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新婚6日目、ミーシャは戦場に行った~貞操逆転世界で出征した妻のために夫のすべきこと~  作者: つゆたま
戦場編

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200日目①

本日は2話投稿になります。これが2話目です。

「はぁ~……クソッタレですわね……収穫祭までには終わるとか言い出した馬鹿は、どこのどいつですの?」


 どんよりと曇った空から、雪が降りだした。鼻頭に落ちた雪の冷たさに、女騎士は口汚く悪態をつく。


 毛先が赤い緩くウェーブした金髪、切れ長でつり目がちな紫色の瞳と、芸術的なアーチの長く豊かなまつ毛。すっと高い鼻に、透き通るような美白の肌の中に咲く、血色の良い唇。

 そして肉感的で魅力的な高身長ダイナマイトボディ。


 美麗で気品ある高貴な女騎士そのもの、といった美貌の持ち主は、凍り付いた塹壕の中で息を潜めていた。


 エカテリーナ大尉。


 アモリア純潔処女修道騎士団という、宗教騎士団から軍に出向してきた女騎士。前の戦争で大武功を上げ、『雷女帝』の異名で敵味方双方から畏怖される、17歳にして大尉に昇進した少女。そんな彼女は灰ですすけたアーマードレスに身を包み、相棒に向かって肩をすくめて見せた。


「……つ、次の、収穫祭にまでは、帰りたいです」


 そんな彼女の悪態に答えたのは、小柄で可愛らしい外見の、トレンチ(塹壕)コートにスカート軍服の少女、ミーシャ・ソーヤー少尉だった。

 魔法使い兵は、准尉からスタートする。

 ただの民間魔法使いだった彼女は、その献身的な働きぶりを評価され昇進し、エカテリーナとコンビを組んで前線衛生兵として活動していた。


「そんな待ってられませんわよ。はぁ~……参謀本部の年寄り貴族も見栄なんか捨てて、さっさと講和してくださりませんこと?」


 前のポツカ共和国との戦争は半年で終わったのだから、どうせ今度も半年で終わる。秋の収穫祭までには帰れる。

 誰が言いだしたのか分からないが、春に始まったスーラフ人民国とラシスカ帝国の戦争は、冬を迎えた今でも終わりは見えなかった。


「旧ポツカ領以外の国土回復までは……でしたっけ?」


「そうですわね。前の戦争で手に入れたポツカの土地はおろか、以前からラシスカの領土だった地域にまで食い込まれたのは……確かに屈辱ですわよ?でも、だからって無謀な突撃命令の言い訳にはなりませんわ。本当に、頭でっかちの老いぼれ貴族どもの、世間知らずの現場知らずには呆れるばかりですわね」


 現在の戦況は、ラシスカ不利、である。ラシスカ帝国が前の戦争で獲得した西部新領、つまりは元ポツカ共和国東部領は全て失陥し、旧来のラシスカ領にまで侵攻を許してしまっている。上層部の老婆たちは一撃加えて少しでも有利な条件で講和を、と考えているようだったが、現場の兵士からすれば無謀な攻勢に付き合わされる身にもなって欲しい、というのが本音だった。


 ラシスカ帝国は強力な魔法使いの血統を、貴族として保存している。故に魔法使い兵の質が他国より高い。

 その貴族の魔法使いたちによって、ラシスカは『帝国』として諸民族を征服せしめてきた訳だが……前線で戦わず指揮棒を振り回すのもまた、貴族である。

 そうした貴族もかつては兵として前線を戦ったはずだが、彼女らが知る戦場と今の戦場は、大きく様変わりしていた。


 ガマニア連合を短期間で降伏に追い込んだ、スーラフの新兵器。それによって戦争は変わった。

 その事実を受け入れられない老人たちは、かつての栄光をもう一度と、大量突撃を繰り返し命じていた。


「エカテリーナさんのおばあさまも、参謀本部に居たりしないんですか?毛先が赤い人は、貴族の血を引いてるって……」


「わたくしはただのエカテリーナ、苗字の無いただの騎士ですわよ……それよりミーシャ、新作の手紙、読ませてくださいまし。どうせ持ってますわよね?」


 ミーシャの指摘をはぐらかして話題を変えたエカテリーナは、チョイチョイと手を振って催促して見せた。


「まあ、持ってますけど……う、ウーノさんは、私の夫ですからね?渡しませんからね?」


「文章でしか知らない相手に懸想けそうしませんわよ……わたくしのような純愛過激派には、新婚夫婦の甘く切ない文通が何よりの精神安定剤ですの……んあぁあ~!効きますわよ!」


