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48-娼館豪遊記

 ◆視点変更◆



 最近、ルヒナに調子を狂わされる時がある。あいつの何気ない仕草に心乱され、思春期の少年みたいな反応をしてしまう時がある。

 なぜなのか。三大欲求を失った俺には、性欲がほとんど残っていないはずなのに……。

 もしかしたら、異性と寝食を共にするようになって、性欲が復活してきたとか?

 有り得るかもせれない……。それなら早急に確かめねば。


「娼館に行ってくる」


 と言う訳で支部でのゴタゴタが落ち着いたある日の夜、俺はルヒナにそう告げ、娼館へ向かった。



 ◆



 地方都市の歓楽街は眠らない。夜でも店に明かりがつき、多くの人々で賑わっていた。

 そこから少し裏道に入ると、桃色の雰囲気の娼婦街が広がっている。


「さて、軍資金は……」


 かつての俺は、無料か格安で怪異への対処や怪我の治療をしていた。しかしそれでも、少しずつ金は貯まっていく。特に金を使う機会も無かったしな。

 そんなこんなで、俺の今の俺の手持ちは二百万ロアほどある。


「いや、待てよ……。金と言えば……」


 道の脇に避けて薬箱を降ろし、中身を漁る。


 ころん……。


 思った通り、薬箱の底に赤子の手の平大のダイヤモンドが転がっていた。

 これは何年か前、伯爵令嬢の病を治した時にお礼として貰ったものだ。

 最初はお礼として、広大な農園付きの土地を譲渡されそうになったっけ。税収とか管理とかわからないから断ったら、このダイヤモンドを押し付けられた。

 ダイヤモンドは二日酔いの原料になるから一応貰ってはいたが、この機会だから売って金にするか。


「お兄さん、面白い髪色ねえ。真っ白で夜でも目立つわ」

「ねえ、うちの寄っていかなぁい?」


 やたらと肌を露出させた女たちが声をかけてくるが、足を止めずに進む。

 こういう所には遊ぶ金を作るための質屋や宝石商なんかがあるはずだ。お、あったあった。


「ごめんくださーい、宝石を売りたいんですがー」


 宝石、貴金属買取店に入り、店員に声をかける。


「お。いらっしゃい! 宝石を売りたいって、どんな物をお持ちに?」

「これなんですが」


 ごろっ……。


 目の前のトレーにダイヤモンドを置く。


「お、お客さん!? この宝石はとんでもないですよ!」

「とんでもないって、宝石の質がとんでもなく悪いって意味ですか?」


 薬箱の中に適当に入れといたから、表面に細かい傷とかついてるのかもなあ。



 ◆



 交渉の末、ダイヤモンドは二千万ロアで売れた。

 何でもあれは光にかざすと影が四肢の形になる特殊なカットが施された、この世に二つとない品だったらしい。

 そりゃあ土地と引き合いに出されるほどの価値がある訳だ。


 ジャララ……。


 大量の大金貨が入った袋を手に、まずは脱衣劇場へ向かう。



 ◆



 脱衣劇場とはその名の通り、演劇の中で女性演者が脱いでいくというものだ。

 俺が行った時に行われていた演目は、「南風と灼熱の太陽」と言う童話になぞらえたものだった。


 南風と灼熱の太陽という童話は、南風と太陽のどちらが先に旅人の男の服を脱がせるか競うというものだ。

 まず南風が風を発生させて男の服を吹き飛ばそうとするが、男は逆に衣服を強く掴んでしまい、失敗する。

 次に太陽が暑い日差しを発生させたことで、男は暑さに負けて服を脱ぐ。

 汗だくになった男は最後に川に飛び込むが、それを子供たちに見られて笑われるというのがオチだ。


 脱衣劇場では旅人は若い女が演じていた。

 彼女の周りを南風の仮装をした半裸の男が回り、大きな団扇で風を起こす。

 女は胸元の衣服を抑えるが、風にあおられてスカートはめくれた。白だった。

 次に太陽の番になった。

 太陽に仮装した半裸の男が現れ、大仰な身振り手振りで日差しの強さを表現する。

 そして女は産まれたままの姿となり、川に飛び込む演技をする。

 すると舞台袖から三人の少年が現れ、その様子を覗き見た。あの役に選ばれた少年らは役得だな。


 演劇が終了し、舞台に幕が下りる。

