと戦闘づめだった。ようやくやって来た休暇に、彼女は食堂でだらけていた。


「4つで済めばいいんですけど……」


 そんなエカテリーナと一緒に、食堂でくつろいでいたミーシャは、不安げに呟いた。

 夫が待つタイガ森寄り村は、ラシスカ国内の中央より少し西にある。

 流石にまだまだ後方だが、もしもこのペースで敵軍の進軍が続けば、村が戦線に巻き込まれるのではないか、と心配していた。


「不吉なこと言わないでくださいまし……そうですわね、補給は受けやすくなったんじゃありませんこと?うん、状況は良くなっていますわね」


「元からずっと国内で戦ってたんだから、補給も何も……」


 エカテリーナは何とか良くなったことを探そうとしたが、無理やりすぎる理屈なのは自覚しているのか、苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。

 ミーシャはそんな彼女を見て苦笑すると、懐から封筒を取り出した。


「……あら?もしかしてそれは……とうとう新作が届きましたの?」


 不機嫌そうにぐったりしていたエカテリーナは、その封筒を見るや否やピシッと背筋を伸ばした。


「たぶん、ですけど。差出人が書かれてないんです。でも消印は、私が住んでいたタイガ森寄り村の近くの街になっているので、ウーノさんが差出人で間違いないと思います。名前、書き忘れちゃったんでしょうか?」


「そうですの?でも普通、家族以外の故郷のお友達からもお手紙は来る……何で泣いてますの?」


 エカテリーナが何気なく発したセリフに、ミーシャは深く傷ついた。ちょっと涙目だった。

 初陣の時と同じくらいの、涙目だった。


「な、泣いてません!泣いてませんから!別に!?私にはウーノさんがいますし!?ウーノさんからお手紙来れば、それで十分ですし!?お友達いっぱいのエカテリーナさんは、友達からのお手紙読んでいてください!あーあ、疲れてるエカテリーナさんのために、せっかく今日は封も切らずに急いで、お手紙持ってきたんですけどね!ふんっ!」


「……ミーシャ、貴女もしかして、お友達が……」


「それ以上言ったら本当に手紙読ませてあげませんからね……!」


 ミーシャは目を赤くらしながら、エカテリーナを睨みつけた。敵兵と対峙たいじするときより鬼気迫った表情である。

 そんなミーシャに、エカテリーナは生温い微笑みを向けた。


「……ええ、ええ。私と貴女は、お友達……いえ、一つのパンを分け合い、同じ塹壕で寝起きした……ケツのほくろまで数え合った、戦友ですわよ。隠し事は、無しにしようじゃありませんの」


「戦友って言ってくれるのは、嬉しいですけど……け、ケツのほくろって、いつ数えたんですか!?」


 ミーシャは後ろに手を回してお尻を隠した。ミーシャは既婚者であり、そういう趣味は無いのだ。


「比喩表現ですわよ、比喩。ほら、わざとお下品な表現でお互いの友情を表現する、思春期の子供がやりがちなアレですわ。ミーシャも子供のころ、お友達とやった……あっ!」


 エカテリーナは、しまった!と言う顔をした。しかし、こんな中途半端なところで言葉を切ってしまうくらいなら、最後まで言い切った方がマシだったかもしれない。ミーシャはとうとう、泣いてしまった。


「う、ううぅ……エカテリーナさんなんて、もう知りません……」


「ちょっと勘弁してくださいまし。まだ具体的な言葉は言ってない……まあ、言いましたわね。でもほら、わたくしだって、貴女ほど明け透けに色々話せるお友達、初めてですのよ?」


「……嘘つき……どうせ、嘘です……友達いっぱいのエカテリーナさんの、一番の友達が私なわけありません……」


 疑り深いミーシャの呟きに、エカテリーナは首を傾げた。


「別に一番とは言ってませんわよ?色々と本音をさらけ出せる友達としては、初めて……ウソウソ!ミーシャはわたくしの一番のお友達であり戦友ですわよ!ほら、ギュー!ギュー!ああ、友情を感じますわね!?だから面倒くさい拗ね方しないでくださいまし!」


 ミーシャは恥ずかしい勘違いをしていた事実に、絶望して崩れ落ちた。肯定しても否定しても拗ねる、面倒くさい女ミーシャ。そんな彼女を宥めるべく、エカテリーナは自身の中で最大の友情表現、ハグをした。


