207日目①
「エカテリーナさん……あ、え、エカテリーナ、隣座っても良いですか?……あ、良い?」
シャワー室でのやり取りから1週間、改めて敬語をなくそうと努力するミーシャだったが、その成果は全く出ていない。出会った当初から、『年も近いことだし、敬語も敬称も不要ですわよ』とエカテリーナは言ってきたのだが、ミーシャのそれは筋金入りだった。
そんな喋りにくそうなミーシャを見かねたエカテリーナは、貴重な休暇に楽しんでいた貴重なドライフルーツを手早く飲み込み、ため息をついた。
「はぁ~……無理しないで良いですわよ。諦めましたわ。……ほら、早くお座りになって」
「ご、ごめんなさい……」
配給食の乗ったプレートを抱えて、ミーシャはエカテリーナの横に座った。
そんな相棒に肩をすくめつつ、エカテリーナは食事を再開した。
「そういえば……んっく……聞きまして……ハフハフ……前の戦争の……」
「エカテリーナさん、食べながら喋らないでください……」
ミーシャはパンをちぎりながら、呆れ声を出した。
この凛々しく美麗な女騎士は貴族生まれではないか、とミーシャは疑っていた。しかしその疑いを晴らすためか、この戦友はわざとらしいまでに所々ガサツで品の無い所作をすることがある。
「ずずぅ……ふう。前の戦争で作ったまま使用されなかった、塹壕と塹壕を繋ぐ地下トンネルが、発見されたんですの。都合がいいことに、敵の陣地の後方に、繋がっているらしいですわ。上手くいけば、春前に決着がつくかもしれませんわね」
「そうだと、良いんですけど……」
千切ったパンをチマチマと食べながら、ミーシャの表情は浮かなかった。
前にもスーラフの魔導戦車の鹵獲に成功したので、こちらも開発して配備され戦線を押し戻せる、なんて噂を聞いたが、結局戦況は何も変わらなかった。
いついつ戦争が終わる、という予想を、ミーシャは期待しないことにしたのだった。
「ノリが悪いですわね。1年待たずに、夫に会えるかも!?って喜ぶところじゃ、ありませんこと?」
「私はこの手の噂、信じてもガッカリするだけだって、思ってますから……エカテリーナさんは、信じてるんですか?」
「信じるも何も、今回は噂じゃありませんわよ。事実ですもの。それに、この手の話がガセやら期待外れでも、次の噂を信じてワクワクすれば、ガッカリしませんの」
「楽観的ですね……」
色々と凸凹コンビな二人だったが、相性は悪くなかった。
コミュ強メンタル強者なエカテリーナと、基本的に受け身姿勢なミーシャは、良い関係を築けている。
純愛過激派のエカテリーナにとって、一時の快楽に溺れ売春夫に縋る、夫や恋人を裏切る戦友は浅ましく映っていた。そんな中で、夫に貞節を尽くし、『貞淑な淫紋』すら刻んでいるミーシャの姿は、地獄の戦場でも純愛を貫く気高いものに映っていた。
それゆえに、距離を詰めるのが苦手なミーシャに、エカテリーナは最初から親し気にズケズケと距離を詰めて行った。
今ではすっかり、公私ともに戦友だった。
「はぁ~……それにしても、肩が凝りましたわね……塹壕暮らしが長引くと、変な姿勢でいるせいか、大変ですわね」
エカテリーナは右手に雷をバチバチと宿しながら、自分の肩を叩いた。そんな彼女を、ミーシャはジトっとした湿度の高い視線で睨んだ。
「……胸に邪魔な脂肪の塊ぶら下げてるからですよ。私は肩、凝りませんし」
「あら、そうなんですの?羨ましいですわね……あっても邪魔なだけですし、どうにかなりませんこと?切除しても、回復魔法を使うと元通りになってしまいますし、ままなりませんわね」
エカテリーナは心底邪魔そうに、自身の豊満な胸を持ち上げてぼやいた。
ボイン❤
手を離すと弾む胸からは、そんな音が聞こえてきそうである。ミーシャは激しく歯ぎしりをした。
「いらないなら下さいよ!」
ボインボイン❤
ミーシャがエカテリーナの胸をビンタすると、先ほどより大きく弾んで揺れた。ミーシャは血涙を流した。
勝手に怒って勝手に落ち込むミーシャを、エカテリーナは珍獣を見るような目線で見た後、ポンと手を叩いた。
「それはそうと……前回の手紙から1週間経ちましたわよね?そろそろ新しい作品が届いたんじゃないんですの?」
「……ウーノさんの手紙のこと、『作品』って呼ぶの、やめませんか?」
心が荒んでいたミーシャは、少しつっけんどんな態度で、前から思っていたことを言った。
これは夫から自分への、励ましの便りであって、本来は見世物ではない。唯一の『友人』がどうしても、と言うので見せてあげているだけなのだ。
「あら、他に良い名前がございますの?『新婚遠距離夫婦イチャラブ文通』とか?」
「……『作品』でいいです。はい、私はもう読んだので、エカテリーナさん、どうぞ」
