46-魔力を封印する物を封印する
その日、私は無詠唱魔法の新の恐ろしさを知った。魔法の暴発により、一瞬にして数千万ロアが無に帰したのだ。
「すまない、本当にすまない! 一刻も早く恩を返したくって、つい……。完全にオレの落ち度だ! 浅慮だった!」
「いいですって、魔法使いさん。俺は気にしてませんから。ルヒナだって、まあ、その内元気になるでしょう。誰も悪くありませんって」
私たち一行はとりあえず小屋に帰った。魔法使いさんは負号魔力炉を背負い直している。
「はあ……」
私は頭の周囲に真っ黒な影を落とし、部屋の隅で膝を抱えて落ち込んでいた。帰った後も謝り続ける魔法使いと、それを宥める師匠。……ん、待てよ?
「魔法使いさんは、これから訪れるかもしれない普通の生活に、思いを馳せていた訳ですよね? それじゃあ、その生活のためのお金を、別でどこかに隠してるんじゃ……?」
「おいルヒナ、流石にいやし過ぎだぞ」
「いいや正真正銘、さっきのがオレの金銭的財産の全てだった。私オレくらいの天才になれば、魔法を抜きにしても稼ぎようはいくらでもあるから生活費のことなんて考えてなかったんだ」
くそう……。
「むしろ俺は、働きに見合わないほどの報酬を手に入れたと思っていますよ。どの文献にも残っていない空白の歴史の信実、翼人族の存在、古竜と呪われた竜。そして何より、古竜の血を手に入れることができました。負号魔力炉に使った分を差し引いても、結構な量が手元に残りました。これらはどれだけ金を積んでも、手に入れることはできない物です」
「異術師、その古竜の血ってのは、負号魔力炉意外に何に使えるんだ?」
「それはまだわかりませんが、貴重な物であることには変わりありません」
くそう……、生き生きとしてるなあ、師匠……。
◆
それから三日が過ぎた。私と師匠は魔法使いの小屋へ行き負号魔力炉の調子を確認したけど、問題は無いみたいだった。
「それじゃあ魔法使いさん、負号魔力炉の調子も良さそうですし、村に顔を出してみませんか?」
「何だって!?」
師匠の提案に、素っ頓狂な声を上げて驚く魔法使い。
「前に言ってたじゃないですか。普通の生活ができるようになったら、今まで世話になった筋として村人にお礼を言いたいって」
「確かに言ってたが、その……。いくら負号魔力炉で魔法の暴発を抑えていると言ったって……。どうせオレは嫌わてるに決まっている。都でもそうだったし……。村人たちだって……」
と、大人げなくごねる魔法使い。
「そんなことないですって、村人たちは歓迎してくれると思いますよ? ルヒナもそう思うだろ?」
「そう思いますねえ」
二日前、私たちは村長宅を訪れて魔法使いの魔法の暴発を止められそうだと報告した。すると村長は是非とも魔法使いを村に招いてほしいと申し出たのだ。村長だけでなく、他の村人たちも彼に感謝の意を伝えたいらしい。
魔法使いは普段行っている魔物退治なんて大したことはないって思ってるみたいだけど、魔法すら使えない村人からしたら、そうそう真似できない大仕事なのだ。
◆
師匠の熱烈な説得により、魔法使いは村へ赴いた。村に入る前、私と魔法使いを残して師匠は村長へ報告に向かった。
「……あの異術師は幸せ者だな。君みたいな可愛い子を弟子に持てて」
と、魔法使いがポツリと呟いた。
「それ、口説いてるんですか? やめてください、気色悪いです」
「そんなつもりで言ったんじゃない。ただ、君らを見た男なら誰だって、異術師を羨むと思うぞ? 『あの男、あんな美少女と……。くそう……!』って」
確かに、行く先々でそんな視線を感じることはある。師匠に向けられる、嫉妬や羨望の目……。
「ですが、師匠はどう思ってるんでしょうねえ。あの人、私に可愛いなんて一言も言ってくれませんよ? 私はこんなに可愛いのに」
「それは本当か? あの異術師、人間として大切なものが欠落してるんじゃないか? ……いや、言いすぎた。忘れてくれ」
人間として大切なものが欠落してるかあ……。彼の言う通りかもしれない。
師匠は半死半生──半分死んで、もう半分だけで生きている。そのため代謝が極端に低く、生きるために必要な三大欲求も無い。きっとそれ以外にも、いろいろ失っているのかもしれないな。美少女を見て美しいとか可愛いとかって思う情緒とか。
しばらくして師匠が戻ってきた。大勢の村人たちを引き連れて。
「アンタがいつも村を守ってくれてる魔法使いさん? 初めまして。いつもありがとうね」