 モニュモニュ。ミーシャの顔がエカテリーナの豊満な胸に飲み込まれる。

 ミーシャは顔に押し付けられる柔らかい感触に割と本気でムカついたが、これ以上意地を張っても、自分が薄い胸に相応しい子供っぽい性格だと示しているように感じたので、色々諦めた。


「はぁ……もういいです。私が幼稚でした。ほら、一緒に手紙、読みましょう」


 ミーシャはそう言って、エカテリーナを押しのけた。

 エカテリーナは未だ少し不機嫌そうなミーシャを気にしていたが、手紙の誘惑には抗えない。

 ミーシャが封を切って手紙を広げると、エカテリーナはミーシャの頭を乳置台にして、上から覗き込んだ。


「重いです」「いいじゃありませんの」、そんないつもの日常のやり取り、兵士と言ってもまだ年若い乙女たちのじゃれ合いは、広げられた手紙を見た瞬間、吹き飛んだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 裏切者め!帰ってくるな!


 お前はどうせスパイだろ!

 気色悪い魔女め!地獄に落ちろ!


 寄生虫はそのまま戦場で死ね!


 ウーノ兄さんはお前がいない方が幸せに……


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ボッ


「あっ……え、エカテリーナさん!?」


 悪口が書かれていたのは、ミーシャでも分かった。しかし、一瞬でウーノのヌード写真を記憶するほど、動体視力と視野が広いエカテリーナは、すぐに手紙を読み終えてしまったのだろう。ミーシャが読み進めていた途中で、エカテリーナは指先から雷を放って、手紙を焼き焦がしてしまった。


「胸糞悪いですわね……ミーシャ、気にするんじゃありませんわよ」


 そう言って、エカテリーナはミーシャの頭の上から胸をどけると、後ろから彼女に抱き着いた。自分は味方だぞ、そう伝えるために。


「はい……でも、今のって、村の人が……」


 ミーシャが気にした素振りを見せると、エカテリーナはそれを黙らせるように、力いっぱい抱きしめる。ミーシャは背中に当たる妬ましい大きな膨らみが、今だけは優しさに感じられた。


「はぁ~……ミーシャ、本当に、気にしてはいけませんわよ?貴女が祖国のために、家族のために、ここで命を懸けているのは、わたくしを含め、部隊の皆が、良く知っていますわ。ですから、一部の恥知らずのクズどもの戯言なんて……」


 大切な戦友を傷つける社会の不条理に、エカテリーナが憤っていた時。

 自分のために怒ってくれる人がいる、と言うのが、これほど心強い物かと、ミーシャが感動していた時。


 カラン


「イタっ……」


 ミーシャの頭に保存食の空き缶がぶつけられた。


「おや、なかなかのコントロールですな」「へへ、ありがとうございます、クリコニクさん」「次は私が投げますよ!」


 それを投げた犯人は、捜すまでもなかった。

 戦場で先陣を切るのは魔法使いの力を持つ貴族の務めだが、中にはその責務から逃れる、恥ずべき者もいる。しかし戦況の悪化により、今まで徴兵を免れてきた一部の貴族のボンボン娘たちも、戦場に引きずり出されるようになっていた。ミーシャに空き缶を投げたのは、そんな戦争をまだ良く知らない、新兵の魔法使い兵達だった。

 取り巻きに囲まれた、毛先が赤い銀髪のショートヘア、ナジンカ・クリコニク少尉の一派が、その犯人だった。


「……貴様ら」


「おやおや、これはエカテリーナ大尉じゃありませんか。『雷女帝』の二つ名は聞き及んでおります。しかし、そんな貴官が国家の寄生虫と……ムッ!?」


 エカテリーナは豊かな金髪をパチパチと弾けさせ、ユラユラと立ち上がる。魔法の行使の予兆を見せつける彼女から、ナジンカは缶を投げた取り巻きを守るように立ちふさがる。一瞬のにらみ合い、瞬間、エカテリーナは彼女の口を殴りつけた。


「……ふんっ!」


「ガフッ!?」


 白い歯が飛び散り、ナジンカの口元から血が垂れる。彼女は完全に、エカテリーナの動きを追えていなかった。

 まだ殴り足りないと、エカテリーナは取り巻きの方にユラリと首を回した。パチパチッ。毛先の赤い金髪が激しい音を立って舞う。


「ひ、ひぃ……!」「き、貴様……!」


 蛇に睨まれたカエル同然に、二人の新兵はその場にへたり込んでしまった。

 逃げることすらできない憐れな次の犠牲者へ、エカテリーナが一歩、また一歩と距離を詰めると、彼女の服にミーシャが縋りついた。


「え、エカテリーナさん!私のために怒ってくれるのは嬉しいんですけど……やり過ぎですよ!今は仲間割れしてる場合じゃ……!」


「仲間割れ?ハッ……こいつら貴族の務めたる、先陣突撃兵から逃げて来たクソッタレですのよ。こんな女らしくない臆病者どもを、わたくしは仲間だと思ったこと、微塵もありませんのよ」