催促されることを察していたミーシャは、懐から手紙を取り出して、エカテリーナに渡した。
巨乳は憎いが、エカテリーナはミーシャにとって唯一の友達なのだ。10代半ばのうら若き乙女は、憎しみより友情を取った。
「んふうぅ……話が分かる戦友ですわね……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「イネッサ?どうしたんだ、その格好」
ウーノは魔導車に使う魔導具を仕入れに、仲のいい村人数人と共に街を訪れていた。
知り合いが他にいるわけでもないので、ウーノは毎回、虎の王城を利用していた。
しかし今回彼を出迎えたのは、いつものダルダルエプロンではなく、軍服にマント姿の凛々しい装いをしたイネッサだった。
建物の玄関前で、魔導車に乗りこもうとしていた。
「ん?ああ、ウーノ、久しぶりじゃん。みりゃ分かるでしょ?アタシにもオハチが回ってきたのさ」
そう言って、イネッサはその場でターンを決める。大きなバストが揺れるが、ウーノは何とか視線を吸い寄せられるのを回避した。
「そうか……君もとうとう、召集されたのか」
「色々、コネを使って逃れてきたんだけどねぇ。戦況が悪いから、そうも言ってられなくなった………周囲の目もあるしさ」
イネッサはそう言って肩をすくめた。
ウーノは最近の新聞の論調を思いだした。
「流れ水の民は全て、売国奴で国家に寄生するスパイだ!ってやつ?」
「そうそれ。ヤになるよ、ウチは創業100年、って看板に掛けてるのにさ」
ウーノが食べた知恵の実、食すだけで別言語とある程度の知識を獲得できるあの植物魔物の果実は、流れ水の民の特産物だ。
植物魔物を育てるには、大量の風と水の魔力が必要だ。そして、いくら便利な品物とはいえ、需要が少ない。この時代に海外出張や海外旅行なんてものはないからだ。手間の割に需要が少ない知恵の実は、商品作物として育成されることはまずない。
しかし、各国を旅してまわることが多い流れ水の民は別だ。自前で風と水の魔力を用意でき、そして言語習得の必要性も多い彼らは、積極的に知恵の実を育成し、他の旅する同胞と交換することが多いのだ。
それゆえに、流れ水の民はすぐに他言語を習得できる。その特性が、悪化する戦況への国民の不満を政府から逸らす目的で、悪く言われていた。他国からのスパイ、あるいはいざとなればすぐに逃げだす、民族に寄生する愛国心が無い連中、として批判の対象にされたのだ。
イネッサの家系のように、100年以上同じ土地に住む者であっても、周囲から冷たい視線を向けられることが増えたのだという。
「……出征するのは、愛国心の証明、ってことか」
「まあ、ね。それに泣き虫ミーシャが戦場で戦っているのに、このアタシが後方でヌクヌク男遊び……なんて、女が廃るよ。そのうち一暴れするつもりだったし、丁度いい機会さ」
強気な笑みを浮かべるイネッサを見て、ウーノは少し羨ましくなった。
流れ水の民の女であり、優秀な魔法使いの彼女は、戦場に行っても活躍できるだろう。社会に対して、己の価値を強さとして証明できる。
一方で、自分は『後方でヌクヌク』して、妻の帰りを待つだけだ。女尊男卑なこの世界に慣れてきたとはいえ、そんな現状は未だにウーノのプライドを傷つけていた。
「そうか……武運を祈る。それと、もしもミーシャちゃんに会ったら、どうかよろしく頼む」
「へへ、あんたが刻印なんてしてなかったら、出征祝いにキスの一つでも要求してたところだけど……まあ、任せときな」
イネッサは豊かな胸を叩いて、頼もし気に頷いた。
「はは、君らしいな」
そう笑い合うと、イネッサはふと思い出したように手を打った。
「ああ、そうだそうだ。ついでだし、アレ、アンタにやるよ」
「アレ?何だ?」
ウーノが首をかしげていると、イネッサは宿に戻ると、しばらくしてリンゴのような果実と、いくつかの書類を持ってきた。
「ほれ、これだよ。こっちは、ポツカ語の知恵の実だ。で、こっちは冒険者の越境許可証」
イネッサからそれらの書類を受け取ったウーノは、首を傾げた。
「……何でまた、そんな物を?」
「アンタ、出身を旧ポツカ領ってことで、誤魔化してるだろ?こんな時代だ、話に信憑性を持たせるために、ポツカ語を知っといた方が良いだろ?で、こっちの冒険者の越境許可証は、ミーシャがアンタと出会った切っ掛けのカバーストーリーさ」
国境は山脈や川に従って引かれることが多いが、そうでない場所もある。そして、魔物に国境は無い。討伐中の魔物が越境して、せっかく討ち取れそうだった魔物を逃がしてしまうことがある。そうした時に、魔物を倒しきるために、国境を少しの間なら超えることができるよう、上位の冒険者には越境許可証が交付される。
