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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
芸術の都
60/61

60-音が無くなる

 私は王級内のアトリエにて、師匠、王様、そしてレイニットが見守る中、絵を描く。

 キャンバスも絵の具も筆も、全て高級品だろう。それを絵の具で絵を描いたことなんてほとんど無い素人が扱っていいものか……。


「えーっと……。本当に好きなのを描いて良いんですよね?」

「うんっ。思うまま、好きなように描いて。私はルヒナちゃんの絵が見たいの」


 ニコニコと上機嫌なレイニット。これが本当に女神でさえ扱いに困ったという、最強の戦闘種族か?


 さらさら……。


 真っ白なキャンバスに球蹴りをして遊ぶ三匹のカエルを描く。黒以外の絵の具も貰っているので、申し訳程度に緑色でカエルを塗った。あ、あと端っこに池も描いておこう。

 ……うん。なんだか真っ白なキャンバスを、絵の具で汚してしまったかのような気分だ。


「それ、ボールで遊ぶカエルの絵!? 二本足で立って、ボールを蹴ってる! 素晴らしいわ! やっぱりルヒナちゃんは天才よ!」


 何故か絶賛するレイニット。この絵のどこにそんな賛美する要素があるのだろうか。


「ちなみに、私の絵のどこが気に入ったのか教えていただけませんか?」

「何が素晴らしいって、ルヒナちゃんは存在しないものを描いているからよ!」


 存在しないもの?


「芸術家はその高い技術を持って、モデルを写実的に描くわ。それはもう、まるでその時の景色を切り取ったかのように精密にね。もしくは、モデルを見て感じたことや思ったことを絵で表現する者もいる。だけどルヒナちゃんはそのどちらでもない。絶対にこの世に存在しえないものを描いているのよ!」

「それがカエルのボール遊びですか……。確かにカエルは二足歩行をしてボール遊びをしませんが……」


 そう言えば先日、私が壁に描いた絵もこんな感じだったな。その絵を偶然見かけたレイニットは感銘を受け、王様に命じて描いた芸術家探しを……。って言うか、王様に命令できる立場って……。


「ねえねえ、他にも何か描いてみせてよ!」


 レイニットが指を振るうと、ひとりでにキャンバスが交換された。そうだなあ、次は何を描こう……。レイニットは目を輝かせ、期待の眼差しを私に送っている……。


「少し頑張って、風景画を描いてみましょうかね……」

「わかったわ!」


 急に視界が変わった。さっきまでアトリエにいたはずなのに、今目の前に広がっているのは一面の草原だ。周囲に居るのは、私とレイニットだけ。そして作画道具が一式……。


「描きたい風景の場所があったら言ってね。すぐに転移させてあげるから!」

「貴女が転移魔法を使ったんですか……」


 何の準備も無しに、こんな簡単に高位の魔法を……。やはりツェリは底が知れない……。


「さあさあ、早く描いて! あ、でも急かしちゃ駄目よね。ルヒナちゃんのペースで、ゆっくり描いていいから! あ、それとも今日はもう休む? お城に帰る?」

「いえ、せっかくなんで一枚描いていきますよ」


 目の前に広がるのは草原、その先には高い山脈、青い空……。目の前の風景をそのまま描いても、下手な絵が出来上がるだけだよね……。どうせなら一工夫加えたいな。


 ばさばさ……。


 そんなことを考えていたら、目の前を一羽の鳥が飛び去った。あ、いいこと思い付いた。

 そこからしばしの時間をかけ、私は一枚の絵を完成させた。


「出来ました。こんなのでいいですかね?」

「草原の風景画? それにしては、空の比率が多いような……」

「鳥が飛んでいたので、空を飛ぶ鳥目線での草原を描いてみました。半ば想像で。どうですかね……?」

「素晴らしいわ!」


 そんなに!?


「風景画は今まで何枚も見てきたけど、鳥目線での風景画なんて初めてよ! 斬新な発想だわ!」



 ◆



 草原で風景画を描き終えた後、私とレイニットは転移魔法で元居たアトリエに帰った。取り残されたままだった王様と師匠は何か話し合っていた。

 レイニットは私が描いた二枚の絵を抱えてアトリエを去っていった。どうやら創作意欲が再熱したらしく、これから創作に取り掛かるそうだ。

 その後、私と師匠は王宮の部屋をあてがわれ、休むことになった。


「わあ、すごい……」


 流石は王宮。客用の部屋は今まで泊ったどの部屋よりも豪華だった。テーブル、ソファ、ベッド、壁に飾られた絵画……。間違いなくどれも一級品だろう。どうにか師匠にごねて、何日か宿泊したい。

 いやあ、まさかツェリに気に入られるなんて……。人生、何があるかわからないなあ。


「ツェリ……」


 朝からドタバタしてて気に止めれなかったけど、今レイニットのことを思い出したら黒い感情が湧いてきた……。

 ドリアードは世界一美しい種族であり、その中でも私は一番可愛いと思っていた。一番美しいと思っていた。なぜなら、他人を美しいなんて思ったことがなかったから。

 しかし、初めて見たツェリの姿は美しかった。不覚にも、美しいと思ってしまった。私と同等か、私以上に……。


「って、何を落ち込んで……!」


 シャキッとしなさい、私! 私より可愛い人が居たなら、私がそれ以上に可愛くなればいい。それだけのことだ!



