56-緑髪の女を追え!
魔物との防衛戦を繰り広げた日の夜、師匠は数人の村人を前線に連れてきた。彼らはクワや草刈り鎌で武装し、左手には松明を持っている。
ずず、ずずず……。
師匠は黒爪アサガオが生えている一帯の手前に、枝で線を引いた。
「いいか? 地面に引いたこの線から前には出るなよ? もしも出たら、右半身が勝手に動き出す」
「はい、わかりました!」と、快活に返事をする村人たち。
「一応、魔物は俺と弟子で片付けたが、まだ残党がいて、村を襲ってくるかもしれない。その時はあんたらで対処してくれ。俺とルヒナは宿屋で休んでるから、どうしても対処できなくなったら呼んでくれ」
「「はい、わかりました!」」
私と師匠はずっと戦い続けでヘトヘトだ。夜の番は村人たちに任せ、宿屋で休むことにした。私と師匠は並んで、宿屋への道を歩く。
「こんなに疲れたのはベルメグン公国で仕事をしていた時の繁忙期以来ですよ……。早くベッドで横になりたいです……」
「ああ、お疲れさま。よく頑張ったよ。しかし、あの魔人が言っていたことが気になるな……」
「あのセミみたいな魔人、大量の魔物を従えることができる上、素でも充分な強さを持っていました」
私を殺そうとした時に使った、巨大な炎の剣の攻城魔法……。私の魔法の威力も攻城魔法の域だ。しかし、同じ攻城魔法と言ってもピンキリである。城塞に穴を空ける程度の攻城魔法もあれば、城そのものを破壊する威力の攻城魔法もある。私の魔法の威力は前者で、魔人の魔法の威力は後者だった。
「私よりも強い魔人の上司であれば、さらに強いでしょう。そしてその上司が尊敬する魔人となれば、もっと強い。おそらく、魔王の幹部クラスの強さでしょう。そんな魔人を倒したという、緑髪の女……。順当に考えれば、ドリアードでしょうね」
まあ、魔人の序列が単純な戦闘力で決まるかは知らないけど。
「ドリアードは魔力を上乗せして、魔法の威力を底上げする……。魔法の素人であるあんたでも、充分に強いんだ。魔法が得意なドリアードともなれば、魔王の幹部を倒せるくらいの強さがあっても不思議じゃないな」
「ですが、生き残ったドリアードは私一人じゃないんですか?」
「それは俺が知っている範囲での話だ。俺の知らない所で生き延びているドリアードがいても不思議じゃない。それに、ベルメグン公国はエルフの国とも国境を接していた。そっていに逃げ延びた奴もいたかもしれない」
「確かに……」
ふと隣を見ると、師匠が私を真っすぐ見据えていた。
「生き残ったドリアードを探したいか?」
「……別に、そうでもないです」
生き残ったドリアードと共に祖国の復興だとか、そんな考えは私には無い。私には愛国心も、種族への思い入れも無いのだ。なんなら、私の代を最後にドリアードが完全に滅んでしまってもいいと思っている。
◆
私と師匠は宿屋に帰り、それぞれの部屋で眠りに就いた。そして魔物の襲撃に手を焼いた村人に起こされることなく、私たちは朝を迎えた。
朝、師匠に起こされて共に魔物の状況の確認へ。
村の入り口に行くと、警備に当たっていた村人たちが「おはようございます!」と元気に挨拶してきた。
「ああ、おはよう。それで、状況は? 夜、魔物が襲ってはこなかったか?」
と、状況確認を行う師匠。
「何匹かの魔物が村に入ろうとしてきましたが、この道を通る途中で体をバタバタと暴れさせ、どこかへ去っていきました。異術師さんが張った罠のおかげでしょうか?」
「異術師は奇妙な術を使うとは聞いていましたが、いやはや……」
遠くを見ると、村の周囲をウロウロしている魔物は数十匹程度だった。あれなら私と師匠が村の外に出て掃討できるな。
「師匠、残りの魔物は数十匹程度なので、村の外に出て掃討しちゃいませんか? この黒爪アサガオの群生地帯、とっぱらってくださいよ」
「駆除の薬は撒いておくが、完全な駆除には時間がかかる。数日はこの村に滞在することになるな」
◆視点変更◆
ルヒナたちが防衛戦を繰り広げた数日後、ドレミナント王国のとある魔人の隠れ里にて、エアスキーという魔人が直属の部下たちと会議を開いていた。彼がセミ型の魔人が言っていた上司である。ちなみにエアスキーの戦闘力は魔人の中では並みであるが、転移の魔法が使えるので高い地位に就けたのだ。
「で、緑髪の女は見つかったか?」