「いやあ、あんたが魔物を退治してくれてるおかげで、畑も家畜も被害を受けずに済んでるよ。ありがとうな、ドレン先生!」
「最近、大量の魔物が国に入ってきているって噂だ。それに、交流のある村のいくつかが魔物に襲われたって……」
「ああ、聞いた聞いた。恐ろしいよなあ。この村が無事なのは、ドレンさんのおかげだぜ」
「高い税を納めてるってのに、領主が村に常駐させてる兵士は頼りなくってなあ」
「そうそう、あの荒くれ者みたいな雇いの兵士よねえ。あいつに比べたら、魔法使いさんの方が頼りになるわ」
「ありがとうですじゃ」
「いやあ、直接顔を見れて良かったよ! お前さん、結構男前じゃないか」
村人たちは魔法使いを囲み、口々に感謝を述べた。
「あ、いや……。私はただ、貰ってる食糧分の働きをしているだけで……」
これには魔法使いも顔をほころばせ、嬉しさを隠しきれないでいる。
「てっきりオレは、皆さんに疎まれてるものかと……。無意識に魔法を暴発させてしまいますし……。実際、都では……」
と、恐縮する魔法使い。
「何言ってんだい、ドレンの旦那! んな訳ねえって! 魔法が暴発するから今まで、村から離れた所に住んでたんだろ? すまねえなあ、肩身の狭い思いをさせちまって! それで今は、わざわざそんな重そうなもん背負って魔力を封じてる」
「ま、異術師さんが安全って言ってんだから安全なんだろ。がはは」
「危ないとかで言ったら、村に常駐してる雇われの兵士がねえ……。お酒を飲むと乱暴になることがあるのよ」
「ドレン先生が村に居てくれれば、頼もしいったらないね」
「な、なあ……。この状況、どうすれば……」と、褒められ攻撃にさらされた魔法使いさんが目で私と師匠に訴えかけてきた。
そんな彼の様子を、後方で腕組をして見守る私と師匠。
その後、歓迎の宴を開かないかって話になったけど、魔法使いが精神的に疲弊しきってしまったのでその日は解散になった。彼は負号魔力炉の重さも相まってか、心身ともに疲れ切った様子で岩山の小屋に帰っていった。
◆
「負号魔力炉? 封印したよ」
翌日の昼、小屋に行くと私と師匠は魔法使いからそんなことを告げられた。
途中の道に、「異術師とその弟子、魔法対策をすべし」という看板があったので、怪しみつつも魔法防御を固めて来てみたら……。
「え、どういうことですか? 封印したって、どこに? 俺だ作ったあの負号魔力炉、やっぱり重すぎました?」
そうだそうだー。師匠の言う通りだー。私たちがあんなに苦労して作った、貴重な負号魔力炉をー。
「オレの財産を隠していた岩の金庫があっただろう? あの中に封印してきた。誰にも見付けることはできないだろう」
「いえ、そういう問題じゃなくって……」
と、食い下がる師匠。
「魔力が低下した状態では、いざという時すぐに戦えないからな」
「それはそうですが……」
「オレは今まで、村人たちに疎まれていると思っていた。だが、実際は真逆だった。頼りにされていたんだ。感謝されていたんだ。だから今まで通り、村を魔物から守る役割を続けようと思ったんだ」
それで負号魔力炉を封印して……。
「すまないが、村に帰ったらその旨を村長に伝えてくれないか? それと、前と何も変わらない結果になってしまって申し訳ない。異術師と弟子には、あんなに頑張ってもらったのに……」
「何も変わらないなんてことはないですよ。俺は今回の一件、受けてよかったと思ってます」
その後、私と師匠は村に戻って村長に事の次第を報告した。村長は残念そうにしていたけど、魔法使いが望むならと納得したようだ。
◆
翌日、私と師匠は準備を整えて村を出た。街道に沿い、北東へ向かう。天気は今日も晴れだった。
「はあ……。今回も骨折り損のくたびれもうけでしたね……」
「そうか? 村人から治療費は貰ったし、宿代もタダにしてもらった。それに何より、値千金なんてもんじゃない情報と古竜の血を手に入れたじゃないか」
「そうですけどー……」
はあ……。やっぱり納得できないなあ……。
あ、そう言えば師匠が治療費の受け取りを後回しにした同じ夢を見る女、結局最後まで治療費を払いに来なかった! 師匠の薬が効かなかったなら苦情を言いに来るはずだけど、それが無かったってことは完治したはずなのに……! なんて卑しいメスブタなんだ!
「うう、くそう……」
うだる私とは対照的に、師匠はどこか上機嫌だ。心なしか、足取りも軽い。
「本当、師匠は上機嫌ですね」
「ん? だって、人助けをすると気分がいいだろ?」
私にはわからない感覚だ。