 ミーシャから渡されたウーノからの手紙を読んで、エカテリーナの目はバキバキになった。

 もう慣れたものだが、初めてそうなった彼女を見たミーシャは、腰を抜かしていた。


 エカテリーナが所属する修道騎士団は、純潔と愛をモットーにするアモリア教の中でも厳格な、純愛過激派の宗派だ。そのため純愛過激派の婚姻の儀式をして最も重大な刻印、『貞淑な淫紋』を刻んでいるミーシャに、親近感を持っていた。

 修道騎士団に所属する者は、みな処女でなければならず、男を知ることを許されない。そんな彼女たちにとって、純愛こそが最高のオカズなのだ。


「はぁ……ウーノさん、ごめんなさい……」


 ミーシャは自分に向けて書いてくれた手紙が、イケナイ用途で使われていることを、遠い地で待つ夫に謝罪した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「うーん……発想は面白いんだけどなぁ」「でも二度手間というか、無駄が多いというか……」「何でもかんでも雷の魔力を動力源にする意味、無くない?」


 ウーノは新開発した魔導具を仲の良い村の男性陣に見せるも、ダメ出しをされて項垂うなだれていた。


「そっかぁ……いや、まあ、確かにもう、上位互換みたいな魔導具、あるしなぁ……」


 現代知識を魔導具開発に活かして一攫千金、という彼の試みは、失敗に終わっていた。


 彼が最初に開発したのは、豆電球だ。銅線でつないだ竹の繊維に、雷の魔力を流して光らせる。

 しかし、光源なら火の魔導具ランタンで十分であり、そっちで良いと没に。


 次に作ったのは、モーターだ。これまた雷の魔力を銅線に流して、電磁石を作って電動機モーターを作った。土の魔力で磁力を操る形の、魔力発動機モーターは既に存在したが、モーターは魔導車作成でよく使うため、代替の魔導具にも需要があるのではないかと考えた。

 しかし、構造が複雑化するだけで無意味。没。


 その発動機と一緒に扇風機も作ったが……風の魔導具で簡単に送風できる。没。


 そして今、撃沈した発明品が、電気溶接だ。

 金属を溶かしてくっつけるなら、火の魔力で充分である。当然没。


「まあ、仕方がないよ。ほら、ウーノ君は魔導車とか、そっちの方が才能あると思うよ?」


 エルモライに慰められたウーノは、力なく頷いた。


 男は血を怖がるので、魔物の体をさばくのを嫌がる。女は血は平気でも、メカニック的なことに関する興味や適性が低い。

 現代日本出身で、血を怯えることを『情けない』と考え根性で克服し、また理系男子のウーノは、ちょうど魔導車作りに向いている人物だった。


 もともと村での魔導車製造は、自給自足的な小規模生産だ。しかし戦争で補給やらで、大都市で作られる魔導車が軍需品として徴収されるようになった結果、民間での魔導車が不足。村での魔導車生産は自給自足から重要な村の収入源の一つに変化していた。

 その中でもウーノは、車・バイク好きで得た知識を応用して、サスペンションや便利なオプションを作るなど、付加価値の高い魔導車を作れる。それに血を見ても弱音を吐かない。

 

 今では村の魔導車技師のリーダーで、村の中で重要な役割を担う高給取りになっていた。


「まあ、そうですね……でもなあ、一攫千金……はぁ……」


 とはいえ、コネもないウーノは、魔導車の販路拡大に苦戦していた。そこで現代知識を活かした発明品で、一攫千金を狙っていたのだが、結果はかんばしくなかった。

 ミーシャが帰ってくるまでに巨万の富を稼ぎ、妻を養うという彼の野望の実現は、遠いのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「んふぅ……おほぉ~……はあ、たまらねえですわね……いい男房さんじゃありませんの。亭主に余計な心配を掛けさせまいと、生活は大丈夫だと、健気に伝えてきて……おまけに、帰ってきた妻が職にありつけずに無職になることも見越して、しっかり蓄財しようなんて……純愛ですわよ~、尊いですわ~」


