51-追放者の村
朝、師匠に連れられ魔人が潜む山へ。
魔人が走って木々を薙ぎ倒してできた道を進んでいく。いつ魔人と出くわすかわからないので、師匠は自分に防御の戦薬をかけ、私は障壁の鎧を張っている。
ふう……。
師匠は薬箱から一枚の葉っぱを散り出し、息を吹いて宙に飛ばした。すると葉っぱは地面に落ちることなく、フヨフヨと舞って山奥へと移動していく。
「悪臭に反応する葉っぱだ。あれを追っていけば、魔人の所へ行けるだろう」
「ところで、どうしてわざわざ魔人に会おうとするんですか?」
「少し気になることがあってな……。ルヒナは例の魔人を見て、どう思った?」
昨日見た魔人の姿を思い出す。真っ赤な肌にボサボサの灰色の髪。不格好な巨漢。下品な大笑い。
「粗暴で横暴な傍若無人って感じでしたね」
「それもあるが、あの魔人、人型に近くなかったか?」
「言われてみれば……」
魔人は動物や人を組み合わせたような異形の見た目が多い。しかし、例の魔人は確かに人型に近い見た目だったような気がする……。
「他にもいろいろと気がかりな点がある。とりあえず、会って話をしてみよう」
「ちゃんと話ができる相手だったらいいですねえ」
◆
「くそう! くせえ! 痒い! いってえ!」
山の中腹の渓流に魔人はいた。渓流の水で体をジャバジャバと体を洗っている。師匠が放った煙によって生じた悪臭や痒み、痛みを水で洗い流そうとしてるのか。
私と師匠は茂み以下暮れ、魔人の様子を窺う。こちらに気付いている様子はない。
「……ここまで臭いますね」
悪臭に反応する葉っぱは魔人の背中に飛んでいって、ぺたりと張り付いた。
「魔人に接触してみる。ルヒナはここに隠れてろ」
「いってらっしゃい」
「『大丈夫なんですか?』みたいな、心配の言葉をかけたらどうだ……」
はて。師匠は私に何を期待していることやら。
がさがさ……。
師匠は茂みを出て、魔人の背後に近付く。
「よう、大変そうだな」
「な!? てめえは!」
魔人は勢いよく振り返り、師匠を視認した。そしてすぐに臨戦態勢に入る。
「待て待て。戦いに来たんじゃない。とりあえず、右目を閉じて息を止めたまま水を浴びろ。そうすればその臭いも痒みも痛みも洗い流せるから」
「ぬお!? 何を意味の分からないことを!」
「いいから、やってみろ」
「うぬぬ……」
魔人は以外にもあっさりと師匠の指示に従い、右目を閉じて息を止めたまま水浴びをした。
「おお!? 確かに! 言われた通りにしたら良くなった! 不思議なもんだなあ!」
「落ち着いたところで、少し話でもしないか? あんた、人間族だろ?」
え、人間族? 見た目は人間族とはかけ離れてるのに。
「ぬぬぬ……」
「どうやら、当たりみたいだな。図星なのが顔に出てる」
「ふん! お前、ただ者じゃないみたいだな! 少しくらいなら、話を聞いてやろう!」
魔人はジャバジャバと水しぶきを立てながら渓流から上がった。そして師匠の目の前で地面にドカッと腰を下ろし、胡坐をかく。胡坐をかいてなお、立っている師匠よりも頭の位置が高い。
「俺は異術師なんだ。あんた、異術師ってのは知ってるか?」
「異術師……。怪異を祓い、奇妙な術を使うっていう……。昨日、俺に使った煙も怪異由来の術か!」
あの魔人(?)も異術師を知っているようだ。
「今のあんたみたいな状態には心当たりがある。あんた、この山で真っ白なリンゴを食ったことはないか?」
「真っ白なリンゴ……。ああ、食った食った! しばらく前に、どうしても腹が減ってな! 山で偶然見つけた白いリンゴを食ったんだ!」
「それを食べた後、人間族から今みたいな巨体になったんじゃないか?」
