45-軽度の失敗
魔法使いは自分の小屋へ、私と師匠は宿に帰った。その日はもう何もする気が起きず、部屋で休んだ。
それから師匠は負号魔力炉の製作にとりかかった。竜の心臓を煮て干したものに黒竜の血を垂らしたり、各種薬品を調合したり。そしてその作業の様子を見学し、時々手を貸す私。ちなみに魔物じゃなくて黒竜の血を使っても、特に問題無かったみたいだ。
「それにしても、負号魔力炉の作り方なんて、よく知ってましたね。そういう技術って、どこで習うんですか?」
「異術師は数年に一回、情報共有のために本部に顔を出すんだ。負号魔力炉の作り方も、その時にな」
異術師の本部かあ。私もいつか行ってみたいな。
「……ルヒナ、黒竜と対峙してた時はドタバタしてて言えなかったが」
師匠は作業の手を止め、私の方に向き直る。
「ありがとう。あんたのおかげで、命拾いした。俺には竜が単金病に罹るなんて発想はなかったよ。それと、異術師の知識をよく見につけているな。流石だ」
お、おっと……。面と向かって褒められてしまった。虚を突かれたというか、むず痒いというか……。
「あ、あの時って、私が黒竜の単金病を見破った時ですよね? あの時は私も生きるために必死で、鍛冶場の馬鹿力が発揮されたと言いますか……」
ん? 待てよ……。
「待ってください。そんなに恩を感じていたのなら、黒竜からのお礼を貰える権利を私に譲ってくれてもよかったじゃないですか」
「それとこれとは別の話だ」
◆
それから師匠は文字通り三日三晩かけて、負号魔力炉の製作を続けた。
師匠は食事も睡眠も不要なので、朝から晩まで一睡もせず、飲まず食わずで。そんな師匠の様子を察し、宿の女将さんは「あの異術師さん、一晩中作業してるみたいだし、ご飯も食べてないみたいだけど、大丈夫なの? 貴女、お弟子さんなんでしょう? いつもあんな感じなの?」と心配していた。私は心配ないと適当に返しておいた。
「ふう……。やっと完成した」
三徹明けの朝、師匠は負号魔力炉を完成させた。
「すごく、大きいです」
以前師匠は、「負号魔力炉はリンゴくらいの大きさ」と言っていた。しかし目の前にある完成品は、メロンくらいの大きさの木箱で、背負うための二本のロープの輪が付いていた。持ってみると、鉄塊のように重い。
「仕方ねえだろ。初めて作ったんだ。小型化は無理だった」
「これ、魔法使いさんに届ける時は師匠が持って行ってくださいね」
「わかったよ」
◆
「すごく、大きいな」
私と師匠は岩山の盆地に建つ魔法使いの小屋へ行き、負号魔力炉を見せた。その感想が、これだった。
ちなみに私も師匠も、暴発する魔法の対策を施して小屋に来ている。
「いやもちろん、手間暇かけて負号魔力炉を作ってくれたのには感謝している。本当にありがとう。ただ、負号魔力炉はリンゴくらいの大きさなんじゃ……」
「コンパクトに作るのに失敗したんですよ。しかし、機能面では問題ないはずです。背負ってみてください」
師匠に促され、魔法使いは鉄塊ほどもある重さの木箱を背負った。
「ぐっ……、これは……! 重さもさることながら、ピンポイントで肩の一番嫌な所に負荷がかかる……。一日もしない内に肩が凝りそうだ……」
「師匠、これ作り直した方がいいんじゃないですか?」
「もう素材がねえよ」
「ん? うん? これは……! おお!」
急に魔法使いが感嘆の声を上げた。
「物凄い勢いで魔力が吸われていく! 異術師、負号魔力炉はちゃんと機能しているようだぞ」
「それはよかったです。ちゃんと動いてるみたいで」
ん? ちゃんと動いてるみたいで? 待って、少し変だ。師匠はここまで負号魔力炉を背負って歩いて来たはずだ。その間、魔力を吸われ続けていたはず。なのに今、ちゃんと機能しているを確認した?