「あの、エカテリーナさん?夫を褒めてくれるのは嬉しいんですけど、私、冒険者だったので、無職にはならないというか……聞いてます?……はぁ」


 手紙を読みながらトリップしてる戦友を見て、ミーシャはため息をついた。

 早く交代の時間にならないかな、そう思って太陽の方角を確認しようと顔を上げるも、空は雪がパラパラと降り出す曇天。太陽の居場所なんて、分かりようがないのだ。


 諦めて視線をぬかるんだ塹壕の中に向けようとしたところで、ミーシャは上空に赤い信号弾を見つけた。ラシスカ側からだ。意味は、総員突撃。


 しばらくして、地響きと共に、Ураааааааа!!!!という怒声が響き渡った。友軍の掛け声だ。


「んほぉ……なんかこの手紙、良い匂いがしますわね……ウーノさんは、この辺りに手を置いてペンを握ってらしたのかしら?味は……」


「ちょ、エカテリーナさん!突撃命令です!私たちの出番ですよ!出番!」


 ミーシャは手紙を読んでいるだけなのに、白目をむきかけて鼻息を荒くしているエカテリーナを揺すった。


「んほぉ……んん?出番ですの?」


「そうですよ!ほら、前線衛生兵、出撃です!」


 ミーシャは装備の確認をして、水の防壁を前方に張り出した。


「何度も何度も、同じように敵の塹壕に突撃して、同じように返り討ちにされて……年を取ると新しいことを学べないってのは、本当らしいですわね。こんなに学習能力が無いんですもの」


「文句言ってる場合じゃ無いですよ……!」


「はぁ~あ……分かってますわ。無謀な攻撃命令に付き合わされる、哀れな同胞諸君を援護しますわよ」


 エカテリーナもまた鎧の留め具を確認する。準備完了した二人は、トレンチコートとマントを翻して塹壕を飛び出した。


 ミーシャは風で自分に追い風を起こし、エカテリーナは雷の魔力によって自身の筋肉を刺激して、尋常でない速さで戦場を駆けていった。

 敵の塹壕から放たれる、攻撃用魔導具から射出される氷の棘や、火の竜巻をすり抜けて。 砲撃クレーターを飛び越え、鉄条網を乗り越え、血と泥を踏み越えて。

 ミーシャとエカテリーナは重症の負傷者から順に回復魔法を施していく。


「うっ……た、助け……」「はい!これで傷はふさぎました!水の防壁を追従させておきます!大丈夫、きっと陣地に戻れますから!」


「どこぉ……私の、足ぃ……」「あ、見つかりましたわよ。ほい、繋げましたわ。もう走れますわね」


 この世界の女性は頑丈だ。魔法使いでなくとも、自分に向けての回復魔法なら誰でも使える。そこに魔法使いの衛生兵が更に回復魔法を掛ければ、即死でなければ命は救える。四肢の欠損ですら、原形があればその場で繋ぎ直せるのだ。


 焼け焦げた肉、引き裂かれた四肢、砕かれた骨。そんな死と暴力が充満する戦場で、死者を一人でも減らすため、二人はあちこちを駆けずり回った。


 しかし戦慣れしていないミーシャは、時に戦場が見えなくなる。今日も彼女は助けを求める味方の声を追って、エカテリーナとはぐれ奥深くまで突撃してしまった。しかし、それは衛生兵を吊りだすための罠だった。ワザと死なない程度に、痛めつけていたのだ。


「La mort !(死ね!)」


 叫び声と共に現れた、虎の魔物、いや、魔導車。それはスーラフが開発した戦闘用魔導車、魔導戦車だった。


 従来はウマかウシ型の魔物でしか製造できなかった魔導車。スーラフ人民国は優れた魔導工学により、肉食獣タイプなど攻撃的な魔物でも製造を可能としたのだ。

 しかし、魔導戦車の決定的な優位性は、元にする魔物の種類だけでない。死体を改造したサイボーグゾンビである魔導車は、従来は身体強化魔法は使えても属性魔法は使えなかった。しかし、スーラフ人民国は、魔導戦車による魔法の行使すら可能にしたのだ。


 今までも、移動用の魔導車に攻撃用魔導具を括り付けて軍事利用する例は存在した。しかし火力の高い魔導具は巨大な上に繊細で壊れやすい。ちょっとの振動で不具合を起こしたりするのだ。

