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剣と魔法と怪異譚  作者: 岩クラゲ
無詠唱の魔法使い
44/61

44-黒竜もつらいよ

黒竜が怪異に侵されていることを見抜いた。


 どうやら竜でも、単金病に罹るようだ。

 黒竜は一年前に、竜殺しと農業を生業としている村を滅ぼしたらしい。家を焼き、村人を食らい……。村は単金病に侵されていて、黒竜はその時に感染したと思われる。

 それからしばらくして足の痛みを感じ、それが全身に広がり、今では全身の激痛から一睡もできなくなっているとか。痛みを顔にも声にも出さないのは、流石のプライドの高さと言ったところか。

 私たちは拘束から解放された。もう黒竜には戦闘の意志……。いや、私たちを殺す意思はないらしい。そして単金病を治せるなら、私たちを見逃してくれるという約束をとりつけた。


「『癒えよ』」


 その一言で魔法使いは回復し、吐血が止まった。言ったことを現実にする声……。それが黒竜の力?

 師匠は前の町で作った単金病の治療薬の残りを少し持っていたらしい。

 薬箱を漁る師匠と、その隣に立つ私。犬の伏せみたいなポーズで待つ黒竜と、近くの岩の上に座る魔法使い。


「あの黒い竜、村を襲うような奴なんだろ? 人間族の敵を助けるのは、なんだかなあ……」


 と、小声で愚痴る師匠。


「だからって、私たちじゃ黒竜には勝てないでしょう? 今は何をしてでも生き延び、言葉を話す強力な竜がいるという情報を持ち帰るのが最優先ですよ」

「そうだが……。そもそもあの竜は何者だ? 普通、竜は喋らないし知性も無いし、言葉で万物を従えるような力なんて持ってないぞ。あと、空も飛ばない」

「そうですよねえ……」


 そんな竜がいるなんて、私も聞いたことがない。


「お、あったぞ、単金病の治療薬。再発に備えて前の町にほとんど残してきたんだが、小瓶一本分は俺の手元に残してたんだ。異術師の旅は、何が起こるかわからんからな。その備えに」

「本当、何が起こるかわかりませんよね」


 私は空き瓶に水球の魔法で水を入れ、単金病の治療薬を二滴入れて混ぜた。

 師匠はそれを受け取り、黒竜に差し出す。


「言っておくが、下手なことは考えるなよ? 我に大抵の毒は効かん」


 毒が無いことを証明するため、師匠は単金病の治療薬を一口飲んで見せた。


「毒はないですが、後味は最悪です。それと、この薬が竜に効くかはわかりません」

「試す価値がない訳ではない。さあ」


 黒竜は師匠に向かい、大口を開けた。口内にはナイフのように鋭い牙がズラリと並んでいる。

 師匠は恐る恐る近付き、口内に薬を瓶ごと投げ入れた。え、瓶ごと? 確かにあの口の間合いに腕を差し入れて薬を垂らすのは、めちゃくちゃ怖いけども……。

 しかし黒竜はそんなこと意に介さず、瓶をゴクンと飲み込んだ。すると数瞬して、黒竜の翼の付け根から昇っていた黒煙が消滅した。単金病が治った証拠だ。


「……ほう、不思議なものだ。痛みが消えた」


 四足で立ち上がり、尻尾を振る黒竜。尻尾の先がかすめた岩が切り裂かれた。


「それじゃあ私たちは約束通り、見逃してくれるんですよね?」

「ああ、見逃してやる。同族の仇討ちだって、今では惰性と化しているからな。仇を地の果てまで追いかけて殺してやるなんて気にもならん」


 やった!


「だが貴様ら、里に帰ったら我のことを吹聴してまわるのだろう?」

「う、それは……。えーっと、私としてはー……」


 私は困惑し、師匠に目配せして意見を求める。


「構わん」


 師匠が口を開く前に、黒竜が答えた。


「我は貴様らを見逃したのだ。我のことを黙秘しろと言う筋合いはない。しかし、竜を語るなら真実を語れ。獣に落ちた子らの、あってないような名誉のためにもな」


 そう言うと黒竜は膝を折り、再び楽な姿勢を取った。竜の信実を語るか……。長い話になりそうだったので、私と師匠も近くの岩の上に腰を下ろす。こんな状況だけど、この竜の話には興味が湧いた。