 ◆



 翌日、使用人に頼んで化粧品を一式揃えてもらった。それらを駆使して本気の化粧をした。そして最高に美しい私を師匠に見せるため、彼の部屋に向かう。


「おお、美しい……」

「うちの王宮にあんな可愛い子いたっけ?」


 すれ違う兵士や使用人たちが足を止めて振り返る。ふふんっ。


「あ、師匠」


 廊下を歩いていると、師匠が立っていた。たたたっと駆け寄り、「おはようございます」と挨拶する。


「おう、おはよう」


 しかし師匠、うんと可愛い私を見てもいつもと変わらないリアクション。ちくしょう。


「ちょうどいい。王様が尖塔の最上階に来るように言っていた。一緒に行くぞ」

「尖塔に? 何の用でしょう」



 ◆



 師匠に続いて戦闘の階段を上り、最上階の部屋へ。部屋は木箱がいくつか置かれているだけで殺風景だった。そしてテラスにはすでに王様とレイニットが並んで立っていた。


「すみません、遅れました」


 と、軽く王様に頭を下げる師匠。


「いいから、テラスに来てあれを見るんじゃ」


 王様に手招きされ、テラスへ。テラスからは都どころか、遠方にある城壁まで一望できる。そして城壁の内側には軍が陣を張っていた。


「あれはヌラ王国の軍じゃ。ざっと六万は居るかのう」


 あ、そう言えばこの国はヌラ王国に侵攻されてたんだった。それに対してこの国は焦土作戦を決行していた。今にして思えば王様は、城壁の内側に軍を誘い込んでレイニットに退治してもらうつもりだったのだろう。


「儂の国はそれなりに高い国力を持っておる。そんじょそこらの国の攻撃なら、自軍で対応できる。しかし、今回は訳が違う。二人とも、あれを見るんじゃ。ここからでも見れるじゃろ?」


 私と師匠は王様が示す先を見る。陣を張るヌラ王国軍の中に、見覚えのある巨体があった。

 真っ赤な鱗、四本の脚と巨大な翼……。


「あれ、もしかして竜ですか? 原色に近い真っ赤な体……。私と師匠が見たのは黒色でしたが……」

「王様、どういうことですか? なぜ、自尊心の高い竜が人間族に協力を?」

「考えられる理由は一つしかない。かつてツェリによって竜族にかけられた呪いを解くことだろう」


 竜族の呪い……。かつて竜族が世界を支配しようとした時、ツェリにボコボコにされて呪いをかけられた。呪いによって新たに生まれた竜は知性と飛行能力を失い、畜生に落ちたとか。

 敵軍は呪いの解き方を見つけ、それを交渉材料に竜を従えたのか。


「それではレイニット殿、お願いします」

「言っておくけど、私が倒すのは城壁の内側の敵軍だけよ?」

「ええ、わかっております。それと、都への被害は最小限にお願いします」

「はいはい」


 昨日の私に対する活き活きとした態度とは打って変わって、今のレイニットはいかにも面倒くさそうな態度だ。って言うか、王様に対してそんな態度って……。不敬すぎる……。


「ところで、竜をどうやって──」


 「竜をどうやって倒すつもりですか?」と言おうとしたけど、その言葉を最後まで言うことはできなかった。声が出なくなった? 喉に異常はないし、口も動かせる。なのに、発音できない。

 横を見ると、師匠も動揺していた。一方、レイニットと王様は落ち着いた様子だ。察するに、レイニットの魔法? 声が出せなくなる魔法かな? いや、声だけじゃない。さっきまで聞こえていた風の音や鳥のさえずりも消えている。


「落ち着いて、ルヒナちゃん。大丈夫よ」


 無音の世界の中で、レイニットの澄んだ声だけが響く。


「竜は『万物を従える声の力』を使って面倒くさいからねえ。だから、この国から音を消し去ったの。声の力が無ければ、竜なんて火を吹くトカゲよ」


 音が無ければ竜の声の力も封じれるのか。それでも、竜のポテンシャルは洒落にならないと思うけど……。なんてのは杞憂だった。レイニットがテラスから宙へ一歩不意出したかと思うと、一瞬で竜族の眼前まで移動していた。遠くて敵陣で何が起きたのかはわからない。ただ一瞬で竜が細切れになり、周囲の兵士たちは爆散した。

 蜘蛛の子を散らしたように逃げまどう兵士たち。音の無い世界で繰り広げられる殺戮……。

 城壁の外に逃れたヌラ軍の兵士はレイニットの追撃を免れたけど、城壁の外にはウェルズ軍の伏兵が居て迎撃された。

 竜と六万の兵士はものの数秒で全滅し、世界に音が戻った。

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