 しかし、魔導戦車は魔物の死体そのものが魔法を行使する。それゆえに、全ての問題を解決した魔導戦車は、高機動高火力高耐久の、理想的な兵器なのだ。


 今までの戦争は、塹壕に隠れて攻撃用魔導具を一般兵が撃ち合い、数少ない魔法使い兵が奇襲や破壊工作をして攻撃発起点を形成、最後は皆で大量突撃、と言うのが一般的だった。

 身体強化による機動力、魔法による攻撃力、そして回復力による耐久力。それは本来、少数の魔法使い兵だけが満たす条件だった。しかしその役割を、魔導戦車さえあれば一般兵でも担えるように。それにより、スーラフ軍は他国を圧倒する攻撃能力を獲得し、ガマニア連合を早期に降伏に追い込み、本国から離れたラシスカ帝国相手にすら進撃を続けていた。


 エカテリーナは無謀な突撃だと愚痴をこぼしたが、ラシスカ軍参謀本部も、ただ古い戦法に固執しているだけではない。唯一の勝機は、本国から遠く補給困難なスーラフ軍の疲弊を待つこと。しかしその時間稼ぎには、スーラフ軍の攻勢を止めるため自分たちが常に攻勢に出るしかなくなっていたのだ。


 失敗を前提とした、膨大な死傷者を伴う無謀な突撃によって維持される戦線。それを少しでも長く維持するため、攻撃戦力の要であった魔法使い兵は、今では最前線で味方を回復・蘇生し続ける衛生兵となっていた。


 そんな貴重な魔法使い衛生兵を殺すため、スーラフ兵は手綱を巧みに操る。魔導戦車は高く飛び上がり、無数の火の槍を上空から降らせた。


「……ふっ!」


 ミーシャはそれを防ぐべく水の防壁を頭上に展開する。水で火がかき消されるが、立ち上る水蒸気によって壁の向こうが曇ってしまう。その隙をつくように、茶色い何かが防壁を突き破ってきた。その正体は、巨大な岩石弾。


 重力に従って自分を押しつぶさんとする大質量攻撃を、ミーシャは間一髪横っ飛びして回避する。

 地面に身を投げ出す直前、上空を確認すれば細い土の柱に乗って周囲を睥睨へいげいする、こげ茶色の髪の魔法使いが見えた。


 魔導戦車に魔法使い兵。一人で相手取るには重たい。

 そう判断したミーシャはただ転ばずに風で体を操り、なるべく遠くへと距離を取る。


 トレンチコートのボタンを外して裾を握りしめる。追い風を受けやすいように凧のように広げ、逃げる算段を取り始めた矢先。

 右後ろの死角から聞き取れない単語の羅列が聞こえて来た。


「płytki krater……Niska, drapiąca ciało, karłowata gąsienica……Daj moim wrogom ból, którym są zmęczeni……(浅ましい火口よ……卑しくも肉を掻きむしる、矮小なイモムシよ……我が敵に、飽き飽きする疼痛をくれてやれ……)」


 意味は理解できない。しかし、ミーシャはその言葉のリズムに聞き覚えがあった。それは、火の魔法の禁術、『悩ましい病の爛れ火』の詠唱だ。緑色の炎が皮膚の下にもぐりこんで、死ぬまで這いまわる禁術である。


 危機を察知したミーシャは追い風の展開を中断して、自身の背後に水の防壁を展開した。直後、金切り声にも似た甲高い音が、水を蒸発させるジューと言う音と共に聞こえて来る。

 ちらりと見れば、防壁にぶつかった緑の火が消えかかりながらも、死を与えるべき肉体を探して、水の上を這いまわっていた。

 水の防壁越しに、赤髪の魔法使いが弓を引くようなポーズをして、次の魔法を準備しているのが揺らいで見える。


 しかし、それにばかり気を取られている場合ではない。ミーシャがとっさに横に飛び退くと、彼女が先ほどまでいた場所に、泥の棘がせり上がり宙を串刺した。


 視線を寄こすと、焦げ茶色の髪をたなびかせた土の魔法使いが、柱から降りてきて地面に手をついていた。火の魔法使いもまた、いつでも魔法を放てるよう、こちらに腕を向けている。