ミーシャのようなBランク冒険者に交付されることは滅多にないが、ありえないことではない。偶然離れた場所に住んでいた二人が出会った、と説明するより、越境するときに出会ったとする方が自然だ。
「ありがとう……でも、良いのか?このままじゃ女が廃る……て言っても、徴兵されるのは嫌だろう?これがあれば他所の街か国に行って、兵役のが……」
兵役逃れができたんじゃないか。そう言おうとしたところで、イネッサはウーノの唇に指をあてた。軍用手袋越しに、彼女の長い指がウーノの乾いた唇を撫で上げる。
「……アタシの婆さんも爺さんも、この街で生まれてこの街で死んだ。お袋も親父も、この街で生まれたし、この街で死ぬ気だ。そして、当然このアタシもね。だから、アタシは絶対に帰ってくるし、逃げ出さない。アンタにこれを渡すのは、その決意表明さ」
そう言って、イネッサはウインクをした。
ウーノは不覚にも、彼女を心底格好いいと思ってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ムフゥ……別の女とのやり取りを、そして褒める内容を、隠すことなく伝えてくる……本来は脳が破壊されるやり取りですわね。でも、『貞淑な淫紋』があるから、不貞は絶対にない……その事実によって、他の女といる時でも、貴方のことを考えています、という高度なノロケとラブコールになっていますわ……んん!素晴らしいですわ~、ウーノさん、こんな変化球まで使われるんですのね!」
エカテリーナは頬を赤らめて賛美した。
そんな彼女の長台詞を、ミーシャは呆れつつも、少し楽しそうに聞いていた。
「なんか、最近はエカテリーナさんのレビューを聞くの、不本意ながら楽しくなってきたんですよね……こう、そう言う見方もあるのか、って感じで。ウーノさんの愛情を、より強く感じられるというか」
「それは何よりですわ……あら、今日は2枚目もあるんですの?」
エカテリーナは満足げにして、ミーシャに手紙を返そうとしていたが、手紙の紙が重なっていることに気が付いた。
文面的にもう終わりかと思っていたのだが、どうやらまだ続きがあるらしい。
しかし、エカテリーナが紙をめくろうとした時、ミーシャは顔を青ざめさせた。その青ざめようは、まだ新兵だったころ、攻撃用魔導具を間違ってエカテリーナに発動してしまった時以来の青さだった。
「あっ!?だ、ダメです!」
ミーシャの制止も間に合わず、エカテリーナは2枚目を見た。次の瞬間にはミーシャが手紙を取り上げたので、目に映ったのは一瞬だった。しかし優れた兵士であり高い動体視力と広い視野を持ったエカテリーナは、その内容を完全に理解した。
ツーッと、エカテリーナのその高い鼻から、一筋に鼻血が流れ出た。それを見て、ミーシャは自分が間に合わなかったのだと悟った。
「なんて物を……なんて物を見せて下さいましたの……これに比べたら、今まで見て来た春画は、カスですわよ……!」
エカテリーナは恍惚に身を震わせ、鼻血を滴らせた。食べかけの食事の上に、ポタリポタリと垂れ落ちて、赤いシミを作って汚していく。しかし、そんなことにも気を留めず、エカテリーナはただただ、今見た光景を、脳内で反芻していた。
「わ、忘れてください!今すぐ、早く!」
「無理ですわ。きっと一生脳裏にこびり付いて取れませんの。最低でもあと10年はオカズ確定ですわよ」
「ダメ―!」
ミーシャはポカポカとエカテリーナの頭を叩いて、衝撃で記憶を消そうと努力した。しかしこの強靭で堅固な女騎士は、びくともしなかった。
彼女が見たのは、ウーノのヌード写真だった。
以前にミーシャから、会えなくて寂しいと手紙が来たので、夫として妻を慰めるため、ウーノは自分の裸体を撮影して送り付けたのだ。
ミーシャはそれを激しく利用したのだが、その時の水気で手紙がくっ付いてしまっていたようだ。
「本当に、本当に素晴らしいですわね。戦地で悶悶としているであろう妻に、自らの裸体を送るだなんて。それも働き手の妻がいない、決して楽でないだろう家計の中で、高価な写真を。随分とたくましい体、マジでエロスを感じるその体に、刻まれた時のままの刻印!ちゃんと貞操を守っている証拠ですわ。エロと愛と貞節を示す一石三鳥の素晴らしい逸品ですの……あ、ミーシャ、先に部屋に戻っていますわね。しばらく一人にさせてくださいまし」
エカテリーナは鼻血を拭いて立ち上がると、血がにじんだ食べかけの食事をかきこんで食器を返却した。
「な、何する気ですか?」
「何って、ナニですわよ」
「ダメです!絶対に、ダメ―!!」
ミーシャはエカテリーナの服にしがみついたが、エカテリーナはそんな彼女を引きずったまま、部屋に戻っていった。
自分にお構いなしに服を脱ぎ始めたエカテリーナを見て、ミーシャは涙目敗走した。




