54-圧倒的物量対二人
「師匠、奥の手とか残ってないですか……?」
「んなもんねえよ。戦闘で使える物は、全部使い尽くした……。あんたはまだ戦えるか……?」
「魔力が底を尽きそうですよ……」
目の前にはまだまだ大量の魔物が控えている。圧倒的物量による、休む間もない立て続けの攻勢……。流石に、もう……。ん?
ざざざ……。
魔物の大群が二つに割れ、一人の魔人が姿を現した。
その魔人は緑色の甲殻に覆われ、背中からは半透明の羽が生えていた。どことなく、セミっぽい印象の見た目だ。
そいつはチャキチャキと甲殻が軋む音を立てながら、私たちに歩み寄る。
はあ……。昨日はおっぱいがどうこう話していたのに、何故こんなことに……。
◆時間軸変更◆
今日も今日とて、草原の街道を歩く私と師匠。
「はあ……」
師匠は肩を落とし、今日何度目かの溜息をつく。この人は前の村で善意から行動し、それが原因で事態を悪化させてしまったのだ。事の次第を見届けずに出発したので、その村がどうなったかは知らない。
「はあ……」
「いつまで落ち込んでるんですか。気持ちを切り替えて行きましょうよ」
「はあ……」
「他所の事情に首を突っ込むから、変なことになるんですよ。次の村では余計なことはしないようにしましょう?」
「はあ……」
人間族の男が元気ない時は……。
「あ、そうだ。次の村で可愛い子がいたら──」
「おっぱいは揉まんぞ」
◆
昼過ぎ、次の村に着いた。険しい岩山に囲まれた小さな村で、出入りできるのは正面の道一本しかない。まさに天然の要塞だ。魔物の脅威から逃れるためにこんな所に村を作ったのかな?
「ルヒナ、あれが見えるか?」
「あれ?」
師匠が示した道端では、黒い双葉が芽吹いては枯れてを繰り返していた。
「あれも怪異ですか?」
「あれは『黒爪アサガオ』って怪異だ。サンゴ礁がなく海藻が生い茂る海で採れた塩を硬く踏み固められた地面に撒くと発生する。さしずめ、商人が馬車をひっくり返して塩をぶちまけたんだろうな。あれに触れると右半身が西に向かって勝手に動き出すから、気をつけろよ?」
右の体が西に向かって動き出す……。どこかで聞いたことがあるような……。
ぱしゃぱしゃ……。
師匠は黒爪アサガオが生えたり枯れたりしている地面に赤い液体を撒いた。
「とりあえず、対策用の薬液をかけた。時間はかかるが、これで徐々に黒爪アサガオが芽吹かなくなっていくはずだ」
「あ、本当ですね。さっきは双葉の芽が生えては枯れ、生えては枯れしてたのが、今は生えてはー……、枯れー……、生えてはー……、枯れー……。ってペースです」
村の入り口で一仕事終え、私と師匠は岩山の村へ。そしていつものように村長宅へ行き、話し合う。ここの村長は異術師のことを噂程度には知っていた。
村長によると、村には右半身が勝手に動き出す奇病に侵された者が四人いるらしい。師匠が村の入り口で言っていた、例の怪異のせいだろう。
私と師匠は治療のため、患者の家へ。患者の青年は勝手に動き出す右半身を抑えるため、ベッドに拘束されていた。
がたがた!
右半身は別の生き物のように暴れているのに対し、左半身は疲弊してぐったりとしていた。この怪異の病気、今まで見てきた中でもかなりえぐい部類だな……。
「こりゃあ、早く治療しないとな」
師匠はその場に道具を広げ、薬を調合した。そして出来上がった薬を患者に飲ませる。右半身が勝手に動くので、かなり飲みにくそうにしていたけど、少し飲むとすぐに症状は治まった。
「うお……。右半身が……。右半身の自由が戻った! よし、はや……。すぴー……」
青年が急に眠った。
「言い忘れてた。この薬、副作用で眠くなるんだ」
「さいですか」
その後も師匠と私は家々を巡り、患者たちを治療していった。
「わ、体が! 凄い、ありがと……。すやー……」
「はあ、はあ……。やっと、体の自由が……。たすかったよ……。ぐがー……」
「お前さん、異術師だって? 本当にありが……。ぐーぐー……」
夕方には患者たちの治療は終わった。幸い、この村には他に奇病に侵された患者も怪我人もいないらしい。師匠は村人たちから感謝され、少し気分が回復したように見えた。
ちなみに今回は村に余裕がないとのことなので、治療費は貰えなかった。代わりに、宿代をタダにして貰った。その日はそれぞれ宿で部屋を借り、眠りに就いた。
◆
「異術師さん! 起きてくれ! 大変なんだ! 異術師さん!」
翌朝、私は師匠の部屋の方から聞こえる叫び声で目を覚ました。うるさいなあ。なにごと?