 エカテリーナの怒りを、ミーシャは必死になだめようとした。しかしタイミングが悪かった。

 ウーノからの手紙が読める!と期待していたところに、大切な戦友を貶める悪意の手紙を読んでしまった彼女は、ただでさえ機嫌が悪かった。

 そこに典型的な臆病ダメ貴族のバカ娘がやってきたところで、完全にエカテリーナの脳は沸騰してしまっていた。


「くく……やれやれ、寄生虫のお友達は、同胞に手を上げる裏切り者、と言うわけですな」


 貴族の意地か、ナジンカは血を乱雑に拭うと、再び取り巻きを守るようにエカテリーナの前に立ちふさがった。慇懃無礼な言葉遣いでの悪態も忘れずに。

 ナジンカは派閥のボスとしての振る舞いを心得ていた。たとえ強敵相手でも、庇護すべき配下を差し出すような真似は、絶対にしないのだ。


 腐った貴族精神も、見栄を張るには役立つのか。そんな皮肉めいた感心をしつつ、エカテリーナは再びナジンカへと殺気を向けた。それを受けてナジンカは、空間を握りしめるように手を動かすと、白銀の冷気の槍をその場に生み出した。


「はぁ~……大人しくみっともなく無様に、床で芋虫になっていれば、手足をぐくらいで許してあげるつもりでしたのに……腐っても魔法使いでしたわね、貴女。いいですわ、手足だけじゃなく、目を抉りだして、鼻と耳をそぎ落とし、喉を雷で焼き焦がして差し上げますわ」


「ほう!寛大ですな……それでしたら、私からは貴方の手足と眼球を凍らせて、とうぶん回復魔法でも治療できないように、腐らせて差し上げましょう」


 実践経験豊富な歴戦の古強者、『雷女帝』エカテリーナ・ユスポフ大尉。そして新兵とは言え貴族の跡継ぎで、戦闘訓練を積んできたナジンカ・クリコニク少尉。二人の強力な魔法使いのにらみ合いに、空気が震えていた。

 この騒動を遠巻きに見ていた野次馬たちも、巻き込まれてはたまらないとそそくさと食堂を出ていく。この場には、ナジンカと取り巻き二人、そしてエカテリーナとミーシャだけが、残された。


 冷気の槍と、二色の雷。それが今まさにぶつかる……その間際に、二人の間に水の壁が出現した。

 術者の正体は、明らかだった。


「喧嘩はやめてください!」


 豊かな黒髪をゆらめかせたミーシャが、二人に叫んだ。


「ミーシャ……」「ちっ……」


 ミーシャの鬼気迫る表情に、エカテリーナは拳を納めた。ナジンカもまた、敵に回す可能性がある魔法使いがもう一人いたことを思いだし、槍を投げ捨てた。


「この件は母上に報告させてもらいますぞ、エカテリーナ大尉!軍法会議にかけられるのを楽しみに待ってなさい!……行くぞ、お前ら」「は、はいぃ!」「ま、待ってください、クリコニクさん!」


 ナジンカは捨て台詞を吐くと、取り巻きを連れて食堂を去って行った。


「あの恥知らずども……やはり制裁を……」


「ダメですよ!エカテリーナさん!もしも、私のために力をふるうなら……この戦争が早く終わるようにするために、ふるってください!」


 未だに殺気立ったエカテリーナを、ミーシャは後ろから腰に抱き着いて引き留めた。

 他の捕まえ方だと、エカテリーナは自分を引きずったまま再びナジンカに襲い掛かるだろう。以前エカテリーナの歩みを止められなかったミーシャはその反省から、歩きにくいように腰にしがみついたのだ。


 しばらくエカテリーナは血走った眼でナジンカが去った廊下を見ていたが、ミーシャが手を放す気がないのを悟ると、ふっと表情を緩めた。


「分かりましたわよ……分かりましたから、そろそろ放してくださいまし。それとも、本当に私のケツのほくろ数える気ですの?」


「ち、違いますからね!?私にそんな趣味無いですからね!?」


 ミーシャは慌ててエカテリーナの腰から飛び退いた。

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