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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
芸術の都
57/61

57-芸術の都

 私と師匠はドレミナント王国を出て、ウェルズ王国に入った。今はその首都を目指して旅をしている。

 芸術の都と呼ばれるウェルズ王国の首都……。どんな所なんだろう……。


「……え? 何ですか、あれ……」


 草原の街道を歩いていると、地平線に沿って走る白い線が見えた。


「あれは首都の城壁だな。何十年か前にここ来たことがあったが、その時よりも伸びてるな」

「あれが城壁ですか!? 長すぎますよ!」


 首都を囲む城壁……。左右に目を向けても、地平線の彼方まで城壁が続いていて端が見えない。


「立ち止まってないで、さっさと行くぞ」

「首都を囲む城壁……。首都って、どれだけ広大なんですか……。小国なら、丸々一つ収まってしまいそうですよ……」

「んー、それはな……。まあ、自分の目で見た方が早い」

「はい?」


 何て意味深なことを……。



 ◆



 街道を進み、城塞の門の前で検問を受ける。検問の兵士に師匠が異術師の証しを見せると、兵士は私たちを通してくれた。ここでは異術師の証しがちゃんと有効なようだ。

 門をくぐり、いざ首都へ。


 サァ……。


 門の向こうには、さっきと同じ草原が広がっていた。


「え、首都は?」


 城壁は何もない草原を突っ切るようにして建てられていたのだ。


「首都はこの先だ。さあ、行くぞ」

「いえいえ、おかしいでしょう。どうしてこんな何も無い草原に城壁を?」

「中心部に首都があり、その周辺の草原ごと、城壁で囲んでるんだ」

「それ、敵が攻めてきた時はどうするんですか? こんな長い城壁、防衛しきれる訳ないじゃないですか。すぐ突破されちゃいますよ」

「俺に聞かれても知らん。何故かここの首都は、そういう造りなんだ」

「明らかに設計ミスですよ……」


 門から伸びた街道をさらに進んでいくと、さらに奇妙な物が見えた。


「これはまた、奇妙ですね……」


 城壁ほどもある高い家が何軒も連なっていたのだ。しかも各家にはドアも窓はなく、丈夫そうな壁面だけをこちらに向けている。しかも家と家の隙間は紙が通る隙間もなく、ピッチリとくっついていた。唯一、街道が通る所だけが空いていた。


「まるで家が城壁みたいですね」

「首都はこの城壁みたいな家に囲まれてるんだ。広大な土地を囲む長い城壁、その内側にある城壁のような家々……。もしかしたら、これも芸術なのかもな」

「そんなおかしな話がありますか……」


 私たちは家の間を抜け、首都へ。


「わあ、綺麗ですね……」


 金持ちが住んでいそうな白亜の建物。手入れのされた街路樹。石畳の敷かれた道の上には、ゴミ一つ落ちていない。そして道の先の広場には凝った意匠が施された噴水があった。


「流石は芸術の都ですね……。流石は、こう……。凄い綺麗ですね」

「いや、語彙……」

「せっかくなので、どこか見て回りましょうよ。あ、ですが歩き詰めだったので、どこかで休憩したいかも」

「そうだな、その辺の喫茶店にでも入るか」


 師匠に続き、道端にあった喫茶店へ。窓側のテーブルに着いて師匠と対面で座り、メニューを手に取る。


「おっふ……」


 メニューの値段を見て、目が飛び出そうになった。フルールの盛り合わせ一万八百ロア、パンケーキ八千ロア、リンゴジュース千ロア……。水でさえ八百ロアもする……。物価たっか……。


「こ、こういう時は師匠が奢るものですよね……?」

「ああ、そうだな。せっかくの観光だしな。好きなのを頼んでいいぞ」


 おや、ゴネらると思ったのに、意外とあっさり……。それじゃあ値段を気にせず、一番美味しそうなのを頼んじゃおう。

 私はパンケーキを、師匠はリンゴミルクなるドリンクを注文した。少しして注文したものが届く。


「師匠が頼んだリンゴミルクって何ですか?」


 と、パンケーキにナイフを入れつつ聞いてみた。


「ミルクにリンゴの果汁を混ぜたものだ。意外と美味いぞ? あ、そうだ。冷気の魔法でリンゴミルクを冷やしてみてくれ」

「はいはい。簡易魔法、冷気」


 目の前に置かれたコップに冷気をお送る。中身のリンゴミルクが凍らないよう、出力を調整して……。


「こんなもんですかね」

「おう、ありがとうな」


 コク……。


「思った通り、冷やした方が美味いな」

「そうなんですか? 私にも一口飲ませてくださいよ」

「自分で注文しろ」


 そうして私と師匠は喫茶店でのひと時を楽しんだ。ちなみに会計は二万六千ロアだった。師匠の奢りでよかった……。



 ◆



 喫茶店を出た後、私と師匠はその辺で開かれていた展覧会を見て回った。絵画に彫刻、よくわからない銅像などなど……。芸術のことはよくわからなかったけど、何となく凄いってことはわかった。何となく。