 魔導戦車はすでに地面に着地して、ミーシャの方へじりじり距離を詰めていた。


 1対3、しかも魔法使いが二人。無事に逃げれらるかも怪しい。


 ミーシャが自身の浅はかさ、戦術の無知さを後悔しながら、何とか逃げ出すタイミングを計っていると、閃光が駆け抜けた。

 黄金と紫、二色の稲妻を身にまとい、雷そのものと化したエカテリーナが、応援に駆け付けたのだ。ミーシャに飛び掛からんとしていた虎の魔導戦車に詰め寄ると、その頭部を拳一つで爆散させた。


 崩れ落ちる魔導戦車から転がり落ちるスーラフ兵を一瞥いちべつしたエカテリーナ。魔導戦車を失い、ただの一般兵に成り下がったスーラフ兵は、その視線に恐怖して顔を青くした。二人の魔法使い兵も、エカテリーナのスピードと破壊力を警戒して距離を取り始めている。


 一瞬でこの場の絶対者に立った雷の化身はしかし、それ以上の追撃をすることなくミーシャに手を差し伸べた。


「そろそろ退きますわよ、ミーシャ。黄色の信号弾、作戦中止の合図ですわ」


 その言葉にミーシャが空を見上げると、輝きを失いかけた黄色の光が、空に昇っていた。


「……はい!」


 魔導戦車の脳漿のうしょうに塗れた手甲。差し出されたそれを、ミーシャはためらわず掴んだ。すでに半年以上、この戦場で地獄を見てきたのだ。泣き虫ミーシャは、もういない。


 ミーシャが風で撤退準備を完了するまで自分に注意を向けるべく、警戒する敵兵に向け、エカテリーナは慇懃な態度で一礼した。


「それでは、スーラフの野蛮人の皆様、文明人のラシスカ人として、別れの御挨拶をいたしますわ。ごきげんよう、さようなら(Ainsi, aux barbares de Sourav, en tant que Rasiscains civilisés, nous disons adieu. Bonne journée, au revoir)」


 流暢なスーラフ語で、挑発の言葉を投げかける。血に染まった右手をワザとらしく前に出して、腰を30度折る。侮辱するためだけにわざわざ隙だらけな姿をさらしているのに、スーラフの魔法使い達はエカテリーナに攻撃を仕掛けられなかった。

 警戒と畏怖が混じる視線を向けられながら、ミーシャとエカテリーナの二人は、悠々とその場を退却した。



 戦闘が終わった後、他の魔法使いに役目を引き継いで、二人は基地に戻っていた。

 今は二人並んで、個室式シャワー室で汗と泥を流していた。エカテリーナが素肌を伝う熱水の心地よさに目を細めていると、横のシャワーの水音が途絶えた。


「エカテリーナさん、今日は、すみませんでした」


「んん?何のことですの?」


 エカテリーナはシャワーを止めず、そう返した。


「私が深く考えずに突撃したせいで、エカテリーナさんにご迷惑を掛けてしまいました……あの場面、私一人だと、逃げ切れたかどうか……」


 申し訳なさそうな声音に、エカテリーナはなんだそんなことかと呆れた。彼女もシャワーを止め、タオルで体を拭きだした。


「別に、気にすることないですわよ。味方の救援要請に応えて敵陣深くであっても駆けつける……それは無謀ではなく、勇敢と評されるべき美徳ですの。それに、ミーシャ、貴女も私を、良く助けてくれるじゃありませんの。お互い様ですわよ。だから、まあ、わたくしから注意するところがあるとすれば……そういう時は、ありがとうと言えばよい、ということですわね。迷惑かけてごめん、より、助けてくれてありがとう、の方が気持ちがよいですわ」


「は、はい……ありがとう、ございました」


「それと、もう一つ」


 ミーシャの声を聞きつつ、エカテリーナは個室のシャワー室を出た。大雑把にしか体を拭かず、後は自然乾燥で済ませるエカテリーナに対して、ミーシャは丁寧に体を拭いているのか、まだ個室にいるままだ。

 エカテリーナは出てくるのを待とうか、一瞬悩んだが、面倒くさくなってやめた。彼女は軽く跳躍して、ミーシャの個室に飛び込んだ。


「え、エカテリーナさん!?」


「貴女、いつになったら敬語が取れますの?」


 ポコン、エカテリーナはミーシャの頭に優しく拳骨を落とした。


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