「……」
あのうるさい魔人の人が急に黙った。その沈黙は、恐らく肯定だ。
「『馬リンゴ』っていう、珍しい怪異がある。一般人の目にも見える木の怪異で、生態も普通のリンゴの木と同じだ。赤い実をつけ、繁殖する。しかし、数百年に一つだけ白いリンゴの実をつけるんだ」
馬リンゴ……。馬要素はどこに……。
「それを食うと、今の俺様みたいな巨体になると」
「ああ、そうだ。そして、理性を失って獣のように暴れ狂う」
理性を失う? だけどあの魔人の人は粗暴だけど、人と話ができる程度には理性が残ってる。
「おそらく、元の性格が気弱で大人しかったせいだろうな。完全には理性を疑わなかった」
「……くくく。ぶわーっはっはっはっはっは! 異術師ってのは、そこまでわかるものなのか! ああ、確かにその通りだ! 俺様は前まで人間族だった! それで腹が減って、山奥で白いリンゴを食ったんだ! そして寝て起きたら、こんな姿になっていた! そうかあ、普通だったら理性を失って獣畜生になっていたのか!」
「そうして、手に入れた力を振るって村を襲うようになったと。しかし、不思議なんだよなあ。村を襲うにしたって、もっと襲いやすい村が他にあるはずだ。あんたは強いが、待ち構えている兵士をわざわざ蹴散らすのは多少なりとも手間だろ?」
「……」
あれ? 魔人の人が急に黙りこくった。
「……お前、異術師なんだってな。異術師ってのは、怪異に侵された奴を救うのが仕事だろ? 診てほしい奴がいるんだ」
一方的にそう言って魔人の人は立ち上がり、林の奥へとズンズン進んでいった。
私は隠れていた茂みから出て、師匠の隣へ。
「急にどうしたんでしょう、あの魔人の人……。師匠に診てほしい人がいるって言ってましたが、信用できますか?」
「……とりあえず、着いて行ってみよう。怪異に侵された者がいるなら、放ってはおけない」
「もし罠だったらどうします?」
「その時は、怪異に侵された患者なんていなかったと胸を撫で下ろすさ」
そんな悠長なことを言いつつ、師匠は魔人の人の後を追って林の中へ。私も警戒しつつ、それに続く。
◆
「ここだ!」
魔人の人が案内したのは、崖の下に作られた小さな村だった。崖をくり抜いて作った洞窟がいくつかあり、ざっと見た感じ十人前後の住民が暮らしている。全員、人間族だ。畑はちらほらとしか見当たらないから、基本的に採集で食料を得ているうだろうな。徴税が嫌だから山奥に作った隠れ里だろうか。
「ほら、異術師! こっちだこっちだ!」
魔人の人が大声を上げ、穴の一つに師匠を手招きする。身を屈めれば彼も入れるほど、大きな穴だ。
私と師匠は警戒しつつ穴の中へ。そこにはゴザがひかれていて、一人の青年が横になって眠っていた。彼の右半身の皮膚は緑色に変色していた。明らかに、怪異による症状だろう。
「異術師、こいつを治せるか!? 明らかに普通の病気じゃねえんだ!」
「この青年、最初は右腕から緑色になっていき、ここ三日間はずっと寝たきりに?」
「おう、そうだ! よくわかったな!」
「これは難しい怪異じゃない。すぐに治せる」
師匠は魔人の人が見守る中、青年の治療を行った。治療とは言っても、青色の軟膏を彼の肩に塗っただけだけど。
「これで完了だ。半日もすれば皮膚の変色は治り、目を覚ますだろう」
「本当か!? ありがとうな!」
ガツン!
魔人の人は諸手を上げて喜ぼうとして、頭を天井にぶつけた。
「いてて……」
「ところで魔人の人、治療の礼として教えてくれ。この村の住民は、麓の村から追放された者たちの村なんじゃないのか?」
麓の村から追放?