「邪神戦争の時代、魔人に続いて魔の神は竜族と巨人族を創造した。戦争の駒とするためにな」


 魔の神……。邪神の一柱。次男にして、初代魔王となった神のことか。


「しかし、自尊心の高い竜族は他者に支配されるのを良しとしなかった。巨人族はそもそも争いを良しとしなかった。そうして邪神戦争は二種族不参加のまま、幕を閉じたのだ」


 竜「族」と言うことは、竜は魔物じゃなくて独立した種族として創造されたってことか。


「神々が争った邪神戦争は凄惨なものだった。アーレを始めとする神々は自分たちの強すぎる力が世界に悪影響を及ぼすと考え、月へと去った。そして世界への直接的干渉をしないと決定したのだ」


 神の所在については宗教ごとに諸説あるみたいだけど、この竜の言葉を信じるなら、月へ行ったのか。


「神無き世界の覇権を握ろうと動いたのが、若い世代の竜族たちだった。本当に愚かなことだ。奴らは世界に対し、戦争をしかけた。竜戦争の時代だ。貴様らの歴史では、邪神戦争後の歴史は空白になっていると聞く」


 確かに、邪神戦争後の世界に何が起きたかは不明だった。師匠も魔法使いも、興味深そうな顔で聞き入っている。


「察するに、その若い竜たちって、今の貴方くらいの強さがあったんですか?」


 と、質問する私。


「我は長い年月を経て、力を増した竜だ。当時の竜とは比較にならん。しかし、若い竜らも我と同じく空を飛び、『声の力』を持っていた。貴様らが先程倒した竜など話にならんほどの強さだった」


 さっき倒した竜が話にならないほど強いかつての若い竜なんて比較にならないほど強い黒竜……。それと「声の力」ってのは、言ったことを現実にするあの力のことかな。


「救いを乞おうにも、神はいない。世界は炎に焼かれ、竜の手中に落ちると思われた。その予想は半分当たり、半分はずれた」


 半分?


「調子づいた竜たちは、ツェリによって悉く殺戮されたのだ。世界は竜からは守られたが、敵味方関係なく焼き尽くすツェリの炎によって焼き尽くされた。その振舞いに流石の女神アーレも世界に干渉し、ツェリは自己防衛以外の戦闘を禁止された」

「あ、あの……、少し待ってください。竜が負けたのはわかりましたが、そのツェリって何者ですか? 私は初めて聞く単語ですが……」


 言葉の最後で師匠と魔法使いに目配せしたけど、二人とも初耳といった顔だった。

 察するに種族名みたいだけど、そんな強力な種族がいるなんて聞いたこともない。


「創造序列第十位、女神眷属、翼人族ツェリ」


 と、黒竜。

 創造序列第十位? 最後に創造された種族が創造序列第七位の魔人族だけど、急に十位って……。あ、もしかして魔王に創られたって言ってた竜族と巨人族が創造序列第八位と第九位なのかな。


「女神アーレの眷属。扱いに困る神の火。竜を畜生に落した怨敵ツェリを知らないのか? 争いを禁じられたので、人の世に溶け込んで暮らしているとも言われているが」

「私は知りませんね。どんな見た目の種族なんですか?」

「ツェリとは増長する邪神勢力に対抗するため、女神アーレが自身の髪を燃やした火で創造した種族だ。無尽蔵の魔力を持ち、不老で純白の羽を持っているのが特徴だ。ツェリは非常に好戦的な性格で、空を飛び、得意の炎の魔法で敵味方関係なく焼き尽くした。しかもツェリは単体でも竜を相手にできる強さを持っていた上で、集団戦を好んでいた。本当に厄介極まりない。一方で竜は単族行動を好み、徒党を組むことはあっても統率なんてないようなもの……」


 うわあ、そりゃあ本当に厄介そうだ。


「竜は敗れ、竜戦争は終結した。そして一人のツェリによって、種族全体に呪いをかけられたのだ。生まれてくる子の知性と空を奪う呪いにな」


 空を奪う……。それってもしかして、飛べなくなるってことかな。


「そして知性も獣畜生程度にまで落とされた。貴様らが魔物と同一視する竜に成れ果てたのだ。敗戦以前の、呪いの影響を受けていない世代の竜を『古竜』とも言う」


 私たちが魔物の一種だと思っていた竜は、呪いによって弱体化した世代。今目の前にいる黒竜が、本来の強さを持った竜……。


「それで黒竜さんは、竜の尊厳を守るために竜を狩った者を殺して回って……」

「黒竜さん? 我のことか。そうだな……。尊厳か……」


 黒竜は首を高く持ち上げ、遠くを見る。私、今そんな変な質問したかな?


