53-最善の選択と最悪の結末
魔人の人が村長の用意した食料を山の村に持ち帰った後、五日間大雨が降り、六日目には晴れた。ここはとても水はけがいい土地のようで、午後には水たまりやぬかるみは無くなっていた。
「おかしいな。村長は毎週、山の村の者のために食糧を用意すると言っていたが、食糧を用意している様子はない。それに、魔人の人も音沙汰がない」
「まさか、また山の村に向かうとか言いませんよね?」
「お、よくわかってるじゃねえか」
「はあ……、また山登り……」
私は何回、あの山に登らされるんだ……。
「私は村で休んでちゃダメですかね……」
「駄目に決まってるだろ、ついて来い」
◆
山の村は壊滅していた。村人たちは皆倒れていて、ピクリとも動かない。師匠が死亡確認をしたけど、全員死亡していた。一人を除いて。
「まだ息はある……! おい、大丈夫か!?」
洞窟の中で倒れていた魔人の人だけは、かろうじて息があった。
「師匠、これはどういうことでしょう?」
「皆、外傷はなかった。一番考えられるのは毒だろうな」
「毒……」
師匠は何種類かの軟膏を魔人の人に塗り込む。解毒の薬かな?
「う、うぅ……」
数秒もしない内に魔人の人は意識を取り戻し、目を開いた。相変わらず、よく効く薬だ。
「横になったままでいい、喋れるか? この村で、何があったんだ?」
「ぐ……。い、異術師か? ちくしょう、体が痺れる……。あのクソ村長め……」
「村長?」
雲行きが怪しくなってきた……。
「あの野郎、食料に毒を仕込んでやがったんだ……。あの日、俺様たちは宴を開いて麓の村から受け取った食料をかっ食らった。飲み、食い、踊り、宴は夜通し続いた。しかし夜が更けてきた時、村人が苦しみながら次々と倒れていったんだ」
それが最後の晩餐になった訳か。
「最後には俺様も倒れ、意識を失った。考えられるのは、村長が用意したあの食糧だ! あれ以外、ありえねえ……!」
「……少し待ってろ」
洞窟の奥には手つかずの野菜が山積みになっていた。一週間も放置されていたので痛み、半分腐りかけている。おそらく、村長が用意した食糧だろう。
師匠はその中から一本のニンジンを取り、鍋で煮たり薬を混ぜたりした。しばらくすると、その煮汁が急に濃い紫色になった。
「もしかして、毒の有無を調べてるんですか?」
「ああ、そうだ。これを見るに、相当ヤバい毒が盛られてる」
紫色への変色が毒のある反応だったのかな。
「これだけ草木が生い茂る豊かな土地なんだ。強力な毒草が生えてても不思議じゃない。村長は食料の受け渡しを好機と見て、魔人の人と山の追放者たちを一手に……」
これだけ強力な毒が作れるなら、わざと毒入りの食料を奪わせて──とも思ったけど、魔人の人がどの食料を奪っていくかわからなかったし、最初は話し合いなんてできないものだと思われてた。師匠が食料提供の話を持ち掛けたのは、村長にとっては渡りに船だったのかも。
「……」
師匠の顔が今まで見たことないくらい暗くなっている。流石にこれは相当ショックなようだ。あの時ああしておけば、こうしておけばと、後悔してるんだろうな。
「そんなに落ちこむ必要はないですよ。師匠はあの時、最善の行動をしていました」
私たちは問題に対し、間違った選択も悪意ある選択もしていなかった。この一件は事故みたいなものだと、私は割り切っている。
「いいや、あの時、俺がもっと考えを巡らせていれば……。受け渡す食糧に毒が盛られてないか調べていれば……」
やっぱり、あの時こうしておけばと後悔してた。
「ぐっ……。くそ……。よくも俺様の仲間たちを……!」
魔人の人が起き上がり、怒りで身を震わす。彼の次の行動は、大体予想できた。
「魔人の人さん、これから麓の村に?」
「ああ、そうだ……! 今までは人死にが出ないよう、手加減してきた……。俺様たちに酷い仕打ちをしたとはいえ、故郷だったからな。だが、もう許せん! 奴らは一線を越えた! あんな村、この手で滅ぼしてやる!」
怒りと憎しみに満ちた、獣のごとき形相……。彼は今まさに、怒りで理性を手放そうとしている。
さて、老害の身勝手な思想で若者を追放していた村。村を追われて山奥で細々と暮らしていた人々。彼らのために食料を調達し、ついでに麓の村に仕返しをしていた魔人の人。騙し討ちで彼らを毒殺した村長。その橋渡しをしてしまった私たち。この状況、どう収拾をつけたものか。師匠の判断を仰ぐか。
「師匠、聞いての通り魔人の人は麓の村を壊滅させるつもりです。師匠が助けなければ、彼は気を失ったままここで朽ちていたでしょう。麓の村を襲うなんてことにはならなかったはずです。さて、どうしますか?」
「……わからない」
師匠は俯いたまま、そう呟いた。
「……現状を良くしようと思ってただけなんだ」
「私に言い訳されても」
「あんたなら、どうしてた?」
「私は基本的に、お金を出してくれる人の味方をします」
魔人の人は洞窟を飛び出し、暴風のごとき勢いで山を駆け下りて行った。




