50-豊かな土地の笑う魔人
髪色を緑から青に変えた。
「どうも髪色を変えてから、日光の味が変わったような気がするんですよねえ。もちろん、今でも美味しいんですけど」
「そのドリアード特有の、日差しが美味しいって感覚はわからんなあ。味が変わったってのは、髪色が変わって吸収する光が変化したせいかもな」
「光の吸収?」
「昔、異術師の研究者からそんな話を聞いた覚えがあるってだけだ。詳しくは知らん」
「さいですか」
温かい日差しの下、草原の街道を歩きながら師匠とそんな話をした。今日もいい天気だ。
「もう少し歩くと荒れ地に入る。そこには痩せた土地に無理やり作ったような小さな村があるはずだ」
「この国って、草原と荒れ地ばっかりですね」
師匠との旅で訪れた土地は基本的に、草原か荒れ地ばっかりな気がする。
「偶然、行く先々の土地が草原や荒れ地ばっかりなだけだ」
◆
しばらく歩くと、街道は草原からさらに豊かな草原に入った。花畑や林が散在し、遠方には緑で覆われた山が見える。
「師匠、荒れ地に入るんじゃないですか? 木々が歌い、小鳥がさえずってますよ? 道、間違えました?」
「五十年前に来た時は、荒涼とした荒れ地だったんだがなあ。流石に半世紀も経てば変わるか……」
「たった半世紀で、そんなに変わるものですかね」
「お、あれのせいか。ルヒナ、あれが見えるか?」
師匠が指さす先には、大きなトンボの群れが飛び交っていた。
いや、よく見るとトンボじゃない! 翅はトンボだけど、胴体は人の指だ。指からトンボの翅が生えて飛んでいる。気持ちわる!
「あれは『岩トンボ』って怪異だ」
「岩要素はどこから……。どちらかというと、『指トンボ』じゃないですか?」
「そういう名前なんだから仕方ねえだろ。それで、岩トンボが棲みついたした土地は土が肥え、豊かになる。百利あって一害無しの良い怪異だ」
それじゃあ岩トンボを養殖して各地に売りさばけば、いい商売に……。
「『岩トンボを養殖して各地に売りさばけば、いい商売になる』とでも考えてるんだろうが、無理な話だ」
「心を読まないでください」
「読んでねえよ、お見通しなだけだ。岩トンボは養殖なんてできないし、どの土地に棲みつくかも奴らの気分次第、運次第だ。この土地に棲みついたのも、全くの偶然だろうな」
「さいですか」
◆
街道をさらに歩いていくと、高い木の塀で囲まれた中規模の村が見えてきた。師匠が言うのは、昔は小さな村だったらしいけど、今はかなり発展したようだ。
「おや……。師匠、あれは……」
村の入り口には木の杭を組み合わせて作ったバリケードがいくつも設置されていて、多くの兵士がたむろしていた。
私たちが村に近付くと、兵士の一人に呼び止められた。
「止まれ! この村の者か? いや、白髪に青い髪……。そんな二人組、村では見なかったな……。旅の者か?」
「異術師と、その弟子です。俺はアレクで、こっちの子はルヒナと言います」
と、答える師匠。こういう時の対応は師匠の仕事になっている。
「異術師か。それじゃあ、方々を回っていてここに来たのか」
お、この人は異術師を知ってるみたいだ。
「ところで、物騒な雰囲気ですね。村で何かあったんですか?」
「向こうの山に魔人が棲みついてな。たびたび、この村を襲って食料を奪っていくらしいんだ。それで、領主の命令でオレたちが派遣されたんだ」
「魔人ですか……」
急に思案にふける師匠。
「魔人族は他種族に対して敵意を持っているはずです。村を襲ったとなれば、村人もろとも皆殺しにするはず……」
「村人の反撃にビビって逃げたんじゃないか? オレたちがここに派遣されてからまだ魔人を見てはいないが、そこまで強い奴じゃないんだろ。きっと」
どどどどどど……!
地響きが起き、山の方から土埃が昇った。その土埃は物凄い勢いで村の方に迫り、地響きも大きくなる。山から魔人が駆け下りてきてるみたいだ。
「来たか、魔人! 全員、武器を構えろ!」
前線に立つ兵士長と思われる男の号令で、兵士たちは臨戦態勢に入る。
師匠も戦薬を手にいつでも戦える体勢を取り、私はその後方の安全圏に──。
「おい、ルヒナ! あんたも参戦しろ!」
「えー、これは兵士と魔人との戦いじゃないですかー。私と師匠は部外者です」
「ルヒナ」
「はいはい」
強めの語気で呼ばれてしまった。師匠権限を振りかざされ、私も参戦することに。
巻き上がる土埃は兵士陣営の目の前まで迫っていた。
どどどどどど!