「我は何のために、こんなことをやっているのか。今となっては……」

「それじゃあ、その竜狩り殺しをやめていただいてもいいでしょうか」


 と、師匠が挙手して発言した。大丈夫? そんな意見をして殺されない?


「何?」


 黒竜の赤い瞳が師匠を睥睨する。怖い。


「村や街道の近くに棲みついた竜は、人々の生活を脅かしています。時には、討伐しなくてはいけない場面もあるでしょう。俺たちだって生きるために、仕方なく竜を狩ることだって……」

「畜生の竜が狩られるのは、そいつらが弱いからだ。我は竜を狩った者を見つけ次第殺す。人が強ければ、我に殺されることはないだろう。貴様程度の存在が、我の行動を変えられるなどと思うな。我を止めたければ、我に勝つことだな。もしくは竜族にかけられた呪いを解けば、我は今後一切の殺傷を行わないと誓おう」

「……俺には、どちらも無理そうですね」


 うん、どう考えたって無理だ。「死ね」と言っただけで相手を殺せるような化け物に、どう勝てっていうんだ。それに、そんな竜族でも解けない呪いを解けだなんてのも無理難題だ。


「ではそれとは別で、治療費を請求してもよろしいでしょうか?」


 え、見逃してもらった上に、治療費を請求?


「ちょちょちょ、ちょっと師匠! 何言ってるんですか! 見逃してもらったのに、その上で治療費って……。黒竜さんの気が変わったらどうするんですか!? 『やっぱ、ころそーっと』とかってなったらどうするんですか!?」

「くくく……」


 慌てふためく私の心配とは裏腹に、黒竜は不敵に口角を上げた。何か面白かった?


「確かに、我の病を治した見返りが三人の命では割に合わんな」


 それって、見返りが少なすぎるって意味ですか?


「なら、貴様は何を求める? 孫の代まで遊んで暮らせる富か? 国を傾ける美貌か? 無双の力か? 向こう千年分の寿命か? どれか一つ与えてやる」

「富でお願いします」


 私は間髪入れずに即答した。


「待て、勝手に決めるな。俺に決めさせろ」

「単金病を見抜いたのは私なんですから、私が決めてもいいでしょう?」

「その治療薬を作ったのは俺だが」


 その後の熾烈な話し合いの結果、師匠が選択権を得た。ちくしょう。


「黒竜さん、俺は富も寿命も要りません。その代わり、貴方の血をいただきたいのですが」


 血……。そう言えばさっき、負号魔力炉を作るにはもっと強力な魔物の血液が必要って……。もしかして、黒竜の血で? 古竜の血でも代用できるのかな。


「我の血だと? そんな物でいいのか?」

「ですが、さっき言った四つのどれよりも手に入れにくい物です」

「くくく……。面白い。確かに、その通りだな」


 ぐぐっ……。


 黒竜の喉が動き、さっき飲み込んだ瓶を吐き出した。中身は空になっていたけど、胃液でドロドロだ。


「ではその瓶に血を──」

「あ、いえ。瓶はまだありますので。一度飲み込んだ物を使うのは衛生的に……」


 師匠でも、流石に竜が飲み込んだ瓶を触るのは嫌と見える。


「これにどうぞ」


 師匠は薬箱からワインボトルくらいの大きさの瓶を取り出し、目の前に置いた。せっかくだから大量に血が欲しいって訳か。割としたたかだな。


 キッ!


 黒竜が睨むと、瓶の底から血がこんこんと湧きだした。それ、自分の血? 何かの能力で血を瓶い入れてる? てっきり前足でも傷つけて血を出すんだと思った。

 師匠もまさかこんな方法で血を貰えるとは思っていなかったようで、驚いた顔をしている。そうして瓶は真っ赤な血で満ちた。


「これくらいでいいだろう」

「はい、ありがとうございます」


 師匠は瓶に蓋をし、布で包んで丁寧に薬箱に仕舞う。


「もうお互い、与える物も話すこともないな。さらばだ。もう会うことはないだろう」


 そして黒竜は翼を広げ、空の彼方へと飛んでいった。

 突然の出来事で感情が追い付かなかったけど、とんでもない邂逅だったな……。知性を持ち、言葉を扱う黒竜、万物を従える声の力、空白の歴史の信実、竜族、巨人族、翼人族、竜戦争、呪い……。情報量が多すぎて、未だに理解が追い付かない。しばらくの間、私たちは黒竜が去った空を見上げ、呆けていた。


「……師匠、これからどうしますか?」

「とりあえず、帰るか」

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