 劇を見ていた紳士たちは前かがみになり、劇場を出て行った。これから娼館に繰り出して謳歌するのだろう。

 一方、俺には何の感情も情動も湧き上がらなかった。やはり性欲はほとんど失われているようだ。

 俺に性欲があったなら、演者の女の裸体を緻密に、繊細に、抽象的に、写実的に、官能的に描写して記憶に焼き付けていたんだがなあ。

 俺は堂々と胸を張り、劇場を出た。



 ◆



 残金千九百九十八万ロア。俺はこの金を持ち、都市で一番大きい娼館に入った。

 ここは娼婦と酒を飲み、気に入ったら追加料金で本番にいくシステムだ。

 金にものを言わせ、店一番の嬢を指名する。


「メイカでーす。よろしくお願いしまーす」

「ああ、俺はアレクだ。よろしく」


 通されたのは、豪華な個室。

 観葉植物、高級そうなソファやテーブル、壁際の棚には一本で馬車が買えそうな高級酒の数々。


「アレクですか、良い名前ですね」


 薄い茶髪に青色の瞳。メロンほどもある二つを強調するタイトドレスを着ているが、全く下品さを感じない。

 彼女が都市一番の店のナンバーワンか。確かにそれを裏付けるだけの美貌がある。しかし、何か物足りない……。


「アレクさんのその真っ白な髪、染めてますよね? いえ、色を上書きしたって感じじゃないですね。脱色とも何か違う……」

「!」


 驚いた……。俺は昔、魂を砕かれ新たに人工魂を体に入れてから、元々濃い茶色だった髪と瞳が真っ黒になった。

 そして黒い髪色が嫌で、白に色を変えていたのだ。染色でも脱色でもない、怪異由来の薬を使った変色だ。

 それを見抜くなんてこの嬢、何者だ……?


「ただの嬢ですよ」


 今度は俺の心を読んだかのような返答を……! 偶然か?


「こういう仕事をしていると、化粧への造詣が深くなるんですよ。髪を染めた、脱色したかは見ればすぐわかります。ですがアレクさんは、髪色を染色や脱色以外の方法で変えてるみたいですね。もしかして、怪異由来の薬を使ってたり? もしかして、職業は異術師だったり?」

「……その通りだ」


 この都市では異術師が幅を利かせている。一般人が怪異や異術師を知っているのは半ば当然だ。

 しかし、髪だけでそれを見抜くとは……。


「髪だけじゃありませんよ? アレクさんの雰囲気とか、細かい仕草から異術師だと思ったんです」


 また心を読んだかのような……。いや、本当に心を読まれてるんじゃないか?


「まるで占い師と会話してるみたいだな」

「ふふ、そうですか? 私ばっかりアレクさんのことを知っちゃってるので、今度は貴方から私のことを聞いてくださいよ。それと、お酒をどうぞ」


 いつの間にかグラスに酒が注がれていた。

 一口飲むと、美味かった。

 ……酒への造詣が浅いから、これ以上の感想が出てこないな。



 ◆



「そうなんですかー? うふふっ。アレクさんも大変ですね」

「ああ、そうなんだよ! あの生意気な弟子がよお……。俺のことは師匠って言ってるけど全然敬ってないし。いや、別にそれはいいんだけどさ。尊敬されたいとか思ってないし」


 俺は饒舌な方ではない。しかし、嬢はまるでタンスから衣装を取り出すかのように俺から話題を次々と引き出してくる。それでいて、相手に会話の主導権を握られているという感覚が微塵も無い。これがナンバーワンの実力か……。

 それに加え、酒による酔いも俺の口を滑らかにした。


「あ、そうそう。最初から気になっていたんですが、アレクさんって何て香水を使ってるんですか? 私も同じ物をつけてみたいです」

「香水?」


 はて、何のことか。俺は香水なんて付けていない。


「もしかして、それも怪異由来の香水とかですか?」

「いや、俺は香水なんてつけてないぞ?」

「そうなんですか? とってもいい花の香りがするんですが」

「花の香りか……。あっ」


 思い当たるフシが一つあった。ルヒナだ。

 ドリアードの体臭は花の香りとか言ってたからな。知らず知らずのうちに、その香りが俺に移っていたのか。


「あ、そうそう。その弟子がさあ……」


 高い酒を飲み、フルーツを摘まみ、嬢との会話を楽しむ。

 夜はあっという間にふけていった。



 ◆



「──す。──まーす」


 ん?