「師匠はあれを背負ってここまで歩いて来ましたけど、その間に魔力を吸われてる感覚とかは無かったんですか?」
「いや、重い以外の感覚はなかったな。俺は魔力が無さ過ぎて、負号魔力炉が機能しなかったのかも」
「もしくは、鈍感すぎて魔力を吸われる感覚に気付いていなかっただけかもしれませんね」
「くっ……。反論したいが、魔法の才能がない俺ならあり得る……。くそ……」
その後、師匠は負号魔力炉が魔力を吸い過ぎないか確認したり、魔法使いに合わせて魔力の吸収量を調整した。
「魔力が枯渇しそうになったら、ちゃんと吸収が止まるようになってますね。体内の魔力回復と負号魔力炉による魔力吸収の拮抗状態も安定してきました。体調に変化はありませんか?」
「負号魔力炉の重さによる肩こりを除けば、魔力不足による眠気と気だるさがあるな。それも生活に支障をきたす程ではない。外出するのが非常に億劫って程度の気だるさだ」
「それなら、調整は完了ですね。ですが念のため、三日ほど様子を見ましょう。寝る時は外していただいて──」
「よし、そうしたら報酬を渡そう。二人には本当に世話になったからな」
報酬!?
「いえ、報酬は三日間の様子見の後でいいですので」
「いいや、君たちは今まで充分すぎるほど働いてくれた。むしろ完成後に報酬を渡すなんて話になったら、オレの持つ財産では払いきれなくなる。今の内に受け取ってくれ」
「そうですよ、師匠! 早く報酬を受け取りましょう! それが今の最優先事項です!」
「でもなあ……」
私の必死の説得により師匠は折れ、先に報酬を受け取ることになった。
魔法使いは都に居た時に稼いだ財産を、岩山の奥地に隠しているとのことだった。そりゃあ自宅やその地下室に置いておいたら、魔法の暴発で木っ端微塵にしちゃうかもしれないからね。
「よっこらしょっと……」
おや? 魔法使いが負号魔力炉を降ろした。せっかく調整したのに。
「魔法使いさん、負号魔力炉、置いていくんですか? 師匠がせっかく調整してくれたのに」
「ああ。これから行く山道は細くて険しいからな。流石にこんな重い物を背負っては登れない」
「この前みたいに、岩肌に階段を作る魔法を使ったらいいんじゃない?」と思ったけど、前に村長が、「岩山の岩は魔法に対する抵抗力を持ってる」とかって言ってたな。じゃあ、例の魔法は使えないか。
◆
私と師匠は魔法使いに連れられ、岩山の細道を進んだ。道は幾重にも入り組んでいて、事前に道順を知っていなければ確実に迷ってしまうだろう。しかも途中途中で道とは言えないような険しい場所を通った。確かにこれは、重い荷物を持って登ることはできないな。
そうして私たちは休憩を挟みつつ、目的地にたどり着いた。そこは岩山の少し開けた場所で、地面には土が堆積して草が生えていた。
「この岩だ」
魔法使いが指し示したのは、何の変哲もない岩だった。彼は岩の表面に指を置き、複雑な図形をなぞる。すると岩がきれいに二つに割れ、中からキャベツほどもある大きな革の袋が顔を出した。もしかしてその中には……。
「私が都に居た時に稼いだ金だ。何千万ロアかある。報酬として、これを受け取ってくれ」
「いえ、流石にそんな大金は……」
「は? 師匠、大金に怖気づいてませんか? 受け取りましょうよ! 私たちはそれだけの働きをしたんですから!」
「弟子の言う通りだ。むしろ、これじゃあ足りないとも思っている」
魔法使いが革の袋を拾い上げると、ジャラジャラと嬉しい金属音が……。ああ、お金の擦れる音……。きっと中には数え切れな程の大金貨が……。
「これだけの報酬が貰えたら、私、これからも頑張っちゃいますよ! やる気に火が着くってものです!」
「え、火?」
突如、魔法使いの持っていた革袋が炎上した。白熱した超高温の炎は革どころか中の大金貨まで溶解させ、金色の溶けたチーズのように足元に落ち……。魔法使いは魔法の暴発対策で障壁・鎧を体表に張っていて無傷だったけど……。
「うあああああああ!! 私のお金が!!」
「いや、まだあんたの金じゃねえって」
「わ、わ! すまん! オレとしたことが、火のことを考えたら、うっかり……!」
「私のお金がああああああ……」
数千万円分の金貨は魔法使いの魔法の暴発により、ただの金の塊になった。
「ま、まあ、金額的には減少してしまったかもしれないが、金は金だ。この金塊を売れば、いい金額になるんじゃないか?」
と、フォローしてくれる魔法使い。確かにこれだけの金塊、上手く売れば充分な金額に……。
「まあ、溶けて土と混ざって純度が落ちてますが、それでも私にとっては充分な……」
「え、土?」
突如、地面に深い穴が開き、金塊を奈落の底へと……。
「うぁああああああ……!」
私は地に手をつき、泣いた。大粒の涙を流した。声が枯れるまで叫んだ。こんな悲劇があるだろうか……。




