47-異術結社西方第三支部
草原を突っ切る街道はいくつもの他の街道と合流し、もとの五倍ほどの道幅になった。
そんな街道を進んでいると、今までに見たこともないくらい大きな都市に行きついた。
見上げるほど高い城壁、巨人が出入りできそうな大きな正門。そして検問待ちの行商人たちの長蛇の列。
「うわー、大蛇の魔物のように長い列ですね……。これ、半日くらい待つんじゃ……」
「俺たちはこっちだ」
師匠は私を連れ、行商人たちの横をつらつらと通り過ぎていく。
彼らの視線は、「うお、あの子可愛い!?」ってのが半分。「どうしてあの二人は列に並ばないんだよ」ってのが半分。そして何かわかってるふうな人が少数。
「おつかれさまです。異術師なんですがー」
師匠は片手を上げ、門番の一人に声をかけた。
すると彼は師匠の方に駆け寄って来て、軽くお辞儀をする。
「異術師様ですか。それでは身分証を」
師匠は懐から異術師の証しであるネックレスを出し、門番に見せる。
そして師匠は一言二言言葉を交わし、門をくぐった。え、そんな簡単に通っていいの?
「ほら、何してんだよ。さっさと来い」
門の外で立ち尽くす私を、師匠は手招きする。
招かれるまま門をくぐると、そこには異世界が広がっていた。
がやがや、ざわざわ……。
木よりも高い建物の森、大河のように広い石畳の道、そこを行き交う馬車。そして道を歩く人、人、人、人、人、人……。
かつてのドリアードの全人口分はありそうな相当数の人々……。人間族は数が多いとは聞いていたけど、こんなに……。
あまりの人の多さに、目が回る……。
「おろろろろろろ……」
目が回って吐いてしまった。
◆
「ったく、手のかかる弟子だ」
師匠は私の吐しゃ物に赤色の薬液をかけた。すると吐しゃ物は透明になり、数秒で揮発した。便利な薬があったものだ。
その後、師匠は私の肩を担いで移動し、木陰のベンチに座らせてくれた。
「はあ……。休んで楽になりました」
「そりゃあよかった。で、どうして急に吐いたんだよ」
「人が多すぎて、目が回りました……。ここって、ドレミナント王国の首都なんですか?」
「いいや、ここは地方都市だ。西方では三番目に大きな都市だな」
こ、この規模で首都じゃない? しかも、西方で三番目の規模って……。
衝撃で口がポカンと開いてしまう。
「行きたい所があるんだが、歩けそうか?」
「こんな人込み、生まれて初めてなんで倒れてしまいそうですよ……」
「それじゃあどうする? 裏道を行くか?」
「いえ、手を繋いで歩けば大丈夫だと思います」
「……」
一瞬だけ固まる師匠。私、変なこと言ったかな?
◆
はぐれないように指を絡め、しっかりと師匠の手を握って歩く。
うん、こうやって歩いていれば、人込みの中でもいくらか楽だ。
「そう言えば、どうして門では優先して検問を受けられたんですか? しかも、すぐに門を通されましたし」
「言ってなかったか? ここには異術結社の西方第三支部があるんだ。近くまで来た時は立ち寄り、報告書書いたり他の異術師と情報交換をしたりする」
え、何それ。聞いてない。
「特にこの都市では異術師の権力が強くってな。検問でも簡単に通してもらえるんだ」
「さいですか……」
「着いたぞ。ここが異術結社支部だ」
師匠は大通りの最奥に建つ、特に大きな建物の前で足を止めた。
白亜の壁、大きな窓。いつか見た商人ギルドの建物も立派だったけど、この建物はさらに立派だ。
ぎぃ……。
大きな扉を開け、師匠と共に中に入る。吹き抜けの玄関ホールの空間は、民家が一軒丸々収まってしまいそうなくらい広い。
師匠は受付で何かの書類にサインし、私を連れて奥の廊下へ。
「お、アレクじゃないか。久しぶりだな! 十年ぶりか?」
まず私たちを出迎えたのは、半ズボンを履いた男性の下半身だった。
腹部の断面は皮膚に覆われていて、平坦な表面に目と鼻と耳と口が生えていた。え、なにこれ?
ささっ……。
私は手を解き、師匠の後ろに隠れる。
「よう。久しぶりだな、レッタ。上半身とは、最近どうだ?」
どうやら下半身の名前はレッタという名前らしい。
「どうだも何も、あいつは相変わらずいけ好かない奴だよ。オレがいなきゃあ何処にも行けないくせに、いっつも偉そうにしてさ。だから今日も、研究室に置き去りにしてきてやったぜ」
え、何この……。何?
「で、後ろの可愛いお嬢さんは誰なんだい? オレの知らない間に、彼女でも作ったのか?」
「いや、こいつは弟子だ」
「弟子!? 弟子だと!? 弟子を取らないので有名なアレクが、弟子を取っただと!?」
下半身の断面に張り付いた顔は、驚きの表情を見せた。
「おーい。皆ー! 聞いてくれー! アレクが来たぞー! しかも、めちゃくちゃ可愛い弟子を連れて!」
レッタさんは大声を上げながら、廊下の奥へと消えていった。
「ったく、あいつは相変わらず騒がしいな」
「師匠、今のって……」
師匠の腕を掴みながら、おずおずと顔を出す。
「今の下半身はレッタ。昔は普通の人間だったんだが、怪異の影響で上半身と下半身が分離したんだ。それで今はそれぞれ別個体として生活してる。面白いだろ?」
面白い……、かなあ?