エアスキーが険しい面持ちで部下たちに問う。
「メレア地方、発見ならず!」
「ユートチヨ地方を詳しく探索しましたが、見つかりませんでした」
「ヌヌア地方にて緑髪の女を二名発見しましたが、どちらも魔法は使えませんでした。ただの緑髪の人間族だったようです」
「キーア地方、発見できませんでした」
部下たちが、担当した地方での探索結果を報告していく。そして最後に、右手右脚を切り落とし、全身を拘束具でぐるぐる巻きにした魔人が報告する番となった。
「サウスウルフ地方、緑髪の女を一人見付けましら」
彼こそ、ルヒナに返り討ちにされたセミ型の魔人だった。右半身が勝手に動いて西を目指すため、右手右脚を切り落としていたのだ。口の右半分の自由が利かないため、呂律が回っていない。
「その女は強力な魔法を使っていましらが、魔法の才能はありられんでしら。エアスキー様の探している、緑髪の女ではないと思われらす……」
「そうだな。俺が探している緑髪の女は、偽称詠唱という高等技術を使っていた。相当な魔法の才能を持っているはずだ。しかし、お前……。何たる失態だ……」
エアスキーが叱責すると、周囲の部下たちがクスクスと笑い出す。
「くくく……。んで、お前は魔法の才能もない女に返り討ちにされ、そんな惨めな状態になったってか?」
「お前の報告を聞いてる時、笑いをこらえるのに必死だったぞ? 舌足らずの赤ん坊みたいな喋り方をするもんだから……。ぷくく……」
今回に限らず、彼らの会議は割と私語が多い。
「しかし、これだけ探しても緑髪の女が見付からんとは……。お前たち、本当によく探したのか? 探索にかまけて、村や町を襲っていたせいで、本来の目的が疎かになっていたんじゃないのか?」
と、エアスキーは部下たちを睨みつける。彼の言う通り、探索にかまけて襲撃を楽しんでいた魔人がいたのも、また事実だった。
「もう一度、国中を探せ! もっと徹底的に、丁寧にだ! 村や町を襲っている暇はないぞ! 探せ! ああ、アギルギー様! 尊敬するアギルギー様! ああ、ああ、ああ……! 今すぐにでもアギルギー様を手にかけた緑髪の女を殺さないと、頭がおかしくなってしまいそうだ! ぬああああああ……! あ、『頭』と言えば、アギルギー様は戦闘力もさることながら、頭もよかったんだ。特に──」
発狂して身もだえしたかと思ったら、急に平静を取り戻してアギルギーを賛美しだすエアスキー。
その場にいた部下たちは思った。この上司はもう充分に、頭がおかしいと。
◆視点変更◆
「景色が変わってきましたね。頭に雪をかぶった険しい山脈、黄緑色の草原……。かすかに肌寒い風が気持ちいです」
「この景観……。いつの間にか隣国に入ったんだな。せっかくだし、首都に寄ってみるか」
防衛戦をした村を出て数日が経った。今日もいい天気で日差しが美味しい。
「珍しいですね。普段は村や小さな町ばかり訪れるのに」
「ドレミナント王国の隣国、ここウェルズ王国の首都は芸術の都なんだ。絵画、音楽、演劇、彫刻……。一流の芸術家たちが集まる。たまには観光してみるのもいいだろ」
「芸術ですかあ。楽しみですね」
◆視点変更◆
「最近の芸術……、退屈……」
ウェルズ王国の首都、その王宮のとある塔のてっぺんに、一部の人間しか知らない秘密の部屋があった。大きな窓からは首都を見渡せる。天井には煌びやかなシャンデリア。金糸が編み込まれた細かい刺繍の絨毯。本棚には各時代の名作と名高い小説が並べられている。壁に飾られているのは一枚で砦が建つほどの高価な名画の数々。この部屋にある物を全て売り払えば、国の予算に匹敵する額になるだろう。
バサ……。
その部屋の中心の置かれたソファに寝転がり、一人の女性が自身の羽をいじっていた。
腰まで伸びる長い黄緑色の髪。黄金色の瞳。見るものを男女問わず魅了する美顔。一枚布を織り込んで着ているので、布の隙間から肩、胸元、脇、脇腹、太ももが露出していた。そのどこをとっても、黄金比に当てはまりそうな美しい曲線を描いている。そして何より目を引くのは、彼女の背中から生える純白の双翼だ。
「暇ねえ……」
彼女こそ、女神が自身の髪を燃やして創造し、戦場では敵味方関係なく焼き尽くし、竜戦争時は竜を圧倒し、ついでに世界を焼き尽くした種族──創造序列第十位、女神眷属、翼人族ツェリだった。




