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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
芸術の都
59/61

59-ルヒナの絵

 私たちは訳も分からないまま兵士たちに取り囲まれ、連行された。てっきり留置所にでも連れて行かれるものかと思っていたけど、連れて行かれたのは普通の路地だった。そして壁一面に描かれたストリートアートの前に立たされる。写実的に描かれた城塞の絵だ。


「この絵を描いたのはお前たちか?」


 と、兵士の一人が詰問してくる。


「いや、この城塞の絵を描いたのは俺たちじゃない。と言うか、こんな上手な絵は描けないしな」

「違う、こんなどこにでもあるようなストリートアートじゃない。こっちの絵だ」


 兵士が示したのは、壁の端に描かれた落書きだった。私が昨日、適当に描いたやつだ。


「この絵を描いたのは男の方か? それとも、女の方か?」

「いいや、俺じゃない。これを描いたのは……」


 師匠は私に目配せする。


「いいえ、私が描いたものじゃありません」

「ルヒナ、一応ここは正直に答えておけ」

「はい、私が描いたものです」


 ざわ、ざわ……!


「おい、聞いたか? 目撃情報通り、この女が……」

「オレはてっきり、これを描いたのは熟練の芸術家だと思っていたが……」


 私の返答を聞いて、周囲の兵士たちがざわめき出した。もしかしてこの壁、本当は落書きしちゃいけない壁だったとか?


「二人とも、これから王宮に来てくれないか? 王が話があるらしいんだ。何を話すかまでは知らされてないが」

「師匠、どうします?」

「……ここは大人しく従っておこう」

「王様、何か良からぬことを企んでるとかじゃありません?」


 兵士が少しむっとした顔をした。王様を悪く言うのはよくなかったかも。失礼失礼。


「悪だくみをしてるなら、こんな回りくどくて穏健な方法は取らないだろう。逆に、王様は何か困っているのかもしれない。それなら、助けてやらないと」


 という訳で、私と師匠は兵士たちに連れられ、王宮へ。



 ◆



 芸術の都と言うだけあって、王宮の中は豪華絢爛だった。背の丈ほどもある巨大な絵画や彫像、意匠の施された壺などが互いに調和するような完璧な配置で並べられている。

 そんな廊下を進み、奥の一室に私と師匠は通された。謁見の間ではない、テーブルやソファが一式置かれているだけの普通の部屋だ。ここまで私たちを連れてきた兵士たちは部屋に入らず、廊下を引き返していった。


「ほう、お主らが……」


 部屋の奥にどんと立っているのは、金の王冠と豪華な衣装が印象的な壮年の男だった。おそらく、彼がこの国の王様だ。


「お初にお目にかかります。俺は異術師のアレク。こちらは弟子のルヒナです」

「儂はこの国の王、ライムじゃ。探索を命じた兵士らが連れて来たということは、お主らが街の壁に例の絵を描いた者で間違いないな」

「正確には、描いたのはこっちの弟子です」


 と、私を示す師匠。

 ここで私はふと思った。この部屋には私と師匠と王様の三人だけだ。私も師匠も下手なことを考えるような者ではないけれど、この王様、護衛の兵士もつけずに不用心すぎじゃないだろうか。


「……お主らに内密な話があるのじゃ。もしも口外すれば、首が飛ぶと思え」

「急にそんな……。素性もよくわからない俺たちに……」

「それだけ重要で火急の要件なのじゃ」


 ごくり……。緊張する……。ただの異術師とその弟子に、一国の王がどんな用があるっていうんだ。


「世界には八つの種族が存在する。樹人族ドリアード、森精族エルフ、鉱山族ドワーフ、獣人族アニマー、魚人族シーマー、蜥蜴族エルダーゲッコー、魔人族デモニアロード。そして人間族ヒューマーじゃ。最初に言った七つの種族は神によって創られたため、創造順に一から七までの番号が振られておる。人間族だけは創造神が居ないため、番外扱いじゃ。ここまでは常識として知っておるな?」

