210日目①
本日は2話投稿です。これは2話目です。
霜柱を踏むと、ザクザクと音がして楽しい。私は歩いてきた道を振り返る。村からこの家までの道に続く自分の足跡を見て、達成感を感じた。
「ウーノ兄さん、お手紙、持ってきた」
満足した私は、扉を叩いて呼びかける。しばらくすると、ウーノ兄さんが出てきた。
「ああ、タチアナちゃん。ありがとう。外は寒いでしょ?お茶でも飲んできなよ」
「ありがとうございます」
私はお兄さんの好意に甘えて、家にお邪魔した。
「今、お湯あっためてるからね……西の戦線では、もう雪が降りだしたんだって。もうすぐこっちでも雪が降るかもね」
「そうなんだ……」
雪が降ると、さすがにこの家に来ることは、仕事の手伝いでも親が許してくれないだろう。
ウーノ兄さんに会う機会が減ると思うと、私は憂鬱な気分になった。
「はは、子供はみんな、雪が好きだと思ってたけど……タチアナちゃんは、雪が嫌い?」
私の反応を見て、ウーノ兄さんが笑った。
「むーっ……私、子供じゃない!もう12歳だし、お母さんの仕事の手伝い、してるもん!今もこうして、ウーノ兄さんに手紙、届けに来たでしょ!」
この前の秋、私は12歳になった。15歳で成人、そろそろ遊んでばかりじゃダメ。だからもう、私は仕事の手伝いを勉強してるのだ。
お母さんは村の運送屋さん。手紙や荷物を街の郵便局で受け取って、村の皆に配っている。それ以外にも、村の皆が欲しがってる物を代理でまとめて買いに行ったりしている。
私はその手伝いで、ウーノ兄さんに手紙を届けに来た……という名目で、良く遊びに来ていた。
「ごめんごめん。でも、エルモライさんの家には、良くいくから、わざわざ届けに来なくていいのに。まあでも、ありがとう」
そう笑いながら、ウーノ兄さんは私の頭を撫でる。自分の感情が見透かされたようで、恥ずかしくなった。
「むーっ、むーっ!……そういえば、なんで家の中なのに、手袋してるの?外せばいいじゃん」
私は子供扱いする仕返しのつもりで、頭を撫でる手を掴んで、手袋を外そうとした。でも……
「触るな!」
拒絶の声。いつも無防備で、子供に尻を揉まれても、仕方ないなあ、で済ませるウーノ兄さんが。私がパンツを盗んだ、と知っても笑っていたあのウーノ兄さんが、本当に嫌がっている。心からの嫌悪、そんな声だった。
「ご、ごめ……」
私はとっさに謝ろうとしたけど、びっくりして声が出なかった。
だって、自分の何が悪かったのか、全く分からなかったから。手袋を外そうとすることが、他のことよりダメな理由が、思いつかなかった。
「あ……悪い悪い!大声出してびっくりさせちゃったね……俺さ、女の人に肌を触らせちゃ、ダメなんだ。だから、タチアナちゃんと話したり、村に行くときは、いつも肌を出さない格好してるんだよ」
「そ、そうなの?私だけじゃなくて……?」
「そうそう!女の人は全員。だから、タチアナちゃんが嫌いになったとか、そういうんじゃないから、安心して!」
ウーノ兄さんは私の頬を、手袋越しにムニムニした。
私はそんな親しみの仕草に、ほっと安心した。
「分かった……」
「良し!あ、お湯湧いたみたい。さ、飲んで飲んで」
ピーッ、という音がして、ウーノ兄さんは立ち上がった。そしてポットを持ってくると、私にお茶を入れて、クッキーをくれた。
「ありがと……」
私がそれを食べている間、ウーノ兄さんは私が持ってきた手紙を読んでいた。
封筒から取り出したそれを、嬉しそうに読んでいたけど、視線が最後まで行った時、ウーノ兄さんは吹き出した。
「ブフっ……はは、ははは!まったく……ミーシャちゃんは……はは……」
「ど、どうしたの……?」
ここまで爆笑するウーノ兄さんは、初めて見た。私は何が書かれているのか気になって、身を乗り出した。
「ははは……いやあ……タチアナちゃんに、ちょっと似てると思ってたけど、こんなところまで似るなんて……はは」
どうやら手紙の差出人と私のことで、何か共通点があるらしい。
そういえば、すっかり忘れていた。夏の時、許してくれた理由、助けてくれた理由を、似てるから、と言っていた。
誰に?そう思っていたけど、ウーノ兄さんのことが気になって、すっかり忘れていた。
「ミーシャって……その、手紙の人?」
差出人の名前を思いだして聞くと、ウーノ兄さんは笑いながら頷いた。
「あれ、言ったことなかったっけ?ミーシャちゃん……俺の妻、ミーシャちゃんと、タチアナちゃんが似てるんだよ」
「つま……ツマ……妻……?」
くらくらと、地面が斜めに揺れる気がした。
私は、衝撃を受けていた。だって、ずっとウーノ兄さんは、独身だと思っていたから。奥さんの話、聞いたこともなかったから。
「そうそう……ちょっと怖がりだったり、気弱で……あと、そう!出会い方まで、そっくりなんだよ!」