「どうしたんですか?」
「あ、異術師さん! 村の周囲に見たこともないくらいの大量の魔物が現れて……! 異術師さんの薬か何かで、対処できませんかね!?」
「魔物が……。そうですか……」
あ、嫌な予感……。
「ルヒナ、起きてるか? ついて来い。魔物が出たらしい」
「ぐーぐー、すやぴー……」
「寝たふりなんてしてないで、すぐに出てこい」
寝たふりでやり過ごそうかと思ったけど、お見通しだったようだ……。
渋々身支度を整え、部屋を出る。どれだけ魔物がいるか知らないけど、さっさと退治して二度寝しますか。
◆
村は魔物の大群に包囲されていた。
「ですが、これは……」
村人が言っていた通り、見たこともない魔物の数だ。地平線の彼方まで魔物に埋め尽くされて、地面が少しも見えない。魔物の大群なんて、せいぜい数百程度だと思っていたけど、これは……。
とりあえず、私はいつものように障壁の鎧を張り、師匠は防御の戦薬をかぶる。
「魔物たちはどうして、こんなしょぼい村をこんな大群で襲うんですかね?」
「さあな。もしかしたら村に、過去の魔王でも封印されてるのかもな」
と、少しも面白くない冗談を言う師匠。
「「グギャオオオオオオオ!!」」
咆哮と共に、魔物の一団が押し寄せてきた。戦闘開始だ。
「簡易魔法、着火!」
「この数、戦薬もつか……?」
私は着火の魔法で、師匠は火の戦薬で応戦する。数百の魔物が熱火線で薙ぎ払われ、さらに数百の魔物が師匠が戦薬で生成した火の玉に飲み込まれる。しかしそれでも、何万といる魔物の中のたったの数百匹だ。
「まだまだ来るぞ! 今回はあんたも、本気で戦ってくれよ?」
「そりゃあ死にたくないですし、逃げ場も無さそうですし。戦う以外の選択肢、無いですよ……」
幸い、村は険しい岩山に囲まれた天然の要塞だ。魔物が攻めてくるのは一方向からだけだったので、私と師匠が頑張れば対処できた。問題は何時まで頑張ればいいのかってことだ。
◆
「「グギャアアアアアア!!」」
魔物たちの攻勢は午後になっても続いた。
幸い、今日の天気は晴れ。日光で魔力を補給しつつ戦えば何とか凌げると思っていたけど、見通しが甘かった。魔物たちは魔法を放った後の隙を突いて特攻してくる。完全に統率のとれた動きだ。これじゃあ、魔力の回復が追い付かない……。
「はあ、はあ……。師匠、魔物たちの動き、変じゃないですか? 統率が取れてるって言いますか……」
「ああ、それは俺も思った……。魔人が指揮をしてるのかもな。だとしたら、これだけの魔物を従えられるってのは、相当な……」
「師匠、奥の手とか残ってないですか……?」
「んなもんねえよ。戦闘で使える物は、全部使い尽くした……。あんたはまだ戦えるか……?」
「魔力が底を尽きそうですよ……」
目の前にはまだまだ大量の魔物が控えている。圧倒的物量による、休む間もない立て続けの攻勢……。流石に、もう……。ん?
ざざざ……。
魔物の大群が二つに割れ、一人の魔人が姿を現した。その魔人は緑色の甲殻に覆われ、背中からは半透明の羽が生えていた。どことなく、セミっぽい印象を受ける見た目だ。
そいつはチャキチャキと甲殻が軋む音を立てながら、私たちに歩み寄る。
はあ……。昨日はおっぱいがどうこう話していたのに、何故こんなことに……。




