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49-師匠逃亡記

「ルヒナ、逃げるぞ」


 夜、師匠が私の部屋に来てそんなことを言いだした。


「逃げる? どうして急に」

「俺、古龍やら空白の時代やらを報告書に書いたろ? そのせいでここ数日、いろんな奴に同じことを何回も聞かれて辟易してるんだ。明日は朝から晩まで研究者たちと話し合いの予定が入ってるが、参加してられん」

「意外ですね。師匠って割と真面目なとこあると思ってましたが」

「俺は研究者じゃないんだ。その手のあれこれは肌に合わん」


 という訳で、私たちは荷物をまとめ、こっそりと宿を出た。



 ◆



 外は新月で月明りがなかったけど、店の灯りが街を照らしていた。


「逃げるって言っても、こんな時間じゃ門は閉まってるでしょう? 酒場で時間を潰しますか?」


 せっかくこんな大きな街に来たんだから、いいお店で飲み食いしたい。師匠のおごりで。


「いいや、良い物を持ってる。城壁まで行こう」


 良い物?



 ◆



 建物の間を縫うように伸びた裏路地を進み、城壁の根元へ。こうやって見ると、改めて高いなあ……。


「ルヒナ、これを飲んでおけ」


 師匠は右手で瓶に入った薬を飲みつつ、左手で約瓶を渡しに差し出す。


「その薬は何ですか?」

「暗視の薬だ」


 ああ、師匠が夜の見張りの時に飲んでる薬か。

 瓶を受け取って中身を飲む。無味無臭だ。


「お……。おお……!?」


 真っ暗なのに、よく見える! 視界は白黒で物の輪郭は少しぼやけてるけど、ちゃんと見えてる。不思議な感覚だ……。


「ちゃんと見えてるな? それじゃあ、行くぞ」


 ぱしゃ!


 師匠は城壁に薬をかけた。すると城壁の石がチーズのようにドロドロに溶け、ぽっかりと穴が空いた。中を覗き込むと、分厚い城壁が向こう側まで貫通している。これはまた不思議な薬を……。


「さっさと通り抜けるぞ。ついて来い」

「大丈夫ですかねえ……」


 そう言って岩がどろどろに溶けた穴に入っていく師匠。私も意を決し、腰をかがめて穴に入る。 


「よし、出れたな」


 師匠は私が穴を通過したのを確認した後、城壁に再び薬をかける。すると上部の岩が溶け、穴を塞いだ。


「溶けた痕跡は残っちまったが、まあ防衛面では問題ないだろ」

「またとんでもない薬を持ってますねえ。それを量産すれば、攻城戦は負け無しじゃないですか」

「そうそう量産できる薬じゃねえよ。原料が貴重すぎる」


 そんな凄い薬を、話し合いが嫌って理由で逃げ出すために使うなんて……。


「さて、それじゃあこれからどこに向かいましょうか。まさか城壁を出たすぐの場所で野宿って訳もないでしょう?」

「そうだなあ……。この都市からは四方に街道が伸びている。景気良く、日が昇る方角へ向かうか」

「東ですね」


 私と師匠は東へ伸びる街道へ。

 せっかく大きな都市に来たから、観光とかもしたかったけどなあ……。まあ何年後か何十年後か、またここに来る機会があったらゆっくりしよう。



 ◆視点変更◆



 アレクとルヒナが宿から逃げ出した翌日、支部はてんやわんやになっていた。


「おい、居たか!?」

「いいえ、街を探して回りましたが、アレクさんはどこにも……」

「今日は彼と話し合いの予定を入れてたのに……!」

「古龍にツェリという謎の種族……。空白の時代の真相……。学問が大きく進むチャンスだってのに」


 皆が右往左往する中、壁際に立って世間話をする二人の異術師がいた。


「研究者連中は大変そうだなあ」

「オレは古龍どうこうよりも、弟子を取らないことで有名なあのアレクが弟子を取ったことに驚いたよ。しかも、とんでもない美少女らしいじゃねえか。一目見ておきたかったなあ」

「その弟子、ドリアードらしいぞ? ベルメグン公国が怪異によって滅んで、その唯一の生き残りらしい」

「ドリアード……。あ、大事なことを思い出した! アレクに一言、言っておきたいことがあったんだ!」

「言っておきたいこと?」

「最近、魔人どもが方々の村や町を襲って、緑色の髪の女を探してるって噂だ。アレクの弟子も緑髪だから、注意しておきたかったんだ」



 ◆視点変更◆



 夜から今まで、私と師匠はずっと草原を突っ切る街道を歩いていた。

 流石に疲れてきたので、今は草原の真ん中にポツンと生えた大樹の木陰で休憩中だ。木の根に師匠と並んで腰を下ろしている。


「師匠って、魂が砕けて人工魂ってのを入れた影響で髪と瞳が真っ黒になったんですよね? それで、黒髪が嫌で白に染めたと」

「染めたのとは少し違うな。これは色そのものを変えたんだ。怪異由来の薬でな」

「その薬、今もあります? 私も使ってみたいです。色が選べるなら、青で」

「薬はあるし、青色にもできるが、どうして急に?」

「ちょっとイメチェンしてみたいと思いまして」


 女子にはそういう時期が数百年に一回あるのだ。

 髪型を大胆に変えてみたり、服や化粧品を一新してみたり。


「あ、それと、飽きたら元の色に戻せますよね」

「ああ、戻せる。少し待ってろ」


 師匠は薬箱を漁り、無色透明な薬液が入った小瓶を取り出した。


「この薬を右手の親指の先につけろ。そうすれば髪が青色になる」

「髪の毛にかけるんじゃないんですね。また不思議な……」

「つけた体の部位によって色が変わるんだ」


 小瓶を受け取り、薬液を一滴、右の親指の先につけてみる。

 長い髪を後ろから手繰り寄せて確認すると、確かに青髪に変化していた。


「おお! こんなすぐに変化するんですね」


 元の髪の艶やかさと繊細さを残したままの青髪は、これはこれで美しい。しばらくはこの髪色で過ごそうかな。

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