「妻……」
「あの時、調子に乗ってた俺も悪いけどさ。ミーシャちゃんに押し倒されて……ああでも、似てるっていうのは、俺にもかな?俺もさ、臆病者!とか挑発されると、無茶しちゃうからね。だからこそ、タチアナちゃんが妹みたいに思えて……」
「そ、そうなんだ……」
何とか返事をした私は、頭の中でグルグルと『妻』、『妹』という単語が回っていた。
「でさでさ、手紙も読んでよ!この最後のところ!『ヌード写真も満足したけど、できたらパンツもください』ってさ!いやー、パンツを欲しがるところまで一緒だなんて……ははは!」
私は与えられる情報の密度と衝撃に、完全に麻痺していた。
ただ停止する思考の片隅で、自分が届けていた手紙がすべて、他の女とのやり取りだったのだと、自分でないだれかとの愛のやり取りだったのだと。そうと知らず自分が、ずっと道化のように馬鹿みたいに、ウーノ兄さんに手紙を届けていたのだと、気が付いた。
「そう、なんだ……」
「はは……あ、ごめんごめん。子供には刺激が強いことまで、話しちゃった。つい可笑しくて……ははは。タチアナちゃんのことは、切っ掛けがパンツ泥棒だったから、手紙に書かないでいたけど……すごい偶然だなぁ……ははは……はぁ、会いたいな……」
未だにウーノ兄さんは楽しそうに笑っていた。でも、最後にふと、すごく寂しそうな顔をした。
それを見て、麻痺していた私の思考は、ストンと落ち着いた。
ああ、ウーノ兄さんは、私と一緒にいるのに、私以外の女のことを考えているんだ。ここにいる私じゃなくて、ここにいない『ミーシャ』を、愛しているんだ。
「……お茶とクッキー、ありがとう。そろそろ帰る」
「ああ、うん。気を付けて帰りなね」
笑顔で手を振るウーノ兄さんに見送られて、私は家を出た。
彼の視線がなくなると、私は目から、自然と涙が出てきていた。
泣いている自分が悔しくて、私は走り出した。走って、走って、目をカッと見開いて、走った。
涙で濡れた目を、乾かしたくて。かえって痛くなって、余計に涙が出てきたけど、涙の言い訳ができるから、私は痛みをこらえて目を開けて走った。
そうして走って、そのまま家に帰ると、郵便物の仕分けをするお母さんの背中があった。
「ああ、タチアナ。頼んでた配達、終わったのかい?」
足音で私だと分かったみたいで、お母さんは振り返らずに言った。だから、涙はばれなかった。
「うん……ねえ、お母さん。『ミーシャ』って、どんな人?」
私が尋ねると、お母さんがふと上を見上げた。まるで何かを思い出すみたいに。
「ああ、手紙が気になったのかい?ウーノの奥さんだ。まあ、母さんも詳しくは知らない、っていうか覚えてないが……」
「どうして?」
「どうして、って……あんた、知らなかったのかい?今、スーラフの奴らと戦争してるだろう?その戦争に、ミーシャの奴は徴兵されてるのさ。んでもって、村にちゃんと顔を出すようになった、3日目、新婚6日目に徴兵されて出て行っちまったから……母さんも、よく覚えてないんだよ。まあ、ベッドの上で弱いって話は覚えているが……おっと、これは子供にはまだ早いか」
そうやってお母さんは作業に戻った。本当に、それ以上話すことが無い様子だった。
だけど、私は気になったことがあった。
「新婚6日目って、どういうこと?」
「そのままの意味さ。あいつら、結婚してから6日で、離れ離れになったんだよ。たしか、出会って1日で結婚、って言ってたか?だから、結婚前も含めても、7日しか一緒にいられなかったのさ。それでも貞節を貫いているあたり、純愛過激派の儀式を上げただけはあるねえ。無理やり押し倒した、って聞いてたけど、その一発で大当たりの夫を引いたわけだ」
「む、無理やり!?」
「ああ、ミーシャの奴、ウーノを魔法で脅してベッドインしたらしい。翌日になって謝って、正式に結婚を申し込んだんだと」
「そ、そっか……部屋にいるね」
私はそのまま、寝室に行ってベッドに飛び込んだ。
妹や弟たちは、まだ帰ってきてないから、この部屋は私一人だ。
ふと窓の外を見ると、雪が降り始めていた。
しばらくは、ウーノ兄さんが村に来る時しか、会えないかもしれない。
「……私の方が、一緒にいる時間、長いのに」
『ミーシャ』は7日、でも私は半年以上、顔を合わせて話してる。
「無理やり押し倒したって……」
それなら、別の女に押し倒されてたら、その人と結婚したの?
「でも、肌は……」
そんなガードユルユルなのに、女に……妻以外に肌を触れさせない、って。
「私が先に会ってたら……」
そしたら、私が結婚して、ずっとそばに居てあげられるのに。
「私が、大人だったら……」
ウーノ兄さんを守って、養えるのだろうか?好きな時に会って、好きなだけ一緒にいれるのだろうか?
でも、私はまだ子供だった。それが悔しくて、悲しかった。