「この絵画、遠くの景色を青く描く技法を使ってるな。いい表現技法だ」


 師匠は芸術に対し、いくらか造詣があるようだ。


「師匠って芸術に精通してるみたいですね」

「まあ、少しはな」

「それじゃあ、この絵はどこが凄いとかわかります?」


 そう言って目の前の、赤い背景にヒマワリが一本描かれた絵を示す。


「これはゴッボが描いた有名な絵だな。俺でも知ってる。だが、絵自体の何が凄いのかはわからん」

「えー……」

「だが、こんな俺でも知っているくらい有名な絵だ。だから素晴らしい絵に違いない」

「何ですか、その逆説的な……」


 凄い絵だから有名なんじゃなくて、有名だから凄い絵だって……。


「芸術作品ってのは、誰が、何で、どのようにって部分も重要なんだと思ってる。このヒマワリの絵は、ゴッボという有名な画家が描いたから有名なんだ。俺がこれと同じ絵を描いたとしても、評価はされなかったさ」

「そういうもんですかねえ……」


 やっぱり、よくわからない。


「例えばミミズが這ったような線で描かれた汚い絵でも、実際にミミズを調教して描いたとなったら凄いだろ? それが『何で』、『どのように』って部分だ」

「うーん、なるほど……?」


 ひそひそ、ひそひそ……。


「おや?」


 ふと周囲を見渡すと、どうも客たちの様子がおかしいことに気付いた。不穏そうというか、楽しくなさそうというか……。


「こんな時に展覧会なんかやって……。いいのかしらねえ……」

「最近やけに多い展覧会、王宮の主導らしいわよ? 芸術に力を入れるのはいいけど、今じゃないわよねえ……」


 何の話をしてるんだろう。



 ◆



 その後、師匠の奢りで昼食を食べたり、師匠の奢りで買い物を楽しんだ。なんかデートみたいだな。

 そして日が暮れる前に宿でそれぞれ宿を取った。ちなみに一泊八万ロアの宿だった。こんな宿に泊まれるって、もしかして師匠って割とお金持ち?


「ふかふか……」


 天蓋付きの柔らかいベッドに、沈み込むように寝転がる。シーツのスベスベの感触が心地い。

 他にも細かい意匠が施されたベッドやテーブル、細かい刺繍の絨毯。芸術の都というだけあって、壁には絵画が飾られている。ちなみに絵画は夕方の草原を描いたものだ。


「一生、ここで暮らしたいなあ……」


 ふと、ベッドから立ち上がって窓辺へ。そして窓越しに路地を見下ろす。夕食の買い物帰り、仕事終わりの市民が路地を行き交っている。その中に、ヒステリックに言い争いをする一団が見えた。

 「王は何をしているんだ」、「国が滅びてしまうぞ」、「郊外に避難民用のキャンプは作ったらしいが」。断片的に、そんな言葉が耳に届いた。うーん、不穏。明日、師匠に相談してみよう。



 ◆



「お嬢さん、絵のモデルになってくれませんか?」


 翌朝、師匠と一緒に街を散歩していると芸術家らしき若い男に声をかけられた。どうやら私に、絵のモデルになってほしいらしい。


「僕の名前はブッフェ。界隈では、そこそこ名前が売れてますよ? 僕が描いた絵は、王宮にも飾られているくらいです。どうですか? 僕なら貴女の美貌を、絵の中に永遠に残しておけると思うのですが」


 自分の自慢がしたいのか、口説いているのかどっちだろう。


「いいんじゃないか? やってみろよ。きっと、良い体験になる」


 そんなことを言う師匠。


「貴方に私の美貌を絵で再現できるとは思えませんが、そうですねえ……。モデル料として十億ロア頂ければ一日だけモデルをしてあげます」

「十億……。いえ、そこは相場くらいで……。しかも一日だけって……」

「いや、ルヒナ……。それは吹っかけすぎだろ……」


 うろたえる芸術家と、何故か彼の肩を持つ師匠。


「私の美貌にふさわしい金額を言っただけですが?」

「確かに貴女は、値段がつけられないほど美しいですが……。うぐぐ……、仕方ありませんね。今回は諦めます」


 おや、意外とあっさり引き下がった。一言二言言葉を交わし、芸術家は去っていく。


「……」

「ん? どうした、呆けて」

「そう言えば、師匠に相談しようと思っていたことがあったような……。思い出せませんね……」


 何だったかなあ……。一晩寝て忘れてしまった。


「まあ、思い出した時にでも相談してくれ」


 何か大事なことを相談しようと思ってた気がする……。うーん、何だったかなあ……。まあ、思い出した時にでも相談すればいいか。

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