「はい」


 師匠の返答に続き、私もコクリと頷く。


「ここからが本題じゃ。今から話すことは国家機密ゆえ、誰にも話すなよ……?」


 と、怖い顔をして念押しする王様。


「実は番号のある七つの種族に続き、さらに三つの種族が存在するのじゃ」

「あ、それって、竜族、巨人族、翼人族のことですか?」

「何で知っとるんじゃ!?」


 師匠の一言に、王様は驚愕した。



 ◆



 その後、師匠は例の三つの種族を知っていた訳を話した。


「なるほどのう……。お主らは竜族と相対し、生き残ったと……。にわかには信じられんな。そして、その黒い竜から情報を得て……」

「ちなみに竜族から得た諸々の情報は、異術師の支部に報告しました。その内、民衆にも情報は広まるかもしれません。ですがそうなっても、俺たちが王様から聞いた情報を口外した訳では何ので……」

「ああ、わかっておる。心配するな」


 三種族の情報が民衆に広まるったとして、それを私たちのせいにされたらたまったもんじゃない。


「逆に俺も驚きましたよ。なぜ王様は例の三種族のことを知っているんですか?」

「儂は翼人族ツェリから聞いたんじゃ。いや、正確にはツェリから聞いた情報を先代の王から聞いたんじゃがな」

「王様は、ツェリと関りが?」

「関りも何も、この城にはツェリが一人おる」


 え、ツェリが!?

 翼人族ツェリって、竜族を圧倒するほどのヤバい種族なのに……。それが、この城に……?


「経緯を話そう。ツェリの力はあまりにも強力で、戦闘となれば敵味方関係なく焼き尽くした。そのため、ツェリは女神から自衛以外の戦闘を禁止されたのじゃ」


 うんうん、そこまでは私も知ってる。


「しかし、戦闘を禁止されても闘争本能は消えた訳ではなかった。彼女らは内なる闘争本能を何らかの方法で発散させる必要があったのじゃ」


 彼女ら?


「彼女らとは?」


 師匠も同じことを疑問に思ったようで、王様に質問した。


「何じゃ、お主らは知らんのか。ツェリには男が存在しない。ゆえに繁殖できない」


 繁殖できない? 確かにツェリなんていう強力な種族が増えたら大変だけども……。


「ツェリは不老じゃ。古の大戦の時代から、ずっと生き続けておる。今の個体数は二百前後らしいの。それは置いておいて……。あるツェリは内なる情動を芸術に向けることにしたのじゃ。彼女の名はレイニット。大昔、彼女は芸術の都として有名だったこの国に降り立った。そして当時の王と契約を交わしたのじゃ。レイニットを食客として城に置く代わりに、都を外敵から守ってくれとな。以来、レイニットは城の奥の秘密の部屋に住みついて芸術を観賞したり、自信で芸術作品を創作したりしておる。また、時々人の姿に化けて街に下りることもある」

「もしかして、城壁が都からあんなに離れた所にあるのって……」

「そうじゃ。レイニットが守るのは都のみ。正確には都の城壁の内側じゃ。ならば、城壁を広げた方が守る範囲が広くなるじゃろう?」


 ああ、確かに。だからあんなに長い城壁を築いたのか。


「レイニットは契約に従い、芸術の都を守ってきた。しかし、近年になって問題が起きた。彼女が芸術に飽き始めてきたのじゃ」


 ええ……。


「何人もの高名な芸術家に作品を作らせても、展示会を開いて芸術作品を集めても、レイニットの目を輝かせることはできなかった。彼女の興味を引くような斬新なアイディアが必要だったんじゃ。でなければ、彼女を城に留めておくことができず……」

「そんな時、街を歩いていて見つけたのが、貴女の描いた絵だった訳」


 突如、目の前に女性が現れた。魔法による空間移動でも使ったんだろうか。

 腰まで伸びる長い黄緑色の髪。黄金色の瞳。見るものを男女問わず魅了する美顔。一枚布を織り込んで着ているので、布の隙間から肩、胸元、脇、脇腹、太ももが露出していた。そのどこをとっても、黄金比に当てはまりそうな美しい曲線を描いている。そして何より目を引くのは、彼女の背中から生える純白の双翼だ。

 間違いない、彼女が翼人族ツェリ。レイニットだ。

 ふわりと床に降り立つ彼女をの姿を見て、私は不覚にも美しいと思ってしまった。


「話は聞いていたわ。ルヒナちゃんね。貴女の描く絵、感動したわ!」


 え、え? あんな落書きに……? 適当に描いた絵に、何百年と芸術に精通した者を唸らせる何かがあったのだろうか……。やっぱり芸術ってわからない……。

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