「ぶわーっはっはっはっはは!」
土埃の中から姿を現したのは、真っ赤な肌の大男のような魔人だった。
丸太のように太い手足。腹部は太って見えるが、だらしないという印象は受けない。プロポーション抜群の筋肉質というよりも怪力無双の巨漢って感じだ。ボサボサの灰色の髪を振り乱している様は、獅子のたてがみを連想させる。
その巨体が、大声で笑いながらこちらに走ってくる。圧倒的威圧感と恐怖感がある。あと、ボロ布で下はちゃんと隠してる。
「お、おい、止まれ! 両手を上げて降参しろ! こ、降参するんだ!」
先頭の兵士が上ずった声で魔人を制止させようとする。
「はぁああああああい! 降参しまああああああす!」
魔人は言われた通りに両手を上げるけど、立ち止まる様子はない。そのままの勢いで陣営に突っ込み、バリケードを破壊し兵士たちを吹き飛ばした。
「がーっはっはっはっはは! ぶぁーっはっはっはっはっは!」
下品な笑い声を上げながら魔人は兵士たちを片手で掴み、投げ飛ばしていく。
剣で斬りかかる勇敢な兵士もいたが、その切っ先は魔人の皮膚に当たると折れてしまった。どれだけ強靭な皮膚なんだ……。
「この乱戦……。俺の戦薬じゃあ、他の兵士を巻き込みかねない……。ルヒナ、着火の魔法で狙い撃ちできるか?」
「念のため、威力は抑えて放ちますよ? 簡易魔法、着火!」
巨漢の魔人の頭は他の兵士よりも高い位置にある。その頭を狙い、熱火線を走らせた。
「うお!? 何だ!?」
熱火線は命中したけど兵士たちを巻き込まないために威力を抑えていたので、まるで効いていなかった。
「お前かあ!? お前かお前かお前かぁ!!」
魔人がこちらに気付き、猛スピードで迫ってきた。足元のバリケードなど、砂の城のように蹴散らされる。
「師匠、兵士たちを巻き込むかもしれませんが、大き目の魔法を放ちますよ?」
「いいや、待て。こちらに向かってきたおかげで、奴は兵士の一団から抜け出した。今なら俺の戦薬が使える!」
師匠は私を制し、魔人に向かって赤い液体が入った瓶を投擲した。
パリン、ばしゅ!
瓶は割れ、瞬時に赤い煙を発生させる。煙に巻かれた魔人は足を止め、身を悶えさせた。
「かゆ!? 臭い! 痛い痛い痛い! 体中が、体中が焼けるようにいてえよぉ!」
「おい、魔人! 今日の所は引け! じゃないと、もっときついのをお見舞いするぞ!」
師匠は赤い液体の入った瓶を振りかぶり、魔人を威嚇する。
「ちくしょう、ちくしょう! 覚えてやがれ!」
意外にもあっさりと魔人は山に帰っていった。少し拍子抜けかも。
「師匠、今の薬は?」
「あの戦薬で発生した煙に触れると、皮膚に酷い痒みと痛みを発生させるんだ。痒いからって皮膚を掻くと、さらなる痛みに襲われる。あと、煙はめっちゃ臭い。煙が晴れるまで近付くなよ?」
「うへえ……」
◆
煙が晴れた後、師匠は兵士たちに改めて挨拶をし、負傷者の治療に当たった。私もそれを手伝う。
「うう……。くそ、いてえ、いてえよぉ……」
「くっそ、何だよあの魔人……。いてて、骨が折れてる……」
「あんなの相手じゃ、剣も鎧も意味ないだろ……」
「なあ、あっちの怪我人を治療したら、次はオレを治療してくれないか?」
三十人はいる兵士の殆どが、大なり小なりの傷を負っていた。複雑骨折や内臓破裂の者はいたけど、幸いにも死者は一人もいなかった。
軽症者はその場で治療され、重症者は治療の後に村の民家を借りて寝かされた。兵士たちは野営用のテントを持って来ていたけど師匠曰く、「ちゃんとした屋根のある所に寝かせた方が治りが早くなる薬を使った」とのこと。また何とも変な薬を。
それにしても家を貸した村人は、何とも渋い顔をしてたなあ。もっと心のゆとりと他者への思いやりを持った方がいいと思う。
「……」
負傷した兵士を預けるために、師匠と共に村の家々を回ってみて思った。吊るされた肉に根菜、山のように積まれた穀物の袋。どこの家も、食糧に相当な余裕があるようだ。これも岩トンボって怪異の影響で土地が豊かになったおかげか。
一連の作業の後、師匠は村長の家に挨拶に行った。私も同行する。
「ほう、異術師か。領主がよこした兵士たちが世話になったそうじゃないか。ったく、あの領主は税金を取るだけとって、いざって時にはあんなボンクラばかり寄越しおって……」
村長は白髪白髭の痩せた老人だった。口も悪いし、態度も悪い。
「異術師については儂も知っておる。昔、この村にも来ておるからな。怪異とかいう訳のわからんものに対処するんじゃろ? 幸いにも今の村には、怪異由来かもしれない変な病気の者も、兵士以外の怪我人もおらん」
その後も少しだけ話し合いをし、私たちは村長宅を後にした。歓迎はされなかったけど、追い返されもしなかった。特に用は無いから、村では好きなように過ごしててくれって感じだった。態度がうざかった。
「五十年前もこの村に来てるんだが、流石に俺の顔を覚えてないか。あの時は村を脅かすハエの怪異を退治したんだけどなあ」
「そりゃあ、五十年前の人物が昔と変わらないまま現れても、同一人物だとは思いませんよ」
「それもそうか」
村の宿屋へ行き、師匠支払いで二人分の部屋を取る。
「あ、そうだ。少し待ってくれ」
受付で受け取った鍵で部屋を開けようとした時、師匠に呼び止められた。
「明日の朝、山の魔人に会いに行くから、ちゃんと起きてくれよ?」
「はい?」