「あんな見た目で外には出れないから、支部の内勤として働いてるんだ。他にも二足歩行をする虫みたいな奴とか、右腕が半透明な奴とかがいるな」
そんな人に会っても驚かないよう、心の準備をしておこう……。
◆
「あ! あの人が噂のアレクさん? 本当に髪の毛が真っ白だ」
「おいおい、弟子を取ったって本当だったのかよ? しかもそんな美少女を」
「すみません。半死半生のアレクさんですよね? もう百年以上生きてるって噂は本当なんですか?」
「おお、アレクか。会うのは三十年ぶりか。儂はこんなに老けちまったが、アンタは変わらんのう……」
廊下を歩いていると、支部の異術師たちが師匠に絡んできた。
廊下は人でごった返し、私は目を回しそうになる。
「おい、邪魔だ! 通してくれ!」
師匠は私の腕を掴み、無理やり人込みを分けて進む。
そして、廊下の突き当りの部屋に入り、ドアをしっかり閉めた。はあ、やっと一息つける。
室内は無人で、いくつかの上等そうな机にソファ、壁際にはティーセットが置いてあった。
「おっと、すまん。無意識に掴んでた」
師匠は私の腕を離す。無意識に掴んでたんだ……。でもおかげで、あの廊下から脱出できた。
コポコポ……。
師匠は二人分の紅茶を淹れ、一つをソファの前のテーブルに置き、もう一つは机の上に置いた。
そして椅子に座り、引き出しから書類を取り出して何やら事務仕事を開始する。
私は紅茶が置かれた位置のソファに腰を下ろす。紅茶のいい香りが鼻を突く。
「ここって、師匠の部屋ですか?」
「いいや、違う。外回りの異術師が報告書を書く部屋だ」
「報告書ですか……」
「俺みたいな外回りの異術師は各地を回り、怪異への対処や怪我人の治療を行うだろ? どこの町や村で何をしたかとか、新しい発見があったとか、いろいろ書くんだ」
今まで回った町や村かあ……。私は師匠と出会ってからの軌跡を振り返る。
まずは大怪我をしていたところを師匠に助けられた。
最初の村では村長に騙され、砦の魔人退治に向かわされた。
森で七人の木こりたちと出会い、人面樹ことエントを火葬した。
荒れ地では魔人と戦いった。
廃城の村では異術師志願の少年と出会った。
その後で行った廃村では砂嵐に足止めされた。
魔人族と軍の戦いに参加した。
その後、リリアンさんという異術師と共に幽鬼の問題に対処した。
小さな村では、夢を食べる怪異に対処した。
その次の村では、無詠唱魔法の使い手の悩みを解決した。
そう言えば前の村では黒竜と出会い、衝撃的な事実を聞かされたな。
邪神戦争後の失われた歴史、魔物かと思っていた竜と巨人が実は魔王によって創られた種族だったこと、そして未知の種族であるツェリの存在……。
師匠はそのことも報告書に書くのかな?
◆
師匠が報告書を提出すると、支部内は大騒ぎになった。
何人もの異術師たちが部屋に押しかけ、師匠に詰問する。
「おい、ベルメグン公国が滅んだってどういうことだよ!? ドリアードが全滅って……!」
「しかも、生き残ったのはこの子だけ!? しかもお前の弟子って……!」
「ドリアードの異術師なんて、今まで聞いたこともないぞ!」
「邪神戦争後の空白の歴史……。竜との戦争があったって本当か!? 嘘じゃないよな!?」
「巨人ことギガントは目撃例が少ない幻の魔物だとされてたが、まさか知性を持った種族だなんて……」
「竜が空を飛び、喋っただと!? それで、空白の歴史について語った!? ツェリなんて種族、聞いたこともないぞ! アレクお前、夢でも見たんじゃないか!? それか、怪異によって幻を見たとか!」
うう、この人口密度……。目が回る……。
そりゃあここ何十日かで私たちが経験したことをそのまま書いたら、こうなるよね……。
「ああ、もう! うるせーうるせー! 俺が報告書に書いたのは事実だよ! そこの弟子も、同じ体験をしてる! 報告書の審議以外で質問があるなら、ちゃんと書類にして持ってこい!」
師匠は珍しく語気を荒げ、部屋に来た異術師たちを追い返した。
「はあ……。ここの支部は特にうるさい奴が多い気がする……」
「目が回りました……」
私の瞳は渦を巻き、頭上では小鳥がピヨピヨと鳴きながら旋回している。
かくしてベルメグン公国とドリアードが滅んだこと。邪神戦争後の空白の歴史。創造序列第八位、魔王眷属、竜族ドラゴン。創造序列第九位、魔王眷属、巨人族ギガント。創造序列第十位、女神眷属、翼人族ツェリ。そして、ツェリが竜にかけた呪いについて、支部の者たちが知ることとなった。
◆
支部には宿舎が併設されていて、外回りから戻った異術師が無料で宿泊することができた。
「うわあ、すごい……」
私にあてがわれたのは、豪華で広い部屋だった。
明るい日差しが差し込む大きな窓、分厚い絨毯、天蓋付きのベッド、高級そうなソファとテーブル。トイレと浴室も完備。もちろん、師匠とは別部屋だ。いやあ、異術結社ってお金があるんだなあ。
「……」
広くて落ち着かないから、師匠の部屋に遊びに行こう。
◆
それから三日間は大忙しだった。
例の報告書のことで師匠は各方面に引っ張りだこ。
異術師の偉い人と話したり、研究職の人と話したり、噂の弟子である私を一目見ようとする野次馬にたかられたり……。
弟子である私も師匠に強制同行させられ、目の回る日々を過ごした。
そして一連のごたごたが落ち着いた四日目の夜、師匠はこんなことを言いだした。
「娼館に行ってくる」
いってらっしゃい。