「おきてくださーい。お昼ですよー」


 おや、酔っていつの間にか寝ていたみたいだ。

 店で寝るなんて、嬢には迷惑をかけたな。起きないと……。

 それにしても、嬢はいい声だな。流石は自身の魅力で稼いでいるだけはある。


「ししょー」

「ん?」


 目を覚ますと、目の前にルヒナの顔があった。上から俺を覗き込んでいる。


「ここは!?」

「おっと」


 反射的に飛び起きた。

 上体を起こした時、ルヒナが避けなかったら顔と顔をぶつけていた。


「ここは、支部の宿……。俺の部屋か。いつの間にベッドで寝てたんだ?」


 てっきり娼館で寝てしまったのかと思っていた。


 誰かに宿まで運ばれた? 自分の足で帰った? 靄のかかった記憶を探る。

 えーっと、昨晩は娼館で嬢と飲み明かしたんだよな。それで嬢から本番も誘われたが、断った。会話は楽しかったが、微塵もそんな気は起きなかったんだ。

 その後も何杯か飲み、会計を済ませて店を出た。きっちり二千万ロア支払ったのを覚えてる。

 それで自分の足で宿まで戻り……。そこから先の記憶がないな。


「なあ、俺はいつ自分の部屋のベッドに……」

「夜、廊下での物音で目が覚めて、もしやと思って見てみたら酔っぱらった師匠が倒れてたんですよ。そして大いびきをかき始めて……。うるさかったんで、ベッドまで運んで横にしてました」

「それは……。手間をかけさせたな、すまん」

「本当ですよ」

「……」


 ルヒナは窓辺へ向かい、日光浴をした。

 大きな窓から差し込む日差しが、彼女を照らす。


 ルヒナの横顔を見て、改めて思った。こいつ、美しすぎる。

 ナンバーワンの嬢でも物足りなく感じるくらいに。


「こんだけ可愛けりゃ、そりゃあ調子を狂わされる訳だ」

「え、何ですって? 今、何か言いました?」

「いや、何も」

「あ、そうそう」


 鈴が転がるような、心地い声だ。


「朝、異術師の研究者と名乗る人が来ましたよ。緊急で申し訳ないんですが、師匠と話したいとのことでした。午後にでも、支部に顔を出してみては?」

「だから起こしてくれたのか。ありがとう」


 ズキッ……!


 ぐっ……。ベッドから起き上がろうとしたら頭痛が……。二日酔いか……。

 はあ……、ダイヤモンドがあったら二日酔いに効く薬が作れたのに……。



 ◆



 その日の午後、支部に顔を出した。ちなみにルヒナは留守番だ。今日は日差しが美味しいから、日光浴がてら昼寝がしたいらしい。普段ならついて来いと言いたいところだが、昨晩は手を焼かせてしまったこともあって自由にさせた。

 支部の廊下を歩いていると、若い男の研究者に声をかけられた。彼が宿に訪ねてきた研究者らしい。

 その後、研究室にて俺が出会った黒竜の特徴について聞かれた。同じようなことを何人もの人に聞かれる……。

 ここ数日で散々話したのと同じ内容を話した。


 そして夕方、二日酔いを引きずりながら宿に帰る。


「師匠、私に異術を教えてください!」


 部屋の前で待ち構えていたルヒナが開口一番、やる気に満ちた要求をしてきた。


「おうおう、やる気があるのはいいことだ。急にどうした?」

「と言いますか、何ですかこれは!」


 彼女が突きつけてきたのは、一枚の紙きれだった。よく見てみると、それは昨晩、娼館での会計時に貰った明細だった。指名料、席代、酒代などが記載されている。


「人間族の男は性欲クソ畜生だと思って軽蔑してます。ですが師匠が自分の金でどこで何をしようと、口を出すつもりはありません。ただ、どこからこんな大金が……」

「何年か前に病を治したお礼として貰った宝石を売ったんだ」

「金に執着の無い師匠でも、こんなに稼げるなんて……。それじゃあ、その気になったら……。ぐふふ、やっぱり異術師は金になる職業なんですね」


 ルヒナの目が金貨になっている。

 そうだこいつ、顔はいいが性格が終わってたな。外見と内面で足し引き零。いや、むしろ負の数か。

 こんな奴に調子を狂わされていた今までの自分が馬鹿みたいだ。

 別に金稼ぎをするなとは言わないが、そういう問題ではない。


「いろいろと台無しだよ……」

「え、何か言いました?」

「何でもない」

「では師匠、せっかく弟子がやる気になってるんですよ? 薬の作り方を教えてください。できれば安くて簡単に作れて、高く売れそうなやつを」

「今日は二日酔いだから、勘弁してくれ……」

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